実際戦っても危ないだけなのだから、戦力外通告を出されてしまってはしょうがない。
エミルさんと会話をしながら森の中を進んでいく。 これから向かう場所は、コルの木の群生地。コルの木は成長が早く、かなり大きくなるという。切ってから2日ほど天日干しにするだけで異様に硬くなるらしい。だからこそ、あらかじめ必要な形に加工しておかなければならない。木目も美しいので、家具でも住居でも満足のいくものが作れる優秀な木材だ。しばらく歩いていると、目的地に到着したみたい。俺が倒木に座り休んでいた場所の近くだ。道中はスライムが2匹出てきただけで、他のモンスターとは出会わなかった。その2匹もエミルさんがあっという間に踏み潰しちゃったけどね。
「よく見ていろよ? ヨールにはこれをやってもらう」
エミルさんは斧を両手に取り、すごい力でコルの木を切り倒してしまった。そこからさらに、柵作りに使用する為の杭の長さに切り分けていく。
ナタに持ち替えると、今度は木の表面に鋭利な部分を押しつけながら線をつける。器用に一本分の杭の大きさに切り出し、地面に刺さりやすいように片方の先端を尖らせた。 さて、ここから作業分担だ。エミルさんが斧で木を切り倒し、俺がナタで柵の杭を作っていく。 エミルさんのように上手くはいかなかったが、丁寧に砥がれたナタの切れ味はすさまじく、なんとか杭の形にはなったかな。「エミルさん、どうでしょうか? ちょっと時間はかかっちゃいましたが一つ完成しました。この杭で刺せば俺にもスライムくらいなら倒せちゃうかもしれませんよ!」
「ちょいと不恰好だがまあいいだろう。それと、お前には重すぎてこの杭は扱えねえよ。がははは!」
この世界に来て初めて一笑いゲット。小さくガッツポーズをした。
しばらく作業をして、お昼はマチルダさんお手製のピーのサンドウィッチを食べた。ナンのようなパンに、カイワレ大根のようなシャイと呼ばれる野菜とスクランブルエッグを包んだものだ。甘めのドレッシングで味付けされており、これまた最高に美味い。
少し休憩を取り、また作業再開だ!「そういえば1日はどれくらいの長さなんですか? 年齢が
そして二日後。 今日は村で共用の荷運び用の馬を借りて、杭の運搬を行う。 この3日間で、1区画分の柵が作れるだけの杭が完成した。俺も大分慣れてきて、2日目からはなかなかの速度で作業が出来ていたと思う。「いただきまーす!」 井戸で体を拭いてから朝食をいただく。 家族の一員みたいなつもりで生活してしまっているのだが、いいのだろうか。 今日のメニューは、蒸かしたピーと炒り卵を和えて、三つ葉のような香りのするヒーロロの葉のみじん切りがかかったものと、肉のような食感の豆ディーダイのスープだった。 マチルダさんの料理のバリエーションは多彩で、毎日新しい美味しさに出会える。「今日のご飯も最高です、マチルダさん! このピーの卵和えは3つの香りが一体となってなんともいえない幸福感に包まれます。優しい味のスープを口に含めば胃に染み渡り、ゆっくり目覚めるようなすっきりとした美味しさがありますね!」「うふふ、相変わらずお上手ねヨール君」 俺が食事の感想を伝えると、マチルダさんはいつも喜んでくれる。「弱いくせに飯の感想だけは立派だなヨール。がははは!」 エミルさんも気軽に軽くいじってくれる。 無償でこんなに幸せな時間を過ごせるなんて。 さて、楽しく朝食を取った後は仕事だ。 エミルさんの陰に隠れながら森を歩き、作業場へ向かう。 馬に引かれた荷運び台車へ崩れないよう杭を積み、太い麻ヒモで固定していく。1回で3割くらい運べそうだな。この分なら午前中に杭運びが終わるかも。「午前中に杭運びを終えて、午後は柵を囲うイバラ縄を作るぞ!」 バラよりも鋭くてトゲの大きなチムと呼ばれるツタ状の植物は、切断部同士をしばらく押し付けておくと、一体化する性質がある。 これを三十メートルくらいになるよう加工し、角材に巻きつけたものがイバラ縄という。まるで柔らかい有刺鉄線だ。 このイバラ縄に俺が初日にお世話になったカユカユの葉……本当はジュヒルの木の葉というらしいのだが、すり潰した汁を塗っておくと、モンスターは嫌がって近寄らないらしい。俺が
そして翌日。 今日は朝から大忙しで、湖に行く準備を始めた。 昼食を終えるてしばらくすると、エミルさんの家に近所の人が集まってきた。一緒に向かうフセイさん夫妻、ジョージさん一家、ケビンさん一家、ヒジョフさん夫妻に挨拶し、荷運び馬2頭を借りて湖に向かう。 道中、ジョージさんの8歳の娘のキミちゃんとケビンさん一家の8歳の息子のデリルくん、7歳の娘のミシューちゃんは、お出かけするのが楽しいのかキャッキャとにぎやかに追いかけっこをしていた。「お前たち、大人からあまり離れるなよ! モンスターが出たら危ないぞ!」「「「えー、スライムくらいなら倒せるもん!」」」 エミルさんが子供たちの気を引き締めようと注意するも、みんなどこ吹く風とばかりにはしゃぎ回っている。(そうか、俺はこの子たちよりステータス的には年下なのか……) このあたりだと、モンスターといえばスライムだもんなぁ。 俺には脅威だけど、子供たちからすると楽勝みたい。「お前が一番弱いみたいだぞヨール。がははは!」 エミルさんが俺の頭をガシガシと撫でる。 なんだか俺が一番年下のような気持ちになってしまう。 この機会に村の皆さんと仲良くなろうと、積極的に話しかけてみる。 さっそく俺がエミルさんの笑い方の物マネを披露すると、笑いを取ることが出来た。 ……エミルさんから頭を小突かれちゃったけどね。 スライム2匹とミドルハウンドが1頭襲ってきたが、スライムはキミちゃんが火属性のスキルでやっつけて、ミドルハウンドはエミルさんが飛び掛ってきたところをナタで脳天唐竹割りだ。湖で解体できるように、軽く血を抜いて馬の荷台に積み込んだ。(みんなつえぇ……) 俺は、みんなに拍手を送ることしかできない。 そんなこんなで湖に到着すると、平らなところにみんなで協力してテントを張り、漁の準備を始めた。女性陣と子供たちは野草の採取に向かうらしい。 2点に石をつけた麻縄で作った目の細かい網を広
マチルダさんが俺を呼ぶ声が聞こえたが止まるわけにはいかない。 驚くほどに体が軽く、飛ぶように走れる。 重い足枷がどこかにいってしまったみたい。(ステータス) 黒川 夜 レベル:6 属性:闇 HP:380 MP:380 攻撃力:135 防御力:110 敏捷性:220 魔力:280 装備 ・村人の服 ・村人のズボン ・麻紐のベルト ・薄汚れたシューズ(学校指定) ・麻の袋(大銀貨30枚) スキル ・シャドークロー レベル1 ・ダーク レベル1「よし、ステータスは上がってるな。力仕事のおかげか? レベルが結構上がってるぞ! なんかスキルも増えてるし! これは後で確認しよう。今は時間が無い……!」 念のためにステータスを確認しておく。 なぜレベルがこんなに上がっているのか不思議だが、上がっている分には問題ない。(右手 シャドークロー) 視界を広げ、夜の森を駆ける。「ブモォォォォ!!!」 けたたましい野獣の咆哮が聞こえた。(無事でいてくれっ……) 音の方へ走ると松明の明かりが見えた。 ……エミルさんだ! 棍棒を持った5頭のオークと対峙したエミルさんとジョージさんは、ゆっくりと距離をとりながら応戦していた。エミルさんは左腕を負傷したようで、ジョージさんはエミルさんを庇うように立ち回っている。「ブモォォォォ!!!」 1頭のオークが棍棒を振り上げ、ジョージさんに向かって突進した!「危ない!」 棍棒が振り下ろされようとした時、なんとか間に合った俺は、オークの顔を突き刺すようにシャドークローを振り抜く。 ズジュウウウウウ…… 顔を失ったオ
ジェプラの手紙が戻ってくるまでの間、村長は村のみんなを中広場に集めていた。 今回の事件を報告し、2世帯1グループとして村の周囲の警戒を命じている。 エミルさん一家と村長の家族は、村の家に待機だ。エミルさんは村長の奥さんに添え木した腕を布でぐるぐる巻きにされていた。 村中大騒ぎとなり大変だったけど、落ち着いたころに村長の魔道具が返ってきた。光のトンビは球体に戻ると、手紙の上でバラバラに砕け散ってしまう。おそらく回数制限があるのだろう。 さっそく村長が声にだして手紙を読む。『至急冒険者を召集し、調査を依頼する。護衛の騎士を派遣するゆえギルドに参られよ。ギルド長 エバンス・ユーストリア』 内容は簡単で、詳しい状況を直接報告しろとのことだった。「ふむ、ワシが村を離れるわけにはいかんだろう。エミル、怪我をしているお前は村の戦力にならん。代理を頼めるか?」「そうだな、当事者である俺が行くべきだろう。マチルダを頼んでもいいか? ついでにヨールを連れて行く。少し早まっちまったが、こいつの家族が探しているかもしれない。人の多い街の方がいいだろうからな」 村長とエミルさんの話し合いで、俺も予定よりも早く街に行くことが決まったようだ。 いつ騎士が迎えに来るか分からない、エミルさんと俺は仮眠を取ることにした。 うっすらと夜が明け始めた頃、馬の足音といななく声で目を覚ます。 そっと扉を開くと、ロウソクの灯りがぼんやりと家の中を照らしていた。(今日で最後か……) お世話になった恩はいつか必ず返すとしても、この村を離れれば、当分は自分のことで手一杯になるはず。エミルさんやマチルダさん、他のみなさんともお別れだ。 リビングに降りると、両目を真っ赤にはらしたマチルダさんがいた。「寂しくなるわね」 マチルダさんは、寝ずに俺が目覚めるのを待っていてくれたようだ。 優しく抱きしめられる。「なんだ、二人とも起きていたのか!」 エミルさんもリビングへ降りてきた。「エミ
ギルド長のエバンスさんとエミルさんの話し合いが続く。「……で、だ。エバンス殿、なぜ俺は呼ばれたんだ? 調査が済んだら伝令を寄越してくれれば良かったんじゃないか?」「その件だが、今回は火急の事態のため、こちらで指揮を取る必要があった。オークの大群が村を襲えば全滅もあり得るからな。まあ、何が言いたいかというと、ギルドも仕事だ。当然、人を動かすには金が発生する。早い話しが支払いの相談さ」 エミルさんは、顔を顰め眉根を寄せ、これでもかというほど眉間に皺を寄せている。骨折した事を忘れてしまったのか、両の手は硬く握られワナワナと震えている。 納税時期が迫ってるし、自給自足のジョール村に蓄えなんてあるのだろうか。そもそも、俺がエミルさんの家で世話になっていたことから、あの村に宿はない。外からやって来た旅人が金を落とす想定なんてしていないんだろう。「……どれ程の金額になるんだ?」「本日中に調査は終了するだろう。冒険者が5チームに伝令や騎士、その他とギルドの手数料も含めたら金貨10枚が妥当なところか」「エバンス殿の言うことは当然だ、理解は出来る。しかし、我々は近日中に納税を控えている! 村に戻って相談させてくれ!」 金貨10枚、100万円相当になる。確かに金額は大きいが、1日仕事でこの大人数だ。高すぎるとは言い難い。吹っかけている訳ではなさそうだ。 こういうとき、納税が発生しているなら、この辺りを統治している人がお金を出すべきだと思うんだけど。村として成り立たせてやるから税を納めろ、村の周辺が危ないなら金を払えって、みんなの生活を追い詰めかねないよね。「エミル殿、怒らないで聞いて欲しい。この金額はあくまでもコロニーが無かった場合の値段だ。オークの集落の殲滅。さらににハイオークがいた場合、いま提示した金額の3倍は請求することになるだろう。森は村の所有では無いので、ジョール村がコロニー殲滅の金額を払う必要は無いと思われるかもしれない」 ただでさえ苦しいと難しい顔をしているエミルさんに対して、エバンスさんがさらに続ける。 それほどオークのコロニーが厄介で、ハイオークが恐ろしいモンンスターだというのは分かるんだけど……でも、納得はできない。「しかし、村を守る城壁も、冒険者も居ないジョール村は、真っ先に危険に晒される。ジェプラを使ってギルドに連絡していたのだから、
この世界には地下迷宮……通称ダンジョンと呼ばれる、ザ・異世界な場所が存在するらしい。漫画やアニメ、ゲームなんかで見たことがある俺の中のダンジョンを勝手に想像しちゃってるんだけどね。 小、中、大というふうに、ダンジョンはその規模でカテゴリ分けされているのだとか。さらにその上に、世界には4つの奈落と呼ばれる難攻不落な最難関ダンジョンが存在するらしい。 小ダンジョンは20階層、中ダンジョンは50階層、大ダンジョンは100階層、奈落は200階層以上であるとされており、出現するモンスターはダンジョンの規模に比例して強くなっていく。 奈落の最下層には、神獣と呼ばれるモンスターが存在するという言い伝えがあると書いてある。 火を司るバルログ、地を司るベヒーモス、水を司るリヴァイアサン、風を司るフェンリル、これらはドラゴンすら可愛いと思える圧倒的な力を持つ。 未だ攻略者が居ないはずなのに、何故分かるのかは疑問だけど。誰がこの情報をもたらしたのか、それすらも書かれていない。 ダンジョンに出現するモンスターは、地上の同一種類よりも強く、経験値も多くもらえる。行けば必ずモンスターがいるので、ダンジョン内では多くの冒険者が狩りをしている。 ダンジョンのモンスターは、死亡するとすぐに迷宮に吸収されてしまう為、素材の回収は出来ないが、稀にドロップアイテムを落とす。 地上のモンスターを討伐し、素材や討伐証明をギルドに収めて報酬を得るか、報酬は減るが経験値を重視し、高額なドロップアイテムを狙うか、冒険者によってスタイルが異なる。 それを選べるようになるのは上級者になってからではあるが。 冒険者にはランクが存在し、下からブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ミスリル、オリハルコン級に別れ、ブロンズの3階級など、それぞれのランクに1~5まで階級がある。 ブロンズ級は初心者、シルバー級は中級者、ゴールド級から上級者というのが一般的な認識だ。 ランクによって受託できる依頼の難易度が決まっている。一つ上の階級の依頼まで受けることが出来るが、失敗すると賠償金が発生するし、命の危険性もあるため推奨されていない。
首からぶら下げたプレートを眺めながら冒険者になった喜びをかみしめていると、エミルさんが俺の頭を乱暴に撫でる。「ヨール、良かったじゃないか」 部屋から出て、そのまま大通りへと向かう。 丁度いい機会なので、エミルさんの息子ラシードさんのパン屋に寄り、昼食を取ることになった。馬車に乗ってすぐにマチルダさんのサンドイッチは食べちゃったからね。「おう、ラシード! 来てやったぞ!」 「お、親父!?」 店の中に入り、エミルさんが挨拶した相手――息子のラシードさんは、緑の髪を短く切り揃えた短髪の渋いイケメンだった。25歳と若いのに、既に人生の酸いも甘いも知ってるぞ的な大人な雰囲気が漂っている。さぞかしおモテになることでしょうね。 ラシードさんのパン屋さんは、大通りから少し入ったところにあり、オープンテラスのあるいわゆるベーカリーカフェって奴だ。白い壁に木製の棚がいくつも並べられており、その上に美味しそうなパンが陳列されている。 お洒落だし、かなり繁盛してるな。お店の前に漂う香ばしい匂いに誘われるのだろう。 日本にもパン屋さんはいくつもあったけれど、中に入ったときの鼻を突き抜けるムワッとしたあの小麦の香り。それよりもさらに魅力的に感じるのは、この世界の食材が優れているからに他ならない。 マチルダさんのパンもかなり美味しかった。その息子さんが研究に研究を重ねたパンなわけだから、食べる前から期待が止まらない。「あら、エミルおじさんじゃない! 久しぶりー!」 そこに、一人の女性が声をかけてきた。どうやらエミルさんの知り合いらしい。 目を奪われるとはこういう事を言うんだろうな。肩までふんわりと伸びた、艶やかな濃紺の髪が陽光で輝き、まるで星空を切り取ったかのような美しさ。キリッと整った眉と、凛とした顔立ちが、まるで王子様のような眉目秀麗さを際立たせる。王子様って表現が正しいかどうかは分からないけれど。「なんだ、ミシェルじゃないか! ヨール、こいつはな、前に少し話に出たヒジョフの娘だ。冒険者の先輩になるな。」 確か凄腕の冒険者って話だったか。鉄の胸当てに皮のスカート、腰にはレイ
メイド服のウエイトレスさんからテラス席に案内され、焼きたてなのか、いい香りのするパンを興奮気味に頬張る。「んーーー! な、な、何これ! ピーの香ばしさが全然違う、この新作のパン、サックリと焼き上げられたピーの香りが素晴らしいよ! そして中のビーフシチューが凄いんだ、パンと一体となるよう具材の大きさが計算され、ホクホクの野菜とよく煮込まれたお肉がホロホロと溶ろけるように混ざり合う」 あまりの美味しさに、思わず感想が口からこぼれてしまう。 ――ザワザワ そんな俺を見て、通りを歩く人が足を止めている。「そうか! 野菜が煮崩れないようお肉と別で煮たんだ! このお肉もハーブと塩のシーズニングに漬け込んでいたのか? いや、それだけじゃない……すりおろした野菜だ、揉み込んであるんだ! シチューのスパイスと肉の漬けダレが味に深みをだしているぞ!」 しかし、食レポコメンテーターと化した俺の口は、勝手に無数の言葉を紡ぎだす。 完成度の高いパンが舌を楽しませてくれている。黙って食べるなんて無理だよ。 ――ザワザワザワ 大はしゃぎしている俺を珍しく思った、通りを歩く人々が観衆となり、俺たちが座るテラス席の周囲には人集りができ始めていた。「おい、あのパン新作らしいぞ!」「あそこのパン評判いいのよね、私も1つお願いしようかしら」「言われてみたらピーのいい香りがするな!」 普通に食事をしているつもりなのだが、いつの間にか客寄せピエロと化していたらしい。 観衆たちがお客さんとなり、次から次に店の中へと入っていく。「ふぁー、このドライフルーツの凝縮された甘味ったら砂糖のそれとは全く違う! 天日でしっかり干しているんだろうな、水分が飛んで芳醇な香りが脳を刺激するようだよ! ん?これは……、お酒だ! 果物のお酒がパンに練り込んであるんだ、これが一層味を引き立たせているのか! おいおい、待ってくれ、ピーの種類がさっきと違うのか? さっきのパンより甘い香りがするぞ! 硬めのパンを噛めば噛むほど口の中が幸せに包まれてい
岩と岩を打ち合わせたようなガチンという大きな音がなり、冷や汗が流れる。尻尾をいれると7メートル以上はありそうだが、口よりも盾の方が大きいので、噛みつきは盾で防げるだろう。 位置の有利を取られているのはまずいと判断し、盾を構えてトカゲを中心に大きく時計回りにカニ歩きで移動すると、再び危機感知の感覚に襲われた。 岩を纏ったトカゲは反時計回りにトグロを巻くように体を丸め、渦を巻いた体を元に戻す力を使って鞭のようにしなりを効かせた尻尾を横薙ぎにふるってきた。 咄嗟に踏ん張るように足をガニ股に開き、盾の持ち手に腕を通し、内側に肩と肘を固定するように前のめりに構えて尻尾の一撃を受けると、梵鐘を打ち鳴らしたような音と共に強烈な衝撃を受け、後方に吹き飛ばされてしまう。ステータスを確認するが、ダメージは受けていなかった。「尻尾はだめ。狙うなら頭」 自分に言い聞かせるように呟くと、上下の有利不利が無くなったので、盾を前に構えながらゆっくりとトカゲに近づく。 トカゲは頭をこちらに向け、尻尾をビタンビタンと地面に叩きつけて威嚇している。こちらの戦斧の射程まで近づいたその時、トカゲは大きく口を開けて前進した。「今!」 噛みつきを盾で防ぎ、口を閉じたばかりの頭に振り上げた戦斧を垂直に叩きつけると、金属を岩に叩きつけたような高音が響き渡り、戦斧を持つ手はビリビリと痺れている。 トカゲの様子を伺うと、額からは赤い鮮血が流れ落ち、衝撃を受けている様子からはかなりのダメージを与えられた事が伝わった。 再び接近しようとすると危機感知が発動する。バックステップをして距離をとると、トカゲは時計回りにトグロを巻き、こちらの様子を伺っているようだ。「チャンス」 斜面を駆け上がり、振るわれても尻尾の届かない位置まで行くと、今度は斜面を駆け下り助走をつけ、右足で力強く大地を踏み込み、トカゲ目指して斜面と平行に鋭く飛び上がった。 尻尾の先端側から攻められ、遠心力をのせたムチのような攻撃が意味をなさないことを悟ったトカゲは、トグロを解いて迎え撃つように前進してきたがもう遅い。 トカゲが口を開
「無理、できない。」 異世界を統一しろと無理な要求をされたので断ると、僕の目の前では小学4年生くらいの見た目の幼い女の子がプリプリと怒っている。 緑色のおかっぱ頭に潤んだクリクリとした大きな目、吸い込まれるような緑の瞳をした、ほっぺたを真っ赤に膨らませて僕を叱りつけているこの幼女は自分の事を神様だと言っている。 肩甲骨まである真っ直ぐな暗めの栗毛と、クールな見た目で170センチある高身長の自分が一緒にいると、親子と間違われてもおかしくない。「だからぁ、これは絶対なんですぅ……。無理矢理送っちゃいますからねっ!」 夏休み初日の英語の補習で、オリバー先生に手を引かれてやってきたこの幼女、僕を光に包まれた空間に無理矢理連れてきた。「嫌……。僕行きたくない」「もーっ! 勝手に説明しちゃいますからねっ!」「聞きたくない」「健崎 加無子(けんざき かなこ)さんには巨人族になってもらいますからっ!」 目の前を眩しい光が覆い隠す。視界が戻ると、さっきまで腰くらいの位置にあった神様の頭が僕の膝より下にあった。どうやら身長が元の2倍くらいになっているみたいだ。 目の粗い麻の服は、肌が透けて見えるようで恥ずかしいし、胸が大きいので首周りがゆるいのは気に入らない。「ねぇ、1つだけ聞いていいかな? 僕は統一なんて興味無いから何もせず死んでもいいんだけど、それじゃ困るんでしょ?」「はいっ! 非常に困りますっ!」「じゃあ僕の着ていた下着を10セット、服は制服でいいからそれを10セットと靴を5足、サイズを合わせて。後はそれを入れる丈夫なリュックと頑丈な武器と盾を頂戴。そしたら頑張れる。それくらいできるよね?」「ぐっ……。ちょっとステータスって念じて貰えますぅ?」(ステータス) 健崎 加無子 レベル:1 属性:なし HP:2000 MP:0 攻撃力:1000 防御力:1
「ちょっとぉ……。まだ色々聞きたいことがあったのにぃ!」 もっとこの世界について色々聞きたいことがあったのに、強制的に転移させられてしまった。とりあえずスキルを調べてみる。(テイム レベル1:自分より弱いモンスターを従えることができる。弱らせることで格上のモンスターにも発動する。テイムしたモンスターは討伐扱いとなり経験値を取得できる。上限100体)「へぇ、わたしはこの魔法で仲間をどんどん増やしていけばいいわけね」 周囲を見渡すと、遠くに城壁のようなものが見える。おそらく街だろう。ひとまずテイムを試すために、街の方に向かいながらモンスターを探すことにした。 広葉樹や針葉樹など多様な木が生えているが、毒々しい見た目をしているので気味が悪い。おどろおどろしい木々の紫色の葉が風で揺れてガサガサと音をたてるたびにビクンと心臓が跳ね上がる。 怯えるように両手を胸に当て、周囲を警戒しながら森の中を進んでいく。「きゃっ!」 樹上から目の前に何かが落下してきた。「あー! ゲームで見たことある、スライムだー!」(テイム) 早速スキルを使ってみると、スライムのいる地面に魔法陣のようなものが出現し、そこから伸びる円筒状に薄い緑色の光がスライムを包み込んだ。「仲間になったってことかな?」 光が消えると、今までに感じたことのない親近感に似た感覚がスライムから伝わってくる。「おいでおいでー!」 手招きすると、スライムが一生懸命な様子でズリズリと体を前後に伸び縮みさせながら近づいてきた。「よく見たら可愛いね。わたしの言うこと聞いてくれるの?」 質問してみると、スライムはぴょこんと飛び跳ね肯定してくれているようだ。可愛らしい姿に思わず頬が緩む。「いい子ねぇ。他のモンスターからわたしを守ってくれる?」 お願いしてみると、スライムは再び小さくその場でぴょんと飛び、体で肯定の意思を表した。 愛らしい様子に楽しくなって、しばらくスライムに話しかけてみた。こちら
わたしは今光の中にいる。足が地についた感覚はないけれど、どういう原理か立っている。歩こうと思えば歩けるし、座れもする。 今日は夏休み初日で、古文の補習があった。教室で先生を待っていたら、菊ジイこと菊田先生と、スーツ姿のイケメンが入ってきた。 そのイケメンは、ぱっと見ただけで分かるほど高そうなブルーのダブルスーツを着ていて、艶やかな黒髪のオールバックに、金縁の丸メガネをかけ、燃えるような赤い瞳をしていた。彫りの深い欧米人のような顔立ちで、顔のパーツの一つ一つが大きく、作り物のように整った顔立ちはどこか浮世離れしていた。おそらく外国の方だと思う。 菊ジイは虚な目でずっと下を向いたまま何も喋らず、ただ教壇の後ろに立ち尽くしていた。「こんにちは、お嬢さん。お名前を教えて頂いても?」 まさか外国人だと思ってたイケメンから流暢な日本語が発せられると思わなくて、びっくりして噛んでしまった。「は、八王子 麻里恵(はちおうじ まりえ)でひゅ……す」「麻里恵さん、よろしくお願いしますね」 イケメンが優しく微笑みかけてくる。なんて尊さ。(教育実習生なのかな? だとしたら全力で推していきたいところね! 後で一緒に写真を撮ってもらってカナコちゃんに教えてあげよっと!) 色々と妄想をしていると、ドサッという音がした。菊ジイが倒れたようだ。定年近いと聞いていたし、夏の暑さにやられてしまったのかもしれない。「菊ジイ、大丈夫!?」 慌てて駆け寄り肩を叩くが反応はない。かろうじて呼吸はしているようだ。 イケメンが菊ジイを抱き上げ、日陰に移動して横にさせる。「大丈夫ですよ、安心して下さい。麻里恵さん一緒に来ていただけますか?」 なんだろう、保健室だろうか。「はい、大丈夫です!」 わたしは光に包まれた。 で、今ってわけなんだけと……。「麻里恵さん、気づいたみたいだね」 振り返ると爽やかな笑顔のイケメンがいた。歯がキランと光るエフ
(人か……?) 道を挟んで反対側の森から、身長1メール程の二足歩行の犬といった見た目で、右手に木の棍棒を持った生き物がキョロキョロと辺りを見回しながら出てきた。子供の犬獣人かもしれない。「おいガキ! ここはどこだ?」 茂みから出て眼光鋭く睨みを効かし、近づいていく。「ワン!」 威嚇するように吠えると、二足歩行の小型の犬は棍棒を振り上げこちらに走ってきた。「おい止まれ!」 注意を促すが、止まる様子はない。こちらの左脇腹を狙い棍棒を横薙ぎに振るってきた。子供なのになかなかの身体能力なのは獣人だからであろうか。 2回バックステップをして距離を取る。「おいガキ! 次はねえぞ、止まれ!」 再度注意を促すが、再び棍棒を振り上げ襲いかかってきた。 乱暴に振り下ろされた棍棒を左にサイドステップでかわし、棍棒を持つ手の手首を右足で蹴り上げ、棍棒が手から離れたのを確認してから、右のストレートで顔面を殴りつけた。「キャイン!」 二足歩行の犬は、金切声のような悲鳴をあげて地面に倒れると、脳が揺れているのか立とうとするが膝が笑っており力が入らずなかなか立てないようだ。 右手で棍棒を拾い上げ、トントンと右の肩を叩く。「アホが、痛い目見て分かったか? ここがどこか教えろ!」 話しかけるが返事はない。 ようやく軽い脳震盪から回復したのか、ゆっくりと立ち上がり噛みつこうと大口を空けてこちらに向かってきた。 右手の棍棒て下顎を打つと、顎が外れて大きく頭を傾け、走っていた勢いのまま地面に受け身をとれずに頭から倒れた。「お、おい! 大丈夫か?」 慌ててかけよると、白目を剥いて舌を出し、泡を吹いてガクガクと体を震わせていた。体を揺するが反応は無い。まだ息はあるので死んではいないようだ。目を覚ますまでしばらく待つとするか。 時々肩を叩いて呼びかけるが反応はない。15分くらい経っただろうか、近くの茂みがガサガサと音をたてると、中から透明な水風船を地
「何処なんだよここはよぉー! あんのクソジジイ……次に会ったらタダじゃおかねえぞコラ!」 気づいたら木々に囲まれた見覚えのない森の中にいた。そもそも、さっきまで学校に居たんだけどな。(ステータス) 武藤 零ニ(むとう れいじ) レベル:1 属性:無 HP:250 MP:70 攻撃力:100 防御力:50 敏捷性:100 魔力:40 装備 ・村人の服 ・村人のズボン ・麻紐のベルト ・革靴(ローファー) ・ライター ・タバコ ・麻の袋(大銀貨30枚) スキル ・アイテムボックス レベル1 これがどうやら俺の能力らしい。と、その前になんでこんな事になったのか説明が必要だよな。 夏休みの補習を受けねえとダブっちまうって話だったんで、仕方なく学校に行ったらよ、英語教師のみさきちゃんと変なジジイが現れやがったのよ。 みさきちゃんの様子が変だったんで、嫌な予感がしてジジイをぶっ飛ばしてやろうと思ったんだがよ、俺の体が動かなくなっちまって、気づいたら光の中だ。 突然目の前にクソ白髪が現れたと思ったら、私は神だなんて言いやがる。 ご立派な顎髭をむしり取ってやろうと手を伸ばしたら、変な力で5メートルくらい吹っ飛ばされちまった。 動けなくなった俺に神と名乗るジジイは長ったらしく色々と説明し始めた。ご高説ありがとうございますってか? スキルだ魔法だと訳の分からねえことを抜かしやがったと思ったら、俺の体を青い体毛に覆われた狼男みてえに変えやがった。腹や手足には白い毛が生えていて、体からは犬の臭いがしやがる。 目の前が光に包まれたと思ったら、いつの間にか森の中に立ってたってわけよ。じゃあ、俺の話に戻るとするか。「世界を統一だあ? 獣人以外ぶっ殺しちまえばいいんだろ? 俺をこんな目に合わせたことを後悔させてやるぜ!」 この世界は大き
「こちらトマーテの冷製スープになります」 危ないところだった。ウエイトレスさんが次の料理を運んでくれた。イズハさんはエールのおかわりを頼んでいた。 スープは、ニンニクの食欲をそそる香りと、貝の出汁と白ワインのような味わいが感じられる。オレガノのようなハーブの香りが全体を引き締めているようだ。「このスープも美味しいな! ヨールお前女に合わせて酒飲めねえとモテないぞ!」「な、なるほど! 初めてお酒を飲むから迷惑かけたらまずいかなと思って」「そんなもんは迷惑かけてから気にすりゃいいだろ! 裸でうろつく変質者が何言ってんだか。ほら、飲め飲め!」 言われるがままペースを早める。その後魚料理、肉料理ときて、エールを4杯も飲んでしまった。イズハさんは9杯目のジョッキを掲げている。大分酔いが回ってなんだか楽しくなってきた。「えー、イズハっぴ冷えたエール飲んだことないのー? 今度また行こうよー!」「なんだヨールてめえ酒も喧嘩も弱いくせにあたしを誘おうってか! 上等だかかってこい! わはははははは!」 酔っ払ってティーダ化したヨールとすっかり出来上がったイズハは、最後にデザートを食べ、店を後にした。「よーし、ヨール! もう一件行くかー?」「今日はこれくらいにしてまたにしよう! この街からエールが無くなったらみんな困っちゃうもんねー! だはははははは!」「雑魚だなてめえは! わはははははは!」(次の店に行ったら確実に吐く。俺のシックスセンスがそう告げているぜ……) なんとか難を逃れ、イズハさんを宿まで送って行くことにした。ギルドから歩いて1時間くらいの所に住んでいるらしい。 定期的に肩を小突かれるので、そろそろ俺は死ぬかもしれない。 しばらく歩いていると、カントリー調の歌が聞こえてきた。この世界にも路上ライブをしている人がいるみたいだ。「あれれー、イズハっぴー。歌が聞こえるぞー」「ありゃギータだな。なかなかいい歌じゃねえか!」「これはこれはイズハ隊長、お歌
「いい膝も頂いたことですし、そろそろいきましょうか! レストラン『サルバトーレ』ってところです。」「へー、あそこは人気でかなり並ぶみたいだよ。それと、堅苦しいから敬語はやめようか」 大通りを通ってレストランに向かうと、すれ違う人の視線がイズハさんに集まっている気がする。俺のファッションに釘付けって可能性も否定できないけどね。「クスクスッ……。なぁにあの格好?」「どうせ売れ残りでも掴まされたんじゃないの? 流石にアレはないっしょ?」 こちらを指差してるカップルは間違いなく俺の悪口を言ってるな。 今日の俺はそんな小さな事気にしないよ……と言いたいが、少しは傷つくんだぞ。 馬鹿みたいな格好をしてるのは自覚しているけど。 さて、ここで問題です。手を繋ぐべきでしょうか、繋がないべきでしょうか。 ……答えは簡単! 手を握ろうとしたら人差し指の骨を折られそうになったので、二度と変な真似をしてはいけません!「なあヨール、お前いくつだ?」「そろそろ17歳かなぁ。イズハさんは……いつから冒険者をやってるの?」 危ない危ない。年齢を聞こうとしたら右の拳を握りしめるのが見えた。年齢と体重を聞いた時、俺は死ぬだろう。「あたしは3年くらい前かな? 兄貴と一緒に始めたんだ。居ただろ、青髪のでかいのが。アレがあたしの兄貴。で、あんたは?」「へぇ、ダズさんと兄妹なんだ! あんまり似てないね。俺は1週間くらい前からかな?」「は? そんなんであの赤髪達とダンジョンに潜ったってこと!?」「いや、パトリックさん達は知り合いなだけで俺はソロだったよ。俺が裸で落とし穴からセーフゾーンに落ちた時は、話を作って庇ってくれたんだ。」「な、なおさらおかしいだろ! あたしより弱いのにどうやって……」「まあまあいいじゃない。ちょうど到着したし、続きは店の中で話そうよ!」 サルバトー
「そうだ、先にお店を決めないとだ!」(デートマスター黒川ともあろうものが、とんでもないミスを犯すところだったぜ。宿に戻る前にレストラン『サルバトーレ』に寄っていこう) デートではないのだが、勝手に盛り上がってしまっている。 太陽の位置的に10時を過ぎたくらいだろう。少し早足で向かう。こういう時は余裕を持って行動しないといけない。デートマスター黒川は余裕のある男なのだから。 30分もかからずレストランに到着した。既にお店の半分近くの席が埋まっている。早速ウエイトレスさんに声をかける。「すみません、マルコスさんはいらっしゃいますか?」「少々お待ち下さい」 ウエイトレスさんは可愛らしく背中のリボンを揺らしながら、店の奥へと入っていった。 しばらくすると、マルコスさんがにこやかに微笑みながらこちらへやってきた。「これはこれはヨール様。今日はどうされましたかな?」「今日お昼をこちらで頂きたいのですが、席の予約はできますか?」「おや、デートですかな? 他でもないヨール様の為ならお安い御用です」「ま、まあそんなところです。お昼の鐘から30分後くらいに伺いますね。コースメニューがあればそれでお願いします!」「かしこまりました。お待ちしております」 これで食事はばっちりだ。小さくガッツポーズをすると、握りしめた拳の辺りを見てふととんでもないことに気がついた。そう、服装だ。 通りを歩く人々の半数以上は同じように村人の服を着ているが、これから行くのは少し敷居の高いレストランである。 冒険者らしく防具を揃えるか、少し質の良い服を買うかで迷ったが、前回サルバトーレに寄る前に買い物をした古着屋に立ち寄ることにした。「すいませーん、イケイケのオシャンな服を下さーい!」 店に入り、店主に服を見繕ってもらう。だんだん緊張してきているため、語彙力が酷いことになっていた。「はい、社交的な場であればこちら、デートなどであればこちらなどいかがでしょうか」 少しごわついた黄ばみがかった白い