彼は吉沢凛子の風呂上りの色っぽい姿を見て、しばらくぼうっとしてから、やっと我に返った。「どうして帰ってきたんだ?」篠崎暁斗が尋ねた。「おばあさんには今夜からヘルパーさんをつけたので、しばらくは私がいなくても大丈夫なんです」「じゃあ、君は......」「あの、今夜......」二人は同時に声を出した。「先にどうぞ」篠崎暁斗はそう言いながら、ネクタイを外してソファの上に投げた。吉沢凛子はこの時、篠崎暁斗の襟元に口紅の跡のようなものがついているのに気がついた。おもわず凝視した。吉沢凛子は自分でも気づいていなかったが、彼女は篠崎暁斗の前では、すでに妻としての役割に自然となりきっていた。他の奥さんと同じように、浮気を疑い嫉妬心に駆られた。他の奥さん方と唯一違うことは、吉沢凛子は篠崎暁斗に説明するように強く言えないことだった。ただ心の中に抑え込むしかない。「今夜は書斎で休みますか?」吉沢凛子の声はとても素っ気無かった。篠崎暁斗は服を脱ぐ手を止めた。吉沢凛子は彼に出て行ってほしいと思っているのが分かった。「風呂に入ったら、すぐ出て行くよ」篠崎暁斗は何か我慢しているような声で言った。そして、無表情で引き続き服を脱ぎ始めた。一着、一着と脱いだ服をソファの上に投げ捨てていった。吉沢凛子は篠崎暁斗が彼女の目の前で服を脱ぐとは思っておらず、急いで背を向け見ないようにした。篠崎暁斗はパンツ姿で浴室へと向かった。吉沢凛子はこの時、浴室のドアの前に篠崎暁斗に背を向けて立っていた。篠崎暁斗は彼女の後ろに来ると、突然彼女の耳元で話しかけた。「君がここに突っ立ってるのは、俺と一緒にもう一度風呂に入りたいっていう意味か?」生暖かい息が耳元にかかり、こそばゆくなり、吉沢凛子は心が乱れて急いでその場を離れた。篠崎暁斗は浴室へと入っていった。シャワーの音が響き、吉沢凛子はソファの前まで行くと、あのシャツを見つけ赤い印を何度もじっくりと見つめた。最後にそれはやっぱり口紅の跡だと確信した。しかもその口紅の色は、若い女性が好きな色だ。篠崎暁斗は浮気している?吉沢凛子がシャツを持つ手は少し震えていた。林佑樹の部屋からコンドームを見つけた時ですら、このような感覚にはならなかったのに。あの時はただの怒りで、今は混乱
おそらく相田紬とぶつかった時に、うっかりついてしまったものなのだろう。それを思い出すと気分が悪くなり、そのシャツをゴミ箱に捨ててしまった。「明日新しいシャツを買ってくれ」篠崎暁斗は言った。「これ、どうして捨てるんですか?」「汚れた」「汚れたら洗えばいいじゃないですか」吉沢凛子はわざと彼とは真逆の主張をしたようだった。「じゃあ、洗ったら君の好きにしたらいいさ。誰かにやるとか、どのみち俺はいらん」篠崎暁斗はクローゼットの中からパジャマを取り、着替えながら言った。「誰にあげるって言うんですか。これじゃ、もったいないです」「君は誰かに服をプレゼントするのが好きだろう?」篠崎暁斗が振り向いた時、突然ドアにかけてある紳士服が目に入った。篠崎暁斗はそのドアに近寄り、知らない男の服をちらりと見ると、ひんやりと冷めた口ぶりで言った。「これは誰のだ?」吉沢凛子はギクリとした。そして、正直に「今夜、大沢先生が送ってくれる時に、体が冷えたらダメだからって貸してくれたんです。明日彼に返します」と言った。篠崎暁斗は振り返り、冷ややかな目で吉沢凛子を見て今夜のあのシーンを思い出した。この女は本当に誤魔化すのが上手だ。「俺に言い訳なんか必要ない。半年過ぎたら、君は俺の人生の中で、ただ一瞬すれ違っただけの赤の他人になるんだからな」「大沢先生から電話です!」吉沢凛子の携帯が鳴り響いた。「大沢先生から電話です!」「......」電話はずっと鳴っていて止まらなかった。吉沢凛子は出るしかなかった。篠崎暁斗は目に失望の色を浮かべ吉沢凛子を一瞥すると、ドアをバンッと開けて出て行った。「吉沢さん、ずっとあることを、あなたにお話するか悩んでいたんです。私の元カノで水野莉沙というあなたによく似た女の子がいるんですが、一人はアメリカに、もう一人は日本にいるんじゃなければ、あなた達は双子の姉妹なんじゃないかと思うくらいですよ。そうだ、あなた達の年齢も同じくらいで、ただ生まれた日が違うだけなんです。ちょっとお尋ねしたいのですが、吉沢さんの生年月日は身分証に書かれてある通りなんですか?」大沢康介はしばらく話し続けていたが、吉沢凛子の耳には全く入っていなかった。彼女はさっき篠崎暁斗が出て行く時のあの失望した目つきが、頭から離れなかったのだ。「吉
この人は朝っぱらから言いがかりをつけてきて何なの?吉沢凛子が何も言わないので、篠崎暁斗はもっと怒りが湧いてきた。「なんで何も言わない?」「私は何も言うことはありません」吉沢凛子は篠崎暁斗を押しのけて、門を出て行った。しかし、通りに出たところで、篠崎暁斗の車が追いかけてきた。彼女の前に車を横向きにつけて行く手を塞ぎ、無視しようとしても無駄だと彼女に知らしめようとした。吉沢凛子は彼のほうへ振り向いた。篠崎暁斗は何も言わず、助手席の窓を開けた。「早く乗って」吉沢凛子は彼に構いたくなかったが、体の向きを変えたところでまたクラクションが鳴った。怒った吉沢凛子は篠崎暁斗の耳を引っ張って中から引きずり出して、一体何がしたいのか聞きたいくらいだった。この時、会社からまた早く来いと催促の電話がかかってきたので、おとなしく車に乗るしかなかった。篠崎暁斗は自分の思い通りになって、口角を少し上げ車を発進させた。そしてあっという間に、吉沢凛子を会社の前まで送っていった。吉沢凛子は車を降りると、ちょうど入口で彼女を待っていた榎本月香に会った。榎本月香は車の中をじろじろ見てみたが、篠崎暁斗はサングラスをかけていて、その顔ははっきりとは分からなかった。「吉沢凛子、こんなオンボロ車で出勤なの!車の中の人ってあなたの新任の旦那様?」榎本月香はバカにした態度で言った。「お金持ちかと思いきや、こんな安っぽい車を運転してるなんてね」「あなたに関係ないでしょ?」吉沢凛子は榎本月香の相手をするのは面倒くさかった。「何怒ってるのよ、あのさ、今回あなた、やらかしちゃったわね」榎本月香は人の不幸を喜ぶように言った。「福留社長にしっかり保管しとくように言われてた現金200万円、あなたがこっそり使っちゃったんじゃないの?これって何て言うか知ってるかしら、窃盗って言うのよ!」「現金って?」吉沢凛子は最初、何のことだか分からなかった。「それって恵興業株式会社のあのお金のこと?」「そうよ。今朝福留社長が急ぎでお金が必要で、会社の金庫を開けてみたら、そのお金が消えてなくなっていたのよ。あの金庫はあなたと福留社長しか開けられないでしょ。あなたが盗ったんじゃないって言うなら、一体誰が持っていくのよ?」「そんなわけないわ。私が休みをもらう前は確かにあったん
「吉沢凛子、月香ちゃんの情けに免じて、今日は帰って考える時間をやろう。もし思い出して金を元に戻せば、今回のことはなかったことにしてやるから、わかったか?」吉沢凛子は相当頭にきていた。これはつまり彼女に、その200万を盗んだと自白させようとしているだけじゃないのか?「福留社長、私が考えるまでもありません。盗んでないものは盗んでないんです。好きにされたらいいですよ」吉沢凛子は背を向けて社長室を出ていき、直接監視カメラ室へと向かった。彼女が休んでいた数日の監視カメラを見ようと思ったのだが、監視カメラの映像は何者かによって消されてしまい、何も調べられないと言われてしまった。吉沢凛子はまた自分のオフィスへと戻り、金庫を開けてみたが、本来200万が入っていたところは空っぽになっていた。彼女は他の物品も調べてみたが、特に変わりはなかった。それから、彼女はもう辞めてしまったアシスタントに電話をかけた。そして、そのアシスタントは、しばらく経ってからようやく電話に出た。吉沢凛子が彼女に会社を辞めた理由を尋ねると、他に良い仕事が見つかったからだと言っていた。その後、彼女はまた200万の件について尋ねた。吉沢凛子が休みを取る前に最後に金庫を開けたときに、アシスタントもその場にいたからだ。アシスタントは口ごもり、しばらく待ってもごにょごにょとしていて、まとまった話は出てこなかった。そして最後に榎本月香に注意するよう、彼女は金庫の鍵を持っているかもしれないとだけ言い残した。この時、榎本月香が入ってきた。「吉沢凛子、さっさとあの200万を元に戻したほうが身の為よ。じゃないと福留社長が本当に通報して、あんた言い訳できなくなるわよ」と榎本月香が脅迫してきた。吉沢凛子は電話を置き、冷たい目で榎本月香を睨みつけた。「私が言い訳できないって?あんた毎日毎日福留社長のとこに行って、完全にあの金庫の鍵に触れる機会なんかたくさんあるじゃないの。あんたは全く怪しくないのかしら?」榎本月香はそれを聞いた瞬間、顔色を変えた。「吉沢凛子、ちゃんと証拠があって言ってるんでしょうね。あんたは財務部長よ、お金はあなたがなくしたの。他の人に濡れ衣を着せないでよ」「わかった、じゃ、今から警察に通報しましょ。警察に調べてもらうわ。監視カメラの記録がなくたって、指紋くらい残
「吉沢凛子、あなただってバカじゃないんだから分かるでしょ。私はあなたを助けてあげたいのよ」「あなたのご好意に感謝するわ」吉沢凛子は榎本月香のほうに近づき突然笑った。「榎本月香、帰って林佑樹に伝えなさい。利口ぶるのはやめて。前回の教訓を忘れたの?」「凛子、それどういう意味よ?」榎本月香は凛子が笑いながらも少し震えているのが分かった。病院へ行く途中、吉沢凛子は考え込んでいた。もし、林佑樹が遠隔操作で監視カメラの映像を消したとして、それを復元できないだろうか?この時、彼女の頭に突然、篠崎暁斗の顔が浮かんできた。病院に着くとおばあさんの様子を見に行った。昨晩、おばあさんは手術を終えたばかりで、体は弱っていたが、吉沢凛子を見た瞬間とても嬉しそうにしていた。おばあさんは、朝方、吉沢蒼真が彼女を連れてお見舞いに来てくれたと凛子に伝えた。それから、最近凛子が林佑樹について何も話さないから、彼はとても忙しいのじゃないかと聞いてきた。吉沢凛子はおばあさんに余計な心配をさせたくないので、林佑樹は海外に行っていて来年帰ってくるのだと嘘をついた。おばあさんは誰かにとられないように林佑樹を早く帰らせなさいとぶつぶつ言った。吉沢凛子は心の内で苦笑した。午後、吉沢凛子は篠崎家のおじいさんの様子を見に行った。そして外来のロビーを歩いている時、突然誰かに呼び止められた。吉沢凛子が振り返ると、そこには林佑樹と榎本月香がいた。「なにか用?」吉沢凛子が顔も見たくない二人組だ。「私たち、おばあちゃんのお見舞いに来たのよ。何度も電話したのに、なんで全然出ないのよ?」と榎本月香は言った。「誰があんたたちに来てほしいって言った?」吉沢凛子は驚いて言った。「おばあちゃんのお見舞いに行く必要はないわ。帰ってちょうだい」「もう、なんてこと言うのよ。私たちは一応同級生だった仲じゃないの。あなたのおばあさんが病気になったんだから、私たちがお見舞いに来るのは当然のことでしょ?」吉沢凛子は呆れ果ててしまった。今までここまで厚かましい人間を見たことはない。「榎本月香、あんたと林佑樹に裏切られたあの瞬間から、私にとってあんた達はただの通行人AとBよ。これ以上あんた達なんかと関わりたくないの」「何かあったんですか?」この時、大沢康介がちょうど出勤してきた。私服
吉沢凛子はすぐには体が動かず、突然腰を力強く抱きしめられ、大沢康介の胸の中に引き込まれた。同時に、大沢康介は林佑樹の腕を掴んだ。手を捻られた林佑樹は痛くて叫び声を上げた。そしてさらに、康介は膝裏に蹴りを入れ、林佑樹は土下座する形で額を床にぶつけた。彼の流れるような動きは優雅で美しく、周りで見ていた観客たちは喝采を送った。林佑樹の情けない姿に、榎本月香は怒りが爆発しそうだった。どうして吉沢凛子の周りにいる男たちはみんな優秀なのに、彼女が捕まえたのはこのようなクズなのか。同じように怒りを爆発させていたのは群衆の中にいた相田紬だ。彼女は大沢康介が吉沢凛子を胸に抱きしめた瞬間、怒りが頂点に達していた。彼女は長年大沢康介を追いかけていたのに、彼は指一本も彼女に触れたことはなかった。しかし、今他の女が彼の腕の中に抱かれているのだから、彼女は本当に狂ってしまいそうだった。林佑樹は慌てて床から立ち上がると、榎本月香の姿はもうそこにはなかった。大沢康介は吉沢凛子の手を引いてその場から離れ、オフィスに戻った。大沢康介は彼女にコップ一杯の水を手渡した。「またご迷惑をおかけしました」吉沢凛子は本当に申し訳なく思っていた。「さっきは本当に助かりました。ありがとうございます」「あの男は彼氏なんですか?」大沢康介は尋ねた。「元カレです」」吉沢凛子は林佑樹と別れて、篠崎暁斗とスピード結婚した経緯を話した。「じゃあ、結婚したのは、その1000万の結納金のために?」大沢康介はどうしてそれよりも早く吉沢凛子に出会わなかったのかとても悔しく思った。吉沢凛子は頷いた。大沢孝介は吉沢凛子のおとなしい様子が亡くなった彼女の水野莉沙にとても似ていると思った。彼はさらにドキドキしていた。「もし私がもっと早くあなたと知り合っていれば、他の男なんかと結婚させたりしなかったのに」大沢康介はつぶやいた。「今なんておっしゃいました?」吉沢凛子はさっきぼうっとしていて、よく聞いていなかった。彼女はずっと林佑樹たちがどうして突然おばあさんのお見舞いに来たのかを考えていて、大沢康介の表情の変化に気づいていなかったのだ。顔を上げた瞬間、大沢康介から送られてくる熱い目線とぶつかり、吉沢凛子は驚いて立ち上がった。慌ててオフィスを出ると、おばあさんの病室か
真夏の炎天下。頭から真夏の太陽がジリジリと照りつける中、吉沢凛子はショッピングモールの入り口に立ち、チラシ配りのアルバイトをしていた。そんな時偶然、入り口から入る一組の男女の姿が目をひいた。その二人の後ろ姿は凛子の彼氏、林佑樹と自分の親友である榎本月香ではないか?でも林佑樹は今日、仕事の面接に行くと言っていたはずじゃなかった?はっとして凛子は急いで二人を追った。しかし、彼女がショッピングモールに入った時には、二人の姿はもう見当たらなかった。中を何度も回ってみた後、彼女の携帯電話に突然、ショートメッセージでカード使用履歴が届いた。それはジュエリーショップの購入記録で、消費額は100万円近くだった。吉沢凛子はこの数字を見て、気が動転してしまった。これは彼女が半年でようやく稼げる金額なのだ。吉沢凛子はすぐにそのジュエリー店に飛び込んだ。ちょうど店員がキラキラ光るダイヤの指輪を榎本月香の薬指にはめるところだった。それは大粒のダイヤモンドで、カットも美しい。まさに吉沢凛子が前々から素敵だと思っていた指輪だ。榎本月香の満面の笑みに、吉沢凛子は頭の中が真っ白になっていた。林佑樹が仕事を失ってからこの半年間は、彼女が住む所も食事も提供していたのだ。それなのに、彼女のカードを使って浮気相手にダイヤの指輪を買っている?彼女の存在は?すると彼女は彼らのもとに駆け寄り、榎本月香の指にはまっていた指輪を取り上げ、店員に突き返した。「この指輪は返品します」「吉沢凛子、あなたどういうつもり?これは私がさっき買った指輪よ。なんであんたが勝手に返品しようとしているのよ?」と榎本月香は大きな声で怒鳴った。「パンッ!」すると、吉沢凛子は榎本月香の頬を平手打ちした。「お前、なにやってるんだ?」この時、林佑樹がちょうど支払いを終えて戻ってきた。彼は榎本月香の様子を見て痛ましく思い自分の胸に抱き寄せて、吉沢凛子に怒鳴りつけた。「ちょっとおまえの金を使っただけだろ、狂犬みたいに人を襲って、恥ずかしくないのか?」と林佑樹は嫌悪感を顕にした。この瞬間、吉沢凛子は心を砕かれた。裏切られ、怒りと屈辱で彼女は目を真っ赤にさせた。「私が汗水流して一生懸命働いたお金で、あんたは女に貢いでるんでしょ。恥ずかしいのはそっちのほうじゃないの?」
それを聞いた吉沢凛子にとってこの知らせは、まさに青天の霹靂だった。でも、かすれた声で「落ち着いて、先に200万送金するから、おばあちゃんの入院手続きをしてちょうだい。残りの治療費は私がどうにかするから」とただ弟に気休めの言葉をかけることしかできなかった。電話を切ると、吉沢凛子はすぐにクレジットカードからキャッシングするため、オンライン手続きをした後、すぐさま弟に送金した。おばあさんはこの姉弟を一人で苦労して育てあげてくれた人なのだが、彼女が今癌という重い病気になったからには、どうあってもおばあさんを助けなければならない。しかし、こんな大金、彼女に集められるのか?今すぐ家を売ったとしても、すぐには買い手が見つかることはないだろう。誰かにお金を借りる?吉沢凛子は手当たり次第に、高校から大学までの同級生に連絡し、お金を借りて回った。ただ、それぞれから少しずつ集めてようやく何万円かになるくらいだったし、人によっては電話にすら出てくれなかった。彼女が途方に暮れていた時、ネットに出てきた結婚相手募集の広告に目を引き付けられた。その内容は非常にシンプルだった。男性側はサラリーマンで、結納金として1000万円用意している。若くて心の優しい女性を伴侶として求めているらしい。ただ一つ彼の祖父の面倒を半年間見るという条件だけが書かれてあった。吉沢凛子はその『結納金1000万円』に瞬時に心を引かれてしまった。その時は、それが詐欺かどうかなど考えるような余裕すらなかった。そして、彼女はすぐに広告に掲載されていた番号に電話をかけた。しかし、なかなか相手に繋がらず、吉沢凛子は他の誰かに先を越されたのではないかと、かなり焦っていた。そしてようやく電話が繋がった。それなのに相手は暫く黙ったまま何も言わなかった。吉沢凛子はやはり詐欺だったのかと思い電話を切ってしまった。孫がずっと黙ったままだから電話をかけてきた女性が切ってしまったので、篠崎家のおじいさんは焦ってステッキで容赦なく彼を叩いた。そして、彼にすぐ電話をかけ直すよう命令した。吉沢凛子は再びかかってきた電話に出るのを少しためらっていたが、結局は出ることにした。今度は相手が口を開いた。その相手は低く魅力的な声をしていた。「すみません、さっきは電波がちょっと