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第9話

「林佑樹!」吉沢凛子はその人物は絶対に林佑樹だと思った。でなければ、彼女を見てすぐに引っ込んでしまうわけがないからだ。彼女はエレベーターが一階に止まったのを見て急いで階段を降りていった。

しかし、彼女が一階に着いた時には、もう林佑樹の姿は見えなかった。

この時、病院からまた電話がかかってきて、おばあさんの手術は手術費用を全額支払うまで無期限で延期されると伝えられた。

そして彼女は急いでまた病院へと向かった。

彼女がアステルテクノロジーのオフィスビルから出て行くと、篠崎暁斗は電話をとり一階の受付に電話をかけ、吉沢凛子が林佑樹を探しに来たことを知ってすぐに一息ついた。ついでにその受付嬢は解雇すると通知を出した。

続けて人事部に電話をかけ、林佑樹の毎月の給与を10万にし、監視カメラ室のネット管理役にすると通知を出した。

林佑樹のほうはというと、ちょうど給料が20万になって憂鬱になっていたところだった。するとまた通知がきて、監視カメラ室勤務の給料で10万に降格されると聞き、彼はその瞬間に怒り出した。

おもわず物に当たり散らしそうになった。しかし、榎本月香に大法螺を吹いてきてしまったものだから、また職を失ったなんて顔向けできないような話ができるものか。

しばらく思い悩み、怒りを我慢して、監視カメラ室に行くしかなかった。

吉沢凛子は病院に戻ってきて、大沢康介に電話をかけたが繋がらず、直接彼のオフィスへ探しに行った。

ドアの外まで来ると、中から言い争っている声が聞こえてきた。

「この患者さんはもう前金を払っているんだ。どうして手術室の予定が立てられないんだ?」大沢康介は激怒して言った。

「彼女は全額支払っていないわ。だから彼女の手術を延期する権利が私にはあるの」相田紬は全く情けをかける気配はなかった。

「相田先生、まさかあなたがこんなに人の心を持たない人間だとは思っていなかったよ」

「私は医者よ、慈善家なんかじゃない。病院の規則に従って何が悪いの?もしかして、先生はあの患者の家族を気に入っているから、彼女にコネを使ってあげるつもり?」

「相田紬、おまえ何をそんなデタラメを言っているんだ?本当に君は私を失望させてくれるよな」

大沢康介はもうこれ以上彼女と言い争いたくなかったので、ドアを開けてその場を離れようとした。

すると相田紬はドアを塞いだ。「大沢康介、今日こそ私たち、はっきりさせましょう。あなたは一体私のことが好きなの?嫌いなの?もし私のことが好きなら、私をこんなにいじめないでよ。もし私のことが嫌いなら......」

「相田紬、私的な感情を仕事に持ち込まないでくれ。それに言っておくが、私にはずっと前から好きな人がいるんだ。君との可能性はゼロだ」と大沢康介は一言一句はっきりと伝えた。

「そんなわけない。その人って誰なの?」相田紬は大沢康介の行く手を塞いだ。

「そこをどけ!」大沢康介の整った顔が怒りで真っ赤になった。

「どかないわ。私のことが少しも好きじゃないって?そんなわけ絶対ない。以前の私への態度は全部嘘だったの?」相田紬はヒステリックになって叫んだ。「あの患者の家族のせいでしょ?あなた達はただここで初めて会っただけじゃない、でも私たちは海外で三年間も同級生としてやってきたのよ、知り合って三年ずっと......」

「もういいだろ、相田紬。私たちが一生知り合いでも、一生付き合いがあったとしても、君を好きになることは絶対にないんだ」

ドアが勢いよく開けられ、吉沢凛子は大沢康介に鉢合わせしてしまった。

大沢康介は驚いて口を開こうとしたら、後ろから相田紬が出てきた。

吉沢凛子を見た瞬間、相田紬の怒りが大爆発した。

「またあなたなの?あんた一日中大沢先生に付き纏って何してるのよ?こんなところで男を誘惑してる暇があったら、さっさとお金でも集めに行きなさいよ」

「相田紬、まだふざけた事を言うつもりなら、院長室で会おうじゃないか!」大沢康介の怒りは頂点に達していて、大股で病棟を出て行った。

相田紬はこんな状況になり、さらに怒りを増して、周りは一切気にせず吉沢凛子に向かって怒鳴った。

「言うべきことは全部言ったわ、あなたのおばあさんの手術費用が少しでも足りなければ絶対に手術はできないから」

「相田先生、ちょっと聞いてください。すぐに手術費用を全額支払います。絶対におばあちゃんの手術の日程はキャンセルしないでください。お願いします」

相田紬は全く聞く耳を持たなかった。彼女は大沢康介に彼女のサポートがなければ手術のひとつもできないということを思い知らせたかったのだ。

吉沢凛子がしつこくお願いしても全く効果がなく、できるだけ早くお金を用意するしかなかった。

それから、彼女はまた自分の家に戻り、林佑樹が見つからないので、玄関の前に屈んで待っていた。

空が暗くなって、ようやく人がやってきた。

でも、それは林佑樹ではなく、全く知らない三人家族だった。

吉沢凛子は女性が鍵で玄関のドアを開けるのを見て、急いで走っていき尋ねた。「こんばんは、私はこの家の家主です。あの、あなたはどうしてこの家の鍵を持っているんですか?」

「あなたが家主さん?」女性はとても驚いていた。「そんなわけありません。昨日あの林さんがここの家主だとおっしゃって、私たちに不動産権利書も見せてくれたんです」

「彼が不動産権利書を?」吉沢凛子は信じられなかった。「どういうことなの?」

「偽物なんてあります?信じられないなら夫に聞いてください。私たち二人とも見たんです」女性は間違いないといった様子で言った。

「じゃあ、あなた達はこの家を借りているんですよね?」

「はい、林さんがすぐにお金がいると言って、私たちが一年分の家賃を一括で払うなら、安くしてくれると」

「それで全部で彼に120万円支払いました。そしてその時契約書にサインして、鍵をいただいたんです」

吉沢凛子は手足が冷たくなるのを感じ、めまいがした。信じられないことに、林佑樹は不動産権利書まで偽造して彼女の家を賃貸契約してしまったのだ。

「すみませんが、今日この家に入ることはできません」吉沢凛子はドアを塞ぐと、携帯を取り出し警察に連絡しようとした。

女性の夫はそれを見て、吉沢凛子の携帯を叩き落とした。「あなた一体誰なんだよ?どうして私たちが家に入るのを邪魔するんだ?」

「私がこの家の持ち主だからですよ」

「あなた達のどちらが大家なのかなんてどうでもいい、どのみち私は林さんという人からこの家を借りたんだ。なにか文句があるなら私たちじゃなく、彼に言ってくれよ」

女性の夫は乱暴に吉沢凛子の襟元を引っ張り、彼女を横へと振り払った。

そして一家三人は家の中に入り、すぐにドアロックを掛けてしまった。

吉沢凛子は焦って、脇目も振らず何度もドアを叩き始めた。

「ちょっと聞いてください。あなた達に家を貸したその林という人は偽造した不動産権利書を見せたんです。私こそこの家の持ち主ですよ。信じられないというなら、役所に確認しに行ってください。

おばあちゃんは今病院にいて、この家を売ってお金を作らないと助けられないんです。お医者さんは今すぐ手術をしないと、今月末までもたないと言われました。

お願いです。

あなた達も騙されたことは分かっています。でも、あなた達も通報して警察に対処してもらってもいいじゃない。私の家を占拠されちゃ、私はどうやっておばあちゃんの手術費用を払えばいいのよ......」

吉沢凛子はどんどん興奮状態になっていき、周りの住人達に囲まれた。

最終的に、誰かが頭がおかしい人が騒いでいると警察に通報し、吉沢凛子は警察に連れて行かれてしまった。

警察署に着くと、吉沢凛子は少し冷静さを取り戻した。

警察は状況を記録し、彼女の情緒が不安定と判断して家族に電話をかけて迎えに来てもらうように言った。

彼女は仕方なく、篠崎暁斗に電話をかけた。

幸いにも、今回は篠崎暁斗はすぐに電話に出てくれた。

すると、15分も経たずに、篠崎暁斗がやってきた。

吉沢凛子はまさか篠崎暁斗がこんなに早く来てくれるとは思っていなかった。

「怪我はしていないだろうな?」篠崎暁斗が入ってくると、警察署の中の気圧が一気に下がった気がした。

篠崎暁斗の緊迫した様子を見て、吉沢凛子は辛くて一瞬で涙目になった。

「元カレが私の家を勝手に人に貸してしまいました」

「大丈夫だから、君は車の中で俺を待っていてくれ」篠崎暁斗は車の鍵を吉沢凛子に渡した。

凛子は彼が何をするのか分からなかったが、先に車に行って待つしかなかった。

30分ほど過ぎて、ようやく篠崎暁斗が出てきた。彼の後ろには人が付いて来ていて、ひたすらヘコヘコしていた。

篠崎暁斗はずっと暗く浮かない顔をしていて、何を聞いたのか知らないが、ようやく少し笑顔を見せた。

この時、吉沢凛子はあの一家三人が人に連れられてパトカーから降りてくるのを見た。

変だ。

どうして彼らもここに?

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