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優しさを君の、傍に置く
優しさを君の、傍に置く
Author: 砂原雑音

男は下らぬことに闘争心が湧いたりする《1》

Author: 砂原雑音
last update Last Updated: 2025-02-10 20:12:21

【高見陽介】

 帰国子女らしいって話。

 何か国語だ?

 ぺらっぺらで。

 取ってくる契約は桁違いの大口だったり、それでいて会話もスマートで偉ぶらない。ビジュアルも完璧、男の俺から見たら怪物みたいな存在の上司。まだ若いからって課長職に甘んじていたけど、将来約束された本物のエリートだった。

 普段なら争う対象でもなく、同期じゃなくて良かったと思うくらいだ。仕事でなんか敵うわけもねーから成績を比べたことすらなかったけど。

「ごめんね、陽ちゃん。私、真田さんに着いて行きたいの」

独立した鉄人上司に、彼女を取られた。

この時ばかりは、流石に腸煮えくり返ったとも。

「おい陽介……もう帰ろうって」

 同僚に自棄酒に付き合わせて、半分は酔ったフリの蛇行歩きだ。浩平がさりげなくタクシー乗り場に誘導していることに、気付かないわけがない。

「嫌だ! 俺はまだまだ飲むぞまだ日付変わったばっかだろ!」

「日付変わったから帰ろうっつってんだろうがしばくぞこら」

 あー、明日の朝、酒抜けねえかも。

 残った理性がそう冷静に判断するけど、入社した頃から二年付き合った彼女を掻っ攫われた心の痛手は、酒で誤魔化そうとする程度には、ダメージはでかかった。

 秋を迎えて夜は少々肌寒い。酒効果で妙にチカチカする視界で空に浮かぶ月を見ると、尚更感傷に浸りたくなる。

 ってか、翔子。

 お前結構いい女だったけど、所詮一般の部類だ。

 あれはさすがに格が違いすぎるって。

 雲の上の存在過ぎてまさかのノーマークだったわ。

 そのうちポイっと捨てられるに決まってる。

 本気で心配したけれど、それは言わなかった。

 余りにも惨めだろ。

 可哀想だろ、俺が。

「唯一勝てそうなのって背の高さしかねぇな……」

「あー、人混みでも難なく見つけられる立派な長所だ誇りに思え」

 夜風同様、浩平の態度が冷たい。愚痴を垂れ流し過ぎたのか、受け流しもぞんざいになってきた。これ以上面倒がられないようにそろそろ帰るか、とさっき通り過ぎたタクシー乗り場を振り返ろうとしたが、浩平の言葉に引き留められた。

「そうだ。そんなに飲みたきゃ、いいとこ連れてってやる」

 何かを思いついたようにそう言って、突然すぐ傍の角で左に曲がる。

「なんだよいいとこって」

 風俗とか言うなよ。

 俺は今は女より酒が欲しい。

「ショットバーだよ」

「ああ、なんだ」

「で、めちゃくちゃ美人がいる」

「……へ、へえー……」

 いやいや。

 女は今はいらないんだけどね。

 でも、美人だと聞くと当然俺も興味を引かれるわけだ。

「とりあえず酒が飲めるなら俺はいいんだ」

 浩平のいう美人には用はないと素知らぬフリで後を着いて行く。

「心配すんな、当然酒も美味い」

「へえ、そりゃ楽しみ」

「それに男だ」

「は?」

「でも、男前ってより……すんげー美人なんだよ」

 ……は? 美人だけど、男なんだよな?

 浩平の鼻の下が伸びて見えるのは気のせいか。『美人』という単語が、男に向けて使用されることに違和感が拭えなくて、首を傾げた。

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    佑さんの過保護も俺が慎さんに対して感じてしまう守護対象的なものと同じなのだとしたら……佑さんと慎さんの関係って何なんだ?違和感から滲んだその疑惑は、義理の兄弟だとさらりと言いのけた慎さんによって半分は晴れた。慎さんは少なくとも、そう思っているらしい。佑さんは、どうだかわかんねぇな。だが「昼ドラみたいな如何わしい妄想に僕を巻き込むな」と慎さんに釘を刺されたことだし、それ以上は考えないことにした。佑さんが慎さんを案じていることに嘘はなかったと思うし、ならば俺がどうこう言えることでもないのだ。そんなことよりも、今は。佑さんにもくれぐれも頼むと言われたミッションをこなさなければならない。一緒に飯食って、店までちゃんと連れ帰る。それだけだが、慎さんは確かに細い。昼飯も殆ど手を付けていなかった。これはなんとしても、何か食べさせないと。道場で稽古した後ならば、少しは腹も減るだろうし。洋食が好きなのか和食が好きなのか、好き嫌いはあるのか、とか。知らないことが多すぎて、これから知ることが楽しみだった。見学すらさせてもらえなかった空手だったが、何度も御伴すればその内見せてもらえるだろうか。無理にくっついて行って嫌われても意味ないし、と周辺を散策して店を探すことにしたが。「……あ。そういや、携帯も聞いてねぇや」聞いたら、教えてくれるんだろうか。なんか店の名刺とか渡されそうだよな、店の番号だけ書いたやつ。なんとか言い包めて、番号くらいは聞き出したいところだ。慎さんにはダメ出し拒否を食らってばかりなのに、何故だか心は浮足立っていた。ビル周辺では、慎さんの好みもわからないので結局大した店も見つけられず、和食洋食どちらでもいけるよう

  • 優しさを君の、傍に置く   番犬の役割《1》

    【高見陽介】※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※◎番犬の心得1.お触り禁止 2.必要以上の接近は禁止注:どちらも下心がある場合に限る(つまりエロ目的で触るな近寄るな)3.怖がらせない4.傷つけない仲良くなりたいなら、3,4項目は特に必須事項である。◎番犬の役目木曜以降、週末は出来る限り店に顔を出す。特に閉店後の時間帯は要注意人物の出没に細心の注意を払うべし。⇒要注意人物梶 孝弘 (35)独身、ゲイであることは本人から確認済み百貨店のバイヤーらしい。買付の為世界各地を飛び回っている、らしい。金は持っている。らしい。※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※……と、箇条書きにしてみた。慎さんが出かける用意をしに部屋に戻った時、佑さんが俺に出した注意事項は、仮にも男である慎さんに関することにしては随分と過保護な内容だった。まあ、それも全部、梶っておっさんがいるからなんだろうけど。「半年くらい前からかな、梶さんっていう客が慎目当てに来るようになったのは」「慎さん目当てってのは、確かなんすか」「見りゃわかる。お前も近々会えると思うけどな」何をどう見りゃわかるんだと首を捻ったが、佑さんがそう言うなら余程わかりやすいオーラかなんかが出てるんだろうか。と、とりあえずそれは男に会った時に確かめてみるとして、話の続きを黙って聞くことにした。「よく見るんだよ、営業時間以外にも店の周りうろついててさ」「は? それってストーカー行為なんじゃ」「わからん。家が近いから前の道はよく通るんだと本人は言ってる。その時も話しかけたら普通に会話に応じるから、ただの思い過ごしだといいんだけどな」その時の佑さんの表情は、真剣だった。この店の周辺でその男を見かける頻度がかなり高くなっている、そのことを慎さんは知らないらしい。俺はそれなら身を守るためにも知らせるべきなんじゃないかと思うのだが、そこで出てくるのが、3と4の項目だ。怖がらせない。傷つけない。「あいつ。ああ見えて蚤の心臓なんだよ。そんなこと知ったら店に閉じ籠っちまう、今だって精々週に一度出かけるだけなのに」その時は『そういうもんか』となんとなく聞き流していたが、よくよく考えれば違和感が拭えない。傷つけない、とは。現実的に身体につく傷のこと

  • 優しさを君の、傍に置く   君は番犬《4》

    フロア奥にある、カーテンで遮られているだけの更衣室でロッカーを開けると、手にしていたトートバッグの中から白い道着を取り出した。 ボタンを外してシャツを脱ぐと、骨張った細い肩が露わになる。 ロッカーの内側にある小さなミラーに、鎖骨や肩の骨が映ってその華奢さに溜息が落ちた。「……もう少し、肉をつけたらがっしりして見えるかな」肉がついたら、ここもデカくなったりするんだろうか、と胸元を覗き込んだ。 朝起きた時は陽介さんのこともありさらしを巻いていたけれど、どうも息苦しくて結局またチューブトップ一枚で隠してある。 もともと、豊な方ではない。 どちらかというとささやかだ、かなり。 まあ、デカければ隠すのに苦労するわけだから、小さくて良かったと思うべきなのだろうけれど。家族以外の場所でここは唯一『女』として居られる場所で、ここではほんの少し、楽に呼吸ができる。 だが、外では男として働いているなんてことは当然先生も他の生徒も知らない。 男のような格好は、僕の単なる趣味だと皆思っている。 決して僕は、男になりたいわけではなかった。 ただ、自分が『女』であることが怖い。 チューブトップを着たまま道着を羽織り、ぎゅっと前を合わせて両手で握りこむ。”あんくらい勢いあるやつなら、お前もぶっ壊れるかな、と思って”今朝の佑さんの言葉が、頭を過る。 僕は、必死で守り続けているというのに。 佑さんは、壊したい、と言う。「他人事だと、思って」ぼそりと悪態をつくと、下唇を噛みしめた。――――――――――――――稽古を終えて、女性陣は暫くの間雑談しながらのんびりと着替え

  • 優しさを君の、傍に置く   君は番犬《3》

    僕がそう言うと、彼はきょとんとした顔をした。まるで、僕の言った意味がわからないようだった。「なんでですか?」「いや、なんでって。普通、気分悪いでしょう」「俺としては、慎さんをもっと知るのに都合がいいし。あんなに心配性の佑さんが番犬に任命するくらいには、信用されてるのかと思って」「……」嬉しそうに破顔する、その邪気の無さに返す言葉が見つからない。がたんごとん、と電車が揺れる。降車駅が近づいて、車掌のアナウンスが流れた。「ここです。降りますよ」とん、と腕を叩いて一緒に降りるように促すと、やはり彼は嬉しそうだった。駅を降りると、目的地はすぐ近くだ。こじんまりとしたビルの二階のフロアを貸し切っていて、下から眺めると窓に空手道場の看板が掲げてあるのが見える。「え、慎さん空手なんかやるんすか」「まあ、ちょっとだけ。護身術程度に。昔っからこんな形ですから色々とありまして」「かっけえ……ってか、空手やってんなら番犬なんて必要ないんじゃ」言いながら、陽介さんがなぜかするすると自分の鳩尾辺りを撫でていた。「そうですね。辞めますか?」にや、と口角を上げて笑うとぶるぶると顔を横に振った。「辞めませんよ、絶対」ふん、と意気込んで鼻息を鳴らした彼に、ほんの少しほっとしたのはなぜなのか自分でもよくわからない。「それじゃ、ここまでついてきてくださってありがとうございました」ビルの入り口手前で、深々と頭を下げた。この中まで、着いて来られるわけにはいかないのだ。「えっ? 待ちますよ俺。ってか見学してみたいなって」「見学禁止です、すみません。それに貴方、着替えた方がいいんじゃないですか。昨日のままでしょう」指摘すると、彼は俯いて少しよれたワイシャツの襟元を指で引っ張って匂いを嗅ぐような仕草をする。「終わるまで一時間以上かかりますし、お待たせするのも悪いですから」「あっ、ちょっ」「上がって来たら怒りますよ!」まだ何か言いたげな陽介さんを置き去りにして、階段を駆け上がる。踊り場で一度立ち止まり、後ろの様子を暫くうかがってみたけれど、追ってくるような様子はなくてほっと溜息を落とした。念のためそこで、数分浪費する。ここから先はどうしたって、見つかるわけにはいかない。それにしても、佑さんがあれほど陽介さんに注意事項を言い聞かせてまで、番犬などと

  • 優しさを君の、傍に置く   君は番犬《2》

    「佑さんと慎さんって……どういう関係なんっすか」「は?」複雑そうな顔してる割には聞き方がストレートだ。 いや、聞き方がっていうか、その表情も合わさって何が聞きたいのか察することができてしまう。 何考えてんだ。 ぞわっと鳥肌が立ち怒鳴ってやりたいのを、懸命に声を抑えた。「何って……義理の兄だけど。元」「元?」「姉の元旦那。頼むからどろどろいかがわしい昼ドラみたいな妄想に僕を巻き込むなよ」 こんな話をしたら、それこそ僕と佑さんがどうにかなって姉と別れただとか思われそうだ。 だから余り人には話さないのだが、それこそ今まさに勘違いしてそうな男にはきちんと話しておかねばなるまい。「別れた今の方が仲良くしてるみたいだし、いい関係のようですよ。僕はただあの店で働かせてもらってるだけ。姉も知ってますしね」ぽかん、と口を開けた顔は、恐らく僕の答えが思っていたものと違ったからなのだろう。 耳が垂れてしょぼくれた犬を彷彿とさせる表情で、それが存外可愛らしくて思わず噴き出した。「僕はそういう趣味はないって言ったでしょう。一体何を言われてそういう発想になったんですか」僕が出かける準備を済ませて店に戻った時、何やら二人で話しを済ませたような雰囲気があった。 その時は特に気にも留めていなかったが、もしかすればその時何かを言われていたのかもしれない。 佑さんのことだから、面白がって陽介さんをからかったに決まってるけど、余計なことまで話していないか、急に心配になった。「何をっていうか……佑さんがやけに慎さんのこと心配してて」「心配?」「そう。番犬をするにあたり注意事項をこんこんと。まずはお触り禁止令と……」「さっき触ったじゃないですか」「そういうお触りじゃなくって……」

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