第1話

「里美ちゃんが来る前に、最後にもう一度だけ聞くよ。佐藤峻介......お前は優ちゃんにそんなことをして、もし記憶が戻ったときに後悔しないのか？」

その言葉を聞いて、高橋優子はドアを開けようとした手を止めた。

「優子なんて、僕の卑劣な元カノに過ぎないんだよ。お前が彼女を見て気持ち悪く思わないなら、守るのは勝手だが、僕たちの友情に影響を与えないためにも僕と里美ちゃんの前で彼女のことを話題にするのはやめてくれよ。吐き気がするからさ！」

峻介の侮辱的な言葉に中村悠斗の声は自然と高くなった。「当時、お前が無理やり彼女に婚姻届を出しに連れて行ったんだ。その帰り道で事故に遭ったのも、彼女がお前を守ろうとしたからだろう？彼女は少なくともお前の恩人であり、法律上はお前の妻だ！お前が霧ヶ峰市立大学で彼女の裸の写真をばら撒いた後、これからどうやって生きていくことになるのかを考えたことはあるのか？」

「お前の言う通りだよ......もし僕が彼女を田舎から連れ出して佐藤家に住まわせなかったら、高橋家に虐待されて死んでたかもしれない。事故のときに彼女が僕を守ったのは、恩返しだとでも言いたいのか？今の時代、恩を返すなんて古臭い考え方だよ。彼女は尊厳を捨てて、僕に薬を盛ってベッドに忍び込んだんだぞ。僕が彼女の裸の写真をばら撒いて警告したのは当然のことだろう？もし里美ちゃんが懇願しなかったら、僕は彼女を殺していたかもしれない」

峻介のだるそうな声が部屋の中から聞こえてきた。

その口調だけで、優子は彼が濃い眉を寄せて苛立ち、軽蔑していた様子を容易に想像できた。

かつて、彼女も峻介に熱烈に守られ、愛されていた。

だからこそ、彼女は知っているのだ。彼女に薬を盛って彼のベッドに忍び込んだ元カノに対して、霧ヶ峰市の放蕩者である峻介の復讐は、まだ手加減されていたことを。

優子の目には涙が浮かび、視界がかすんだ。

かつての峻介は、彼女が眉をひそめただけでも心から心配してくれたのに。

かつての彼は、彼女の人柄を疑うこともなかった。彼女が薬を盛ったとは思わなかっただろうし、裸の写真をばら撒いて彼女を傷つけることもなかったはずだ。

彼女を深く愛していた峻介は、四年前のあの事故で死んでしまったのだ。

部屋の中にいた他の友人たちは、峻介の不機嫌さに気づき、足で悠斗をつついて、低い声で注意した。「佐藤信也伯父がこの件を早くも抑え込んでいるから、しばらくすれば誰も優ちゃんのことを話さなくなるだろう。今日は峻介さんの誕生日だ。優ちゃんの話をして峻介さんを怒らせるなよ」

また、峻介に同情する者もいた。「正直、今回は優ちゃんがやりすぎたよ。峻介さんとはかつて深い関係があったけど、誰にだって過去はある。峻介さんの心の中には今、里美ちゃんしかいないんだ。優ちゃんが本当に峻介さんを愛しているなら、過去に執着せず、彼を解放してあげるべきなんだ」

「後で優ちゃんに話して、早く峻介さんと離婚させた方がいいよ。その方が彼女のためだ」

「無駄だよ！みんなが彼女を説得しようとしたけど、彼女はどう言った？彼女は峻介さんが過去を思い出すのを待つと言っていたんだ。そして、その時にも峻介さんがまだ里美ちゃんを選ぶなら、手を引くと。でも、自分の出自が佐藤グループの後継者にふさわしいかどうか、彼女は一度も考えたことがないんだろう。峻介さんが彼女を選ばなかったら、どうするつもりなんだ？」

話していた数人は、かつて優子と峻介の共通の友人だった。

だが今や、彼らは松本里美の友人となっていた。

優子が目を覚ましてからの二年間、彼らは何度も彼女から手を引くようにと峻介を説得し、峻介と里美の関係を進めるようにと峻介に忠告してきた。

彼らが彼女の背後で、「彼女が目を覚まさなければ良かったのに」とつぶやくのを、彼女も耳にしたことがある。

認めざるを得ないのは、峻介にとっても、友人たちにとっても、彼女はかけがえのない存在ではなくなっていたということだ。

植物人間となった二年間で、全てが変わってしまった。

彼女は深く息を吸い込み、背筋を伸ばして髪を整え、まるで戦場へ赴く戦士のようにドアを押し開けた。

峻介は顔を上げ、入ってきたのが優子だと気づくと、苛立った様子で舌打ちをし、露骨に嫌悪感を示しながら悠斗に冷たく尋ねた。「お前が彼女を連れて来たのか？」

「優ちゃん、どうしてここに......」悠斗は、優子が現れるとは思っておらず、立ち上がって心配そうに彼女の名を呼んだ。