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第13話

吉沢凛子の頬も涙で濡れていた。

彼女は彼の傍に近寄り、両手で篠崎暁斗を包み込んだ。

彼女はただ彼に温もりを伝えたかった。それが今の彼女に唯一できることだから。

もしくは、互いの温もりを伝え合いたかったのだろう。

実は、吉沢凛子は心の内で、どこか篠崎暁斗を羨ましいと思っていた。彼の両親は事故でいなくなったとはいえ、両親から愛されていたのだから。しかし、彼女は両親が誰なのかさえも知らない。

小さい頃、彼女はお祝い事が一番嫌だった。他の子はみんな両親が傍にいて、新しい服やおもちゃを買ってもらい、誕生日パーティをしてもらっていたのに、彼女はただ家でおばあさんの手伝いをするしかなかったからだ。

吉沢凛子は、この歳になるまで誕生日ケーキを一度も食べたことがなく、とても残念に思っていた。彼女が毎回ケーキ屋の前を通り過ぎる時、親が子供に誕生日ケーキを買ってあげているのを見て、その子供になりたいと切に願うくらいだった!

もし来世があるというのなら、彼女は親から愛される子供に生まれ変わりたいと思った。誕生日にはケーキが食べられて、父親と母親が彼女のために誕生日の歌を歌ってくれる......

その時、耳に台風警報が響き、吉沢凛子を現実に引き戻した。

大きな波が次々と襲ってきて、船は一瞬で傾き、二人は船の中へと急いで戻った。

慌てていたので吉沢凛子はうっかり躓いてしまい、傾いていたワインセラーに突っ込み、それが凛子のほうに倒れ掛かってきた。

彼女の後ろにいた篠崎暁斗はそれを見ると、急いで走って行き、自分の体でワインセラーを支え、吉沢凛子を抱きかかえ横へ倒れ込んだ。

ワインセラーは大きな音を立てて床に倒れた。彼のおかげで吉沢凛子はかすり傷一つできていなかった。

船の揺れは少し穏やかになってきた。

吉沢凛子は篠崎暁斗の懐の中から這い出してくると、暁斗が顔を青白くさせて目をきつく閉じ床に倒れているのに気がついた。唇の色も紫色になっていた。

「篠崎さん、大丈夫ですか?びっくりさせないでください!」

吉沢凛子は篠崎暁斗の頬を叩いたり、まぶたを引っ張ってみたり、鼻の下に手を当て呼吸を確認したりしてみた......

しかし、何をしても反応はなかった。

吉沢凛子は急いで人工呼吸を施した。

篠崎暁斗は鼻をつままれて、口の中に甘さを帯びた新鮮な空気が入ってくるのを感じた。
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