「吉沢凛子、あなただってバカじゃないんだから分かるでしょ。私はあなたを助けてあげたいのよ」「あなたのご好意に感謝するわ」吉沢凛子は榎本月香のほうに近づき突然笑った。「榎本月香、帰って林佑樹に伝えなさい。利口ぶるのはやめて。前回の教訓を忘れたの?」「凛子、それどういう意味よ?」榎本月香は凛子が笑いながらも少し震えているのが分かった。病院へ行く途中、吉沢凛子は考え込んでいた。もし、林佑樹が遠隔操作で監視カメラの映像を消したとして、それを復元できないだろうか?この時、彼女の頭に突然、篠崎暁斗の顔が浮かんできた。病院に着くとおばあさんの様子を見に行った。昨晩、おばあさんは手術を終えたばかりで、体は弱っていたが、吉沢凛子を見た瞬間とても嬉しそうにしていた。おばあさんは、朝方、吉沢蒼真が彼女を連れてお見舞いに来てくれたと凛子に伝えた。それから、最近凛子が林佑樹について何も話さないから、彼はとても忙しいのじゃないかと聞いてきた。吉沢凛子はおばあさんに余計な心配をさせたくないので、林佑樹は海外に行っていて来年帰ってくるのだと嘘をついた。おばあさんは誰かにとられないように林佑樹を早く帰らせなさいとぶつぶつ言った。吉沢凛子は心の内で苦笑した。午後、吉沢凛子は篠崎家のおじいさんの様子を見に行った。そして外来のロビーを歩いている時、突然誰かに呼び止められた。吉沢凛子が振り返ると、そこには林佑樹と榎本月香がいた。「なにか用?」吉沢凛子が顔も見たくない二人組だ。「私たち、おばあちゃんのお見舞いに来たのよ。何度も電話したのに、なんで全然出ないのよ?」と榎本月香は言った。「誰があんたたちに来てほしいって言った?」吉沢凛子は驚いて言った。「おばあちゃんのお見舞いに行く必要はないわ。帰ってちょうだい」「もう、なんてこと言うのよ。私たちは一応同級生だった仲じゃないの。あなたのおばあさんが病気になったんだから、私たちがお見舞いに来るのは当然のことでしょ?」吉沢凛子は呆れ果ててしまった。今までここまで厚かましい人間を見たことはない。「榎本月香、あんたと林佑樹に裏切られたあの瞬間から、私にとってあんた達はただの通行人AとBよ。これ以上あんた達なんかと関わりたくないの」「何かあったんですか?」この時、大沢康介がちょうど出勤してきた。私服
吉沢凛子はすぐには体が動かず、突然腰を力強く抱きしめられ、大沢康介の胸の中に引き込まれた。同時に、大沢康介は林佑樹の腕を掴んだ。手を捻られた林佑樹は痛くて叫び声を上げた。そしてさらに、康介は膝裏に蹴りを入れ、林佑樹は土下座する形で額を床にぶつけた。彼の流れるような動きは優雅で美しく、周りで見ていた観客たちは喝采を送った。林佑樹の情けない姿に、榎本月香は怒りが爆発しそうだった。どうして吉沢凛子の周りにいる男たちはみんな優秀なのに、彼女が捕まえたのはこのようなクズなのか。同じように怒りを爆発させていたのは群衆の中にいた相田紬だ。彼女は大沢康介が吉沢凛子を胸に抱きしめた瞬間、怒りが頂点に達していた。彼女は長年大沢康介を追いかけていたのに、彼は指一本も彼女に触れたことはなかった。しかし、今他の女が彼の腕の中に抱かれているのだから、彼女は本当に狂ってしまいそうだった。林佑樹は慌てて床から立ち上がると、榎本月香の姿はもうそこにはなかった。大沢康介は吉沢凛子の手を引いてその場から離れ、オフィスに戻った。大沢康介は彼女にコップ一杯の水を手渡した。「またご迷惑をおかけしました」吉沢凛子は本当に申し訳なく思っていた。「さっきは本当に助かりました。ありがとうございます」「あの男は彼氏なんですか?」大沢康介は尋ねた。「元カレです」」吉沢凛子は林佑樹と別れて、篠崎暁斗とスピード結婚した経緯を話した。「じゃあ、結婚したのは、その1000万の結納金のために?」大沢康介はどうしてそれよりも早く吉沢凛子に出会わなかったのかとても悔しく思った。吉沢凛子は頷いた。大沢孝介は吉沢凛子のおとなしい様子が亡くなった彼女の水野莉沙にとても似ていると思った。彼はさらにドキドキしていた。「もし私がもっと早くあなたと知り合っていれば、他の男なんかと結婚させたりしなかったのに」大沢康介はつぶやいた。「今なんておっしゃいました?」吉沢凛子はさっきぼうっとしていて、よく聞いていなかった。彼女はずっと林佑樹たちがどうして突然おばあさんのお見舞いに来たのかを考えていて、大沢康介の表情の変化に気づいていなかったのだ。顔を上げた瞬間、大沢康介から送られてくる熱い目線とぶつかり、吉沢凛子は驚いて立ち上がった。慌ててオフィスを出ると、おばあさんの病室か
真夏の炎天下。頭から真夏の太陽がジリジリと照りつける中、吉沢凛子はショッピングモールの入り口に立ち、チラシ配りのアルバイトをしていた。そんな時偶然、入り口から入る一組の男女の姿が目をひいた。その二人の後ろ姿は凛子の彼氏、林佑樹と自分の親友である榎本月香ではないか?でも林佑樹は今日、仕事の面接に行くと言っていたはずじゃなかった?はっとして凛子は急いで二人を追った。しかし、彼女がショッピングモールに入った時には、二人の姿はもう見当たらなかった。中を何度も回ってみた後、彼女の携帯電話に突然、ショートメッセージでカード使用履歴が届いた。それはジュエリーショップの購入記録で、消費額は100万円近くだった。吉沢凛子はこの数字を見て、気が動転してしまった。これは彼女が半年でようやく稼げる金額なのだ。吉沢凛子はすぐにそのジュエリー店に飛び込んだ。ちょうど店員がキラキラ光るダイヤの指輪を榎本月香の薬指にはめるところだった。それは大粒のダイヤモンドで、カットも美しい。まさに吉沢凛子が前々から素敵だと思っていた指輪だ。榎本月香の満面の笑みに、吉沢凛子は頭の中が真っ白になっていた。林佑樹が仕事を失ってからこの半年間は、彼女が住む所も食事も提供していたのだ。それなのに、彼女のカードを使って浮気相手にダイヤの指輪を買っている?彼女の存在は?すると彼女は彼らのもとに駆け寄り、榎本月香の指にはまっていた指輪を取り上げ、店員に突き返した。「この指輪は返品します」「吉沢凛子、あなたどういうつもり?これは私がさっき買った指輪よ。なんであんたが勝手に返品しようとしているのよ?」と榎本月香は大きな声で怒鳴った。「パンッ!」すると、吉沢凛子は榎本月香の頬を平手打ちした。「お前、なにやってるんだ?」この時、林佑樹がちょうど支払いを終えて戻ってきた。彼は榎本月香の様子を見て痛ましく思い自分の胸に抱き寄せて、吉沢凛子に怒鳴りつけた。「ちょっとおまえの金を使っただけだろ、狂犬みたいに人を襲って、恥ずかしくないのか?」と林佑樹は嫌悪感を顕にした。この瞬間、吉沢凛子は心を砕かれた。裏切られ、怒りと屈辱で彼女は目を真っ赤にさせた。「私が汗水流して一生懸命働いたお金で、あんたは女に貢いでるんでしょ。恥ずかしいのはそっちのほうじゃないの?」
それを聞いた吉沢凛子にとってこの知らせは、まさに青天の霹靂だった。でも、かすれた声で「落ち着いて、先に200万送金するから、おばあちゃんの入院手続きをしてちょうだい。残りの治療費は私がどうにかするから」とただ弟に気休めの言葉をかけることしかできなかった。電話を切ると、吉沢凛子はすぐにクレジットカードからキャッシングするため、オンライン手続きをした後、すぐさま弟に送金した。おばあさんはこの姉弟を一人で苦労して育てあげてくれた人なのだが、彼女が今癌という重い病気になったからには、どうあってもおばあさんを助けなければならない。しかし、こんな大金、彼女に集められるのか?今すぐ家を売ったとしても、すぐには買い手が見つかることはないだろう。誰かにお金を借りる?吉沢凛子は手当たり次第に、高校から大学までの同級生に連絡し、お金を借りて回った。ただ、それぞれから少しずつ集めてようやく何万円かになるくらいだったし、人によっては電話にすら出てくれなかった。彼女が途方に暮れていた時、ネットに出てきた結婚相手募集の広告に目を引き付けられた。その内容は非常にシンプルだった。男性側はサラリーマンで、結納金として1000万円用意している。若くて心の優しい女性を伴侶として求めているらしい。ただ一つ彼の祖父の面倒を半年間見るという条件だけが書かれてあった。吉沢凛子はその『結納金1000万円』に瞬時に心を引かれてしまった。その時は、それが詐欺かどうかなど考えるような余裕すらなかった。そして、彼女はすぐに広告に掲載されていた番号に電話をかけた。しかし、なかなか相手に繋がらず、吉沢凛子は他の誰かに先を越されたのではないかと、かなり焦っていた。そしてようやく電話が繋がった。それなのに相手は暫く黙ったまま何も言わなかった。吉沢凛子はやはり詐欺だったのかと思い電話を切ってしまった。孫がずっと黙ったままだから電話をかけてきた女性が切ってしまったので、篠崎家のおじいさんは焦ってステッキで容赦なく彼を叩いた。そして、彼にすぐ電話をかけ直すよう命令した。吉沢凛子は再びかかってきた電話に出るのを少しためらっていたが、結局は出ることにした。今度は相手が口を開いた。その相手は低く魅力的な声をしていた。「すみません、さっきは電波がちょっと
榎本月香は吉沢凛子に背を向けて話していたので、彼女の存在に気づいておらず、話はもっとエスカレートしていった。「吉沢凛子はね、学生の時、ある男性教師にどっちつかずの態度で誘惑して、卒業論文をその先生に書いてもらったんですって」「綺麗な子ってお得よねぇ」と受付嬢は嫉妬して言った。「綺麗だからって何よ、猫かぶりのくせに、男を誘うことしか能がないんじゃない」と榎本月香は不満そうに言い返した。「それも彼女の能力の一つでしょ、彼女のカレシって超イケメンだって聞いたけど、その人もあなたたちの同級生なの?」「ハッ!」と榎本月香は少し得意そうな顔をして言った。「林佑樹は今、私の彼氏よ」「いつから?」受付嬢は興味津々で尋ねた。「ということは、吉沢凛子はフラレたってこと?」「私が振られてそんなに嬉しいわけ?」吉沢凛子が突然話しかけたので、二人はとても驚いた。「あんた、幽霊か何かなの、全く気配を感じなかったわよ、びっくりしたぁ」榎本月香は白目で吉沢凛子を一瞥した。「榎本月香、あなたこんなところで油売ってないで、林佑樹の履歴書を送るのを手伝ってあげれば?あなただけの給料じゃ、あいつを養うのは難しいわよ」榎本月香は吉沢凛子と同級生なのだが、凛子は早くに財務部長まで昇進し、彼女はまだ下っ端の経理職員でしかなかった。だから、二人の給与にはかなりの差があるのだ。吉沢凛子がそれでも週末にはチラシ配り、広告会社のモデルのアルバイトを掛け持ちしていたのは、林佑樹の出費が大きかったからだ。彼はゲームをしたり、ブランドの高級品を購入したり、さらにはバーで夜通し酒を飲むなど、彼女が稼いだお金をまるで湯水の如く散財していたのだ。もちろん吉沢凛子には、このことを榎本月香に教えるような義理などない。榎本月香はこの時、良い物を手に入れたと思っていたから、彼女は吉沢凛子が言う皮肉を自分のことを嫉妬し恨んでいるからだと思って聞いていた。そして、彼女は見下したように笑った。「ご心配いただかなくても結構です。アステルテクノロジーが彼に面接の連絡をくれたの。アステルテクノロジーって聞いたことあるでしょ?あそこは大企業で、月収は100万あるんだから」榎本月香は人差し指を立てて吉沢凛子の目の前で左右に揺らした。「羨ましいでしょ、嫉妬した?」「お子様ね!」吉沢凛子は榎本月
外の様子に気付いたらしく、部屋の中にいたおじいさんが話しかけてきた。「暁斗、帰ってきたのか?」「はい、おじいさん、もう休みますか?」篠崎暁斗の態度はとても礼儀正しかった。「まだだ、君達入って来なさい」篠崎暁斗は部屋のドアを開け、二人で中に入っていった。篠崎誠はソファに姿勢良く座っていて、篠崎暁斗と吉沢凛子が手を繋いで入って来たのを見ると、安心して満面の笑みになった。篠崎暁斗に結婚相手を探させたのは、実際仕方のないことだったのだ。篠崎誠が腎臓癌の末期で、余命半年と宣告されたからだ。彼はたった一人の孫息子が結婚して、彼に子供ができるのを生きているうちに見ておきたかった。これが彼のずっと思い続けてきた願いなのだ。時間があまりにも切羽詰っていて、自分の孫に辛い思いをさせたのではないかと心配していたが、この時吉沢凛子本人に会って、写真で見るよりもずっと綺麗で、優しく、善良そうな人だと思い安心した。家庭円満、夫婦仲も良いものになるだろう。孫と一緒に立っているとまさに美男美女カップルだ。しかし、篠崎誠は篠崎暁斗の元カノである藤井杏奈を思い出し、また心配になってきた。彼が知る限り、篠崎暁斗は吉沢凛子のような大人しく内向的で、優しく控えめな女性は好みではないだろう。篠崎暁斗は落ち着いた性格で、規則正しい人間だ。だから、彼は元カノの藤井杏奈のような活発な女の子が好みだった。彼女はポジティブで彼の生活に活力と喜びをもたらしてくれる。篠崎暁斗が藤井杏奈とは正反対の吉沢凛子と結婚するのを承諾したのは、彼が自分の気持ちに全く興味を失い、自暴自棄になったからではないかと篠崎誠は思っていた。これこそ篠崎誠が一番気がかりなことだった。「あなたが吉沢お嬢さんですね?」篠崎誠はこちらに来るよう手招きをしていた。吉沢凛子はおじいさんのところに行くと、礼儀正しく挨拶をした。「おじいさん、初めまして」篠崎誠は1000万の小切手を取り出して吉沢凛子に渡した。「お嬢さん、これはおじいさんの気持ちです。あなた達がこれから先、お互いに尊重し愛し合って、末永く仲良く過ごすことを願っています」吉沢凛子はおばあさんの命を繋ぐ小切手を受け取り、突然罪悪感を感じてしまった。「ありがとうございます。おじいさん」篠崎暁斗は吉沢凛子に代わって感謝を述べた。吉沢凛
吉沢凛子は篠崎暁斗が怒っているように感じた。さっきはかなり率直すぎたんじゃないかと後悔した。給料用のカードをもらったばかりだから、少しでも節約しようと思っていたのだが、その結果、感謝はされず逆に怒らせてしまったらしい。「シャー」という水が流れる音を聞きながら、吉沢凛子は突然眠気に襲われた。彼女はカードをしまい、風邪薬を2錠飲んで、パジャマに着替えるとベッドに上がった。そして布団をベッドの真ん中に縦にまとめて、寝る場所を二つに分けた。彼女は壁側のほうに横になり、反対側を篠崎暁斗が寝やすいように残しておいた。本当は篠崎暁斗が出てくるのを待って、一言二言話してから寝ようと思っていたのだが、吉沢凛子は風邪薬を飲んだせいか、それからすぐに眠りに就いてしまった。篠崎暁斗はわざと時間稼ぎをするために、長くシャワーを浴びてようやく風呂から上がってきた。うとうとしている中で、吉沢凛子は突然ベッドが少しへこんだのを感じた。でも、彼女は眠すぎて目を開けることができず、すぐにまたぐっすりと寝てしまった。そしておばあさんの夢を見た。夢の中で、彼女はおばあさんの腕の中に飛び込み、子供の頃と同じようにおばあさんの首に手を回して甘えた。おばあさんの懐はとても暖かく、ボディソープの良い香りがしてとても気持ちが良かった。しかし、おばあさんは少し嫌そうに彼女を押し返していた。しかし、彼女を押せば押すほど、力強く抱きついてきた......明け方、篠崎暁斗の目は開いたままだった。彼の懐に吸い付いて離れない『タコ』が彼にしっかりとしがみついていて、一晩、全く寝ることができなかったのだ。彼は何度も吉沢凛子を外に放り出そうと思ったが、彼女が夢の中で「おばあちゃん」と呼ぶのを聞いて、結局は堪えてしまった。この一晩、篠崎暁斗は徹夜の仕事よりも疲れた気がした。そして翌朝のこと。篠崎暁斗は起きて仕事に行く準備をしていた。一方、吉沢凛子はまだ起きてこない。おそらく風邪薬の影響だろう、ぐっすりと眠っていた。篠崎暁斗は本気で彼女をたたき起こしてやりたいと思った。この時、相田おばさんが篠崎暁斗にアイロンがかかったスーツを持って入ってきた。「篠崎さん、吉沢お嬢さんは起きましたか?」相田おばさんは寝室に目を向けて言った。本来、相田おばさんは自分の姪っ子の相田紬を
「どんなやり方ですか?」吉沢凛子は篠崎暁斗は物事を頭ごなしに決めつける人間だと思った。「どんなって、さっきのようなやり方ですよ。すぐに乱暴に走るような真似です」篠崎暁斗は吉沢凛子のやり方には本当に呆れてしまった。吉沢凛子も言い訳をしたくなかったので、携帯を開いてある録音を流し始めた。録音の中で、相田おばさんは何度も強調して、篠崎暁斗が吉沢凛子に毎日三食を作るように要求したのだと言っていた。しかも吉沢凛子に自分のことだけやって、他のことには口を出すなと偉そうな態度だった。ベテランの財務として、吉沢凛子は自己防衛の警戒心がとても高い。普段から上司や同僚に用心して、いつでも録音するのが彼女の仕事上での習慣になっていた。それがまさか今日役に立つとは思っていなかった。篠崎暁斗はその録音を聞いていくうちに眉間のシワがだんだん深くなっていき、驚きと怒りが混じっていた。しばらく経ってようやく彼は再び口を開いた。その時の彼の口調はだいぶ穏やかになっていた。「相田さんはおばの紹介なんです。あなたがここに来てすぐに他の家政婦に変えたら、おばにどう説明すればいいのやら。もし彼女を使いたくなければ、今はとりあえず様子を見てもらえませんか」吉沢凛子は篠崎暁斗が困っているのは見て取れたが、このような家政婦がおじいさんのお世話をちゃんとできるとはとても思えなかった。「じゃあ、家の中に監視カメラを設置したいんですけど」篠崎暁斗は吉沢凛子の意図を読み取った。彼女は相田おばさんがおじいさんに何か良からぬことをしないか心配しているのだ。「家のことはあなたが決めて大丈夫です」篠崎暁斗はそう言うと、車を出し吉沢凛子を会社まで送った。篠崎暁斗と吉沢凛子の会社はそんなに離れていないが、彼女に自分の正体を明かしたくないので、ある十字路のところに車を止め、ここまでしか送れないと言った。吉沢凛子もあまり深く考えずそのまま車を降りた。そして、会社に入ってすぐ、榎本月香に捕まった。「良いお知らせよ、佑樹は昨日アステルテクノロジーに面接に行って、人事部長から好印象だったらしいの。今回私の佑樹がアステルテクノロジーに就職すれば、一気に出世したも同然よ」「あなたと林佑樹のことは私には関係ないでしょ。今後二度と私に話さないで」吉沢凛子は榎本月香を押し退けて行こうとした。