篠崎暁斗が車に乗ると、吉沢凛子は我慢できずに尋ねた。「あの人たちと何を話したんですか?」「なにも、ちょっと知り合いの友人に状況を聞いてみたんだ」「あなたが警察に彼らを連れて来させたんですか?」吉沢凛子はさっき警察署に入っていった家族三人を指差して言った。「あの人たちは誰なんだ?」「私の家を占拠している一家です」「ああ、たぶんあの人たちが警察に通報したんだろう。だから連れてきて状況を聞いているんじゃないかな」吉沢凛子はそれを聞いて確かにそうだと思い、それ以上は聞かなかった。家に帰ると、吉沢凛子は警察から電話がかかってきた。あの一家は三日後にあの家から引っ越すことに同意したらしい。吉沢凛子は信じられなかった。警察の仕事はいつからこんなにも速くなったのか?吉沢凛子は喜んでこの良い知らせを篠崎暁斗に伝えた。この時、彼はソファに座って携帯をいじっていた。篠崎暁斗は顔も上げずに、ただ「そうか」と言って、続けて携帯を見ていた。吉沢凛子はこの機に乗じて篠崎暁斗に貸してくれると約束したあの1000万はいつもらえるのか尋ねた。今度は篠崎暁斗は携帯を下ろした。「君の家は購入してからまだ5年以下だろ、家を売って得られた利益の結構な割合を税金として支払わないといけないし、その他諸々の費用を差し引いたら、手元に残るのは1000万に満たないはずだ。君はどうやってそのお金を俺に返すと約束してくれる?」と尋ねた。 そうなのだ、あの家は諸費用を差し引いたら、手元に来るのは多くても800万くらいにしかならないのだ。今度は吉沢凛子が質問されて返事に困ってしまった。そして暫くしどろもどろになっていた。「今公認会計士の資格試験を受けているんです。一回で合格すれば、給料が高い仕事に変えようと思っています」篠崎暁斗は明らかに信じていない様子だった。ただ吉沢凛子が時間稼ぎをしているだけな気がしたのだ。しかし、それでも彼は彼女の要求に応えることにした。以前、約束していたことだからだ。「明日の午前中にカードに振り込むよ」でも、篠崎暁斗はまた新しい条件を出してきた。「俺たち二人が交わした婚前契約は他言無用だ。絶対におじいさんに知られないでくれ」吉沢凛子はもちろん何の疑いもなく同意した。次の日の午前。篠崎暁斗は会社に到着する
林佑樹がたぶん今、会社の一階にいるのだと予想し、吉沢凛子は急いで彼女の後を追っていった。吉沢凛子が下まで降りると、やっぱり林佑樹と榎本月香が激しく口論している声が聞こえてきた。「林佑樹!」吉沢凛子は彼のところへ向かっていった。林佑樹は吉沢凛子を見ると、榎本月香の手を引いて脱兎の如くぱっと駆け出していった。吉沢凛子は外に出て通りをいくつも探し回ったが、やはり見逃してしまった。この時、篠崎暁斗から電話がかかってきて、彼女にすぐに帰ってくるように言った。吉沢凛子はおじいさんに何かあったのかと思い、急いでタクシーを拾って篠崎家に帰った。しかし家に着くと、どうも様子がおかしかった。篠崎暁斗はソファに腰掛け、その表情は暗く沈みとても恐ろしかった。「どうしましたか?何があったんですか?」吉沢凛子は尋ねた。「吉沢凛子、君は俺と約束したよな?」篠崎暁斗の声は異常なまでに冷たかった。「どの約束です?」「婚前契約のことだよ。君はおじいさんには内緒にすると約束しただろう。でも、今おじいさんはそれは知っただけでなく、今後の治療まで拒否し出したんだ」篠崎暁斗は吉沢凛子の婚前契約書を彼女の前にバンッと叩きつけた。「どういうことか、説明してもらおうか」吉沢凛子は事態の深刻さを理解していたが、彼女は本当にどういうことなのか訳が分からない。「おじいさんがこの契約書を見つけたんですか?」「まだとぼける気か?」篠崎暁斗は立ち上がり、吉沢凛子を失望した眼差しで見つめた。「おじいさんが今朝新聞を読んでいる時に、その中にこの契約書が挟まっていたそうだ。それで相田さんに確認したところ、彼女は今朝、君がおじいさんにこの新聞を手渡したと教えてくれたぞ」「そうです、新聞は私が届けました。でも契約書なんて私、中に入れていませんよ?」吉沢凛子は全くの誤解だと思った。「どうして私がこんなことをする必要があるんですか。もしかして相田さんの仕業じゃ?」「もういい。俺たちの部屋は普段は鍵をかけているんだぞ、相田さんが入って来られるか?相田さんが入ったのだとしても彼女が君の分の契約書がどこにあるのか知ってる?それに彼女がこんなことするして何の得があるんだ?」「じゃあ、私がこんなことをして、どんな得があるって言うんですか?」吉沢凛子も腹を立てていた。「どう
この瞬間、大沢康介も彼女に気づいた。「なんで君が?」大沢康介は慌てて彼女の傷を調べた。幸いどれも表面のかすり傷ばかりだった。大沢康介は吉沢凛子を助け起こして言った。「こんなに遅くに、どうしてこんな所に?」「ちょっと用事があって」大沢康介は目の前にある警察署を見て、何か尋ねようとしたが、結局何も聞かなかった。「どこに住んでいるんですか?家まで送りましょう」「ご迷惑をおかけしますから、大丈夫です。タクシーで帰りますから」吉沢凛子は直感的に断った。「迷惑なんかじゃありませんよ。私も今は特に用事はないですし、代行業者とでも思ってくれればいいですから」大沢康介は言い終わると、車のドアを開けた。その厚意が断りづらく、吉沢凛子はおとなしく車に乗った。途中、二人はあまり多くは話さなかった。話は吉沢おばあさんの病状についてが大半だった。20分後、車は篠崎家の前に止まった。吉沢凛子が車を降りようとした時、大沢康介は彼女の腕に擦り傷があるのに気づき、急いで彼女の腕をつかんだ。そして、車に積んであった救急箱を取り出して、彼女の傷口を軽く処理した。さすが専門家だ。彼は慣れた手つきで、あっという間に薬を塗り終わった。「明日また病院に来たほうがいいです。もう一度薬を塗り直しますから。感染防止のため、8時間は水につけないようにしてくださいね」「......」篠崎暁斗はこの時、隣に止めてあった車の中にいた。助手席に座っている吉沢凛子は知らない男と車の中で一体何をしているのやら。その二人は長い間車から降りてこなかった。明日は篠崎暁斗の両親の命日だ。20年前彼の両親は交通事故で他界した。その時の犯人は未だ捕まっていない。だから、毎年この日になると、篠崎暁斗はとても不機嫌になるのだ。しかも彼はおじいさんのために、国際的にとても有名な医者に連絡し手術をする予定にしていたのに、あの婚前契約書がバレたせいで、どうしても治療を受けようとしないのだ。今夜、彼は冷静ではないと自分でも分かっていて、だからこそ彼女ともう一度ちゃんと話し合おうと思い、車の中で吉沢凛子が帰ってくるのを待っていたのだ。なのに、思いがけず、このシーンを目撃してしまった。夜遅くに飛び出していって、他の男を密会するとは。なるほど元カレが浮気するわけだ。それは
吉沢凛子の頬も涙で濡れていた。彼女は彼の傍に近寄り、両手で篠崎暁斗を包み込んだ。彼女はただ彼に温もりを伝えたかった。それが今の彼女に唯一できることだから。もしくは、互いの温もりを伝え合いたかったのだろう。実は、吉沢凛子は心の内で、どこか篠崎暁斗を羨ましいと思っていた。彼の両親は事故でいなくなったとはいえ、両親から愛されていたのだから。しかし、彼女は両親が誰なのかさえも知らない。小さい頃、彼女はお祝い事が一番嫌だった。他の子はみんな両親が傍にいて、新しい服やおもちゃを買ってもらい、誕生日パーティをしてもらっていたのに、彼女はただ家でおばあさんの手伝いをするしかなかったからだ。吉沢凛子は、この歳になるまで誕生日ケーキを一度も食べたことがなく、とても残念に思っていた。彼女が毎回ケーキ屋の前を通り過ぎる時、親が子供に誕生日ケーキを買ってあげているのを見て、その子供になりたいと切に願うくらいだった!もし来世があるというのなら、彼女は親から愛される子供に生まれ変わりたいと思った。誕生日にはケーキが食べられて、父親と母親が彼女のために誕生日の歌を歌ってくれる......その時、耳に台風警報が響き、吉沢凛子を現実に引き戻した。大きな波が次々と襲ってきて、船は一瞬で傾き、二人は船の中へと急いで戻った。慌てていたので吉沢凛子はうっかり躓いてしまい、傾いていたワインセラーに突っ込み、それが凛子のほうに倒れ掛かってきた。彼女の後ろにいた篠崎暁斗はそれを見ると、急いで走って行き、自分の体でワインセラーを支え、吉沢凛子を抱きかかえ横へ倒れ込んだ。ワインセラーは大きな音を立てて床に倒れた。彼のおかげで吉沢凛子はかすり傷一つできていなかった。船の揺れは少し穏やかになってきた。吉沢凛子は篠崎暁斗の懐の中から這い出してくると、暁斗が顔を青白くさせて目をきつく閉じ床に倒れているのに気がついた。唇の色も紫色になっていた。「篠崎さん、大丈夫ですか?びっくりさせないでください!」吉沢凛子は篠崎暁斗の頬を叩いたり、まぶたを引っ張ってみたり、鼻の下に手を当て呼吸を確認したりしてみた......しかし、何をしても反応はなかった。吉沢凛子は急いで人工呼吸を施した。篠崎暁斗は鼻をつままれて、口の中に甘さを帯びた新鮮な空気が入ってくるのを感じた。
この民宿は残り一部屋しかなく、二人が夫婦だと分かると、オーナーは親切に彼らを迎えた。部屋は少し質素で、篠崎暁斗はどうも落ち着かなかった。彼は今までこのような安っぽい部屋に泊まったことがなかったからだ。吉沢凛子は彼が嫌そうなのが分かり、オーナーにきれいなシーツと掛け布団カバーを借りてきた。全部、吉沢凛子一人で忙しくしていて、篠崎暁斗は傍らでそれを見ていた。決して彼が手伝わないのではなく、本当にこのような事をしたことがなく、どうすればいいのか分からなかっただけだ。吉沢凛子も特に気にしていなかった。おそらく今まで誰かの世話をするのに慣れてきていたからだろう。弟の吉沢蒼真にしろ林佑樹にしろ、至れり尽せりの世話をされてきて『自分で身の回りのことができない』ような人間になってしまった。部屋を片付け終わると、オーナーがカップラーメン二つと漬物を持ってやってきた。篠崎暁斗はこのジャンクフードを見て、一瞬で食欲がなくなってしまった。彼はソファの上に倒れこみ、携帯を取り出すと突然メールボックスにアメリカから誕生日のお祝いメッセージが届いた。彼の手がピクリと動いた。彼がメールボックスを開くと、見慣れた名前が目に飛び込んできた。藤井杏奈。「何を見ているんですか?」吉沢凛子は篠崎暁斗がぼうっとしているのを見て、お湯を入れたカップラーメンを持ってやってきた。篠崎暁斗はすぐにメールボックスを閉じた。そして「友達から誕生日メッセージが届いたんだ」と言った。「今日が誕生日なんです?」吉沢凛子はとても驚いた。彼女はそれから持っているカップラーメンを見て、誕生日にこんなものを食べるのは篠崎暁斗に申し訳ないと思った。突然彼女は何かを思いついたように、カップラーメンを置いて部屋を出て行った。外は暴雨となり、海風が轟々と呻き声をあげ、雷が鳴り稲妻が走った。雨はザーザーと窓ガラスを打ち付けていて、肝をつぶすほど恐ろしい光景だった。この時、雷が落ち、漁村の電線が雷に直撃して一瞬で辺りは漆黒の闇に包まれた。眠りに就いていた篠崎暁斗は、驚きのあまりぶるっと身震いしてソファから起き上がった。「吉沢さん、どこにいるんだ?」しばらく彼女を呼んでも返事はなく、篠崎暁斗は立ち上がって探しに行こうとした。この時、ドアが開いた。吉沢凛子は手作り
部屋のガラスが突然割れ、冷たい風が部屋に流れ込んできた。雨も強く床を打ち水浸しになってしまった。篠崎暁斗はカーテンで風が吹き込む場所を塞いでみたが、あまり効果はなかった。民宿の他の部屋も同様に被害があるらしく、状況は悪化する一方だ。篠崎暁斗はベッドの隅で吉沢凛子を抱きしめ、二人一緒に分厚い布団を被ってなんとかやり過ごしていた。暗闇の中、吉沢凛子は篠崎暁斗の肩にもたれかかり、うとうとしていた時、暁斗が小さく尋ねる声を聞いた。「眠れそうか?」「ええ、もうすぐ。あなたは?」篠崎暁斗はごくりと唾を飲み込んだ。「俺もだ」吉沢凛子は彼の呼吸が深くなったので、冷えてしまったのかと思い、布団をかけなおしてあげた。「かけなくていい、ちょっと熱いから」篠崎暁斗は何かをこらえているような感じで抑えた声で言った。部屋の中に風が吹き込んでいるというのに、熱いわけがない。吉沢凛子が篠崎暁斗の額を触ってみても、熱はないじゃないか!篠崎暁斗は彼女の手を掴み布団の中へと押しやった。「動かないでくれ、我慢できなくなるだろ」吉沢凛子はすぐに彼が言っている意味を理解した。ちょうど部屋が真っ暗で顔の様子が確認できなくてよかった。じゃないと恥ずかしくてたまらない。しかし、篠崎暁斗のこの一言で、吉沢凛子も緊張してきて、手足をどうすればいいのかやり場に困っていた。「だから、動くなって言ったじゃないか、俺を誘ってるのか?」篠崎暁斗はずっと自制心に自信を持っていたが、今晩は大きな試練のようだ。結局、吉沢凛子は自らの意思に打ち勝ち、全ての雑念を払い除けて、先に眠りに就いた。篠崎暁斗は夜明け頃、睡魔に襲われ目を閉じた。明け方、吉沢凛子が目を覚ますと、篠崎暁斗はまだ寝ていた。一晩中荒狂っていた暴風雨はようやく過ぎ去った。朝日が部屋に差し込み、篠崎暁斗の整った顔をキラキラと照らした。はっきりとした顔の輪郭がぼんやりとしてきて優しく感じられた。ゆっくり、篠崎暁斗は視線を感じて目を開けた。目に入ってきたのは、とろんとした目つきの純粋な可愛らしい顔だった。「起き......」言い終わる前に、吉沢凛子はベッドに押し倒された。二人の目が合い、まるで時間の流れが止まったようだった。ただ二人の乱れた呼吸だけが聞こえる。吉沢凛子の頭は真っ
「彼は私を騙したりしないって信じていますから」吉沢凛子はそう言った。その言葉を聞き、篠崎暁斗とその同級生はとても驚いていた。同級生は自分の夫のへそくりに興味を示さない女がいることに驚いていた。一方、篠崎暁斗のほうは吉沢凛子が自分を信じていると言ったことに驚いていた。その言葉は彼に少し罪悪感を抱かせた。同級生の女性はまだ何か言おうとしたが、少し考えてからやめてしまった。本当に篠崎社長を怒らせてしまうと、決して冗談では済まされない。それで、本来降ろしてもらう予定の場所ではなかったが、その同級生は車を降りた。最後にこれからも連絡を取り合おうと言って凛子のLINEを交換した。その子が車を降りてすぐ、篠崎暁斗は彼女からメッセージを受け取った。「奥さんとってもきれいね。ちょっとダサいから、あなたには少し似合わないけど」篠崎暁斗は確認し終わると、メッセージを消してしまった。そして、吉沢凛子を連れてそのままショッピングモールに向かった。凛子は篠崎暁斗が服を買うのかと思っていたら、彼は彼女に服を買うつもりらしかった。しかも、適当に選んでも一着何十万もするような有名ブランド店へ連れて行った。吉沢凛子はびっくりして、彼を引っ張って行った。「この服は高すぎます。一着で私のひと月の給料より高いんですよ」篠崎暁斗のほうはそうは思っていないようだ。先に試着してみろと吉沢凛子に次々と試着させていった。最後のほうには店員が少しうんざりしていた。「あの、ご購入されますか?」篠崎暁斗は全部買ってしまいたかったが、自分の正体を明かせないので、吉沢凛子に一番似合うと思ったブレザーだけを選んだ。「これにしよう」吉沢凛子は名札を確認した。36万円?余裕で彼女の一ヶ月の給料を超えているじゃないか。彼女は篠崎暁斗を隅の方に引っ張り「今日カード忘れてきたんです。先にご飯食べましょう。お腹すいちゃったんです」「服を買ったらご飯を食べに行こうか」篠崎暁斗は携帯を取り出し電子決済の支払いコードを開いた。「俺のカードを紐づけしてあるから、この携帯で支払えばいいよ」「高すぎます。あなたの月給の半分以上ですよ」「じゃ、半月分は残ってるじゃないか」篠崎暁斗は結婚して一家を支える重要さを理解していない様子だ。「でも、今月になってまだちょっとしか経って
凛子を妬む榎本月香と、すでに後悔し始めていた林佑樹を残して彼女は去っていった。家に帰って昼食を済ますと、篠崎暁斗は仕事に向かった。吉沢凛子が服を脱いでクローゼットになおしたところで弟から電話がかかってきた。弟は数日前に彼女の両親に会いに行き、40万もする腕時計をプレゼントされたらしい。そして今日は彼女の誕生日だから、ちゃんとしたプレゼントを送りたかったが、まだ大学を卒業していないのでお金がなく、吉沢凛子にお金を借りたいと言ってきた。吉沢凛子は弟の蒼真から聞いて、一年以上付き合っている彼女がいると知っていた。二人の仲はまあまあ良いようだ。でも、彼女はお金を全て手術費に使ってしまって、蒼真に貸せるようなお金はどこにも残っていなかった。吉沢凛子は買って間もないブレザーを見ながら、吉沢蒼真に彼女の身長と体重を聞いて、その彼女が着られるサイズだと分かった。そして、吉沢凛子は蒼真と相談し、買ったばかりのこの服を弟の彼女に誕生日プレゼントとしてあげることにしてしまった。初め吉沢蒼真は断っていたが、凛子も経済的に厳しいことを理解していて林佑樹からちょっとお金を借りたいと言い出したが、この二人はもう別れた後だったのだ。結局仕方がないので、吉沢蒼真は凛子の申し出を受けるしかなかった。そして、時間と場所を決め、吉沢凛子はこの服を弟のもとに持って行ってあげることにした。午後1時半、吉沢凛子はアステルテクノロジービルの入口で吉沢蒼真に会った。吉沢蒼真は彼女がアステルテクノロジーの受付として働き始めたばかりだから、今日彼女に会いに来たと言っていた。ちょうど誕生日プレゼントも渡すことができる。吉沢凛子は服とレシートを蒼真に手渡した。レシートに書いてある金額を見て、吉沢蒼真は驚いてしまった。まさか自分の姉がこんな高価な服を買ってしまうとは思っていなかったのだ。吉沢凛子は彼に何も説明せず、自分のやることをちゃんとやって、時間がある時におばあさんに会いにいくように伝えた。篠崎暁斗はちょうど顧客と一緒に朝食をとり、車を運転して会社に戻ってきた。遠くから吉沢凛子と若い男が一緒に会社の入り口にいるのが見えた。吉沢凛子は、時折若い男の襟元を親しそうに整えてあげていた。そして、吉沢凛子が男に手提げ袋を手渡すのも目撃してしまった。その袋には見