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第8話

「私の元カレが、その会社に面接に行ったんですけど、月収は100万らしいんです」

吉沢凛子は腹を立てて語った。

「彼は半年もニート生活をしていて、家でずっとゲームばかり、暇を持て余してたんです。アステルテクノロジーの社長さん、思考回路がショートしちゃったんじゃないですか。あんな向上心のない人間を採用しちゃうなんて、しかも毎月100万もあげるんですよ」

「ごほ、ごほ、ごほ......」篠崎暁斗は麺が喉に引っかかってむせた。

吉沢凛子は急いで彼に水を注いだ。

「あなたも彼に100万だなんて多すぎると思ったんでしょう?あなたの給料でも60万なんですよ。あなたこそアステルテクノロジーに面接に行ってみたらどうです?」

それを聞いて、篠崎暁斗はさらに咳き込んでしまった。

彼の顔は息が詰まって赤くなってしまい、しばらくしてようやく顔色が戻ってきた。

「君はさっき元カレとは連絡していないって言ってたじゃないですか。どうして彼がアステルテクノロジーに行くと知っているんですか?」

「彼の今カノが言ってたんです。私たち三人は大学の同級生で、私とこの女は同じ会社なんです。以前は親友だったんですけどね」

篠崎暁斗は少し驚いていた。

どうやら今晩、あの階上にいた女は本当に吉沢凛子ではなかったようだ。

「じゃあ、君と彼女が同じ会社で、気まずくないんですか?」

「だから、今転職しようかと考えているんです」

篠崎暁斗はそれ以降は何もしゃべらず、冷麺を食べるのに集中し、食べ終わると急いでシャワーを浴びに行った。

彼が風呂から上がってきた時、吉沢凛子はまだメッセージを送っていた。

彼は今晩書斎で寝ると伝え、ノートパソコンを持って隣の部屋に行った。どうやら遅くまで残業するようだ。

吉沢凛子もあまり気にせず、彼女は着替えを持ってお風呂に行った。

書斎に来ると、篠崎暁斗はパソコンを開き、しばらくの間一ページも動かさなかった。

そして、電話を取り、人事部長にかけた。

社長の電話を受けて、人事部長は戦々恐々としていた。彼が会社に入ってから、社長が彼に話す時はいつも5文を超えなかった。しかも今日の昼間はたったの3文でさらに短かった。

「篠崎社長、こんなに遅くにまだお休みになられていないんですか?」

「今日採用を決めたあの林佑樹だが、給料を外部に漏らしたのを理由に毎月20万に減給させる。もし、彼が納得いかないのであれば、他の人を採用する」

次の日の朝、吉沢凛子は特別に早起きして、盛りだくさんの朝食を用意した。

朝ごはんの時に、おじいさんは突然尋ねた。「暁斗、おまえは昨日どこで寝たんだ?」

篠崎暁斗は顔をこわばらせ、吉沢凛子をチラリと見た。

「私はおまえに聞いているんだ。凛子さんを見てどうしたいんだ?」

「昨日の夜はまだ終わっていない仕事があったので、凛子さんの邪魔にならないように、書斎で寝ました」

「結婚してまだ日も浅いんだから、仕事は放っておきなさい。凛子さんに付き添うほうが重要だろうが」おじいさんはちょっと考えて言った。「そうだ、おまえ達、ハネムーンに行ってきたらどうかな?」

「ハネムーンですか?」篠崎暁斗は吉沢凛子のほうを見た。「君の提案?」

「いいえ、私は何も言っていませんよ」吉沢凛子もどうしておじいさんが昨日、篠崎暁斗が書斎で寝たことを知っているのか分からなかった。

篠崎暁斗は明らかに信じていない様子だ。

「凛子さんを疑うんじゃない。私が早くおまえ達の子供に会いたいだけだ。この不孝者め、さっさとしないと、どうなるか分かってるんだろうな」

朝っぱらから子供の催促をされ、篠崎暁斗にとって気のふさぐ朝食となった。

入口に立っていた相田おばさんは人間観察中で、彼女が部屋を掃除している時に吉沢凛子の部屋から婚前契約書を見つけたことを思い出していた。

もしおじいさんがこの二人が半年後離婚するという計画を立てていることを知ったら、吉沢凛子に完全に失望してしまうのではないか?

もし、そうなれば自分の姪っ子にもチャンスがあるのでは?

吉沢凛子は家を出ると、そのまま会社を休んで病院へと向かった。

おばあさんの手術は来週に決まり、今週は色々な手術前検査をする必要があった。

午前中に病室の検査に行った後、吉沢凛子はおばあさんの主治医である大沢康介医師に会った。

大沢康介は学問が深く上品でイケメンの男性医師だ。留学経験もあるらしく、若い医者の中では突出して優れた医者の一人だろう。

彼は吉沢凛子におばあさんの詳しい病状を辛抱強く、注意深く伝えた。

ナースステーションの看護師たちは物欲しそうな目つきで見ていた。

「大沢先生ったら、あのご家族と長い時間話しているわよね。相田先生に見つかったら、また見物かも」ある看護師が他人の不幸を喜ぶような態度で言った。

「見られたほうがいいじゃん。大沢先生は別に彼女のものじゃないんだから。先生はまだ独身でしょ、誰にでもチャンスはあるんだもの」

「ってことはつまり、あなたも大沢先生を狙ってるの?」

「別に狙ってるのは私一人だけじゃないでしょ。大沢先生はあんなに優秀な方よ。どんな女の子だってメロメロになっちゃうでしょ?」

「しー、相田先生が来たわよ」二人の看護師は急いで口にチャックをし、忙しそうなふりをした。

相田紬がナースステーションを通り過ぎる時に、さっきまで陰口をたたいていた看護師を一瞥した。「あなた達さっき何を話していたの?」

看護師達は気まずそうに笑って言った。「大沢先生がすごく辛抱強い方だって話していたんです。あのご家族ともう30分もお話しているんですよ」

相田紬は医者のオフィスに目をやると、若い女性が大沢康介の前に座っているのが見えた。

その人はポニーテールにしていて、白く透き通った肌に清純な女子大学生のような女性だった。

二人の様子を伺っている時、その女性が何を言ったのか分からないが、大沢康介が突然笑った。

この微笑みはまるで真冬に照らす暖かい太陽、真夏の涼風のようで心を温かくし、人を心地よくさせる。

この大沢康介の微笑みに相田紬は惹かれたのだった。留学していた三年間、彼女はずっと彼を追いかけていた。でも、彼女がいくら努力しても、大沢康介はずっと彼女に対してどっちつかずの態度だった。

相田紬の顔は、ひと目で分かるほどあっという間に冷たくなっていった。

「あれって誰のご家族?」相田紬は尋ねた。

「23号病床のお孫さんです」

「あの癌末期の?」相田紬は思い出した。「手術費用はもう全部支払い済なの?」

「前金だけ払っています。あと800万以上足りませんけど」

「だったら、お金を全部支払ってもらってから、手術の予定を立てましょう」

「でも、彼女は大沢先生の患者さんですが」看護師は相田紬の嫉妬心がここまで強いとは思っていなかった。

「だけど、手術室の予定を立てるのは私の仕事よ。全額支払い済の患者さんから予定を立てるのは当然のことでしょう。私がそう言ってたって伝えていいから。何か問題があれば大沢先生には私のところに来るように伝えてちょうだい」

吉沢凛子は大沢康介からおばあさんの病状が思わしくないことを聞き、おもわず涙ぐんでしまった。

大沢康介は彼女にティッシュを渡し慰めて言った。「心配しないでください。できるだけ早く手術をすれば、おばあさんは今の状態から悪くなることはありませんから」

吉沢凛子は頷き、多くの感謝の言葉を残し、大沢康介と今度いつでも連絡できるようにLINEを交換した。

午後、不動産業者が吉沢凛子に部屋を見たいと言っているお客がいると電話をしてきた。

彼女は急いで家に戻ったが、ドアを開けようと何度も鍵を回してみて、ようやく鍵が交換されていることに気がついた。

この時、お隣さんが出てきて吉沢凛子に、昨日彼女の彼氏が来て業者に頼み鍵を交換していたと教えてくれた。

吉沢凛子は激怒してすぐに林佑樹に電話をかけた。しかし、林佑樹は電話番号も交換していて繋がらなかった。

アステルテクノロジー株式会社にて。

吉沢凛子は会社の受付に来て、林佑樹の所属部署を尋ねたが、受付嬢は林佑樹という人物のことを全く知らなかった。

吉沢凛子は焦って、会社の中へ探しに行こうとしたが、もちろん受付嬢は彼女をアポなしで通すわけにはいかなかった。

彼女は受付嬢がお手洗いに化粧直しに行っている隙を狙って会社の中に潜入した。

アステルテクノロジーは25階あり、吉沢凛子は5階の技術部から探し始めた。

エレベーターキーがなく、彼女は階段を上って行った。5階から15階まで探したが、それでも彼は見つからなかった。

彼女はもう動けなかった。エレベーターの横に立って誰かがエレベーターを利用するのに乗じようと待っていた。

この時後ろのエレベーターのドアが開き、その中から中年男性が出てきた。その後ろにはもう一人いた。

しかし、吉沢凛子を見て、すぐにエレベーターの中に戻ると閉じるボタンを押した。

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