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第016話

看護師が部屋を出てしばらくすると、理恵が誰かに支えられて杏奈のオフィスに入ってきた。

「慎重に縫合して、絶対に傷跡が残らないようにしてちょうだい!」

理恵は冷たく命令すると、椅子に寄りかかり、スマホで動画を見始めた。

杏奈は彼女の態度に不快感を覚えた。

しかし、医者としての職務に徹し、頭を下げて理恵の傷口を真剣に縫合し始めた。

「いてっ!」

杏奈がしゃがんで縫合を始め、理恵がドラマに夢中になっていると、透也が誤って転んで、杏奈にぶつかってしまった。

透也の小指が理恵の傷口にちょうど触れた。

そして、彼はすかさず指に塗った塩を傷口に擦りつけた。

「痛っ!」

理恵は顔を歪め、痛みのあまり椅子から飛び上がりそうになった。

杏奈は驚いた。

「ごめんなさい......」

透也は素直に頭を下げ、すぐに謝った。「美人のお姉さん、本当にわざとじゃないんです。ただ、転んじゃっただけで......」

理恵は痛みで顔をしかめ、透也を睨みつけた。「転んだだけで済むと思ってるの?」

「本当にわざとじゃないんです」

透也は唇を噛み、かわいそうな目で理恵を見上げた。「もし怒ってるなら......

僕に転んでください」

理恵は激怒して目を見開いた。

理恵は大人としてがわざわざ地面に転んで、この子にぶつかるなんて!

「すみません、この子は私の名付け子で、子供ってふざけやすいですから」

杏奈は低く謝りながら、理恵の傷口にアルコールを塗り始めた。「少し痛いですから、我慢してくださいね」

すると、オフィスには理恵のさらに激しい叫び声が響き渡った。

消毒が終わると、縫合を始めた。

理恵は再び動画に集中していた。

だが、ちょうどクライマックスに差し掛かったところで、突然スマホが「Wi-Fiのパスワードが間違っています」と表示された。

理恵は眉をひそめた。「どうしてこんなことに?」

透也が小さく声をかけた。「お姉さん、僕がやってみましょうか?

さっきのことの埋め合わせとして」

理恵は彼を上下にじっと見つめ、どうやらこの子が嘘をつくとは思えなかったらしく、スマホを渡した。

透也は受け取ると、手際よく予備のスマホで理恵のアカウントにログインし、すべてのメッセージを自分のスマホに同期させた。

その後、確認情報を削除し、Wi-Fiのパスワードを変更してログインした。

透也の動きは素早く、年齢も若いため、理恵は何の疑いも持たなかった。

理恵はスマホを受け取り、高慢に唇を曲げて笑った。「まあいいわ、許してあげる」

透也も理恵を見つめ、笑顔で答えた。「お姉さん、優しいですね!」

理恵は、透也にすっかり気に入られて満足そうに帰っていった。

理恵が去った後、杏奈はすぐにドアを閉め、透也を壁際に追い詰めて問い詰めた。「なんであの人の傷口に塩を塗ったの?

それに、この前のレストランでも、彼女をトイレから出られなくしたのは透也だったんでしょ?

彼女と何か因縁があるの?」

透也は小さなベッドに体を預け、快適な姿勢で答えた。「さあ、どうだろうね」

......

夜。

紗月はあかりを寝かしつけた後、こっそりと外に出て透也に電話をかけた。

「わかってるよ、あかりを見てくれてるから、邪魔しないようにしてるよ」

電話の向こうから聞こえてくる透也の声は、穏やかでのんびりとしていた。「お義母さんのところで楽しくやってるよ。

ママとあかりは......」

透也は携帯で、理恵とその友人との会話を見たことを思い出し、ため息をついた。

「気をつけてね。

桜井理恵、危険だから」

今、透也は理恵のスマホをほぼ全て監視できる状態だが、彼女がスマホだけに頼るわけではないし、全てを把握することはできなかった。

「わかってるよ」

紗月はため息をついた。「杏奈の家でおとなしくして、迷惑をかけないようにね、いい?」

「わかってるよ。もう子供じゃないから」

透也は目をくるっと回し、「病院の看護師たちはみんな僕のことが大好きなんだから、心配しないでね」

紗月は透也の大人びた口調にクスッと笑い、何度か念を押してから電話を切り、別荘に戻った。

リビングのテーブルには、理恵が昼間に破った結婚写真の破片が散らばっていた。

紗月は眉をひそめ、無意識にソファに腰掛け、その破片を丁寧に組み合わせ始めた。

認めたくはないが、これは確かに彼女のかつての最も美しい思い出だった。

しかし......

「何をしてる?」

紗月がもう少しで写真の一枚を組み合わせるところで、階段のほうから低く冷たい男性の声が響いた。

彼女はハッとして手を引っ込め、声の方を振り返った。

涼介が冷たい目で階段に寄りかかり、紗月の手元を鋭く見つめていた。

紗月はすぐに頭を下げ、まるで反省しているかのように振る舞った。「申し訳ありません。これらの破片がテーブルに置かれていたので、佐藤さんが写真を元に戻そうとしているのかと思い、つい......」

涼介は眉をひそめ、大股で歩み寄ると、紗月の手から写真の破片を奪い取った。「俺の物に触れるな」

そう言い、彼は慎重に破片をテーブルに置き直した。「こんなことをして、俺に媚びようとするな」

紗月は目を細め、謝罪の言葉を口にしながらも、口元には勝ち誇ったような微笑みが浮かんでいた。

彼女は、涼介が自分に何か企図があると信じ込ませたかったのだ。

そうすれば、涼介は彼女が別の目的を持っているとは疑わないだろう。

「では、佐藤さん、これで失礼します」

そう言って、紗月は階段を上がろうとした。

「あかりは......」

涼介はソファに腰を下ろし、優雅に身体を後ろに預けながら尋ねた。「大丈夫?」

昨日、あかりが彼に自分と桜井紗月の結婚写真を飾るように頼んだが、今日、理恵によってその写真が破壊された。きっと傷ついているだろう。

「まあ、なんとか」

紗月は涼介に背を向け、唇の端をわずかに持ち上げた。「佐藤さん、本当にあかりを甘やかしていらっしゃるんですね」

涼介は微かに眉をひそめながら、紗月の言葉の続きを待っていた。

紗月は淡々と微笑みながら続けた。「前、奥様の写真が一枚もなかったのに、突然こんなにたくさん飾られるようになったのは、あかりのためですよね?」

彼女の言葉に、涼介は目を細めた。

冷ややかに彼女の背中を見つめ、「俺たちことに、ずいぶん関心があるようだな?」

「もちろんです」

紗月は笑顔を浮かべながら答えた。「ここに来た目的は、佐藤さんをしっかり拝見することです。佐藤さんの情感にまつわる噂に興味があるのは当然です」

涼介は冷笑を浮かべた。やっぱり!

この女がここでメイドとして働いているのは、彼に対して何かしらの目的があるからだ。

涼介は冷たく紗月を見やり、「忘れるな、お前はただのメイドだ。

口にするべきでないことは言うな。やるべきでないことはするな。

俺の妻の位置は、誰でも代わりに立てるわけではない」

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