お見合いのその日、内海唯花はまったく知らない人との結婚が決まった。 結婚後はお互いを尊重し合って平凡な生活を過ごすものだと思っていた。 しかし、秒で結婚した夫はべったりとくっついて離れないような人間だった。 一番彼女が驚いたのは、毎回困った状況になると彼が現れ、すべてをいとも簡単に処理してしまうことだった。 彼女が追及すると、彼はいつも運がよかったとしか言わなかった。 ある日、朝日野の億万長者が妻を溺愛しすぎで有名になりインタヴューを受けているのを目にすることに。しかも、その億万長者はなんと彼女の夫と瓜二つだったのだ。彼は狂ったように妻を溺愛していた。その妻とは彼女のことだったのだ!
View More莉奈はここまで言うと、口を尖らせて言った。「私の子供が生まれたら、その子が受ける父親の愛を陽ちゃんに分けたくないわ」それに俊介が今後稼いだお金も一切陽のために使いたくなかった。彼女は、これからの俊介の稼ぎは全て自分と彼とが新しく築いた家庭に、自分と子供に使いたかったのだ。「陽ちゃんは唯月が産んだ子よ。彼女は絶対に一生懸命陽ちゃんを大人になるまで育てるわ。しっかり彼を教育するだろうし、陽ちゃんの成長にも良い影響を与えるでしょう。もしあなたが陽ちゃんの親権を取って、あなたの両親に任せたら、彼らがちゃんと育てられると思う?親世代が子供を育てると甘やかしてしまうわよ。もちろん、あなたが陽ちゃんが大人になって何も成し遂げられない人になってもどうでもいいなら、私が言ったことは聞かなかったことにして。私は、陽ちゃんは母親である唯月と一緒にいたほうが良いと思うだけ。あなたは仕事も忙しいし、陽ちゃんの面倒を見る時間なんてないでしょ?子供を産むならちゃんと面倒を見ないと。心を込めてしっかり教育して、育てていかなきゃ。陽ちゃんが立派に成長しないと、周りから批判されるわよ。もちろんそれは私も同じで、この継母は毒女だなんて言われるのよ。あなたのほうは離婚して新しい女と結婚したせいで、子供への態度が悪くなったとか言われるわ。私が今あなたといることで、もうかなり辛い思いをしているのよ。それなのにこれ以上まだ私を苦しめるつもり?」莉奈の話を聞いて、俊介は思い悩んだ様子で言った。「父さんと母さんには、絶対陽の親権は俺が取るって言っちゃったんだ」陽の親権を放棄するなら、帰った後、両親に顔向けできない。「陽ちゃんはあなたの息子さんよ。別にご両親の子供であるわけじゃないでしょ。だから、決めるのはあなた自身だわ。陽ちゃんの親権を放棄したことで、彼がご両親の孫ではなくなるっていうの?彼らは変わらず陽ちゃんに会いに行っていいし、陽ちゃんだってご両親のことを『おじいちゃん、おばあちゃん』って呼んでくれるわ」俊介は黙ってしまった。彼は確かに陽の面倒を見て教育するような時間はない。莉奈だって唯月のように結婚して仕事を辞めて専業主婦になる気もない。陽を両親のところで世話をしてもらえば、陽は親のいない子供と同じことで、彼の成長には確かにデメリットしかない。彼は今まで息子
俊介は外で待っていたが、店の中の様子をずっと確認していた。唯月がまた発狂して莉奈を殴らないか心配だったのだ。莉奈が出て来たのを見て、彼はやっと安心した。急いで彼女を迎えに行った。「莉奈、あいつ手を出してこなかった?」莉奈は頬を触って言った。「さっき一発叩かれただけで、あなたが出て行った後は手を出してこなかったわよ」その時は俊介も唯月に一発叩かれた。彼は彼女を可哀想だと思い言った。「莉奈、今後は二度とあいつに手出しさせないからな」そして彼はまた尋ねた。「あいつ、莉奈に何を話したんだ?」莉奈は周りを見渡した。彼らは街中にいて人の往来はあるが、誰も彼ら二人には注目していなかった。彼女は俊介が自分を心配して見つめる瞳を見つめ、聞き返した。「俊介、あなたは私に辛い思いをさせないよね?」「俺がそんなことをするわけないだろ。あいつと離婚するのは、君に辛い思いをさせたくないからだよ」俊介は彼女の手を取った。「莉奈、もしかしてあの女、君を怒鳴りつけたのか?今からあいつのところに行ってケリつけてくる」「違うわ」莉奈は店に戻ろうとした俊介の手を引っ張って、小声で言った。「俊介、私、陽ちゃんの継母にはなりたくないわ」俊介は彼女のほうへ振り向いた。「陽のこと可愛いって言ってなかった?陽のことが大好きだから、喜んで一緒にあの子を育ててくれるって」俊介はこの時声を高くしたが、周りの人に見られるのを気にして、また声を低く落として言った。「莉奈、まだ自分の子供もいないのに、他人の子供の継母になるなんて嫌なことだってわかってる。でも陽は俺の息子なんだ。佐々木家の血が流れてる。だから絶対に佐々木家に留めておかないと。安心して。離婚したら陽は両親のところで面倒見てもらうから。うちの父さんも母さんももう了承済なんだ。俺たち二人に何も影響ないよ。俺たちは今まで通り、甘い二人っきりの世界で過ごせるからさ」莉奈は黙った後、また口を開いた。「あなた、私が子供を産めないと思ってるの?私だって自分の子供を産むことができるわ。お腹を痛めて産んだ子供が可愛いのは誰だって同じでしょう。陽ちゃんのことを自分の子供のように見ることなんかできないわ。周りはきっと私のことを悪い継母だって批判してくる。そんな目に私が遭って、あなたは平気なの?あなたのご両親
唯月は笑って言った。「今あの人はあなたに夢中よ。あなたの言う事ならなんだって聞くに決まってる。今から彼と話してきて。陽の親権を放棄すると言ったら、会社に休みをもらって午後私と離婚手続きを終わらせましょうって伝えてちょうだい。あの人が早く独身に戻れば、あなたも早く彼と結婚できるでしょう。スカイ電機の部長夫人になれるわよ。スカイ電機はこの業界の中ではなかなかの会社で将来性もあるし、規模も大きいわ。あなたが部長夫人になったら、会社の中でも高い地位を得られるじゃない。重要なことは、彼は今後ずっとあなたのものになるってこと。彼はあんなにたくさん稼げるんだから、あなたも欲しい物があれば何でも買えるわよ。今までみたいにこそこそする必要もないし、堂々と外でも彼とイチャイチャできる。女性なら誰だって、自分の愛する人と何も憂いなく一緒に過ごしたいと思うものでしょう。俊介はまだ30歳っていう若さなのに、今のような仕事をしているんだから、ビジネス界では成功者と言えるでしょうね。もし、彼を逃したら、今後彼よりも良い男性が見つからないかもしれない。成瀬さん、あなたと俊介の幸せのためにも上手に彼を言いくるめないとだめだわ」莉奈は少し考えてから言った。「ちょっとパソコンを借りてあなた達の離婚協議書を書いてちょうだい。あなた達がサインして押印したら、後で市役所に行って離婚手続きをするの。私は今から俊介のところに行って、陽ちゃんの親権を諦めるように説得するわ」「それはできるけど、財産分与でちゃんとお金をもらわないと、役所に離婚手続きにはいけないわ。離婚してしまってあなた達が考えを変えるとも限らないでしょ?」唯月も馬鹿ではない。彼女が佐々木俊介に何の未練もなくなった時から、彼女は一歩も引く気はなかった。自分が損を被らないように、きちんと準備をしておかなければならない。莉奈が携帯を取り出して時間を見てみると、すでに午後二時を回っていた。早く事を進めれば、この日の午後に二人は離婚手続きを終わらせることができる。「ここで待っていて。いえ、先にちょっとパソコンを借りて離婚協議書を作って印刷しておいてちょうだい。今から俊介を説得してくるから」莉奈もこれ以上俊介と唯月が離婚のことでダラダラと続けていたら、俊介となかなか結婚できないと焦っていたのだ。さらに唯月に証拠
「成瀬さん、私と俊介が離婚したら、あなたは彼と結婚するんでしょ。あなた達はまだ若いし、きっとすぐにあなた自身の子供ができるわ。その子供の父親の愛を陽に分けてあげることができるの?俊介が陽を両親のところへやって世話をしてもらうと言っているとしても、陽が可哀想だと思って、陽のほうへ味方するようになるわ。彼らは俊介に陽のほうを可愛がるように言って、あなたの子供とは違う扱いをするわよ。自分の子供にそんな辛い思いをさせられるの?陽の親権が私に渡れば、俊介に毎月養育費を六万円だけもらって、それ以外のことに俊介を巻き込むことはないわ。あの人が長年ずっと陽に会いにこなくたって、別に責めたりしない。あなたとその子供に与える影響が一番少なくて済むのよ。あなたも私と俊介の子供である陽の影を感じずに済むわ。あなたが陽と一緒にいて、毎回陽に会う時、絶対に私と俊介の過去のことを思い出すはずよ。私と彼は知り合って十二年の仲なの。七年間恋愛して、結婚生活は三年ちょっと続いたわ。この時間はあなたよりもはるかに長いの。あなた本当にまったく気にならないわけ?陽が私の手に渡れば、あなたは毎日私の子供を視界に入れずに済むのよ。もしかしたら、初めのうちは俊介が子供に会いに来るかもしれないけど、あなたとの間に子供ができれば、彼の気持はそっちの子供に注がれるわ。そしてあなたの子供は父親の愛を一身に受けることができる。そのほうがいいでしょ?あの人はお金を稼ぐことができるんだから、今後稼いだそのお金は全てあなたとその子供に使われるの、良い話でしょ?陽が18歳になれば、俊介はもう何もする必要ないわ。あなた達もその分お金をかなり節約できるはずよ。結婚するなら、盛大に結婚式をするでしょう。新居も車も必要でしょうし、生活用品、そして披露宴にたくさんのお客を呼んだら、ものすごくお金がかかるわ。陽が俊介と一緒にいたら、成人して陽が家を買ったり、結婚したりするときにお金がまたかかるかもしれない。それはあなた自身の子供の利益を持って行かれるってことなのよ」莉奈は暫くの間黙った後、唯月に尋ねた。「あなた、私に何をさせたいの?陽ちゃんがあなたの方に渡れば、俊介とは二度と会わないって約束できる?彼が陽ちゃんに会いたいと言ったら、陽ちゃんを俊介の両親のもとに連れて行って、そこで面会させるのよ。陽ちゃんにか
俊介は心配だった。彼がいなくなると、唯月が莉奈に何かするんじゃないかと思っていたのだ。唯月は彼と成瀬莉奈のホテルでの浮気現場を捕まえたあの夜、莉奈をひどく痛めつけたのだ。彼はあの後、あの夜のことを思い出しただけでも恐ろしくなる。唯月は冷たい声で言った。「この女を殴ったら私の手が汚れるだけだし。安心して、私は一切手出しをしないから」「唯月、これは俺ら二人の事だ。俺がここにいたらいけないのか?」俊介はやはり心配だった。唯月が彼から家庭内暴力を受けた時、包丁を振り回して彼を街中追いかけたのだ。だから、彼は唯月は一度キレると、本当に何をしでかすかわからない奴だと思うようになっていた。「これは妻である私と浮気相手の泥棒猫との話し合いよ。あんたみたいなゲス男には用はないわ」佐々木俊介「……」彼はぎろりと唯月を睨みつけ、しぶしぶと立ち上がってその場から離れた。俊介がいなくなってから、莉奈は髪の毛を整えながら唯月に尋ねた。「さあ、一体何の話?唯月さん、俊介が愛しているのはこの私なの。あまり大事にしたくないなら、さっさと彼と離婚したほうがいいわよ」「安心して」唯月は落ち着き払って言った。「別にあの男をあんたと争いたいわけじゃないから。あいつは私のことをなんとも思ってないし、争っても意味がないわけよ、だから、その必要はまったくないわね」彼女も別に俊介と離婚して生きていけないわけではない。離婚してもこの地球は普段と変わらず周り続ける。しかも俊介と離婚したほうが、彼女は幸せに生きていけるのだから。「成瀬さんって、私よりも若いでしょう。俊介と一緒にいる時は可愛がられるお嬢さんだわ。あんた、本気で2歳半の子供の継母になるつもり?」この時、莉奈の表情はこわばった。そして暫くしてからやっとどうにか口を開いた。「陽ちゃんは可愛いわ。努力して陽ちゃんと仲よくなれるようやっていくつもりよ。俊介のことを思えば、喜んで彼と一緒に陽ちゃんを育てていくわ」「成瀬さん、あまり無理をしないほうがいいんじゃないの。俊介はここにいないわ。あいつはあなたの本当の気持ちを知ることはないんだから」唯月は皮肉を交えて言った。「継母ってすごく大変よ。あなたが本心でも、取り繕ってやっていたとしても、他人はみんなあなたを悪い継母だって言うことになるわ。陽に厳しく
少し沈黙してから、俊介は言った。「唯月、俺がその財産分与に同意すれば、本当に手元にある証拠を俺にくれるんだな?絶対に社長んとこに伝えたりしないと?」「私がもらうべきものをもらえれば、私個人があんたに対して仕返しするような行為はしないと約束する」しかし、彼女の妹やその夫が何をするかは、彼女は保証できない。俊介はまた暫くじっくりと考えてから言った。「財産分与の件はいいだろう。だが、陽の親権に関してはお前にやることはできない。陽は我が佐々木家の子だ。うちの父さんも母さんも内孫である陽を重要視しているからな。だから、陽の親権は譲ることはできん」俊介は陽の親権を唯月に渡してしまい、家に帰った後、両親からひどく怒鳴られるのを恐れていた。しかも、陽はなんと言っても彼自身の息子だ。彼には今のところ陽一人しか息子がいないから、手放すことができないのだ。唯月はまだ飲み終わっていないジュースを持って、俊介の顔にぶちまけた。「俊介、よくも私と陽の親権争いができると思うわね?陽に佐々木家の血が流れていて、あんたの両親の孫だとか、そんなふざけたこと言わないでくれるかしら。あんた達が陽に何をしたか、もう忘れたって言うの?陽はね、今でもまだ急に泣き出すことがあるの。顔に残っている青あざはまだ消えていないわよ。あんた達が陽に与えるダメージがまだ足りないというわけ?陽があいつらに殺されたらようやく満足できるとでも?」俊介は唯月にジュースを顔にかけられて、そのありさまは、本当に散々なものだった。彼は唯月の行いにはもう腹が立ってしかたなかった。莉奈は急いでティッシュを取って、彼の顔にかかったジュースを拭きながら、唯月に言った。「ちゃんと話し合うんじゃなかったの?なんでこんなことするのよ。彼のスーツも濡れて汚れちゃったじゃないの、弁償できるわけ?」「成瀬さん、あなたはまだ状況を理解できていないみたいね」唯月は皮肉交じりに言った。「私とこいつがまだ離婚手続きをしていないのだから、こいつはまだ私の夫なのよ。こいつのスーツがどうなろうが、それは家庭内での問題よ。あんたに弁償しろと言われるような筋合いがあって?あんた一体何様よ?」莉奈は怒りで顔を赤くさせ、また青ざめさせた。「莉奈」俊介は優しく言った。「俺は大丈夫だから。この女のせいで怒って体を壊し
綺麗だった彼女は太ったことで全てが台無しになった。かつて幸せだった彼女の全てが、この男の手によって壊されてしまった。「唯月、どうしたいんだ?」俊介は少し口調を和らげて彼女に尋ねた。「お前の要求を言ってくれ。俺にできることなら、なるだけその要求を叶える。そして、俺たちはきれいさっぱり別れようぜ。そうしたら、この原本を俺にくれ」現在、彼には四千万近くの財産がある。しかし、もし彼が唯月とよく話し合えなかったら、彼女は離婚訴訟を起こすことだろう。彼女の手元には証拠が揃っているから、彼女のほうが有利で、彼は不利な立場だ。裁判所は当然半分の財産を唯月に分割するように判決を下すはずだ。唯月がもし彼が不正していた証拠を社長に渡せば、社長は彼をクビにしなくとも、部長という椅子から降ろされてしまうのは確実だ。しかも、彼は顧客からも不正に金をもらい、お金をもらった以上、顧客のためにいろいろなことをした。それに顧客を手伝って会社の不利益になるようなこともしていたのだった。社長がそれを調べれば、すぐにはっきりとわかり、怒りに触れて仕事を失ってしまうことだろう。もしかすると、社長が彼のこの行為を外部にも流し、今後、彼は新しい仕事を見つけるのが困難になるかもしれない。これは彼の将来に関わる。今後の自分の利益に関わる問題だから、たとえ俊介がこの時唯月を絞め殺したいくらい憎んでも、腰を低くして唯月としっかり離婚の話し合いをしなければならない。「あなた名義の全ての財産については別に多くもらおうとは思わないわ。半分ずつよ。それは私がもらう権利があるものだからね。家と車はいらないわ。だけど、お金にして払ってもらうわ」唯月は彼女の要求を提示した。「家のリフォーム代についてだけど、それはいらない。自分でお金を使ってリフォームしたんだもの、自分で取り返すわ」俊介が離婚に応じたら、離婚手続きをし、すぐに人を雇って家のリフォームした箇所を全て壊し、壁もはぎ取ってやるつもりだ。俊介が買ったばかりの家の状態に戻して返してやるのだ。「陽の親権は私がもらうわ。あんたは毎月六万円の養育費を払ってちょうだい。あんたの収入なら、これくらいちっぽけなものでしょう。あの子はあんたの子供なんだから、きっと問題ないわよね?陽が18歳になったら養育費は払ってもらう必要はない。
「私がどうやってそれを集めたのかなんてどうだっていいでしょ。俊介、もしも私がその不正で稼いでいた証拠を社長に密告したら、これからどうやってスカイ電機の部長でいられるかしらね?」唯花は姉に注意していた。俊介にその不正の証拠を見せずに、ただ言葉だけで彼を脅せと。しかし、唯月は俊介のことをよく理解していて、証拠がなければこの男を脅すことなどできないと思ったのだった。だから、彼女は理仁の友人が集めてくれた証拠を全てコピーして持ってきたのだ。俊介がそのコピーを破ってしまっても、彼女はまだいくらでもコピーすることができる。このような証拠があれば、俊介は自分の首を守るために、譲歩して彼女と離婚の話し合いに応じるだろう。この時の彼女は理仁がすでに九条悟に指示を出して、スカイ電機に全面的に圧力をかけているということは知らなかった。俊介と莉奈がどう足掻いても、どのみちクビになることには変わりはないのだった。俊介は怒りに歪んだ顔をしていた。彼はぎろりと唯月を睨み続けている。唯月も以前はスカイ電機で働いていた。さらに財務部長にまで昇進していて、当時の彼女は彼よりもずっと仕事ができたのだ。当時の彼のプレッシャーが大きく、自分は唯月には敵わないとプライドをズタズタに傷つけられて、自分よりよくできる彼女を部長の地位から引きずり降ろすために彼女にプロポーズしたのだ。彼らは知り合ってからもう十数年と長い時間が経っていて、またその中でも数年間付き合っていた。唯月の中では二人は深く愛し合っていると思っていた。唯月も彼と結婚する準備はしていた。彼がプロポーズしてきた時は大喜びしてそれを受け入れた。そして、結婚の準備をする時には、彼女がどのような要求をしてきても彼とその家族たちは全て応えてくれた。彼は彼女に対して今までよりももっと優しく、気配りしてくれるようになった。それでようやく結婚してから唯月に仕事を辞めて、子作りをしようと説得させることができたのだった。唯月が妊娠してから、俊介は子供が生まれるのを心待ちにしていた。そして、会社では唯月と比べられることもなくなり、プレッシャーも減って、だんだん社長に評価されるようになり、昇進していったのだった。それで今日の部長という肩書きがあるのだ。そして一方の唯月はと言うと、妻となり母親となり、毎日毎日この家
莉奈は俊介を引っ張って尋ねた。「あのデブ女、私たちと何を話し合うつもりなのかしら?」「俺が提示した離婚協議書にあいつは同意しなかった。たぶん離婚の件でまた話したいんだろ」離婚訴訟も時間がかかる。恐らく陽の一件で、唯月は一刻も早く離婚してしまいたいのだろう。俊介は莉奈を連れて彼の車のほうへと向かった。二人は車に乗り、彼は莉奈のほうに体を寄せて、辛そうな顔で莉奈の顔を撫でた。「痛む?」「あなたは?」俊介は自分の顔を撫でた。「めっちゃ痛えよ、陽の一件であいつ相当怒ってるらしい。まあ、このビンタであいつの気を晴らせるなら我慢してやるよ」莉奈は叩かれた自分の顔を触って言った。「俊介、あの女がそんなに離婚したがってるなら、離婚条件をもっと厳しくしてもいいと思うわ。一番はあの女に何にも渡さないことよ。彼女がもし嫌だって言ったら、さっさと離婚訴訟を起こさせちゃいましょ。私たちは耐えられるし」俊介はそれに同意した。「あいつについて行ってみよう。まずはあいつがどう出るのか見てみよう」二人は今、唯月が早く離婚したいと焦っていて、彼女をうまくコントロールして何も渡さず追い出せると思っていたのだった。唯月に財産を一切渡さず追い出せると思い、莉奈は叩かれた顔をさすりながら、口角を上げて勝ち誇ったような笑みを浮かべた。唯月はあるカフェをゲス男と泥棒猫の二人と話し合う場所に決めた。彼女は席に座ると、自分の分のジュースを注文した。そして冷ややかな目で莉奈が俊介の腕を引いてやって来るのを見ていた。彼らはわざと彼女の前でイチャついている姿を見せつけて、彼女を刺激しているのだ。唯月は冷たく笑った。彼女はただ成瀬莉奈が現れてくれたことに感謝していた。彼女に俊介の隠れた劣悪な本性を教えてくれたからだ。こんなゲス男など成瀬莉奈にくれてやる。俊介たちが唯月に近づくと、テーブルの上に黄色のファイルがあるのが見えた。それを見て俊介の瞳が揺らいだ。そして、何も気にしない様子で座って唯月に「それはなんだ?」と尋ねた。唯月はその黄色のファイルを駿介の前へとずらした。俊介はその中身は唯月が書いた離婚協議書だと思ったが、それを持ち上げてみると、とても重かった。その中は絶対に離婚協議書ではない。莉奈も興味津々で彼に近寄り、その中に何が入っているのか見
十月の東京は残暑でまだ汗ばむほど暑く、朝夕だけ秋の気配があり涼しさを感じられた。 内海唯花は朝早く起きると姉家族三人に朝食を作り、戸籍謄本を持ってこっそりと家を出た。 「今日から俺たちは生活費にしろ、家や車のローンにしろ、全部半々で負担することにしよう。出費の全部だからな!お前の妹は俺たちの家に住んでるんだから、彼女にも半分出させろよ。一ヵ月四万なんて雀の涙程度の金じゃ、タダで住んで飲み食いしてるのと同じじゃないか」 これは昨夜姉と義兄が喧嘩している時に、内海唯花が聞こえた義兄の放った言葉だった。 彼女は、姉の家から出ていかなければならなかった。 しかし、姉を安心させるためには結婚するのがただ一つの方法だった。 短期間で結婚しようとしても、男友達すらいない彼女は結城おばあさんの申し出に応えることにした。彼女がなんとなく助けたおばあさんが、なかなか結婚できない自分の孫の結城理仁と結婚してほしいと言ってきたのだった。 二十分後、内海唯花は役所の前で車を降りた。 「内海唯花さん」 車から降りるとすぐ、内海唯花は聞きなれた声が自分を呼ぶのが聞こえた。結城おばあさんだ。 「結城おばあさん」 内海唯花は速足で近づいていき、結城おばあさんのすぐ横に立っている背の高い冷たい雰囲気の男の姿が目に入った。おそらく彼が結婚相手である結城理仁なのだろう。 もっと近づき、内海唯花が結城理仁をよく見てみると、思わず驚いてしまった。 結城おばあさんが言うには孫の結城理仁は、もう三十歳なのに、彼女すら作らないから心配しているらしかった。 だから内海唯花は彼がとても不細工な人なのだと勝手に思い込んでいたのだ。 しかも、聞いたところによると、彼はある大企業の幹部役員で、高給取りらしいのだ。 この時初めて彼に会って、自分が誤解していたことに気づいた。 結城理仁は少し冷たい印象を人に与えたが、とてもハンサムだった。結城おばあさんのそばに立ち、浮かない顔をしていたが、それがかえってクールに見えて、人を近づけない雰囲気を醸し出していた。 目線を少しずらしてみると、近くに駐車してある黒い車はホンダの車で、決して何百万もするような高級車ではなかった。それが内海唯花に結城理仁との距離を近づけされてくれた。 彼女は同級生の友人と一緒に公立星城...
Comments