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第7話

そして、篠崎暁斗は口を開くとすぐ吉沢凛子を詰問し始めた。仕事が終わったのにどうして家に帰っていないんだ?おじいさんが彼女が帰ってくるまで晩ご飯を食べずに今もずっと待っているんだぞ等だ。

吉沢凛子はそれを聞いてギクリとした。

彼女はあまりの忙しさに、完全に自分が結婚していたことをきれいさっぱり忘れてしまっていたのだ。

「すみません、ちょっと用事があって遅くなりました。もうちょっとしたら帰ります」

「迎えに行きます」そう言うと、篠崎暁斗は電話を切った。

迎えに来る?

彼は私の居場所が分かるの?

吉沢凛子は彼に電話をかけなおしたが、篠崎暁斗はそれに出なかった。

おばあさんを落ち着かせ、家族の面会時間が過ぎ、吉沢凛子は医者から病室を追い出される形で出てきた。

病院を出た時にはすでに10時過ぎだった。

この時、篠崎暁斗は吉沢凛子のマンションの一階にいた。三階の部屋の明かりはついているので、彼は吉沢凛子が家にいると確信していた。

しばらくして、カーテン越しに二人の人影が現れ親しそうに抱き合っていた。女の影は吉沢凛子とほぼ同じだ。

結婚二日目にして他の男と密会しているとは。

本気で彼をお飾りだとでも思っているのか?

篠崎暁斗は怒りが心頭に発した。

彼は力強く何回か車のクラクションを鳴らしたが、階上の二人はそれに気づかず逆に周りの住人から罵られてしまった。

「こんな夜遅くにデタラメにクラクションを鳴らす奴があるか、頭おかしいんじゃないのか?」

篠崎暁斗は怒りのあまりハンドルを力を込めて叩いた。現在の彼はまるで誤って蠅でも口に入ってしまったくらい気持ちが悪かった。

吉沢凛子が篠崎家に帰って来た時、篠崎暁斗は家にはいなかった。

相田おばさんは回りくどい言い方で「結婚したばかりだというのに、こんなに遅くに帰ってきて、篠崎さんは本当に嫁運が悪いですこと」と凛子に言った。

「彼はどこに行ったんですか?」吉沢凛子は尋ねた。

「私が知るわけないでしょう。おじいさんはあなたが帰ってくるまでずっと晩ご飯を待っていらしたんですよ。遅くなるならなるで電話の一本でもよこすのが筋ってものでしょうに」

「次は必ず気をつけます」吉沢凛子も本当に気がとがめていた。

でも、おじいさんがもう休んだと聞いて、彼女は自分の部屋に戻るしかなかった。

腰掛けてすぐ、篠崎暁斗がドアを開ける音が聞こえた。かなり力強く開けたらしく、ドアが外れてしまいそうな勢いだった。

吉沢凛子は立ち上がった。

「おかえりなさい」

篠崎暁斗は彼女を見た瞬間、明らかに驚いた様子だった。「君はどこへ行っていたんだ?」

「おばあさんが病気なので、さっき病院から帰ってきたんです」

「おばあさんが病気だって?」篠崎暁斗は皮肉っぽい笑いをした。「それで、次はおばあさんが手術をするから、たくさん治療費が必要だとでも言うんじゃないか?」

「どういう意味ですか?」吉沢凛子は篠崎暁斗が自分を嘲笑しているのが分かり、怒りがこみ上げてきた。「信じられないなら、病院に行って見てきたらどうですか」

篠崎暁斗は必死に怒りをこらえ尋ねた。「吉沢凛子、君には一体、あとどんな隠し事があるんだ?」

「何が知りたいんですか?」

篠崎暁斗は一旦気持ちを落ち着かせ、できるだけ自分を冷静に保とうとした。

「君には彼氏がいるんじゃないのか?

そいつと三年間同居して、今は独り身のふりをして俺と結婚したんだろ。吉沢凛子、俺のことをバカな奴だからって弄んでるのか?」

部屋の電気は消えていて、暗闇の中に立っている篠崎暁斗はこの時、まるで魔王にでもなったかのように、全身から危険なオーラを放っていた。

「あなた、私の調査をしたってこと?」吉沢凛子はこの男が彼女の調査までしたことが全く信じられなかった。

「したら悪いのか?君が俺にもっと素直で誠意のある人間なら、俺がわざわざ君の調査をする必要なんてないだろ?」

「そうよ、以前彼氏がいたけど」吉沢凛子は腹を立てて言った。「でも、あなたと結婚する前に、もう別れたわ。

あなたの結婚相手に対する条件には婚前に恋愛経験があっちゃダメだなんて書いてなかったわ。今こんなこと持ち出してきて、一体どういう意味よ?」

吉沢凛子は篠崎暁斗が彼女に1000万をあげたことを後悔して、今このようにあれこれと粗捜しを始めたと思っていた。

「俺は確かに恋愛経験があってはいけないとは言わなかったが、君は今奴と全く連絡を取っていないと言い切れるのか?」

「別れてから、一度も連絡してないわよ」

「本当か?」

「私のことが信じられないなら、また探偵でも雇って調べたらいいじゃない」吉沢凛子の怒りがふつふつと湧き出してきた。「正直に言うけど、あなたと結婚した目的はあの1000万の結納金のためよ。もし、そのお金が惜しいなら、明日離婚手続きに行きましょう。でも、お金は今すぐあなたに返すことはできないわ。だっておばあちゃんの手術費用の前金としてもう払っちゃったから。だからって心配しないで、遅かれ早かれ必ずあなたに返すから。絶対に一円も損させるようなことはしないわよ」

吉沢凛子は言いたいことを全て吐き出して、スーツケースを持ち外に向かって歩いて行った。

しかし、彼女が玄関に着く前に、スーツケースを篠崎暁斗に奪われてしまった。

「結婚してたった一日で離婚するなんて、面汚しもいいとこだろ」篠崎暁斗は今は冷静になっていた。時間を計算してみると、もし今晩あの階上にいた女が吉沢凛子であれば、彼女が彼よりも先に家に帰ってきているはずはない。

それを考えると、彼はまた突然吉沢凛子のことを誤解していたと思った。

すると彼はベッドの収納スペースを開き、吉沢凛子のスーツケースをその奥の方にしまい込み、またそこをしっかりと閉じた。

つまりこれって彼女が逃げるのを心配しているのか?

昨日、吉沢凛子はそのベッドの収納スペースを開けようと思ったのだが、どうやっても開けられなかったのだ。

篠崎暁斗のやつ、一体何を考えているのよ。

「何か作ってくれないか?お腹が空いたんだ」篠崎暁斗はソファに座り、ノートパソコンを開いて仕事をしながら夜食を待つつもりらしい。

こんなに夜遅くにご飯を作れって?

反論しようと思ったが、吉沢凛子もお腹が空いていてお腹が鳴った。

それで彼女はキッチンへ行き、二人分の冷麺を作った。

彼女が冷麺を持ってきた頃には篠崎暁斗はソファに寄りかかってもう眠ってしまっていた。

眠ってはいるが、篠崎暁斗の眉間には未だにシワが寄っていて、とても疲れているようだった。

彼は唇をきつく閉めていた。その線はとてもはっきりとしていて、唇の形もとてもきれいだった。

大の大人の男がこんなにきれいな顔をしていて、なんなの?

まつ毛もこんなに長いって?ただ長いだけじゃなくて、上にきれいにカールしている。彼女がビューラーを使ったとしても、こんなにきれいに弧を描いた形には仕上がらない。

生まれついての美しさと後から手を加えてきれいに仕上げたものとでは、やはり比べようがないようだ。

興味津々で、吉沢凛子はもっと近くで彼のその長いまつ毛を眺めたいと思って、篠崎暁斗に顔を近づけた。

すると突然、篠崎暁斗が目を開いた。

「もう十分観察しただろ?」

「あ!」吉沢凛子は驚いて足元がふらつき、つまずいて篠崎暁斗の懐に飛び込んでしまった。

よく知らない男性の息に、瞬時に吉沢凛子の感覚が刺激された。

彼女は慌てて、すぐに身を起こし、しどろもどろになりながら言った。「あの、わ、わたし、冷麺作りました」

篠崎暁斗は驚いて小鹿のようにプルプルしている吉沢凛子を見て、おもわず口角を上げ笑った。その唇はきれいな弧を描いた。

吉沢凛子は篠崎暁斗は笑わない人だと思っていたのだが。

意外にもなかなか見られない彼の笑顔を見ることができて、吉沢凛子は危うくその魅力に落ちてしまうところだった。

篠崎暁斗は吉沢凛子の向かい側に座り、その冷麺をじっくりと眺めた。

「食べないんですか?お腹が空いてたんじゃ?」吉沢凛子は尋ねた。

「俺はあまりトマトが好きじゃないんです」そう言ってはいるものの、無理をして箸でつかみ、一口味見してみた。

そして、箸で一つ一つトマトを取り出していった。

吉沢凛子は好き嫌いのある人に我慢ができないので、ぶすっとして言った。「トマトは野菜の女王と呼ばれているんですよ。ビタミン豊富で薬いらずなんですからね」

「薬なら喜んで飲むよ」篠崎暁斗は頑なにそう言った。

篠崎暁斗が麺を食べる所作は非常に上品だった。一つ一つの動作にはすべて真似し難い優雅さが漂っている。

吉沢凛子は自分の食べ方は結構いけていると思っていたが、篠崎暁斗と比べると、ようやく生まれつき備わっている高貴さと優雅さとは何かを思い知った。

しかも、篠崎暁斗が毎回麺を取る量はいつも同じだった。吉沢凛子は一体彼はどうやっているのか不思議だった。まさかプログラマーの麺の食べ方は、まさにプログラミングと同じように少しもいいかげんにはできない几帳面なものなのか?

「アステルテクノロジーという会社をご存知ですか?」吉沢凛子は篠崎暁斗もプログラマーだから、その業界で有名なアステルテクノロジー株式会社のことを知っていると思っていた。

篠崎暁斗は箸を持つ手に力が入った。「どうしましたか?」

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