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第6話

「どんなやり方ですか?」吉沢凛子は篠崎暁斗は物事を頭ごなしに決めつける人間だと思った。

「どんなって、さっきのようなやり方ですよ。すぐに乱暴に走るような真似です」篠崎暁斗は吉沢凛子のやり方には本当に呆れてしまった。

吉沢凛子も言い訳をしたくなかったので、携帯を開いてある録音を流し始めた。

録音の中で、相田おばさんは何度も強調して、篠崎暁斗が吉沢凛子に毎日三食を作るように要求したのだと言っていた。しかも吉沢凛子に自分のことだけやって、他のことには口を出すなと偉そうな態度だった。

ベテランの財務として、吉沢凛子は自己防衛の警戒心がとても高い。普段から上司や同僚に用心して、いつでも録音するのが彼女の仕事上での習慣になっていた。それがまさか今日役に立つとは思っていなかった。

篠崎暁斗はその録音を聞いていくうちに眉間のシワがだんだん深くなっていき、驚きと怒りが混じっていた。

しばらく経ってようやく彼は再び口を開いた。その時の彼の口調はだいぶ穏やかになっていた。「相田さんはおばの紹介なんです。あなたがここに来てすぐに他の家政婦に変えたら、おばにどう説明すればいいのやら。もし彼女を使いたくなければ、今はとりあえず様子を見てもらえませんか」

吉沢凛子は篠崎暁斗が困っているのは見て取れたが、このような家政婦がおじいさんのお世話をちゃんとできるとはとても思えなかった。

「じゃあ、家の中に監視カメラを設置したいんですけど」

篠崎暁斗は吉沢凛子の意図を読み取った。彼女は相田おばさんがおじいさんに何か良からぬことをしないか心配しているのだ。

「家のことはあなたが決めて大丈夫です」篠崎暁斗はそう言うと、車を出し吉沢凛子を会社まで送った。

篠崎暁斗と吉沢凛子の会社はそんなに離れていないが、彼女に自分の正体を明かしたくないので、ある十字路のところに車を止め、ここまでしか送れないと言った。

吉沢凛子もあまり深く考えずそのまま車を降りた。

そして、会社に入ってすぐ、榎本月香に捕まった。

「良いお知らせよ、佑樹は昨日アステルテクノロジーに面接に行って、人事部長から好印象だったらしいの。今回私の佑樹がアステルテクノロジーに就職すれば、一気に出世したも同然よ」

「あなたと林佑樹のことは私には関係ないでしょ。今後二度と私に話さないで」吉沢凛子は榎本月香を押し退けて行こうとした。

「まったく、ちょっと待ってよ。まだ用事があるんだから。あなたあの家をネットで売りに出したんですって?誰に売っても同じなんだから、私と佑樹に売ってくれない?」

「あなた達、一括払いができる?」

「それは無理よ、分割なら問題ないわ。佑樹がアステルテクノロジーに入れれば年収は1000万くらいあるんだから、払えないってことがあると思う?」

「分割は受け付けないわ、一括のみよ」吉沢凛子はきっぱりと断った。

「もう、あなたってどうしてそんなにケチなのよ。あなたと佑樹は一応恋人同士だったでしょ、ちょっとは考慮してくれてもいいんじゃない?」

「榎本さん、あの家は相場よりも安くしているの。それに、あなた達二人には絶対に売らないから覚えておいて」

吉沢凛子はそれ以上榎本月香の相手をせず、急ぎ足でオフィスへと向かった。榎本月香は腹を立ててしきりに足を踏み鳴らした。

あの家は立地がよく、内装もかなり良いし売値も安いのだ。つまり、見えるところにあるのに手が届かないので、榎本月香が腹を立てない理由はないだろう。

アステルテクノロジーの社長会議室。

朝のミーティングにて。

篠崎暁斗は目をうとうとさせて、絶えずあくびをしていた。

幹部役員たちはお互いに目を合わせて、篠崎暁斗が昨晩一体何をしていたのか推測していた。一晩一睡もしていないような様子だ。

残業か?篠崎社長が昨日退勤した時間はそこまで遅くなかったはずだ。

バーに入り浸っていた?いやいや、篠崎社長にはそのような趣味はない。

ゲーム?社長はゲームなんてしたことないから、それもないだろう。

......

様々な憶測を繰り返し、篠崎暁斗が女性と一緒にいたのだと全員一致した。なぜなら、彼の肩の上には長い髪の毛がついていて、エアコンの風に吹かれて左右に揺れていたからだ。

どうやら篠崎社長は昨晩ヤリすぎたらしい、その場全員は気を利かせて簡単な報告をして会議を終わらせた。

しかし、篠崎暁斗が女性と遊んだニュースはあっという間に会社全体に知れ渡った。

オフィスに戻ると、篠崎暁斗はデスクの上に置かれた吉沢凛子に関する調査報告書に目をやった。

彼は額を押さえ、しぶしぶ二ページを見た。彼氏の林佑樹と三年間同居していたことを知り、篠崎暁斗の手がわなわなと震えた。

彼氏がいるのに彼と結婚したのか?

同居していた。しかも三年間も?

篠崎暁斗は血圧が上がるのを感じた。顔は瞬時に20度に設定されたエアコンよりも冷たくなった。

彼と吉沢凛子はただ名義上の仮面夫婦なだけだが『同居』という二文字が彼はどうしても受け入れられなかったのだ。

彼と元カノは5年も付き合っていたが、一度も一線を越えたことなどなかった。結婚前に同居するなど、彼はなにがあっても受け入れられないのだ。

見栄を張り、純粋なように見せかけ、陰ひなたがある人間、嘘八百......このようなネガティブな言葉が瞬間的に篠崎暁斗の頭の中に流れ込んできた。

そして、彼は吉沢凛子が半年後に離婚すると知った時のあの嬉しそうな顔を思い出した。

半年で1000万を手に入れ、そして彼氏と仲良く同棲するつもりか?

いや、違う。1000万だけではない。それに加えて1000万も借りているだろ。

本当に腹黒い女だな。

調査報告書をつかんでいる手にゆっくりと力が入っていき、きれいだった資料がみるみるうちにひと塊の紙くずになっていった。

人事部長がこの時ドアをノックして入ってきた。

篠崎暁斗はその手を止めると、ゆっくりと頭を上げた。「なんだ?」

人事部長は篠崎暁斗の表情に驚き、口ごもりながら言った。「し、篠崎社長、昨日会社面接で二人見ましたが、どちらもレベルの高いネットワークエンジニアです。このプロジェクトの責任者である滝本副社長は今日休みを取っていますので、私に決めるようにと。しかし、私にはエンジニアの技術をはかれるような技量はありません。そ、それで......彼らの履歴書を持って来るしかなくて、社長に見てもらい、どちらか一人決めていただけないでしょうか?」

人事部長は言い終わると、履歴書を篠崎暁斗の前に起き、そそくさとその場を去っていった。

篠崎暁斗はかなりイライラしていた。こんな小さな事で彼を煩わせるつもりか?

ざっと目を通すと、上にあった履歴書に書かれた『応募者——林佑樹』が目に入ってきた。

篠崎暁斗は履歴書を開いた。

林佑樹、男、24歳、国立大学工学部卒業。太陽ネット通信株式会社技術部長担当。

この人間が吉沢凛子の彼氏か?

彼の技術レベルは普通だ。証明書も全て見掛け倒しの実用的でない表面的なものばかりだ。

篠崎暁斗が住所欄を見ると、吉沢凛子が結婚相手に応募してきた時に書いていた住所と一致していた。

二人はやはり同居しているのか。

篠崎暁斗は自分の本当の正体を明かさず、結婚相手募集をしていて良かったと思った。このような見栄っ張りの女に万が一でも自分の身分が知られたら、絶対に簡単にはこの女を振りほどけなくなるはずだ。

しばらく何度も考えて、篠崎暁斗は電話を取ると人事部へかけた。そして林佑樹のほうを採用し、月収は100万だと通知した。

林佑樹は採用通知を受け取るとすぐに榎本月香に連絡した。

もちろん榎本月香は吉沢凛子にマウントが取れるこの好機会を逃すわけなかった。

昼休みの間、榎本月香は吉沢凛子の隣の部屋に居座って、自分の彼氏は能力が高い、一ヶ月に100万も稼げる男なのだと褒めたたえていた。

その声はかなり大きく、会社全体に聞こえるくらいだった。

吉沢凛子は午後ずっと心ここにあらずで、何度も精算を間違えたりしながら、退勤するまで辛抱し続けた。

弟が電話をかけてきて、おばあさんが入院してすぐ具合が悪くなったと伝えてきた。

それで、吉沢凛子はすぐに病院へ駆けつけた。

おばあさんは非常に危険な状態で、今すぐ手術をする必要があった。

吉沢凛子はあれこれ説得を繰り返し、1000万の手術費用の前金を支払い、病院側はようやくおばあさんの手術の準備を始めた。

弟は今年大学を卒業する予定で、今まさに卒業論文を書いている最中だ。吉沢凛子は弟を大学に戻らせ、彼女がおばあさんに付き添った。

夜9時半、吉沢凛子の携帯が鳴った。それは篠崎暁斗からかかってきた電話だった。

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