吉沢凛子の頬も涙で濡れていた。彼女は彼の傍に近寄り、両手で篠崎暁斗を包み込んだ。彼女はただ彼に温もりを伝えたかった。それが今の彼女に唯一できることだから。もしくは、互いの温もりを伝え合いたかったのだろう。実は、吉沢凛子は心の内で、どこか篠崎暁斗を羨ましいと思っていた。彼の両親は事故でいなくなったとはいえ、両親から愛されていたのだから。しかし、彼女は両親が誰なのかさえも知らない。小さい頃、彼女はお祝い事が一番嫌だった。他の子はみんな両親が傍にいて、新しい服やおもちゃを買ってもらい、誕生日パーティをしてもらっていたのに、彼女はただ家でおばあさんの手伝いをするしかなかったからだ。吉沢凛子は、この歳になるまで誕生日ケーキを一度も食べたことがなく、とても残念に思っていた。彼女が毎回ケーキ屋の前を通り過ぎる時、親が子供に誕生日ケーキを買ってあげているのを見て、その子供になりたいと切に願うくらいだった!もし来世があるというのなら、彼女は親から愛される子供に生まれ変わりたいと思った。誕生日にはケーキが食べられて、父親と母親が彼女のために誕生日の歌を歌ってくれる......その時、耳に台風警報が響き、吉沢凛子を現実に引き戻した。大きな波が次々と襲ってきて、船は一瞬で傾き、二人は船の中へと急いで戻った。慌てていたので吉沢凛子はうっかり躓いてしまい、傾いていたワインセラーに突っ込み、それが凛子のほうに倒れ掛かってきた。彼女の後ろにいた篠崎暁斗はそれを見ると、急いで走って行き、自分の体でワインセラーを支え、吉沢凛子を抱きかかえ横へ倒れ込んだ。ワインセラーは大きな音を立てて床に倒れた。彼のおかげで吉沢凛子はかすり傷一つできていなかった。船の揺れは少し穏やかになってきた。吉沢凛子は篠崎暁斗の懐の中から這い出してくると、暁斗が顔を青白くさせて目をきつく閉じ床に倒れているのに気がついた。唇の色も紫色になっていた。「篠崎さん、大丈夫ですか?びっくりさせないでください!」吉沢凛子は篠崎暁斗の頬を叩いたり、まぶたを引っ張ってみたり、鼻の下に手を当て呼吸を確認したりしてみた......しかし、何をしても反応はなかった。吉沢凛子は急いで人工呼吸を施した。篠崎暁斗は鼻をつままれて、口の中に甘さを帯びた新鮮な空気が入ってくるのを感じた。
この民宿は残り一部屋しかなく、二人が夫婦だと分かると、オーナーは親切に彼らを迎えた。部屋は少し質素で、篠崎暁斗はどうも落ち着かなかった。彼は今までこのような安っぽい部屋に泊まったことがなかったからだ。吉沢凛子は彼が嫌そうなのが分かり、オーナーにきれいなシーツと掛け布団カバーを借りてきた。全部、吉沢凛子一人で忙しくしていて、篠崎暁斗は傍らでそれを見ていた。決して彼が手伝わないのではなく、本当にこのような事をしたことがなく、どうすればいいのか分からなかっただけだ。吉沢凛子も特に気にしていなかった。おそらく今まで誰かの世話をするのに慣れてきていたからだろう。弟の吉沢蒼真にしろ林佑樹にしろ、至れり尽せりの世話をされてきて『自分で身の回りのことができない』ような人間になってしまった。部屋を片付け終わると、オーナーがカップラーメン二つと漬物を持ってやってきた。篠崎暁斗はこのジャンクフードを見て、一瞬で食欲がなくなってしまった。彼はソファの上に倒れこみ、携帯を取り出すと突然メールボックスにアメリカから誕生日のお祝いメッセージが届いた。彼の手がピクリと動いた。彼がメールボックスを開くと、見慣れた名前が目に飛び込んできた。藤井杏奈。「何を見ているんですか?」吉沢凛子は篠崎暁斗がぼうっとしているのを見て、お湯を入れたカップラーメンを持ってやってきた。篠崎暁斗はすぐにメールボックスを閉じた。そして「友達から誕生日メッセージが届いたんだ」と言った。「今日が誕生日なんです?」吉沢凛子はとても驚いた。彼女はそれから持っているカップラーメンを見て、誕生日にこんなものを食べるのは篠崎暁斗に申し訳ないと思った。突然彼女は何かを思いついたように、カップラーメンを置いて部屋を出て行った。外は暴雨となり、海風が轟々と呻き声をあげ、雷が鳴り稲妻が走った。雨はザーザーと窓ガラスを打ち付けていて、肝をつぶすほど恐ろしい光景だった。この時、雷が落ち、漁村の電線が雷に直撃して一瞬で辺りは漆黒の闇に包まれた。眠りに就いていた篠崎暁斗は、驚きのあまりぶるっと身震いしてソファから起き上がった。「吉沢さん、どこにいるんだ?」しばらく彼女を呼んでも返事はなく、篠崎暁斗は立ち上がって探しに行こうとした。この時、ドアが開いた。吉沢凛子は手作り
部屋のガラスが突然割れ、冷たい風が部屋に流れ込んできた。雨も強く床を打ち水浸しになってしまった。篠崎暁斗はカーテンで風が吹き込む場所を塞いでみたが、あまり効果はなかった。民宿の他の部屋も同様に被害があるらしく、状況は悪化する一方だ。篠崎暁斗はベッドの隅で吉沢凛子を抱きしめ、二人一緒に分厚い布団を被ってなんとかやり過ごしていた。暗闇の中、吉沢凛子は篠崎暁斗の肩にもたれかかり、うとうとしていた時、暁斗が小さく尋ねる声を聞いた。「眠れそうか?」「ええ、もうすぐ。あなたは?」篠崎暁斗はごくりと唾を飲み込んだ。「俺もだ」吉沢凛子は彼の呼吸が深くなったので、冷えてしまったのかと思い、布団をかけなおしてあげた。「かけなくていい、ちょっと熱いから」篠崎暁斗は何かをこらえているような感じで抑えた声で言った。部屋の中に風が吹き込んでいるというのに、熱いわけがない。吉沢凛子が篠崎暁斗の額を触ってみても、熱はないじゃないか!篠崎暁斗は彼女の手を掴み布団の中へと押しやった。「動かないでくれ、我慢できなくなるだろ」吉沢凛子はすぐに彼が言っている意味を理解した。ちょうど部屋が真っ暗で顔の様子が確認できなくてよかった。じゃないと恥ずかしくてたまらない。しかし、篠崎暁斗のこの一言で、吉沢凛子も緊張してきて、手足をどうすればいいのかやり場に困っていた。「だから、動くなって言ったじゃないか、俺を誘ってるのか?」篠崎暁斗はずっと自制心に自信を持っていたが、今晩は大きな試練のようだ。結局、吉沢凛子は自らの意思に打ち勝ち、全ての雑念を払い除けて、先に眠りに就いた。篠崎暁斗は夜明け頃、睡魔に襲われ目を閉じた。明け方、吉沢凛子が目を覚ますと、篠崎暁斗はまだ寝ていた。一晩中荒狂っていた暴風雨はようやく過ぎ去った。朝日が部屋に差し込み、篠崎暁斗の整った顔をキラキラと照らした。はっきりとした顔の輪郭がぼんやりとしてきて優しく感じられた。ゆっくり、篠崎暁斗は視線を感じて目を開けた。目に入ってきたのは、とろんとした目つきの純粋な可愛らしい顔だった。「起き......」言い終わる前に、吉沢凛子はベッドに押し倒された。二人の目が合い、まるで時間の流れが止まったようだった。ただ二人の乱れた呼吸だけが聞こえる。吉沢凛子の頭は真っ
「彼は私を騙したりしないって信じていますから」吉沢凛子はそう言った。その言葉を聞き、篠崎暁斗とその同級生はとても驚いていた。同級生は自分の夫のへそくりに興味を示さない女がいることに驚いていた。一方、篠崎暁斗のほうは吉沢凛子が自分を信じていると言ったことに驚いていた。その言葉は彼に少し罪悪感を抱かせた。同級生の女性はまだ何か言おうとしたが、少し考えてからやめてしまった。本当に篠崎社長を怒らせてしまうと、決して冗談では済まされない。それで、本来降ろしてもらう予定の場所ではなかったが、その同級生は車を降りた。最後にこれからも連絡を取り合おうと言って凛子のLINEを交換した。その子が車を降りてすぐ、篠崎暁斗は彼女からメッセージを受け取った。「奥さんとってもきれいね。ちょっとダサいから、あなたには少し似合わないけど」篠崎暁斗は確認し終わると、メッセージを消してしまった。そして、吉沢凛子を連れてそのままショッピングモールに向かった。凛子は篠崎暁斗が服を買うのかと思っていたら、彼は彼女に服を買うつもりらしかった。しかも、適当に選んでも一着何十万もするような有名ブランド店へ連れて行った。吉沢凛子はびっくりして、彼を引っ張って行った。「この服は高すぎます。一着で私のひと月の給料より高いんですよ」篠崎暁斗のほうはそうは思っていないようだ。先に試着してみろと吉沢凛子に次々と試着させていった。最後のほうには店員が少しうんざりしていた。「あの、ご購入されますか?」篠崎暁斗は全部買ってしまいたかったが、自分の正体を明かせないので、吉沢凛子に一番似合うと思ったブレザーだけを選んだ。「これにしよう」吉沢凛子は名札を確認した。36万円?余裕で彼女の一ヶ月の給料を超えているじゃないか。彼女は篠崎暁斗を隅の方に引っ張り「今日カード忘れてきたんです。先にご飯食べましょう。お腹すいちゃったんです」「服を買ったらご飯を食べに行こうか」篠崎暁斗は携帯を取り出し電子決済の支払いコードを開いた。「俺のカードを紐づけしてあるから、この携帯で支払えばいいよ」「高すぎます。あなたの月給の半分以上ですよ」「じゃ、半月分は残ってるじゃないか」篠崎暁斗は結婚して一家を支える重要さを理解していない様子だ。「でも、今月になってまだちょっとしか経って
凛子を妬む榎本月香と、すでに後悔し始めていた林佑樹を残して彼女は去っていった。家に帰って昼食を済ますと、篠崎暁斗は仕事に向かった。吉沢凛子が服を脱いでクローゼットになおしたところで弟から電話がかかってきた。弟は数日前に彼女の両親に会いに行き、40万もする腕時計をプレゼントされたらしい。そして今日は彼女の誕生日だから、ちゃんとしたプレゼントを送りたかったが、まだ大学を卒業していないのでお金がなく、吉沢凛子にお金を借りたいと言ってきた。吉沢凛子は弟の蒼真から聞いて、一年以上付き合っている彼女がいると知っていた。二人の仲はまあまあ良いようだ。でも、彼女はお金を全て手術費に使ってしまって、蒼真に貸せるようなお金はどこにも残っていなかった。吉沢凛子は買って間もないブレザーを見ながら、吉沢蒼真に彼女の身長と体重を聞いて、その彼女が着られるサイズだと分かった。そして、吉沢凛子は蒼真と相談し、買ったばかりのこの服を弟の彼女に誕生日プレゼントとしてあげることにしてしまった。初め吉沢蒼真は断っていたが、凛子も経済的に厳しいことを理解していて林佑樹からちょっとお金を借りたいと言い出したが、この二人はもう別れた後だったのだ。結局仕方がないので、吉沢蒼真は凛子の申し出を受けるしかなかった。そして、時間と場所を決め、吉沢凛子はこの服を弟のもとに持って行ってあげることにした。午後1時半、吉沢凛子はアステルテクノロジービルの入口で吉沢蒼真に会った。吉沢蒼真は彼女がアステルテクノロジーの受付として働き始めたばかりだから、今日彼女に会いに来たと言っていた。ちょうど誕生日プレゼントも渡すことができる。吉沢凛子は服とレシートを蒼真に手渡した。レシートに書いてある金額を見て、吉沢蒼真は驚いてしまった。まさか自分の姉がこんな高価な服を買ってしまうとは思っていなかったのだ。吉沢凛子は彼に何も説明せず、自分のやることをちゃんとやって、時間がある時におばあさんに会いにいくように伝えた。篠崎暁斗はちょうど顧客と一緒に朝食をとり、車を運転して会社に戻ってきた。遠くから吉沢凛子と若い男が一緒に会社の入り口にいるのが見えた。吉沢凛子は、時折若い男の襟元を親しそうに整えてあげていた。そして、吉沢凛子が男に手提げ袋を手渡すのも目撃してしまった。その袋には見
「それは気にしなくていいよ。君が気に入ってくれたならそれでいいんだ」吉沢蒼真は凛子をちらりと見て、すまなそうな顔をしていた。三人はエレベーターで一階へと上がっていった。地下一階を過ぎる時、エレベーターの扉が突然開いた。とても広い駐車場は多種多様な高級車で埋め尽くされていた。吉沢蒼真は驚いて息をのんだ。ここは有名な高級車のディーラーが店でも開いているのか?篠崎暁斗はさっき駐車して、エレベーターのほうへ向かって来ていた。社長専用のエレベーターは従業員用の右側にある。普段なら、従業員用のエレベーターがこの階に止まることはないのだが、今日はエレベーターがどうやら故障しているらしい。吉沢凛子はさっき誰かがエレベーターに乗ろうとして、突然後ろを向いたのが見えた。そして、エレベーターはまた自動で閉まった。その人を一目見て、吉沢凛子はちょっと見覚えがある気がしたが、すぐに否定した。あの人はアステルテクノロジーの社長だ。その風格は篠崎暁斗を何人集めても、敵うはずはないだろう。さっきの一瞬の光景に篠崎暁斗は驚き、全身に冷や汗をかいていた。そして彼は車の中でまた少し待ってから、エレベーターに乗り一階に上がって行った。この時には吉沢凛子と蒼真はすでに会社を去っていた。矢吹佳奈はいてもたってもいられなくなって更衣室に行って、その茶褐色のブレザーに着替えた。彼女はさっき社長を怒らせてしまったので、後で社長が地下から上がってきたら、彼に良い印象を与えようと思っていたのだ。篠崎暁斗はシワ一つない、ピシッとした紺色のスーツを着てエレベーターから出てきた。サングラスをかけて、颯爽と歩いて行き、彼の放つ大物オーラが一階にいた従業員たちの目を釘付けにした。「篠崎社長が来たわ。はやく、きちんと立って」エレベーターの前には8つのセキュリティゲートがあり、その中の一つは篠崎暁斗専用のゲートだ。矢吹佳奈は受付から出てきて、篠崎暁斗に挨拶をしようとしていた。しかし、篠崎暁斗は彼女を一目も見ることなく、セキュリティゲートの前で突然振り返ると、彼女の服をじいっと見つめた。矢吹佳奈は服が汚れているのかと思って、下を向き確認したが、特に汚れてはいなかった。篠崎暁斗は吉沢凛子に買ってあげた服を他の女が着ているのを見て、怒りは頂点に達していた。
相田おばさんは少し困ったような様子で口を開いた。「こんな時に言うのはちょっとどうかと思うんですけど、でもこの仕事は本当に疲れるんです。だから、給料がここより多くて、やることも少ない家に移りたいと思ってるんですけど」吉沢凛子は少しあっけにとられた。相田おばさんが給料を上げてほしいと言っているのか、それとも本当にここを辞めたいと思っているのか、すぐには判断できなかった。「どこか他に見つかったんですか?」相田おばさんは首を横に振った。「いまのところ何軒か条件が良いご家庭があるんですけど、まだどこに行くかは決めていないんです」相田おばさんはちょっと話を止めて、また話し始めた。「篠崎家で働いてもう3年経ちますけど、ずっとお給料は変わらずです。本来はおじいさんのお世話をするだけで良かったんですが、今はあなたと篠崎さんも一緒に住むようになって、仕事量が増えたんです。だから、吉沢さん、篠崎さんと相談して、私のお給料を上げてもらえませんか?」「どのくらい上げてほしいんですか?」「今あるご家庭は月に30万くれると言っているんです」吉沢凛子は少し口角を上げ、ニヤリとした。「相田さん、私に対して何か言いたいことがあるのでは?」「吉沢さん、どういう意味ですか?」「相田さんの記憶力はあまりよくないみたいですね。私がここへ来てすぐ、私にこれからは一日三食を担当するように言ってきましたよね。あの時の私の態度が悪かったことは認めます。その後、私は篠崎さんからあなた達が交わした家政婦サービスの契約書をもらいました」その契約書にははっきりと全ての家事、一日三食の食事も含まれると書いてあった。おじいさんの世話をするだけだとは全く書かれていなかったのだ。当時、篠崎暁斗のおばさんも一緒にここに住んでいたと聞いたから、今人が以前よりも多くなったとは言えないはずだ。相田おばさんの顔はこわばった。「吉沢さん、あなたが言っていることは事実です。でも、あなたが来る前におじい様にお給料について相談していたんです。そして篠崎さんが結婚するから、奥さんに彼のお世話をしてもらって、私の負担を減らすと言ってくれていたんです。それから吉沢さんがやってきました。あなたがこの結婚を受け入れたということは、おじい様のお世話をするのにも納得されたわけでしょう。これでも、あなたに三
「相田さんは30万にしてほしいって、これは私たちにはちょっと高すぎますよ」「じゃあ、相田さんを雇うのをやめればいいんじゃないか。君が家でじいちゃんの世話をしてくれていればいいんだから。そうだ、じいちゃんは明日の午前中、検査に行くから家族が付き添う必要があるんだ。俺は明日の午前中は忙しいから、君が休みを取ってじいちゃんを連れて行ってくれ」「明日は無理です」「吉沢凛子、俺が君と結婚したのは、じいちゃんの世話をすることが第一条件だったはずだ。あれもダメ、これもダメって、俺はなんのために君と結婚したんだよ?」吉沢凛子はぐうの音も出なかった。「おばあちゃんが手術をするから、明日は病院に言って付き添わないといけないんです。手術が終わったら、仕事を辞めておじいさんのお世話をしますから」「俺は待てるが、じいちゃんは待てないんだ」篠崎暁斗の目はだんだん冷たくなっていき、怒りを顕にさせた。「吉沢凜子、わがままを言わないでくれないか。君のおばあさんが病気で世話が必要って、じゃあ俺のじいちゃんは?俺たちが結婚した時、君は俺に何と言って約束した?」「あの、1000万の結納金をもらった時に、どうしてもっと考えなかったんですか?約束したんなら、ちゃんとやらないと」相田おばさんは傍らで加勢していた。吉沢凛子の目にはだんだん涙が滲んできた。昨日は身を挺して彼女を助けた人が、今日はこんなに冷血になってしまった。彼女は彼に期待しすぎていたのかもしれない。「分かりました。明日おじいさんを連れて検査に行ってきます」と言うと、吉沢凛子は泣きながら走って部屋に戻っていった。相田おばさんは冷たい声でふんと鼻を鳴らした。「篠崎さん、絶対、あれに騙されちゃあダメですよ。ああいうどこの馬とも知れない女は自分のことばかり考えていて、他人の事なんて一切考えないんですから」篠崎暁斗は冷たい目で相田おばさんを見た。「相田さん、どんな事にも程度というものがあるだろ、やりすぎには気をつけろよ。人を馬鹿にするのもいいかげんにしろ」篠崎暁斗の全てお見通しだという瞳に相田おばさんはビビってしまった。吉沢凛子はこの時とても辛く、苦しんでいた。明日おばあさんに付き添えなくなったからではなく、篠崎暁斗のさっきの態度に耐えられなかったのだ。もし、篠崎暁斗が彼女にちゃんと相談して