暗闇でギラリと光る赤い瞳がこちらを見つめている。距離は5メートル以上も離れているが、油断はできない。 俺のステータスは5歳児並みらしいからな。走って逃げたところで、アニメみたいに尻を噛まれる。 いや、それですめばいい。捕まったら間違いなく食い殺されるだろう。生きたまま食われるなんて考えたくもない。(犬と対峙した時は、目線を逸らしてはいけないって本で読んだことあるな……) 精一杯の睨みを効かせながら、ゆっくりと後ろに下がっていく。(右手 シャドークロー) 万が一のためにスキルを発動させる。すると、その瞬間、先ほどまで数歩先も見えなかった視界が驚くほど広がった。 もちろん、夜の闇は変わらない。しかし、まるで月や星の光が増したかのように、しっかりと目の前のミドルハウンドの姿が掴めるようになった。 昼に比べても半分ほどの視界の広がりだ。 その変化に驚きながら、思わず声を発してしまった。「え!?」 その声を皮切りに、ミドルハウンドが一気に距離を詰めてきた。「うわああああ!」 俺の喉元を目がけて獣が飛び上がる。 牙を突き立てようとした瞬間、とっさに右手のシャドークローを前に突きだした。 ズジュウウウウ! 痛みを覚悟して目を閉じてしまったが、自分の身体が無事であることに思わず驚く。 恐る恐る目を開けると、目の前には首から上を失ったミドルハウンドが横たわっていた。「やった! やはり俺のスキルはモンスター用だったんだ!」 命の危機を回避した俺は安堵し、その場にへたり込んでしまう。 同時に猛烈な空腹感に襲われた。「これ、食べちゃおっか……」 右手のシャドークローを当てると、昼間の光景が嘘のようにモンスターの体を切り裂いていく。 自炊経験はないが、なんとなく皮や骨を削ぎ落とし、可食部を切り分ける。 右手にシャドークロー(ナイフ)、左手にフォーク(素手)。テーブルマナーなど無視だ。さっそく生肉を食べてみた。(この獣臭さがジビエってやつか? 臭すぎるけど、空腹よりはマシだ。吐くのを我慢すれば、なんとか食えるな) 血がしたたる生肉のおかげで、飢えと渇きをしのぐことができた。「百獣の王黒川……ってか?」 レバーの部分を口に含み、得意げにニヤリと笑う。 命のありがたみを嚙みしめるとき、ライオンさんもこんな気持ちなんだろ
もう空が明るい。遠くに朝焼けが見える。 さすがに歩き続けて足が棒のようだ。半日も動き続けていたら当然か。 ちょっと先の木々の合間に、座って休めそうな倒木がある。周辺は少し開けていて、辺りを見渡すことが出来そうだ。 少し腰をおろしたところで罰は当たらないだろう。この森を抜けるまで、まだまだ俺は歩き続けなければならないのだから。「あ~、疲れた。限界だよもう」 倒木に座ろうとしたら、ひざが言うことを聞かない。体を支えることを放棄して、ドサッと崩れ落ちてしまう。 太ももが、足の裏が、じんわりと蓄積した疲労を訴えかけてくる。 なぜか背中まで筋肉が張っていて、上半身を丸めると楽になると気づく。 ふぅと息を吐くと、急激な眠気に襲われた。さすがにこの状況で寝たらまずいだろうな……。 朝を告げる鳥のさえずりが聞こえてくる。今の俺には子守歌だ。 木々の隙間から差し込む光が、寝るな寝るなと注意してくれてるみたい。(ステータス) 黒川 夜 レベル:2 属性:闇 HP:10 MP:10 攻撃力:5 防御力:5 敏捷性:5 魔力:5 眠気に負けないように、ステータスを開いてみる。「おかえり5歳児……」 残酷な現実を突きつけられた。 今の俺ではスライムにすら殺されるだろう。 先ほどまで張っていた気もショックで緩み、一瞬で眠りに落ちてしまった。********** ……ザシュ ザシュ ザシュ 何かの足音と、いつの間にか眠ってしまった自分に驚く。「うわっ!」 叫びながら眼を覚ます。 音のした方に目を向けると、同じような服装をした男性が斧を持ってこちらに歩いてきている。 長身でガタイがいい。40代後半くらいだろうか。自分とは違う緑色の短髪を見ると、異世界の人だなぁと感じてしまう。
「なんじゃエミル、騒がしいのう……そのガキはなんじゃ?」 村長が俺を指さしながら目を細め、エミルさんに問いかける。彼の目には、少し不安そうな表情が浮かんでいた。栗色の瞳に口元とあごに長い白髭をたくわえた老人だ。「村長、こいつはラカンの森で迷子になってたんだ。どうやら記憶喪失らしく、自分の名前くらいしか覚えていないらしい。しばらく村で世話をしてやりたいんだが」 エミルさんの言葉に反応した村長は、顎の下のひげを撫でながら、眉を落として深い思索に沈んでいく。顔には深いしわが刻まれているが、その瞳はまだ若々しく輝いていた。 せっかく紹介してもらったので、それに続く。「ジョール村長、お初にお目にかかります。俺はヨールといいます。この村で食事がとれる場所と宿を紹介していただけますか? あと、何も分からなくって……。この世界の常識やお金の稼ぎ方、近くの街などの情報も教えて頂きたいのですが」 俺は、グリードフィルで生きていく上で必要なことを聞く。 ふむふむと口の周りのヒゲを動かし、村長はゆっくりと語り始めた。 女神の話していた通り、この世界には4つの大きな国が存在し、北に巨人族の国アトラストリア、東に魔人族の国デモネシア、西に獣人族の国ビーストリア、南に人族の国ヒューマニアがあるという。 ジョール村はヒューマニアの南西に位置しており、なんと自分が通ってきた森の道を逆方向に進むと、この辺りの領主が治める少し大きな街、レギンの街に着くのだとか。 なんでも、レギンの街には冒険者ギルドという何でも屋の集まりみたいな場所があるらしい。そこで日銭を稼ぐこともできるようだ。「2週間後にレギンの街へ税として穀物を収めに行くんじゃが、その時について来てもええぞ。この村には食堂や宿なんかは無いからエミル、お前のところで世話してやりなさい」 村長が見ず知らずの俺なんかにメリットしかない提案をしてくれた。この世界に来てから、優しい人ばかりだ。 仕事を斡旋してもらえるかもしれない。とりあえずは冒険者ギルドで話をしてみようと思う。「分かった。このヨールは、変な奴だが悪人ではなさそうだ。村のみんなにも、俺
下の階からエミルさんの大きな声が聞こえる「ヨール、起きろ! 飯にするぞ!」 ゆっくりと起き上がり、リビングへと降りていく。 もう外はすっかり暗くなっており。ロウソクの明かりがぼんやりと家の中を照らしていた。「すみません、寝すぎちゃいました。でも、おかげさまで体調はばっちりです。助かりました」 すでに椅子に座っていたエミルさんとマチルダさんに頭を下げる。 いい匂いに釣られて視線を動かすと、4人掛けのテーブルに料理が並べられていた。マチルダさんが焼いてくれたピザ生地のようなピーのパンと、野菜とソーセージのスープが美味しそうな湯気を立てている。「いい香りですね! 寝食ともお世話になってしまい申し訳ありません。このご恩は必ずお返しします!」 見ず知らずの自分のために、寝床とご飯まで用意してくれているのだ。いくら感謝を伝えても足りないくらい。俺にできるのは、明日から行動で示すことのみ。「素直な子ね、エミルが森で子供を見つけてきたって言うもんだからびくりしたのよ。可愛らしい顔をしているのね。まだ若いんじゃないの?」 マチルダさんが話しかけてくれた。癖のある栗色の髪に薄い青色の瞳。少しふくよかで、笑顔が素敵な朗らかな女性だ。 小さい時は、よく女の子に間違えられていた。背は170cmを超えているんだけど、童顔で色白な見た目から、友人からはよくからかわれていた。お嬢様なんて呼ばれたりね。「おそらく17歳くらいだとは思うんですが、記憶が無くなってしまっていて……」「ヨールに何があったのかは分からないが、俺たちに出来ることなら力になってやる! 何でも相談しろよ! 2週間と短い間だが遠慮は要らないからな!」 こんないい人たちに嘘をつくのは忍びないけれど、異世界から来たと正直に言うことでさらに変人だと思われるよりマシだろう。 ……でも、エミルさんもマチルダも優しすぎる。こんな俺の力になってくれるなんて。 右も左も分からない新世界での生活で、罪悪感と温かい感情に包まれて、自然と涙がこぼれていた。
……まぶたの裏が明るい。鳥のさえずりが聞こえる。「ふぁー。朝か」 学校に通う習慣で、いつも同じくらいの時間に目が覚めてしまう。体感てきには朝の7時くらいだろうか。(そういえば、この世界の1日は何時間なんだろうか? 後でエミルさんに聞いてみるか! 2日過ごしてみたところ、地球とそう変わらないように感じるんだけど……) エミルさん夫妻がまだ寝ている可能性もあるため、そっと部屋を出る。 しかし、キッチンのほうから軽快な包丁の音が聞こえる。マチルダさんが朝食の準備をしているのだろう。「おはようございます、マチルダさん」「あら、ヨール君おはよう。まだ寝ていてもよかったのよ? 昨日はお昼寝もしていたから、早起きしちゃったのかしら?」 挨拶すると、手を止めたマチルダさんが棚の扉を開く。「自然と目が覚めてしまいました。柵作りに遅れなくて良かったです。何かお手伝いしましょうか?」「大丈夫よ、外の井戸で顔を洗ってらっしゃい。着替えがあったほうがいいわね、息子のお古が着れるかしら? 桶に水を汲んでこれで体を拭くのよ」 桶の中にスポンジのような物とあまり水を吸わなそうなタオルが入ったお風呂セットを手渡される。よく見ると、そのスポンジは何かの植物のようだった。 マチルダさんいわく、この世界では体を洗うのにサボンというトゲのある植物を使うらしい。乾いた土地に生える植物で、体内に水を溜め込むために、スポンジのような性質を持っているのだとか。サボテンとかヘチマとかそういう種類なんだろうな。 表皮を剥いて中身を乾かすと、フワフワで網目状の物体に変わる。なんどか水を吸わせたり干ししたりしていくうちに、体の汚れを落とすのにちょうどいい硬さになるらしい。たしかに何度か握りしめてみると、ゴワゴワした感触がハードタイプのボディタオルみたいだ。 さっそく外に出て、井戸に向かう。 この世界の習慣なのか、他の村人も集まっていた。自己紹介を交えつつ頭を下げながら水を汲む。 周りを見習いながらサボンに井戸水を含み、軽く絞って
それにしてもこの魚は美味すぎる。見た目は子供のころドブ川で網ですくったことがあるハヤとかオイカワみたいな小魚と変わらない。頭からさっくり丸ごと食べれるくらい骨が柔らかいから、食べ応えもある。 最初はエミルさんの作る野菜が特別なんだと思っていたけど、この世界の食べ物が異常に美味しいんだな。「魚があるってことは近くに川があるんですか?」 魚が食べれるのは幸せだ。もし近くに川があるなら、俺が調達に行ってもいい。釣りも好きだしね。 試しにエミルさんに聞いてみた。「ラカンの森の道から外れて森の中へ行くと、いくつか湖がある。週に1回は体をしっかり洗うために、何世帯かでまとまって行く。その時に魚を捕って塩漬けにしたり、スモークしたり、干したりと加工をするんだ。4日後にヨールも行くことになるぞ!」 村だからこそ、みんなで助け合って生きてるんだな。 ちょっとずつこの村の生活様式が分かってきたようでうれしい。「どれ、少し早めに出かけるとしよう!」 仕事に行く前に、エミルさんが村を案内してくれた。 全ての家を回ることはできなかったけど、村の人と挨拶や簡単な会話をすることができた。 みんな気を遣ってくれたのかも。 人口は少ないが、畑や畜産のスペースが多く、東京ドーム何個分なんて表現ができそうな広大さだった。「さあ、森に向かおう! モンスターが出ても慌てず俺の指示に従うんだぞ!」「よろしくお願いします!」 エミルさんは背中に麻縄で斧を背負い、腰にはナタを下げていた。 金属は貴重なようで、エミルさんの斧やナタは代々受け継がれてきたものだという。 使い込まれたナタなんて、年季が入ってとても格好よかった。「ところでヨール、お前ミドルハウンドを倒したんだったな?」 エミルさんがふと思い出したかのように質問してきた。「はい、まぐれみたいなもんですが……」 会話を遮るように、ガサガサと茂みが揺れる。 身構えながら注意深く観察していると、スライムが顔を出す。「1匹か…
「ヨール、無理なら無理と最初から言わないか! ミドルハウンドを倒したと聞いていたから、どの程度戦えるのか見ておく必要があると思ったのだが、まさかスライムと目の前で死闘を繰り広げられるとは思わなかったぞ!」 怒気混じりにエミルさんに叱られてしまった。 指示に従うよう言った自分の指示で、俺が怪我をしてしまう可能性があったのだから、ハラハラさせてしまったのだと思う。本気で心配してくれたからこそ、こうして怒ってくれたエミルさんには本当に申し訳ない。「実は、自分の力がまだ良く分かっていなくて。自分のスキルがもしかしたらモンスターに有効なのかと考えていたんです。心配かけてごめんなさい……」 本心を話す。ここで嘘をついて、自分をよく見せるわけにはいかない。 まったくもうと言いながら、エミルさんはガシガシと俺の頭を乱暴になでた。 参考までに、エミルさんのステータスを教えてもらう。 エミル レベル:22 属性:なし HP:1220 MP:600 攻撃力:180 防御力:130 敏捷性:120 魔力:60 装備 ・村人の服 ・村人のズボン ・麻紐のベルト ・木こりの斧(攻撃力+30) ・ナタ(攻撃力+10) スキル ・なし なるほど、俺とは大違いだ。 これだけ強ければ、この森を安全に一人で歩けるのだろう。「じゃあ少し教えておくか」 歩きながら、エミルさんが色々と教えてくれた。 この辺りに出現するモンスターで一番厄介なのは、オークという猪型の二足歩行の魔物。棍棒や人間の落とした武器などを持っており、筋肉質で非常に力が強い。知能もそれなりにあり、コロニーを形成することもあるのだとか。 オークが集落を作ってしまうと、ハイオークという上位種が生まれることがある。そうなると騎士や腕に覚えのある冒険者などが討伐隊を組み、掃討する必要が出てくる。 だが、いまのところラカンの森ではハイオークが確認され
実際戦っても危ないだけなのだから、戦力外通告を出されてしまってはしょうがない。 エミルさんと会話をしながら森の中を進んでいく。 これから向かう場所は、コルの木の群生地。コルの木は成長が早く、かなり大きくなるという。切ってから2日ほど天日干しにするだけで異様に硬くなるらしい。だからこそ、あらかじめ必要な形に加工しておかなければならない。木目も美しいので、家具でも住居でも満足のいくものが作れる優秀な木材だ。 しばらく歩いていると、目的地に到着したみたい。俺が倒木に座り休んでいた場所の近くだ。道中はスライムが2匹出てきただけで、他のモンスターとは出会わなかった。その2匹もエミルさんがあっという間に踏み潰しちゃったけどね。「よく見ていろよ? ヨールにはこれをやってもらう」 エミルさんは斧を両手に取り、すごい力でコルの木を切り倒してしまった。そこからさらに、柵作りに使用する為の杭の長さに切り分けていく。 ナタに持ち替えると、今度は木の表面に鋭利な部分を押しつけながら線をつける。器用に一本分の杭の大きさに切り出し、地面に刺さりやすいように片方の先端を尖らせた。 さて、ここから作業分担だ。エミルさんが斧で木を切り倒し、俺がナタで柵の杭を作っていく。 エミルさんのように上手くはいかなかったが、丁寧に砥がれたナタの切れ味はすさまじく、なんとか杭の形にはなったかな。「エミルさん、どうでしょうか? ちょっと時間はかかっちゃいましたが一つ完成しました。この杭で刺せば俺にもスライムくらいなら倒せちゃうかもしれませんよ!」「ちょいと不恰好だがまあいいだろう。それと、お前には重すぎてこの杭は扱えねえよ。がははは!」 この世界に来て初めて一笑いゲット。小さくガッツポーズをした。 しばらく作業をして、お昼はマチルダさんお手製のピーのサンドウィッチを食べた。ナンのようなパンに、カイワレ大根のようなシャイと呼ばれる野菜とスクランブルエッグを包んだものだ。甘めのドレッシングで味付けされており、これまた最高に美味い。 少し休憩を取り、また作業再開だ!「そういえば1日はどれくらいの長さなんですか? 年齢が
「いい膝も頂いたことですし、そろそろいきましょうか! レストラン『サルバトーレ』ってところです。」「へー、あそこは人気でかなり並ぶみたいだよ。それと、堅苦しいから敬語はやめようか」 大通りを通ってレストランに向かうと、すれ違う人の視線がイズハさんに集まっている気がする。俺のファッションに釘付けって可能性も否定できないけどね。「クスクスッ……。なぁにあの格好?」「どうせ売れ残りでも掴まされたんじゃないの? 流石にアレはないっしょ?」 こちらを指差してるカップルは間違いなく俺の悪口を言ってるな。 今日の俺はそんな小さな事気にしないよ……と言いたいが、少しは傷つくんだぞ。 馬鹿みたいな格好をしてるのは自覚しているけど。 さて、ここで問題です。手を繋ぐべきでしょうか、繋がないべきでしょうか。 ……答えは簡単! 手を握ろうとしたら人差し指の骨を折られそうになったので、二度と変な真似をしてはいけません!「なあヨール、お前いくつだ?」「そろそろ17歳かなぁ。イズハさんは……いつから冒険者をやってるの?」 危ない危ない。年齢を聞こうとしたら右の拳を握りしめるのが見えた。年齢と体重を聞いた時、俺は死ぬだろう。「あたしは3年くらい前かな? 兄貴と一緒に始めたんだ。居ただろ、青髪のでかいのが。アレがあたしの兄貴。で、あんたは?」「へぇ、ダズさんと兄妹なんだ! あんまり似てないね。俺は1週間くらい前からかな?」「は? そんなんであの赤髪達とダンジョンに潜ったってこと!?」「いや、パトリックさん達は知り合いなだけで俺はソロだったよ。俺が裸で落とし穴からセーフゾーンに落ちた時は、話を作って庇ってくれたんだ。」「な、なおさらおかしいだろ! あたしより弱いのにどうやって……」「まあまあいいじゃない。ちょうど到着したし、続きは店の中で話そうよ!」 サルバトー
「そうだ、先にお店を決めないとだ!」(デートマスター黒川ともあろうものが、とんでもないミスを犯すところだったぜ。宿に戻る前にレストラン『サルバトーレ』に寄っていこう) デートではないのだが、勝手に盛り上がってしまっている。 太陽の位置的に10時を過ぎたくらいだろう。少し早足で向かう。こういう時は余裕を持って行動しないといけない。デートマスター黒川は余裕のある男なのだから。 30分もかからずレストランに到着した。既にお店の半分近くの席が埋まっている。早速ウエイトレスさんに声をかける。「すみません、マルコスさんはいらっしゃいますか?」「少々お待ち下さい」 ウエイトレスさんは可愛らしく背中のリボンを揺らしながら、店の奥へと入っていった。 しばらくすると、マルコスさんがにこやかに微笑みながらこちらへやってきた。「これはこれはヨール様。今日はどうされましたかな?」「今日お昼をこちらで頂きたいのですが、席の予約はできますか?」「おや、デートですかな? 他でもないヨール様の為ならお安い御用です」「ま、まあそんなところです。お昼の鐘から30分後くらいに伺いますね。コースメニューがあればそれでお願いします!」「かしこまりました。お待ちしております」 これで食事はばっちりだ。小さくガッツポーズをすると、握りしめた拳の辺りを見てふととんでもないことに気がついた。そう、服装だ。 通りを歩く人々の半数以上は同じように村人の服を着ているが、これから行くのは少し敷居の高いレストランである。 冒険者らしく防具を揃えるか、少し質の良い服を買うかで迷ったが、前回サルバトーレに寄る前に買い物をした古着屋に立ち寄ることにした。「すいませーん、イケイケのオシャンな服を下さーい!」 店に入り、店主に服を見繕ってもらう。だんだん緊張してきているため、語彙力が酷いことになっていた。「はい、社交的な場であればこちら、デートなどであればこちらなどいかがでしょうか」 少しごわついた黄ばみがかった白い
「おーい、ヨールっぴー? 大丈夫かーい?」 肩を叩かれているのに気づき、ゆっくりと目を開ける。少し頭がふらふらするが、なんとか生きているようだ。ベッドに寝かされていたようで、心配そうな顔をしたティーダさんに起こされたようだ。なんとか体を起こす。どうやらギルドの医務室にいるらしい。「大丈夫れふ。」 顔の左に違和感がありうまく喋れない。歯の治療で麻酔を注射されたような感覚だ。「ぶひゃーっはっはっは。ヨールっぴの顔、左側だけパンパンに腫れてるよー! パンパンマンじゃーん!」 顔面を強打され、内出血しているのだろう。両頬を手で押さえると、左側だけかなり熱を持って腫れ上がっていた。「笑わないれくらはいよ! ポーション買ってきまふ!」「ぶははははははははは。ヨールっぴは笑いの天才だねー!」 医務室から出ると、青髪の巨人と銀髪の美女が立っていた。「良かった、気がついたか! まさかここまで突き抜けた変態だとは思わなかったぞ!」「あたしに手を出すようなクソガキなんざほっときゃよかったんだ!」「この度は誠に申し訳ありまへんれした。」 心配そうな様子の青髪と鬼のような銀髪に頭を下げた。「だははははははははは。すごい顔だな!」「ぶふっ。ま、まぁその顔に免じて許してやるか!」 右側までパンパンマンにされなくて良かった。許してもらえたみたいだ。セクハラとか痴漢とかでしょっ引かれてもおかしくなかったからな。「本当にごめんらはい。ポーションを買ってきまふ」「「ぶはははははははははは!」」 腹を抱えて笑う2人を背に冒険者の店へ行き、ポーションを2個購入した。 1つ飲むと、腫れがゆっくり引いていく感じがした。左頬に手を当ててみると、熱をもっている様子もなく、まだ少し腫れている気はするが、大分良くなったみたいだ。 早速ギルドに戻り、銀髪の美女に話しかけた。「今日はご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした。わざとじゃないんです」「あぁ、もういいよ。笑わせて
(ここは……、ダンジョンの裏かな?) まだ外は暗い。既に数組が拠点を作り、見張りをたてて馬車を待っているようだ。 収納からバッグを出して服を着替え、その人の群れの中に入り、ゴザを引いて膝を抱えるようにして座り、しばし目を瞑って休息を取ることにした。(ステータス) 黒川 夜 レベル:31 属性:闇 HP:2310 MP:90 攻撃力:980 防御力:905 敏捷性:1200 魔力:1855 スキル ・シャドークロー レベル2 ・ダーク レベル2 ・ナイトメア レベル2 魔法 ・レイヴン レベル1(ナイトメア レベル2:最大で5つの対象を瞬時に移動させる。移動距離は対象から半径10メートル以内かつ影が繋がっていなければならない) 攻撃の動作に入った敵を様子見している敵の背後に移動すれば同士討ちが狙えるし、身代わりの術みたいな使い方もできそうだ。 攻撃を避けられた際に相手を遠くに移せばカウンターも食らいにくくなる。かなり有用なスキルになった。 シャドークローによる近接戦闘、レイブンによる遠距離攻撃、ダークによる状態異常、ナイトメアによる瞬間移動とかなりバランスの良いスキル構成に加え、裸になれば同レベルの冒険者の3倍近いステータスとなる。 ボブゴブリンとの戦いで見せた、逃げながらレイヴンを放ち、その追尾性能によりダメージを与えていく戦法を使うことで、素早さの劣る相手であれば負けることはないかもしれない。 今回のダンジョン踏破でゴールド級への昇格条件は達成した。後は依頼をこなしていけば近いうちに上級冒険者になれるだろう。 あれこれ考えていると、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。「さあ、みんな準備だ! そろそろ馬車が来るぞ!」 冒険者の声で目を覚ます。 外はもうすっかり明るい。 帰る準備をして、他の冒険者の後に続くようにダンジョ
「悪い子は居ねがー! 階段はねえがー!」 ナマハゲと化したヨルハゲは、疲れなどどこ吹く風とばかりに両手を広げて疾走し、モンスターを見つけては、「言うこど聞がねゴブリンはいねがー!」 と蹂躙を繰り返した。何故ナマハゲをチョイスしたかは気分である。 そろそろナマハゲごっこが飽きてきた時、16階への階段を見つけた。2時間以上は探しただろう。「そろそろヘトヘトだ。早く休みたいよ」 さすがに疲れの色が見えてきたのか、肩を落として溜息を吐く。トボトボとした様子で階段を降りると、先程までと代わり映えのしない16階の景色が視界に広がる。「お花畑とか山岳地帯とか風景が変わってくれると盛り上がるんだけどねー……。セーフゾーンまであと少し、気合入れていきましょ!」 深夜なので叫び声はあげなかったが、あと少しとばかりに更にスピードを上げ、セーフゾーンの明かりを目指して突き進む。30分ほど経っただろうか、ひときわ明るい光の漏れだす通路が見える。(黒川選手、ゴールです!) 着替える事など頭から抜け落ち、ただただ目的地にたどり着いた嬉しさから、ゴールテープを切るようにバンザイしながらセーフゾーンへと飛び込んだ。「は?」 ゴブリン20体、ゴブリンリーダー10体、ゴブリンアーチャー10体、ゴブリンメイジ10体が突如出現した。そう、モンスターハウスだ。「ゲヒャゲヒャ!」「ギヒィギヒィ!」 ゴブリンたちは醜悪な笑みを浮かべ、罠に獲物が飛び込んできたことを心底喜んでいるようだ。 ステータスを確認すると、MPは500を切っていた。「俺を嵌めたのがそんなに嬉しいか……。 怒ったかんなっ!」 慣れていないため、プリプリと可愛らしく怒ると、まるで鬼でも乗り移ったかのように怒気を発し、弾丸のようにモンスターの集団に突撃した。「オラッ! スカタン! おたんこなす!」 聞き慣れない悪口を吐きながら、質量を持った左右の影の爪が、弧を描く
「宝箱じゃーん!」 また行き止まりに宝箱を発見した。 黒川式罠検知術を発動する。「ちょいっとな」 先程まで自分の頭があった場所目掛けて、左の壁から槍が飛び出してきた。「はいはいお見通しでーす」 運良く罠を回避すると、再度黒川式罠検知術を発動した。 するとまた槍が飛び出した。「なるほどねー、宝箱破れたり!」 体を屈めて宝箱の蓋を開けると、頭上で槍が通過した。 宝箱の中には金属製のダガーが入っていた。「刃も綺麗だし、これは高く売れそうだぞ!」 手を叩いて喜ぶと、さらに迷宮の奥へと進んでいく。 分岐を3箇所ほど経て、14階への階段を発見した。「かなり広いや、13階も2時間はかかっていないだろうけど、90分くらいはかかってそうだなー。そうだ!」(ステータス) 黒川 夜 レベル:27 属性:闇 HP:3660 MP:1820 攻撃力:2620 防御力:3090 敏捷性:3975 魔力:5880 スキル ・シャドークロー レベル2 ・ダーク レベル2 ・ナイトメア レベル1 魔法 ・レイヴン レベル1「魔法が増えてる! どれどれ効果はー?」(レイヴン レベル1:対象1体に漆黒の鳥が襲いかかる)「やっぱり1体かー。多数相手には微妙か? とりあえずいっちょ使ってみますかー!」 通路を進むといましたよ、モルモットの皆さんが。ゴブリン2体にアーチャー1体にメイジ3体か。 まだこちらには気付いていないようだ。(レイヴン) 目の前で闇が凝縮するようにカラスを模した鳥となり、バサッと羽ばたくような音がすると、疾風の如き速さで一直線にゴブリンに飛来し、胸を貫き命を奪うと暗闇に溶け込むように消えた。(つええええ…&hell
(早速お出ましか!) ゴブリン3体にゴブリンアーチャー1体、ゴブリンメイジが1体だ。 体毛が無い緑色の肌で、汚れたボロ布を腰に巻いている。中学生くらいの身長だろうか。痩せ細り、お腹だけがぽっこりと膨れたみすぼらしい体型。目が細く、鷲のクチバシに似た大きな鼻をしており、耳の先端が尖っている。(ダーク) 漆黒の闇がゴブリンアーチャーとゴブリンメイジの視界を奪う。アーチャーは顔面を掻きむしるようにもがいている。「ゲギ、グギギ!」 ゴブリンが何か呟くと、ゴブリンメイジは手に持った杖の先を光らせた。すると、ゴブリン達の体がバチバチと放電するように雷の衣に包まれ、上階の2倍近いスピードでこちらに向かってきた。「なるほど、連携してくるわけね!」 こちらも相手に接近すると、先頭のゴブリンが右手に持つナイフを突き刺すようにして俺の腹部を狙ってきた。 拳1個分の余裕を持ち躱し、カウンターをお見舞いしようとしたその時、強い静電気が発生したかのようにバチッという音とともにナイフから青い光の線が俺の体に放出される。「痛っ!」 いたずらに使用される電流がビリリと流れるおもちゃのような鋭い痛みに驚き、一瞬体が硬直してしまう。 後ろに続いていたゴブリン2体も飛び上がり、左右から挟み込むようにして頭を狙って棍棒を振り下ろしてきた。 潜るように相手の後ろに回り込もうとすると、棍棒からもバチンと鳴り電流が流れてくる「いてっ!」 ドッキリに使用されるビリビリペンのような痛みにびっくりして動きが止まってしまう。「ゲギャッ!」 隙ありとばかりに棍棒が振り下ろされ、右肩を殴打されてしまう。「これは痛くないんかい!」 肩に手を置かれたような感覚に思わずツッコミを入れてしまった。 一度電気を放つとバフが解除されるらしく、動きの遅くなったゴブリンの頭を一撃のもとに跳ね飛ばし、無力化された遠距離2体も同様に消滅させた。「なんだこの嫌がらせは! いたずらが過ぎるぞ!」 ガム
「なんだなんだ!?」 次々と周囲から声があがる。 落下時間から考えると、ここは多分10階のセーフゾーンだろう。 3組のパーティーが部屋の3隅に分かれていたので、俺は残りの角へ行き、収納の魔道具からカバンを取りだし、何事も無かったかのように着替え始める。 収納の魔道具から物を取り出すのは結構簡単だった。 指輪を意識すると、指輪の中に収納されている物のリストが頭の中に表示される感覚があり、カバンのところを指差すようにイメージすると、何もない空間にポンと出現した。 まだ夜明けまで時間はあるが、10階からはゴブリンメイジが出現する。初見相手では梃子摺る可能性があるので、今日はここまでとしよう。 ゴザを引いてブランケットを掛け、横になって目を瞑る。(おやすみなさい)「ちょっと待て! 何普通に寝ようとしてんだよ!」 怒声とともに誰かが近づいてくる音がする。(ですよねー……) 観念して起き上がると、青髪の2メートルはありそうな大男が眉間に皺を寄せ、怒りを露わにしていた。「いや、あの、そのですね……。えへへ」 なんて説明したらいいのか分からない。属性の説明からするべきか、宝箱の罠の話をするべきか、どうしようか。「えへへじゃねえぞ! こっちは休んでたんだ!」 がしっと胸ぐらを掴まれる。足がバタバタするので俺は今空中にいるのだろう。凄い力だね!「それに関しては申し訳ないですけど、事故なんですよ」「どんな事故がありゃあ裸で股間に角が出来るんだこら!」 言われてみればその通りだ。手で隠しておけばまだマシだったか? いや、結局深夜のダンジョンのセーフゾーンに裸で現れてる時点で変わらないか。「手を離してやってくれよ、ソイツはうちのパーティーなんだ」 思わぬ助け舟に声の方へ視線を向けると、赤髪の剣士がこちらに近づいていた。「パトリックさん!」 そういえば、悲鳴をあげていたの
早速収納を試そうとするが、やり方が分からない。カバンを地面に置き、右手で触れてみるが何も起きない。「不良品? 返品はきくのかこれ?」 もう一度カバンに触れ、今度は頭の中で(収納)と念じてみると、先程までそこにあったカバンが目の前から消えた。「できた! さて、お願いします!」(ステータス) 黒川 夜 レベル:21 属性:闇 HP:2900 MP:2470 攻撃力:1860 防御力:2020 敏捷性:2750 魔力:4190 スキル ・シャドークロー レベル2 ・ダーク レベル2 ・ナイトメア レベル1 装備 ・冒険者証 ・収納の指輪「よし、思った通りだ! これで朝まで戦えるぞ!」 今来た道と逆方向に進んで行くと、すぐに階段が見つかった。5階は少し広く、攻略には90分以上かかってしまった。(もしかすると、5階、10階、15階以降は広くなっているのかもしれないな) より早く進む為に、常にシャドークローを発動させることにした。視界が広がり、弓の射程外からダークをかける事ができるからだ。 また、ダークがレベル2になったことで、ゴブリンアーチャーが複数体出現しても対応が簡単になるだろう。 それから6階、7階と順調に攻略し、8階へと到達した。「ダークがこんなに便利だったとは……。アーチャーを完全に無力化してしまったぞ」 鏃が当たったとしても、皮膚を突き抜ける事は無いだろうが、毒が塗られている可能性がある。用心は必要だ。 しかしここまで肝を冷やす場面はあったが、ソロとは思えない早さで進んでいる。ダンジョンはパーティーで攻略するのが冒険者の常識で、小ダンジョンとはいえ1人での攻略は異例である。 どんどん進んで行くと、明るい光の漏れる通路を発見した。(お、セーフゾーンか? ちょっと休憩もありだな) 中を覗くと広い部屋になっ