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砂原雑音
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Novel-novel oleh 砂原雑音

君と花を愛でながらー消えない想いを胸に閉じ込め、私はそっと春を待つー

君と花を愛でながらー消えない想いを胸に閉じ込め、私はそっと春を待つー

受験の失敗で自分に自信が持てず、閉じこもりがちだった綾。 そんな綾が再び外の世界に目を向けたのは、通りすがりに一目ぼれした花屋カフェがきっかけだった。 臆病だけど本来は明るい性格の綾が人と触れ合い、関わって成長していく。 再び歩きはじめるために 必要なものは何でしょう アルバイト店員 三森 綾 19歳 元は大手商社のエリートだったらしい オーナー兼マスター 一瀬 陵 30歳 無表情で一見冷ややかなその人 時折見せる優しさに 綾は少しずつひかれていく パティシエ 片山信也25歳 チャラい外見と言葉遣いで不真面目に見られがちだが 実は案外気遣い屋 失恋したばかりの綾に わかりやすい程真っ直ぐな愛情表現を示してくれる
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Chapter: 4話 一途なひまわり《6》// 幕間・思い草《1》
びくんっ!と背筋が伸びて慌てて振り向いた。見られたくない、咄嗟にそう思ってしまったからきっと私はかなり慌てた顔をしていたと思う。それなのに、厨房とホールとの境目のカウンターで顔を覗かせる一瀬さんは至っていつも通りの無表情で、淡々と動じることなく片山さんを窘めた。「デートのお誘いは仕事の後にしてください」「へぇへぇ」慌ててるのは、私だけ。しかも、助けてもくれない……んですか。そのことが、自分でも驚くくらい、ショックだった。「……綾さん?」私と目が合ってはじめて一瀬さんの無表情が崩れる。代わりに浮かんだ困惑顔に、また一層、胸が痛んだ。私は一体、どんな顔で一瀬さんを見ているんだろう。ただただ、目頭が熱くて。困惑する一瀬さんの顔を見て、唇を噛んだ。一瞬の目線のやりとりを、片山さんに気づかれたのかはわからない。「……了解。デザートプレート二つね」溜息混じりの片山さんの声が酷く不機嫌だった。一瞬だけ握られた手の圧力が強くなる。それでも目を離せない私に、一瀬さんが少し目を伏せて言った。「向日葵。梅雨が長引いたせいで開花が遅れているそうですよ」「は? そうなの?」「ええ。期間中でも少し後の方に行った方が良いでしょうね。咲いてない向日葵見ても仕方ないでしょう」見るからに動揺している私のせいで気まずく澱んでいた空気が、ようやく少し流れ始める。「そりゃそうか……じゃあ、八月入ってからのがいいかな」残念そうな声と一緒に片山さんが立ち上がる。漸く握られた手が解放されて、やっと肩の力が抜けた。「片山さん、ごちそうさまでした」作業台に向かう片山さんにそう言うと、背中を向けたままひらひらと片手を振った。カウンターに戻ってすぐ、一瀬さんがぽつりと私に言った。「見頃になるまでに、お返事したらいいでしょう。嫌なら嫌と言えばいい」私の方をちらりとも見ずにそう言って、カップとソーサーをセッティングする。「はい……すみません」助けてもらったのか、突き放されたのかわからない。だけど、一つだけわかってしまったことがある。向日葵畑がいつ咲くのかよりも一瀬さんにどう思われるかそのことばかり気になって、仕方ない私がいることに気が付いてしまった。【一途なひまわり・前編】END――――――――――――――――――――――――――――――――――
Terakhir Diperbarui: 2025-04-16
Chapter: 4話 一途なひまわり《5》
「マ、マスターとそんなんなるわけないでしょ。マスターからしたら私なんてお子様にしか……」「うん、それもあるし」自分で『お子様』って言ったのに、全く否定してくれないお姉ちゃんに結構ダメージは大きかった。どうせ私は子供っぽいですよ。……多分、世間一般の同年齢の子達よりも、私はこういったことに疎いのだと思う。もっとちゃんと、真剣にみんなの恋バナを聞いて置けばよかったと、今更ながら後悔した。「っていうか、論点ずれてる。片山さんかマスターか、じゃなくって。そんな簡単にデートしていいものなのかなって……」「いいじゃない、それでもしかしたらドキドキしたりして、恋が芽生えることだってあるよ? きっと」「……ドキドキしたら恋なの? そんな単純?」「わからないからって立ち止まってたらわからないままじゃない? あんまり怖がらないで、案ずるより産むがやすしっていうわよ?」つまりそれは。まずは、デートしてみろってこと、でしょうか。お姉ちゃんに相談しても、結局悩みはすっきりとはしないまま。お風呂を済ませて、お布団に入ってまた頭を悩ませる。一瀬さんから見ると私なんか子供だってそれはよくわかってるけど、片山さんだって私よりも五つ上だ。それに、かっこいい。あんな風に見つめられたり、指にキスされたりしたら……どきどきして当たり前だと思う。肌掛け布団を口許まで引き上げたら、指先が目に入ってまたどきどきがぶり返して、暫く眠れなかった。◇◆◇翌日、朝から片山さんと顔を合わせるのに、すごく緊張したけれど。「おはよ、綾ちゃん」「おはようございます」彼はいつも通り愛想のよい笑顔で、ケーキの番重をカウンターの上に置く。そして、いつものように、目の前に停めた車を駐車場の一番端に停め直しに行く。「……あれ?」間抜けな私は、その時に漸く気が付いた。彼は毎朝、車でケーキの番重を積んで出勤してくる。おうちのケーキ屋さんは歩けない距離じゃないけど、手で持って歩くには遠いし車の方が安定するから。当然、昨日も車だったはずだ。片山さんはあれから、一度店に戻ったのだろうか。「ああ、はい。一度戻って来られてから車で帰られましたよ」一瀬さんにそれとなく聞いてみたら、そう教えてくれた。だったらなんで車で送ってくれなかったんだろう。車なら駅まで三分くらいだし、昨日は降られはし
Terakhir Diperbarui: 2025-04-15
Chapter: 4話 一途なひまわり《4》
「え……っと」壁と片山さんに挟まれて、片手は繋がれたままで、逃げ場所がどこにもない。顔に集まる熱を感じながら、俯いて視線を逃がしたのは今度は私の方だった。空いた手が手持無沙汰に忙しなく、横髪を耳にかけて肩にかかった鞄の柄を握る。「嫌?」「嫌、っていうか。あの」ふざけてるのか真剣なのか、いつも片山さんはころころと雰囲気を変えるから真に受けていいのかわからない。ぎゅっと握ったままの鞄の柄を、何度も肩にかけ直した。手を握られたままの片手が、汗ばんできているのを感じて恥ずかしい。「……綾ちゃんから見て、やっぱり俺は軽そうに見えるんだ? だから嫌なの?」そう言った声が少し寂しそうに聞こえて、慌てて視線を戻した。「違います、そうじゃなくってっ!」「じゃあいいよね、行こう?」約束ね、と。私の手を持ち上げて口許に寄せる。「ひゃっ……」指先に、あたたかくて柔らかいものが触れて私は慌てて手を引いた。思いのほか簡単に手は抜けた。「あ、あのっ」「うん?」手は離れたけど、すぐ目の前に片山さんの顔があるこの状況には変わりない。ぐるぐると頭が混乱して、涙が出そうで。「も、帰らなきゃ。電車が」目の前もぐるぐるして、キスされた指先も顔も熱くて。片山さんの顔が、もうまともに見れなくて、横を駆け足ですりぬけて。逃げ出して、しまった。「あ、綾ちゃん!」片山さんの声を聞きながら路地を抜け出し、まっすぐ駅の改札まで走る。定期を出すのに手間取って、つい後ろを振り向いたら。「……っ」片山さんが少し後ろの方で、私に向かって手を振っていた。すごく、優しい笑顔で。多分私が走り去った後も、ちゃんと改札抜けるまで見守っててくれたのだと思うと、また胸がどきどきし始める。慌てて前を向いて駅のホームまで駆け上がったけれど。電車に乗ってる間もその鼓動は収まらなくてずっとそわそわしてしいた。さすがに私でもわかる。片山さんは、本気かからかってるのか兎も角として、私に好意を向けてくれている。家のある駅に着いてからも落ち着かなくて、いつもの倍以上のスピードで帰り道を歩いて玄関に飛び込んで。「あ、おかえり。今日は遅かったね」早歩きで帰ったのに遅いと言われて、それだけ片山さんとゆっくり歩いて話をしていたのだと気づいた。「お姉ちゃあん!」「えっ? 何?」ちょう
Terakhir Diperbarui: 2025-04-14
Chapter: 4話 一途なひまわり《3》
外灯や店の灯りを反射して、色とりどりの光を放つ石畳道を進んで行くとそれほど長くかからずに駅につく。まだ人通りも多い時間で、ほんとに送ってもらうほどのことでもないのだけど。話上手な片山さんに乗せられたというべきだろうか。最初の緊張やら戸惑いやらはいつのまにかなくなって、話に夢中で歩調も緩くなる。「綾ちゃんは映画はあまり見ないの?」「最近はあまり。レンタルしてくることはよくありますけど」「じゃあ遊びに行くならどこ行きたい?」「あ、植物園がこないだリニューアルされてそこに今度行く予定なんですけど」「え、誰と?」「お姉ちゃんとです!」「ふうん……」ずっと笑顔だった片山さんが、少し面白く無さそうな顔をした。「『悠くん』は一緒じゃないんだ?」「えっ、どうかな、聞いてないですけど……」話をしたときは私とお姉ちゃんだけだったけど、いざ行くと悠くんも一緒だったりもよくあることだから、本当にその日になってみないとわからない。片山さんの不機嫌の理由は、わからないことはないけれど。それが、ほんとなのかただからかってるのかがわからない。以前は頼りにできる先輩で、男の人だなんて特に改めて思ったことはなかったけど……こういう会話になると、つい考えてしまう。早く、駅に着かないかな、なんて。「じゃあ、さ」「はい?」突然互いの手が触れあって、片山さんの手は少し、ひんやりとしていた。「デートに行くなら、どこに行きたい?」ああ、まただ。また、逃げ出したくなるような空気が漂って、私は手をひっこめようとしたけれどその指先を捕まえられた。「あ、あの、手……」「どこがいい?」「行ったことないから、わかんないです。それより手……」駅はもうすぐそこなのに、こんな際々でまた片山さんは恋愛モードに入ってしまって、私はまた狼狽させられる。「じゃあ、行先俺が決めていい? 今度の定休日空いてる?」「空いてます……じゃなくてなんで行く流れになってるんですかっ」「あ、流されなかったね……残念」あはは、と片山さんが笑って恋愛モードがまた解ける。ちょっとずつちょっとずつ、小出しにされてる気がするのは気のせいだろうか。少し空気は緩んだけれど、その隙にしっかりと指を絡めて手を繋がれてしまった。たかが、手だ。片山さんの手に一切触れたことがないかと言ったらそんなことはない
Terakhir Diperbarui: 2025-04-12
Chapter: 4話 一途なひまわり《2》
食器を片付けて厨房を出るまでの間ずっと見られているみたいな気がして、ほんの僅かな時間なのに苦しくなるくらいに居心地が悪い。「綾ちゃん」「えっ」それじゃあ、と声をかけてカウンターに戻ろうとしたら呼び止められてびくびくしながら後ろを振り向いた。「今日、終わったら一緒に帰ろうよ」「えっ、でも。駅と片山さんのおうちと、反対方向じゃ」「いいでしょ、送るよ」「いえ、あの……」狼狽えながらも断り文句を探しているうちに、彼は重ねて言葉をつなぐ。「いいでしょ、俺も綾ちゃんとちゃんと話す時間がほしいだけ」そう言われると、自分が余りにも幼い理由で逃げているだけのように感じてまた、言葉を失った。カウンターに戻った私が、余程憔悴した顔をしていたのだろうか。一瀬さんが少し首を傾げて言った。「どうかしましたか?」「いえっ、大丈夫です! マスター、お食事行ってください!」慌てて笑顔でそう言ったけれど、わざとらしく取り繕ったように見えてしまったのかもしれない。無言で、珈琲を淹れてくれるのを見て、『あ、私の分だ』と、すぐにわかった。案の定、暫くカウンターで立ってグラスを磨いたりしていると作業台にカップを置き「どうぞ」と一言。「……ありがとうございます」一瀬さんの感情の読み取りにくい表情を、最初はすごく怖いと思ったけれど。今は逆に、安心してしまう。厨房へと入っていく背中を目で追いながら、私は珈琲の香りを深く吸い込み唇をつけた。ここで働くまで、珈琲がこんなに美味しいとは思わなかった。どちらかというと少し苦手で、砂糖やミルクを多めにいれて甘くしないと飲めなかったのに、今ならブラックでだって美味しく飲める。それだけじゃない。少しイライラした時や焦った時、落ち込んだ時、一瀬さんが度々淹れてくれる珈琲がなんだか安定剤代わりになっているような気がするくらい。香りを深く吸い込むと、どんなに波立って心も次第に凪いでゆく。そんな風に、感じるようになっていた。「顔はあんなに無表情なのにな」仏頂面で口を真一文字に結んだ怖い顔で淹れているのに。そう思ったら、なんだか少し可笑しくて「ぷぷ」と笑いながら、また一口珈琲を味わった。「それじゃ、お疲れ様です」閉店時刻を迎えて、少しの後片付けを手伝った後はいつもどおり一瀬さんに促されて、鞄を手に取った。一応……無視するわけ
Terakhir Diperbarui: 2025-04-10
Chapter: 4話 一途なひまわり《1》
しとしとと雨が降り続く灰色の空の下、紫陽花の鮮やかな発色が心を少し晴れやかにしてくれる。窓の外から見える花壇には、春先のパンジーが終わって以来まだ何も植えられておらず、水を含んだ黒い土から雑草が生え始めていた。「マスター、次はここ、何か植えるんですか?」ダスターでテーブル席を拭きながら、カウンターに向かって尋ねる。「そうですね……秋になったらまた。パンジーか」「チューリップもいいですよ」スペースは結構あるから、両方植えるのもいいかもしれない。どちらも種類豊富な花だから、きっと賑やかな花壇になる。まだ植えてもいないのに、来年の花壇を想像して今からとても楽しみだった。「綾さん、休憩どうぞ」「はい、お先にすみません」一瀬さんに促されて厨房へと入っていく。ランチの時間が過ぎて客足が落ち着いた頃に、片山さんが作ってくれる賄いを交代で食べるのだけど……私は今、この時間がとても苦手だ。「片山さん、お昼いただきます」片山さんとどうしても、二人きりになってしまうから。忙しく何か作ってくれていたらまだ良いけれど、お客が落ち着いた時間なんだから当然、オーダーもない。「はいどうぞ」作業台に丸椅子を寄せて座ると、白いお皿にサンドイッチが乗せられて二つ並べて置かれた。「俺も食べよっと」そして、角を挟んで隣に座る。この距離間と角度が、苦手。向かい合わせに座るなら、作業台を挟むから距離ができる。真横に座られるなら、視線を合わせずにいられるしじっと見られても気付かないふりでいられる。でもこの位置関係では、距離は近い上に視界の隅に常に片山さんがいる。「おいしい?」「はい。片山さんのご飯はいつもオシャレで美味しいです」今日のお昼はアボカドサラダとサーモンの彩り可愛いサンドイッチ。「綾ちゃん、美味しそうに食べてくれるからほんと作りがいある」ほんとにすごく、美味しいんだけど……正直、居心地が悪い。片山さんがサンドイッチを片手にじっと私の方を見てるのが視界の左端に映っていて、つい視線をそちらへ動かすとばっちり目が合ってしまった。「早く食べないとお客さん来たら食べれなくなっちゃいますよ?」「食べてるよ、ちゃんと」私がつい、唇を尖がらせて文句を言っても片山さんは全く動じないし、半分私の方へ向けた身体の角度も変わらない。それどころか、尖がった私の口
Terakhir Diperbarui: 2025-04-09
優しさを君の、傍に置く

優しさを君の、傍に置く

【BLではありません】 石畳の洒落た通りは、街灯もアンティーク感を漂わせて全体のイメージを敢えて統一しているのがわかる。 夜は尚更異国の雰囲気を感じさせ、それに倣った店構えが並ぶ中、その店はひっそりとそこにあった。 今はもう照明の落とされたガラス張りの大きな店舗と店舗の間、半畳ほどの狭いステップから地下に繋がる階段を降りていく。 暗がりをランプの灯りが照らす中、重厚そうな扉を押し開くと…… その店には、男も女も骨抜きにする美人の「バーテンダー」がいる。 「僕が泣いても、やめないで」
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Chapter: 触れてはならない、禁断の果実《7》
「……あの?」「何か?」余りない、距離間だった。いや、慎さんを空手道場に送る時だとか、食事に連れ出す時だとか、俺から近寄っていくことはあっても、慎さんの方からここまで近づくことは余りない。ましてや、店内で。「いや……そうだ。佑さんは?」「今夜はもう帰ってもらいました。後片付けもそれほど残ってなかったし」「あ、そう……っすか」しかも、二人きり。何がどうしてこうなった、と理解ができないままに自然と鼓動は早くなる。男としては、大変美味しいシチュエーションだ。だからといって、簡単に手が出せる相手ではないのだが。スツール同士はあまり離れていないから、すぐ隣だと肩が触れそうなくらいに近くなる。手を伸ばせば触れられるくらいに、抱き寄せられるくらいに、近い。かといって全力で近づいてくるわけでもなくて……なんだろう。この感覚、どこかで覚えがあるぞと思いめぐらすと、すぐに思い当たった。実家で飼ってる猫だ。不愛想でこちらから構ってやろうとすれば、つんと澄まして見向きもしないくせに、たまにソファでテレビを見ているとそろっと近づいてきて隣に座る。それと、似ている。慎さんは例えるならシャム猫みたいで、実家の雑種猫とはずいぶんと雰囲気は違うけど。「あ。えっと、あの子なら、ちゃんと家まで送って来ましたから」「ああ、アカリちゃん。小さくて可愛らしい子ですね」「……送っただけで、何もないっすよ?」「そうですか」いつもと違う空気のわけを、思い当たる節から確かめようと敢えてアカリちゃんのことを口に出してみたが、手ごたえがない……ような、あるような。「……てっきり告白でもされたかと思いました」はは、と笑った顔が平静を装っているだけのようにも見えた。「……されました」「えっ」「俺は会うつもりないんすけど……ここに多分、ちょくちょく来ると思います」こんな雰囲気で、何か不安そうな慎さんに言いたくはなかったけれど、アカリちゃんが本当に来るなら話しておいた方がややこしくならない、気がした。俺が居ない間に来られてアカリちゃんの口から喋られるよりは、ずっといい。『だから―――また、会いたいな。あの店に行けば会えるよね?』最後に言われた言葉を思い出して、溜息を付く。アカリちゃんに毎度毎度来られたら、慎さんと話す機会が絶対に減る。ましてや、その度送れとか
Terakhir Diperbarui: 2025-04-16
Chapter: 触れてはならない、禁断の果実《6》
―――――――――――――――――――――――――急いで駅まで走ったものの、やっぱり終電には間に合わなくて慌ててタクシー乗り場を探す。ところが、俺と同じように終電を逃した連中か、とっくに営業を終えてるバスの利用者かで長蛇の列となっていた。しかも見ていると回転率が悪い。中々タクシーが戻ってこないのだ。「……くそ」どうしようか。携帯から連絡しようかと思ったけれど、タクシーに乗るくらいなら家に帰れと言われそうで、結局止めた。この駅から店までは、線路上で言えば三駅分。でも、直線距離で結べば三駅もない……はず。走るか。いや、それならタクシー待つ方が早いか。悩んでいても答えはでないと、結局じっとしていられないのが性格ってやつで。店の方角を確かめながら、適当な道を選んで車も人通りも少ない暗がりを行く。走る必要もないのに走るのは、一分一秒でも早く会いたいからで。案外ヤキモチ妬きのあのひとを、不安にさせたくないからで。あ、いや。不安に思ってくれるならちょっとは嬉しいけど、不安にさせたいわけじゃない。応えてくれない人を好きで居続けるという恋愛を、今までしたことがなかったから、俺にとっては複雑で初めての心境だった。「くっそ、あつ……」半分くらい走ったところで、一度足を止めて呼吸を整える。バスケ現役で走っていた頃なら、もうちょい走ることができたのに。再び走り出してすぐ、流しのタクシーを捕まえることができて、それからは店まではものの数分だった。タクシーを店の前で降りると、ぶるりと寒さが身体に堪えた。散々走ったおかげでシャツが汗で濡れていて、今度はそれが逆に身体を冷やしている。当然だ、来週には十二月だ。慎さんに出会ったのは、まだ秋のはじめの頃だった。ふと、風の温度に季節の移り変わりを感じて、あれからまだ二か月ほどしか経っていないのだと気が付いた。随分長い間、この店に通っているような気がしていたけれど……それほどの回数、ここに訪れているということだろう。「……はあ」階段を降り切った踊り場、店の扉にかけられたプレートの「close」の文字に溜息をつく。今夜は最後の客が早く帰ってしまったのかもしれない。場合によっては、週末は特に明け方近くまで開けていることが多いのに、今夜に限って早々に閉めてしまったようだった。素っ気ないけど律儀な
Terakhir Diperbarui: 2025-04-15
Chapter: 触れてはならない、禁断の果実《5》
「……何言ってるんですか。もう終電もなくなりますよ」「大丈夫です、走れば間に合うし。それに週末はあのオッサンまた来るかもしれないじゃないですか」「梶さんなら、最近は来ても別に僕に絡まないし、佑さんがお相手してるから特に困ってませんよ」呆れたと言わんばかりの顔で慎さんは言うけれど。確かに、近頃来店してもそれほどしつこく絡んでいる様子はないし、佑さんと話していることが多い。だが、それを認めてしまうともう番犬は必要ないから来なくていいと言われてしまいそうだ。っていうか、ちょっと……今。イヤなものを想像して、寒気が。「……あのオッサン、まさか佑さんに鞍替えっすか?」「は? いや、まさか……そんな」ぽかん、とした表情の慎さんと顔を見合わせる。恐らくは今、脳内で似たような絡みを想像しているのではないだろうか。次の瞬間、血の気が引いた青い顔色で思いっきり口と鼻を歪ませた。「……んなわけないでしょう。変なもの想像させないでください」「すんません……俺も鳥肌立った……」おえっ。オッサン二人の絡みなんか。当然美しいわけがない。当の佑さんは流し台で洗い物をしていて、こちらの話は全く聞こえていないようだが、もしも聞いていたら面白がって悪ふざけを考えたに違いない。「…っと、とにかく。戻ってきますから。閉店までには」「そんな、無理をしなくても」「無理じゃなくて、俺がそうしたいだけですから!」そうと決まれば、早く行かなければ。出来れば終電があるうちに戻って来たいところだ。急いで背を向けた一瞬、複雑な表情を浮かべながらもほんの少し、嬉しそうに見えたのは……希望的観測が過ぎるだろうか。三人の元に戻れば、まだ二回目だというのにまるで決まり事の如く俺がアカリちゃんを送る形で解散した。そこからの俺は気もそぞろで、電車の中でアカリちゃんと話はしたものの内容はさっぱり覚えていない。彼女の家の最寄り駅で降りてからも、つい早足になる歩調に気付いては、後ろを振り向いて慌てて緩める、の繰り返し。しまった。大した距離じゃないんだし、電車を降りたらすぐにタクシーに乗れば良かったのだ。一生懸命俺の後ろを着いてくる彼女に、罪悪感が沸いて少し気を落ち着かせようと深呼吸をする。「なんか、ごめんな」「ううん、こっちこそごめんね。またこんなとこまで送らせちゃって……」
Terakhir Diperbarui: 2025-04-14
Chapter: 触れてはならない、禁断の果実《4》
浩平は、とにかく俺とアカリちゃんをどうにかしたいらしい。っつか、馬鹿め。この店に来た時点でそんな目論見は破綻している。慎さんがバーテンダーをしているこの店で、彼(彼女)以上に女を引き付けられるわけがないのだ。自分で言っててかなり虚しいが、俺の好きな人は俺なんか足元にも及ばないくらい女にもモテモテなのだから仕方ない。「ヤバイ、あのひとなに?! モデルとかじゃないの?!」「めちゃくちゃ綺麗だったね、男の人にしとくの勿体ない……」慎さんがカウンターの方へと下がっても、視線で後を追うように身体ごと振り向かせ、ほう、とピンクの溜息をつく。彼女たちの前には、慎さんが作った色合いの可愛らしいカクテルが並んでいる。赤い液体に、ミントの葉と白いパウダー状のものが雪みたいに散っているイチゴマティーニと、薄いピンク色のピンキーサワーはどうやらマンゴーらしい。『お二人のアクセサリーの色に合わせてみたんです。こういう楽しみ方もいいでしょう?』そう言って微笑んだ慎さんは、確かに誰よりもかっこよく麗しい、バーテンダーだった。「……馬鹿だろ浩平。ここに来たらこうなるに決まってんだろ」「いや、確かにちょっとは思ったけど……なんかあのひと、今日は特に接客気合入ってねえ?」そうだろうか?いつだって慎さんは女の人にはめちゃくちゃ優しいし、飛び切りの王子様スマイルだけど。「あああ、どうしよう。本気で暫く通っちゃおうかな」「やめとけやめとけ。お前なんか相手にされるわけないだろ」「うっさいわね、そんなのわかんないじゃないの!」浩平とミキちゃんが、喧嘩腰の軽口を叩き合う。大学時代から、これが二人の雰囲気らしい。付き合っている、というわけではないそうだが。「男だって見た目は大事よ! アカリもそう思うよねー」「あはは。そうねえ……すごく綺麗だから、目の保養にはなりそうだけど、緊張しそう」「そう?」「うん、私はもうちょっと、身近な感じの人の方がいいかな」そう言って、アカリちゃんがちらりとこちらを見て視線が合った。同意して欲しいのだろうか。確かに、慎さんが綺麗な人だということには何の異論もないが。「話してみると、結構面白い人だよ。人間味あるし」緊張する、という言葉が、なんとなく「自分たちとは違う人」と一線を引いたものに聞こえて、ついそんなことを言ってしまった。
Terakhir Diperbarui: 2025-04-12
Chapter: 触れてはならない、禁断の果実《3》
別に、ほんのちょっと妬いてくれたくらいでそれがイコール「好き」という感情に直結するとは思ってない。だけど、そのほんのちょっとの嫉妬と同じくらいに、希望があるって思っていいんだよな?胸の奥が苦しいくらいにきゅんきゅんと鳴っている。この人は、良くも悪くも俺の心拍数を上げてくれるから、そこんとこをもうちょっと自覚してほしい。すみませんでした、と小さく頭を下げた彼女に首を傾げると、少しもじもじとしながらもう一度謝罪の言葉が聞こえた。「……陽介さんの気持ちを、疑ったことです。すみませんでした」「ま、慎さん……!」と、またしてもカウンターを乗り越えたい衝動に襲われて、カウンターに阻まれる。いらないだろ。邪魔でしかないだろカウンター。しかし、遮られてなかったら本気で抱き着いて殴られてたに違いない。「受け入れたわけじゃないですよ! し、信じただけですから!」俺の気持ちを信じると言ってくれた。それだけで十分だった。俺はすっかり舞い上がって、その後俺の居ないところで、浩平と慎さんが話をしていたなんて、随分後になるまで全く知らなかった。―――――――――――――――――――――あれから、半月程。今夜のbarプレジスは賑やかだ。カウンターが俺の特等席だが、今は一番奥のテーブル席にいる。なぜなら今夜は、ものすごく不本意ながら……一人ではないからだ。「こんな素敵なバーがあるなんて、浩平ったら全然教えてくれなくて」「本当、こんなお洒落なバー、初めて来ました……なんかそわそわしちゃう」浩平の大学の頃の女友達、ミキちゃんと、その隣で、ほんのり頬を染めて小さな身体をさらに縮こませてモジモジしているアカリちゃん。そして俺の隣で若干白けた表情の浩平の四人という、俺としては何とも複雑な面子での来店だった。「ありがとうございます。ここは女性のお客様も良くいらっしゃいますよ。気楽に楽しんでくださいね」こんな状況にも拘らず、慎さんは今日も変わらず妖艶な微笑を浮かべ、ピンと伸びた綺麗な姿勢で立っている。ミキちゃんとアカリちゃんは、すっかり慎さんの王子様スマイルの虜のようで、ハートがキラキラ飛び散ってる幻影まで見えそうだ。慎さんがオーダーを聞こうとしているのに、何かと脱線してさっきから無駄話しかしていない。それでも、慎さんは嫌な顔一つ見せないのだから……やっぱ
Terakhir Diperbarui: 2025-04-10
Chapter: 触れてはならない、禁断の果実《2》
どくどくどくと早鐘を打つ鼓動に焦燥感も煽られる。「アカリちゃんって子が明らかに陽介狙いだったんで、送ってやれって二人きりにさせてみたんすけどね」「だから俺は」焦って説明しようとする俺の言葉に被せるようにして、慎さんが言った。「恥ずかしがることないじゃないですか。陽介さんにも春が来たんですね」「……」ぷつん。と何かが切れた音が頭の中でした気がする。目の前には、慎さんがいれてくれたシャンディガフ。薄黄色の透明な液体で埋められたグラスの中、きらきらと小さな粒のような泡がくるくる昇るのを見乍ら、苛立ちを抑えようとしたけれど。我慢できずに、グラスを掴みひと息に飲み干した。冷えた液体が身体の中心を通ったけれど、頭は冷えてくれなかった。春が来た、って何。俺はずっと春だけど。慎さんと出会ってから、頭ン中ずっと春爛漫だけど?!なんで今更他の女と春を迎えなきゃならないんだ。好きだって言ったのに、なんで信じてくれてないんだ。だん!と勢いよくグラスを置いた衝撃で、会話を続けていた二人の声がぴたりと止まった。「陽介さん?」「俺は!」椅子から立ち上がり張り上げた声に、慎さんが目を見張る。今漸く、ずっと逸らされたままだった視線が合った。「俺は、慎さんが好きだって言いました!」信じてもらえない苛立ちそのまま言葉をぶつけてしまったけど、それでいいやと抑止は全く働かない。驚いた慎さんの手から、ダスターがぽとりと落ちた。「ちょっ、陽介さん……」「拒否されててもわかってはくれてるものと思ってました! もっと口に出した方がいいっすか、もっと態度で示さないとわからないですか」「ちょ、ちょっ……馬鹿かお前!」「どうせ俺は馬鹿ですよ!」嘘つきだとか節操無しだとか思われるより、馬鹿の方がなんぼかましだ。完全に頭に血が上った俺に、慎さんが動揺したのか目線がちらちらと他所を向く。なんだよ、俺に集中しろよ!子供染みた独占欲みたいなものが沸いてでて。その視線の先に、慎さんの動揺の理由に気付いた。「浩平ならもう知ってます。俺、言ったから」「は?」ぽかん、と口が開いたままおかしなものでも見つけたような、表情だった。「ば……馬鹿じゃないか、本当に」「なんとでも。男も女も関係なく、慎さんが好きです。何回でも言いますし誰に知られても、俺はいいです」そう
Terakhir Diperbarui: 2025-04-09
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