外の様子に気付いたらしく、部屋の中にいたおじいさんが話しかけてきた。「暁斗、帰ってきたのか?」「はい、おじいさん、もう休みますか?」篠崎暁斗の態度はとても礼儀正しかった。「まだだ、君達入って来なさい」篠崎暁斗は部屋のドアを開け、二人で中に入っていった。篠崎誠はソファに姿勢良く座っていて、篠崎暁斗と吉沢凛子が手を繋いで入って来たのを見ると、安心して満面の笑みになった。篠崎暁斗に結婚相手を探させたのは、実際仕方のないことだったのだ。篠崎誠が腎臓癌の末期で、余命半年と宣告されたからだ。彼はたった一人の孫息子が結婚して、彼に子供ができるのを生きているうちに見ておきたかった。これが彼のずっと思い続けてきた願いなのだ。時間があまりにも切羽詰っていて、自分の孫に辛い思いをさせたのではないかと心配していたが、この時吉沢凛子本人に会って、写真で見るよりもずっと綺麗で、優しく、善良そうな人だと思い安心した。家庭円満、夫婦仲も良いものになるだろう。孫と一緒に立っているとまさに美男美女カップルだ。しかし、篠崎誠は篠崎暁斗の元カノである藤井杏奈を思い出し、また心配になってきた。彼が知る限り、篠崎暁斗は吉沢凛子のような大人しく内向的で、優しく控えめな女性は好みではないだろう。篠崎暁斗は落ち着いた性格で、規則正しい人間だ。だから、彼は元カノの藤井杏奈のような活発な女の子が好みだった。彼女はポジティブで彼の生活に活力と喜びをもたらしてくれる。篠崎暁斗が藤井杏奈とは正反対の吉沢凛子と結婚するのを承諾したのは、彼が自分の気持ちに全く興味を失い、自暴自棄になったからではないかと篠崎誠は思っていた。これこそ篠崎誠が一番気がかりなことだった。「あなたが吉沢お嬢さんですね?」篠崎誠はこちらに来るよう手招きをしていた。吉沢凛子はおじいさんのところに行くと、礼儀正しく挨拶をした。「おじいさん、初めまして」篠崎誠は1000万の小切手を取り出して吉沢凛子に渡した。「お嬢さん、これはおじいさんの気持ちです。あなた達がこれから先、お互いに尊重し愛し合って、末永く仲良く過ごすことを願っています」吉沢凛子はおばあさんの命を繋ぐ小切手を受け取り、突然罪悪感を感じてしまった。「ありがとうございます。おじいさん」篠崎暁斗は吉沢凛子に代わって感謝を述べた。吉沢凛
吉沢凛子は篠崎暁斗が怒っているように感じた。さっきはかなり率直すぎたんじゃないかと後悔した。給料用のカードをもらったばかりだから、少しでも節約しようと思っていたのだが、その結果、感謝はされず逆に怒らせてしまったらしい。「シャー」という水が流れる音を聞きながら、吉沢凛子は突然眠気に襲われた。彼女はカードをしまい、風邪薬を2錠飲んで、パジャマに着替えるとベッドに上がった。そして布団をベッドの真ん中に縦にまとめて、寝る場所を二つに分けた。彼女は壁側のほうに横になり、反対側を篠崎暁斗が寝やすいように残しておいた。本当は篠崎暁斗が出てくるのを待って、一言二言話してから寝ようと思っていたのだが、吉沢凛子は風邪薬を飲んだせいか、それからすぐに眠りに就いてしまった。篠崎暁斗はわざと時間稼ぎをするために、長くシャワーを浴びてようやく風呂から上がってきた。うとうとしている中で、吉沢凛子は突然ベッドが少しへこんだのを感じた。でも、彼女は眠すぎて目を開けることができず、すぐにまたぐっすりと寝てしまった。そしておばあさんの夢を見た。夢の中で、彼女はおばあさんの腕の中に飛び込み、子供の頃と同じようにおばあさんの首に手を回して甘えた。おばあさんの懐はとても暖かく、ボディソープの良い香りがしてとても気持ちが良かった。しかし、おばあさんは少し嫌そうに彼女を押し返していた。しかし、彼女を押せば押すほど、力強く抱きついてきた......明け方、篠崎暁斗の目は開いたままだった。彼の懐に吸い付いて離れない『タコ』が彼にしっかりとしがみついていて、一晩、全く寝ることができなかったのだ。彼は何度も吉沢凛子を外に放り出そうと思ったが、彼女が夢の中で「おばあちゃん」と呼ぶのを聞いて、結局は堪えてしまった。この一晩、篠崎暁斗は徹夜の仕事よりも疲れた気がした。そして翌朝のこと。篠崎暁斗は起きて仕事に行く準備をしていた。一方、吉沢凛子はまだ起きてこない。おそらく風邪薬の影響だろう、ぐっすりと眠っていた。篠崎暁斗は本気で彼女をたたき起こしてやりたいと思った。この時、相田おばさんが篠崎暁斗にアイロンがかかったスーツを持って入ってきた。「篠崎さん、吉沢お嬢さんは起きましたか?」相田おばさんは寝室に目を向けて言った。本来、相田おばさんは自分の姪っ子の相田紬を
「どんなやり方ですか?」吉沢凛子は篠崎暁斗は物事を頭ごなしに決めつける人間だと思った。「どんなって、さっきのようなやり方ですよ。すぐに乱暴に走るような真似です」篠崎暁斗は吉沢凛子のやり方には本当に呆れてしまった。吉沢凛子も言い訳をしたくなかったので、携帯を開いてある録音を流し始めた。録音の中で、相田おばさんは何度も強調して、篠崎暁斗が吉沢凛子に毎日三食を作るように要求したのだと言っていた。しかも吉沢凛子に自分のことだけやって、他のことには口を出すなと偉そうな態度だった。ベテランの財務として、吉沢凛子は自己防衛の警戒心がとても高い。普段から上司や同僚に用心して、いつでも録音するのが彼女の仕事上での習慣になっていた。それがまさか今日役に立つとは思っていなかった。篠崎暁斗はその録音を聞いていくうちに眉間のシワがだんだん深くなっていき、驚きと怒りが混じっていた。しばらく経ってようやく彼は再び口を開いた。その時の彼の口調はだいぶ穏やかになっていた。「相田さんはおばの紹介なんです。あなたがここに来てすぐに他の家政婦に変えたら、おばにどう説明すればいいのやら。もし彼女を使いたくなければ、今はとりあえず様子を見てもらえませんか」吉沢凛子は篠崎暁斗が困っているのは見て取れたが、このような家政婦がおじいさんのお世話をちゃんとできるとはとても思えなかった。「じゃあ、家の中に監視カメラを設置したいんですけど」篠崎暁斗は吉沢凛子の意図を読み取った。彼女は相田おばさんがおじいさんに何か良からぬことをしないか心配しているのだ。「家のことはあなたが決めて大丈夫です」篠崎暁斗はそう言うと、車を出し吉沢凛子を会社まで送った。篠崎暁斗と吉沢凛子の会社はそんなに離れていないが、彼女に自分の正体を明かしたくないので、ある十字路のところに車を止め、ここまでしか送れないと言った。吉沢凛子もあまり深く考えずそのまま車を降りた。そして、会社に入ってすぐ、榎本月香に捕まった。「良いお知らせよ、佑樹は昨日アステルテクノロジーに面接に行って、人事部長から好印象だったらしいの。今回私の佑樹がアステルテクノロジーに就職すれば、一気に出世したも同然よ」「あなたと林佑樹のことは私には関係ないでしょ。今後二度と私に話さないで」吉沢凛子は榎本月香を押し退けて行こうとした。
そして、篠崎暁斗は口を開くとすぐ吉沢凛子を詰問し始めた。仕事が終わったのにどうして家に帰っていないんだ?おじいさんが彼女が帰ってくるまで晩ご飯を食べずに今もずっと待っているんだぞ等だ。吉沢凛子はそれを聞いてギクリとした。彼女はあまりの忙しさに、完全に自分が結婚していたことをきれいさっぱり忘れてしまっていたのだ。「すみません、ちょっと用事があって遅くなりました。もうちょっとしたら帰ります」「迎えに行きます」そう言うと、篠崎暁斗は電話を切った。迎えに来る?彼は私の居場所が分かるの?吉沢凛子は彼に電話をかけなおしたが、篠崎暁斗はそれに出なかった。おばあさんを落ち着かせ、家族の面会時間が過ぎ、吉沢凛子は医者から病室を追い出される形で出てきた。病院を出た時にはすでに10時過ぎだった。この時、篠崎暁斗は吉沢凛子のマンションの一階にいた。三階の部屋の明かりはついているので、彼は吉沢凛子が家にいると確信していた。しばらくして、カーテン越しに二人の人影が現れ親しそうに抱き合っていた。女の影は吉沢凛子とほぼ同じだ。結婚二日目にして他の男と密会しているとは。本気で彼をお飾りだとでも思っているのか?篠崎暁斗は怒りが心頭に発した。彼は力強く何回か車のクラクションを鳴らしたが、階上の二人はそれに気づかず逆に周りの住人から罵られてしまった。「こんな夜遅くにデタラメにクラクションを鳴らす奴があるか、頭おかしいんじゃないのか?」篠崎暁斗は怒りのあまりハンドルを力を込めて叩いた。現在の彼はまるで誤って蠅でも口に入ってしまったくらい気持ちが悪かった。吉沢凛子が篠崎家に帰って来た時、篠崎暁斗は家にはいなかった。相田おばさんは回りくどい言い方で「結婚したばかりだというのに、こんなに遅くに帰ってきて、篠崎さんは本当に嫁運が悪いですこと」と凛子に言った。「彼はどこに行ったんですか?」吉沢凛子は尋ねた。「私が知るわけないでしょう。おじいさんはあなたが帰ってくるまでずっと晩ご飯を待っていらしたんですよ。遅くなるならなるで電話の一本でもよこすのが筋ってものでしょうに」「次は必ず気をつけます」吉沢凛子も本当に気がとがめていた。でも、おじいさんがもう休んだと聞いて、彼女は自分の部屋に戻るしかなかった。腰掛けてすぐ、篠崎暁斗がド
「私の元カレが、その会社に面接に行ったんですけど、月収は100万らしいんです」吉沢凛子は腹を立てて語った。「彼は半年もニート生活をしていて、家でずっとゲームばかり、暇を持て余してたんです。アステルテクノロジーの社長さん、思考回路がショートしちゃったんじゃないですか。あんな向上心のない人間を採用しちゃうなんて、しかも毎月100万もあげるんですよ」「ごほ、ごほ、ごほ......」篠崎暁斗は麺が喉に引っかかってむせた。吉沢凛子は急いで彼に水を注いだ。「あなたも彼に100万だなんて多すぎると思ったんでしょう?あなたの給料でも60万なんですよ。あなたこそアステルテクノロジーに面接に行ってみたらどうです?」それを聞いて、篠崎暁斗はさらに咳き込んでしまった。彼の顔は息が詰まって赤くなってしまい、しばらくしてようやく顔色が戻ってきた。「君はさっき元カレとは連絡していないって言ってたじゃないですか。どうして彼がアステルテクノロジーに行くと知っているんですか?」「彼の今カノが言ってたんです。私たち三人は大学の同級生で、私とこの女は同じ会社なんです。以前は親友だったんですけどね」篠崎暁斗は少し驚いていた。どうやら今晩、あの階上にいた女は本当に吉沢凛子ではなかったようだ。「じゃあ、君と彼女が同じ会社で、気まずくないんですか?」「だから、今転職しようかと考えているんです」篠崎暁斗はそれ以降は何もしゃべらず、冷麺を食べるのに集中し、食べ終わると急いでシャワーを浴びに行った。彼が風呂から上がってきた時、吉沢凛子はまだメッセージを送っていた。彼は今晩書斎で寝ると伝え、ノートパソコンを持って隣の部屋に行った。どうやら遅くまで残業するようだ。吉沢凛子もあまり気にせず、彼女は着替えを持ってお風呂に行った。書斎に来ると、篠崎暁斗はパソコンを開き、しばらくの間一ページも動かさなかった。そして、電話を取り、人事部長にかけた。社長の電話を受けて、人事部長は戦々恐々としていた。彼が会社に入ってから、社長が彼に話す時はいつも5文を超えなかった。しかも今日の昼間はたったの3文でさらに短かった。「篠崎社長、こんなに遅くにまだお休みになられていないんですか?」「今日採用を決めたあの林佑樹だが、給料を外部に漏らしたのを理由に毎月20万に
「林佑樹!」吉沢凛子はその人物は絶対に林佑樹だと思った。でなければ、彼女を見てすぐに引っ込んでしまうわけがないからだ。彼女はエレベーターが一階に止まったのを見て急いで階段を降りていった。しかし、彼女が一階に着いた時には、もう林佑樹の姿は見えなかった。この時、病院からまた電話がかかってきて、おばあさんの手術は手術費用を全額支払うまで無期限で延期されると伝えられた。そして彼女は急いでまた病院へと向かった。彼女がアステルテクノロジーのオフィスビルから出て行くと、篠崎暁斗は電話をとり一階の受付に電話をかけ、吉沢凛子が林佑樹を探しに来たことを知ってすぐに一息ついた。ついでにその受付嬢は解雇すると通知を出した。続けて人事部に電話をかけ、林佑樹の毎月の給与を10万にし、監視カメラ室のネット管理役にすると通知を出した。林佑樹のほうはというと、ちょうど給料が20万になって憂鬱になっていたところだった。するとまた通知がきて、監視カメラ室勤務の給料で10万に降格されると聞き、彼はその瞬間に怒り出した。おもわず物に当たり散らしそうになった。しかし、榎本月香に大法螺を吹いてきてしまったものだから、また職を失ったなんて顔向けできないような話ができるものか。しばらく思い悩み、怒りを我慢して、監視カメラ室に行くしかなかった。吉沢凛子は病院に戻ってきて、大沢康介に電話をかけたが繋がらず、直接彼のオフィスへ探しに行った。ドアの外まで来ると、中から言い争っている声が聞こえてきた。「この患者さんはもう前金を払っているんだ。どうして手術室の予定が立てられないんだ?」大沢康介は激怒して言った。「彼女は全額支払っていないわ。だから彼女の手術を延期する権利が私にはあるの」相田紬は全く情けをかける気配はなかった。「相田先生、まさかあなたがこんなに人の心を持たない人間だとは思っていなかったよ」「私は医者よ、慈善家なんかじゃない。病院の規則に従って何が悪いの?もしかして、先生はあの患者の家族を気に入っているから、彼女にコネを使ってあげるつもり?」「相田紬、おまえ何をそんなデタラメを言っているんだ?本当に君は私を失望させてくれるよな」大沢康介はもうこれ以上彼女と言い争いたくなかったので、ドアを開けてその場を離れようとした。すると相田紬はドアを塞いだ。「大
篠崎暁斗が車に乗ると、吉沢凛子は我慢できずに尋ねた。「あの人たちと何を話したんですか?」「なにも、ちょっと知り合いの友人に状況を聞いてみたんだ」「あなたが警察に彼らを連れて来させたんですか?」吉沢凛子はさっき警察署に入っていった家族三人を指差して言った。「あの人たちは誰なんだ?」「私の家を占拠している一家です」「ああ、たぶんあの人たちが警察に通報したんだろう。だから連れてきて状況を聞いているんじゃないかな」吉沢凛子はそれを聞いて確かにそうだと思い、それ以上は聞かなかった。家に帰ると、吉沢凛子は警察から電話がかかってきた。あの一家は三日後にあの家から引っ越すことに同意したらしい。吉沢凛子は信じられなかった。警察の仕事はいつからこんなにも速くなったのか?吉沢凛子は喜んでこの良い知らせを篠崎暁斗に伝えた。この時、彼はソファに座って携帯をいじっていた。篠崎暁斗は顔も上げずに、ただ「そうか」と言って、続けて携帯を見ていた。吉沢凛子はこの機に乗じて篠崎暁斗に貸してくれると約束したあの1000万はいつもらえるのか尋ねた。今度は篠崎暁斗は携帯を下ろした。「君の家は購入してからまだ5年以下だろ、家を売って得られた利益の結構な割合を税金として支払わないといけないし、その他諸々の費用を差し引いたら、手元に残るのは1000万に満たないはずだ。君はどうやってそのお金を俺に返すと約束してくれる?」と尋ねた。 そうなのだ、あの家は諸費用を差し引いたら、手元に来るのは多くても800万くらいにしかならないのだ。今度は吉沢凛子が質問されて返事に困ってしまった。そして暫くしどろもどろになっていた。「今公認会計士の資格試験を受けているんです。一回で合格すれば、給料が高い仕事に変えようと思っています」篠崎暁斗は明らかに信じていない様子だった。ただ吉沢凛子が時間稼ぎをしているだけな気がしたのだ。しかし、それでも彼は彼女の要求に応えることにした。以前、約束していたことだからだ。「明日の午前中にカードに振り込むよ」でも、篠崎暁斗はまた新しい条件を出してきた。「俺たち二人が交わした婚前契約は他言無用だ。絶対におじいさんに知られないでくれ」吉沢凛子はもちろん何の疑いもなく同意した。次の日の午前。篠崎暁斗は会社に到着する
林佑樹がたぶん今、会社の一階にいるのだと予想し、吉沢凛子は急いで彼女の後を追っていった。吉沢凛子が下まで降りると、やっぱり林佑樹と榎本月香が激しく口論している声が聞こえてきた。「林佑樹!」吉沢凛子は彼のところへ向かっていった。林佑樹は吉沢凛子を見ると、榎本月香の手を引いて脱兎の如くぱっと駆け出していった。吉沢凛子は外に出て通りをいくつも探し回ったが、やはり見逃してしまった。この時、篠崎暁斗から電話がかかってきて、彼女にすぐに帰ってくるように言った。吉沢凛子はおじいさんに何かあったのかと思い、急いでタクシーを拾って篠崎家に帰った。しかし家に着くと、どうも様子がおかしかった。篠崎暁斗はソファに腰掛け、その表情は暗く沈みとても恐ろしかった。「どうしましたか?何があったんですか?」吉沢凛子は尋ねた。「吉沢凛子、君は俺と約束したよな?」篠崎暁斗の声は異常なまでに冷たかった。「どの約束です?」「婚前契約のことだよ。君はおじいさんには内緒にすると約束しただろう。でも、今おじいさんはそれは知っただけでなく、今後の治療まで拒否し出したんだ」篠崎暁斗は吉沢凛子の婚前契約書を彼女の前にバンッと叩きつけた。「どういうことか、説明してもらおうか」吉沢凛子は事態の深刻さを理解していたが、彼女は本当にどういうことなのか訳が分からない。「おじいさんがこの契約書を見つけたんですか?」「まだとぼける気か?」篠崎暁斗は立ち上がり、吉沢凛子を失望した眼差しで見つめた。「おじいさんが今朝新聞を読んでいる時に、その中にこの契約書が挟まっていたそうだ。それで相田さんに確認したところ、彼女は今朝、君がおじいさんにこの新聞を手渡したと教えてくれたぞ」「そうです、新聞は私が届けました。でも契約書なんて私、中に入れていませんよ?」吉沢凛子は全くの誤解だと思った。「どうして私がこんなことをする必要があるんですか。もしかして相田さんの仕業じゃ?」「もういい。俺たちの部屋は普段は鍵をかけているんだぞ、相田さんが入って来られるか?相田さんが入ったのだとしても彼女が君の分の契約書がどこにあるのか知ってる?それに彼女がこんなことするして何の得があるんだ?」「じゃあ、私がこんなことをして、どんな得があるって言うんですか?」吉沢凛子も腹を立てていた。「どう