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第015話

「今日はケーキが食べたいなあ!」

子供部屋で、あかりは小さな手で部屋のドアを開け、もう一方の手で紗月の手を引いていた。「前食べたタロイモ味のやつがいい!」

紗月は苦笑し、うなずいた。「わかったわ」

母娘二人は話しながら階段を下り始めた。

ちょうど階段の踊り場に差し掛かった時、紗月の目に階段の壁に掛けられた写真が飛び込んできた。

その瞬間、紗月の体は硬直した。

写真には、彼女のかつての姿が映し出されていた。

ウェディングドレスを着て涼介の隣に立ち、彼を見つめていた。その目には愛と星のような輝きが溢れていた。

一方で、涼介は相変わらず無表情な顔をしていた。

その写真を見つめると、紗月は全身の血液が逆流するかのように感じた。

かつて、涼介との結婚写真を一枚一枚丁寧に選び、彼の目に留まる場所すべてに飾ることに心血を注いでいた。いつか涼介が彼女の真心を理解してくれると信じていた。

しかし、現実は彼女に冷酷な打撃を与えた。

彼女はすべてを失ったばかりか、顔までも失ってしまった。

「おばさん......」

紗月の硬直に気づいたあかりは、唇を噛みしめ、ますます確信した。このウェディングドレスの女性こそがママなのだ。

昔のママはこうだったんだ。

ママは以前、こんなふうに幸せそうに笑っていたんだ......

あかりは、紗月の反応を気にしながらも、胸の中に悲しみがこみ上げてきた。

ママの今の顔は、昔の姿とは全く違う。

だからこそ、パパは全然気づかなかったんだ。

「桜井さん、ご主人様から二度とここに来ないようにと言われています」

その時、下から執事の困惑した声が聞こえてきた。「恐れ入りますが、ご協力お願いします」

「どうしてここに来ちゃいけないの?」

理恵は威張り散らした声で言った。「あの女たちはここに堂々と住んでるのに、どうして私だけが来ちゃいけないの?」

執事は丁寧に言葉を選んで答えた。「これ以上強引にされるようなら、ご主人様にご連絡せざるを得ません」

理恵の顔が怒りで険しくなった。「何を言ってるの?

涼介を使って脅すつもり?忘れないで、私はここの未来の女主人よ!

私を怒らせたら、後で後悔するわよ!」

その言葉に、執事は黙って頭を下げた。

涼介は理恵に対して冷淡であったが、彼女は5年以上の婚約者だったのだ。

結婚するのは時間の問題だった。

執事が動かないのを見て、理恵は壁に掛けられた結婚写真を引き裂き、地面に叩きつけた。「もう6年も前に死んだのに、こんな写真を飾って!縁起が悪い!」

「やめて!」

あかりは紗月の手を離し、怒りに駆られて階段を駆け下りた。

階下には結婚写真の破片が散乱していた。

写真の外側のガラスとフレームが粉々に砕け、理恵の足で何度も踏みつけられた桜井紗月の顔は、もはや元の姿が分からなくなっていた。

あかりは目の前の惨状を見て、心が痛み、涙がこぼれそうになった。

彼女は急いで駆け寄ろうとしたが、紗月に止められた。

紗月はあかりをしっかり抱きしめ、慎重に階段を降り始めた。

今、階下にはガラスの破片が散乱しており、まだ幼いあかりが不注意で怪我をする恐れがあった

「惜しくなったの?」

理恵は両腕を組み、冷ややかな目で紗月があかりを抱き下ろす姿を見ていた。「小娘、あんたが帰ってきた途端にこの写真が飾られたってことは、涼介に頼んだんだよね?」

あかりは紗月の腕の中から理恵を睨みつけ、「そうよ、パパに頼んだのよ。何か問題あるの?

パパは言ってたの。ママはこの家の本当の女主人だって。だから、女主人の写真を飾るのは当然よね?」

あかりの言葉は、理恵の怒りをさらに燃え上がらせた。

桜井がこの家の女主人なら、理恵は何なの!?

彼女は激しい怒りを隠しきれず、あかりに向かって睨みつけた。「涼介はただあんたを甘やかしているだけよ

私こそこの家の未来の女主人なんだから!」

「違うわ!ママこそがこの家の女主人よ!」あかりは幼い唇を噛みしめ、力強く反論した。

「私なの!」と、理恵が激昂した。

二人の口論を聞きながら、紗月は少しばかばかしくなった。

あかりはまだ6歳の小さな子供だというのに、理恵はこんなにも必死になって彼女と争っていた。

理恵は、涼介に愛されている婚約者としてもっと余裕を持てるはずなのに、なぜこんなにも感情的になるのだろうか?

とは言え、あかりは涼介の娘にすぎなかった。小さな子供が、大人の感情を左右することなんてできないのに。

そう考えながら、紗月はかすかに微笑んで、あかりの髪を整え、穏やかに言った。「ケーキが食べたいんじゃなかったっけ?

一緒に食べに行こうか」

あかりは一瞬戸惑ったが、紗月がこれ以上理恵との争いを望んでいないことを理解した。

あかりは唇を尖らせながら頷いた。「わかった」

そして、あかりは振り返り、執事の方を見て言った。「おじいちゃん、

パパに伝えておいてね。パパの婚約者がママのウェディング写真を壊しちゃったって。

そして新しいのを作って、また飾ってもらうようにお願いしてね!」

あかりの幼い声は、懐かしく柔らかかった。執事はすぐに頷き、「わかった、わかった!」と言った。

その場に立ち尽くす理恵は、執事が冷ややかに自分を追い払おうとしていたことを思い出し、怒りで顔を赤くした。

彼女は紗月の足元に一気に駆け寄り、勝ち誇った表情であかりに言い放った。「あんた、涼介にこの写真のことを伝えたからって、私に何かできると思ってるの?

涼介は私をもっとも大事にしてるのよ!」

「あら、そう」

あかりは冷静に頷いて言った。「それなら、どうしてパパはあなたの写真を家に飾らないの?」

その言葉に理恵は一瞬言葉を失った。

理恵が何も言い返せないうちに、紗月はあかりを抱いてその場を離れた。

紗月は、あかりと理恵の間にこれ以上の衝突が起きないようにしたかった。それは理恵を恐れているからではなく、あかりを守るためだった。

ほんの少しの傷でも、あかりに負わせたくなかったのだ。

「バタン!」と音を立てて、ドアが閉まり、紗月はあかりを抱いてその場を去った。

理恵はようやく事態を理解し、何が起こったのかを悟った。

彼女は怒りに駆られて足を踏み鳴らし、高いヒールが床に散らばったガラスの破片にぶつかり、「クソ女!

痛ってぇ!」

ガラスの破片が足に刺さり、痛みで息を飲んだ。

彼女は側にいたメイドを睨みつけ、「何してるの!さっさと私を支えなさい!」と命じた。

メイドは慌てて彼女を支え、外へ連れて行った。

車に乗り込むと、理恵は足の傷を確認し、眉をひそめた。「整形外科に行くわ」

足にかなり深い傷ができており、跡が残るのを嫌がった。

......

整形外科クリニックでは、

「中川先生!」

看護師が慌てて杏奈のオフィスに駆け込んできた時、杏奈は透也と昼食を何にするかで口論していた。

「外に怪我をした患者さんがいて、優秀な医師に縫合してもらいたいと希望しています」

杏奈は少しおかしくなって笑った。「私は高位の整形外科医よ」

縫合くらいのこと、他の医師でもできるでしょう?

「でも......」

看護師は困った顔をしながら言った。「その患者さん、とても横柄で、佐藤涼介さんの婚約者だと言っていて、病院で一番優秀な医師に診てもらいたいと言っていました」

その隣で透也が眉をひそめた。佐藤涼介の婚約者?

それって、あの泥棒猫、桜井理恵じゃないか?

彼は目を細めて考え、すぐに杏奈の袖を引っ張った。「おばさん、どうせ暇なんだから」

「彼女を診てあげればいいじゃない?看護師のお姉さんも困ってるみたいだし」

杏奈は透也を疑うように見つめ、「あんた、なんでこんなに親切になったの?」

透也はにんまりと笑った。「看護師のお姉さんに気に入られたくてさ!」

その言葉を聞いて、看護師はにっこりと笑った。「ありがとう、透也くん!」

二人のやり取りに、杏奈もため息をついて、「じゃあ、彼女を入れて」

その後、杏奈は透也をちらりと見たが、彼はバッグの中を探していた。「何を探してるの?」

「バッグの中に塩の瓶があったはずなんだ」

杏奈は何も言えなかった。

この子ったら、どうしてこんなものまでカバンに入れてるのかしら。

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