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第014話

涼介は、箸を握る手を少し止めた。

彼は顔を上げ、その冷たい黒い瞳で紗月の顔をじっと見つめた。「彼女をここに住まわせたら、俺と関係を持ちたがる他の女たちは、どうすればいい?」

その言葉に、紗月は一瞬目を細めた。

少し間をおいて、彼女は笑った。「佐藤さんと桜井さんの関係はもっと堅固だと思っていましたが、勘違いだったようですね」

涼介は軽く唇を歪めた。「しかし......

最初から目的を持って近づいてくる者には、チャンスはない」

紗月は皮肉を込めて応じた。「佐藤さん、本当に一途で情深い方なんですね。以前の誤解を謝らないといけませんね」

二人の間に緊張が走り、あかりは急いで小さな手を二人の間に差し出した。「喧嘩しないで!」

「喧嘩じゃないよ」

娘の焦った声に、紗月は我に返った。

彼女はすぐに感情を抑えて微笑んだ。「佐藤さん、誤解しないでください。

ただ、桜井さんが未来の女主人として私に敵意を持っているようなので、ここに住み続けるのは適切ではないと感じただけです」

涼介は眉を深くひそめた。「ここは俺の家だ。お前が住むかどうかは俺が決めるんだ。

それに、お前はただの使用人だ。主人のことに口を出すな。理恵はこの家の女主人じゃない」

彼はそう言いながら、あかりに優しく青菜を取ってやった。「この家にはずっと女主人がいる」

紗月は心の中で冷笑した。

涼介が言う「この家の女主人」とは、まさか自分のことではないだろうか?

紗月は笑いをこらえた。

かつて涼介と一緒にいた頃、この男は一度も温情を見せたことがなかった。むしろ最後には理恵のために彼女を見捨てたのに、今さら愛情深い振りをするなんて。

すべてはあかりのための芝居だろうか?

かつての自分の行いを恥じているのだろうか?

そう考えると、紗月は軽く微笑み、「でも、以前の女主人はもう亡くなったんじゃないですか?」

「死んでいない!」

涼介は眉をひそめ、箸をテーブルに強く叩きつけた。「まだ元気に生きてる」

彼の目は鋭く、「勝手なことを言うと命を危ぶむぞ!」

紗月は涼介の目を恐れずに見つめ返した。「でも、以前のニュースでは、佐藤さんの妻が亡くなったと報じられていましたよ。

もし生きているなら、今どこにいるんですか?」

涼介は紗月をじっと見つめ、その目にまるで炎が燃え盛るようだった。

二人は激しく視線を交わし、食卓の空気は次第に冷え込み、息が詰まりそうなほど緊張感が高まった。

「もうやめて!」

あかりは目に涙を浮かべ、箸をテーブルに置いた。その声には泣き声が混じっていた。「初めて一緒に食事してるのに、なんで喧嘩しなきゃいけないの?」

そう言い終えると、あかりはそのまま階段を駆け上がっていった。

涼介は眉をひそめ、冷たい目で紗月を一瞥し、すぐにあかりを追いかけて行った。

紗月は椅子に座り、二人が去っていく背中を見つめ、静かに目を閉じた。

あかりの前で涼介と口論するべきではなかった。

しかし、この六年間で紗月が受けた痛みと苦しみは計り知れないほど深かった。

毎晩夢に現れるその時、紗月は桐島市に戻り、涼介を見つけ、本当に良心あるのかどうか確かめたいと思っていた。

......

「あかり」

涼介は二階の子供部屋のドアをそっと開け、あかりのそばに慎重に近づいた。

彼女は布団を頭までかぶり、細い体を縮めてベッドに横たわっていた。その小さな姿は哀れで、愛おしさがこみ上げてきた。

涼介はそっとベッドの端に座り、震える彼女の背中を優しく撫でた。「もう泣かないで」

彼はどうやって幼い女の子を慰めるか分からなかったので、ただ彼女を優しく撫でながら、できる限り穏やかな声を出そうとした。

しばらくすると、あかりの震える体がようやく落ち着いた。

あかりは布団から顔を出し、赤くなった目で彼を見つめた。「パパ、おばさんを責めないでね」

涼介は一瞬、言葉を失った。

あかりが泣き止んだ後、まず彼に甘えるかと思っていた。

しかし、あかりは涙をこらえて最初に紗月のためにお願いをしたのだった。

その瞬間、涼介の心は柔らかく溶けてしまった。

涼介は彼女を抱きしめ、「そんなに好きなのか?」

「うん」

あかりは鼻をすすりながら、小さな頭を彼の肩に寄せた。「おばさんのこと大好きだよ。だからパパ、このことで責めないでね」

涼介は唇を引き締め、少し不本意だったが、愛しい娘の願いを無視することはできなかった。

彼はため息をつき、軽く頷いた。

しばらくして、涼介はあかりの背中を優しく撫で、「さっきはどうして泣いてたんだ?ママのこと恋しくなったのか?」

あかりは唇をかみしめ、静かに頷いた。

「じゃあ、ママがどこにいるか知ってるかい?」

彼は声を低くし、優しく誘導するように言った。「パパが連れて行ってあげようか?」

「いやだ」

あかりは小さな頭をブンブンと振り、「ママが言ってたの。パパに会うべき時が来たら自然に会えるって。

だから、ママを探さないで、あかりに優しくしてくれればいいの」

涼介は、あかりの顔が紗月にそっくりなことを見て、薄い唇をぎゅっと引き締めた。

「パパ」

あかりは涼介の胸に顔をうずめながら鼻をすすった。「さっきおばさんが言ってたんだけど、パパは昨日のあの悪い女の人と結婚するの?」

そう言うと、あかりは大きな潤んだ目で彼を見上げた。「本当なの?」

涼介はどう答えるべきか分からず、眉をひそめて「それは大人の話だ。あかりには関係ない」

「どうして関係ないの?」

あかりは唇を噛みしめ、「どうして他の人と結婚するの?ママのことが嫌いになったの?」

桜井紗月のことが嫌いになったのか?

その問いに、涼介は深い溜め息をついた。

もし嫌いになれるのなら、とっくに嫌いになっていただろう。

桜井が去ってから六年、その感情は骨の髄まで染み込んでいたのだ。

ただ、桜井と一緒にいた頃、彼は自分の感情に気づくことができなかったのだ。

彼の沈黙に、あかりは長い溜め息をついた。「パパはママのことが好きじゃないんだね」

あかりは唇を噛んで、「家にはパパとママの写真が一枚もないもん」

あかりが物心ついたときから、紗月はすでにこのほぼ完璧な顔をしていた。

兄たちは言っていた、「ママの顔は人工的なもので、昔は今と違ったはずだ」

あかりは、ママが昔どんな顔をしていたのか知りたかった。

でも、家の中をくまなく探してみたものの、彼女の写真は一枚も見つからなかった。

涼介はため息をつき、真剣に約束した。「ちゃんと寝なさい」

「明日の朝、目が覚めたら、パパとママの写真が見られるよ」

あかりはうなずいた。「わかった」

......

翌朝早く、理恵は入口の警備を振り切って家に押し入り、すぐにリビングの中央に掛けられている結婚写真を目にした。

写真には、純白のウェディングドレスを着た桜井紗月が海辺に立ち、涼介が花束を持って彼女に向かって歩いている姿が写っていた。

その写真を見つめると、理恵の胸の中に怒りが次々と湧き上がってきた!

理恵は覚えていた。桜井紗月が亡くなったとき、涼介が悲しい思いをしないようにと口実にして、彼女の写真をすべて焼き捨てたのだ!

どうして、あのクソガキが帰ってきてまだ二日しか経っていないのに、その写真が堂々と青湾別荘の中央に掛けられているのか!

怒りに燃える理恵は、憤然と写真に近づき、それを引きはがして「バン!」と床に叩きつけた。

「この、クソ女め!

みんな、クソ女ばかり!」

桜井紗月はクソ女で、彼女の娘もクソ女だ!

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