父は教頭先生との話を終えると、厳しい表情で私の方を振り返った。私は負けずに父を睨み返した。どうせ男女差別なんだろう。好きに怒ればいい。「お前のおじいちゃんが......」父は一瞬、言葉を詰まらせ、なかなか続きを口に出せなかった。「おじいちゃんが亡くなったんだ」その時の心情はよく覚えていない。ただ、足がガクンと崩れ、涙が自然に溢れ出てきた。
おじいちゃんの葬式は、田舎の実家で行われた。遺言通り、故郷に眠りたいとのこと。弟が生まれてから、家の中で私に優しくしてくれた唯一の人が、おじいちゃんだった。昔の記憶の中では、夕方になると農作業を終えたおじいちゃんが、よく私を肩車して村の東から西まで散歩に連れて行ってくれた。学校に通ったことがないおじいちゃんは、村の人々に「うちのお姫様を連れて散歩だ」と誇らしげに言っていた。夕陽が沈む中、鼻歌を歌いながらおじいちゃんが私をあやすと、いつも私は笑い声をあげていた。あの曲がまだ頭の中で響いているようで、涙がまた視界をぼやけさせた。「いつまでここにいるつもりだよ。もう死んでるんだから、さっさと片付けろよ」ぼやけた視界の中、弟の佐藤俊一が眉をひそめ、苛立ちを隠せない様子でおばあちゃんにそう言いながら、手で何度も叩いていた。そうだ、前世でも、彼が言い争いになり、怒りに任せておじいちゃんに拳を振り、罵声を浴びせ続けたせいで、心臓の悪かったおじいちゃんが亡くなったのだ。今世ではなぜか、その出来事が早まってしまった。でも、俊一が関係していることに違いはない。怒りが頭にのぼり、私は俊一の襟をつかんで、その首を絞めた。「お前だろう!お前がまたおじいちゃんを怒らせたんだろう、この悪魔め!なんでお前が死なないんだ!」力を込めると、彼の顔はすぐに紫色に変わり、目は白目をむき始めた。
「誰か、早く誰か来て!この悪い子を、こいつを殺してやる!ああ、俊一が!」叩かれ、蹴られ、肌をつねられても、私は痛みを感じなかった。ただ、強い力で引き離されるまで。「ゴン!」と大きな音がした。次の瞬間、私は温かくて懐かしい胸の中に引き寄せられた。「美奈、大丈夫よ。お母さんがいるから、もう大丈夫だからね」弟が生まれてから、母に抱かれたのは一体どれくらいぶりだっただろう。強がっていた心が一瞬で崩れ去り、抑えていた悲しみが一気に溢れ出した。私は母の腕にしがみつき、嗚咽を漏らした。「警察を呼べ!この子を捕まえろ!甘やかした結果がこれだ!まだ守るつもりなのか?今日は絶対にこの悪い子を懲らしめてやる!」そこでようやく気がついた。おばあちゃんの手には折れた木の棒が握られていた。さっきの「ゴン」という音は、その棒が折れた音だった。赤ん坊の腕ほどもある太さの棒が、私に当たっていたのだ。おばあちゃんは母を押しのけながら、私を殴ろうと叫び続けていた。「あなた、何か言いなさいよ!!」突然の母の怒声で、騒がしかった場が一瞬で静まり返った。母は怒りに満ちた表情で、父を睨みつけながら叫んでいた。父はいつも通り、ただ口を開けて、唇を動かしただけで、すぐにきつく閉じてしまった。一瞬静止していたおばあちゃんは勢いを取り戻し、母を強く押しのけ、木の棒を振り上げようとした。「私の娘に手を出せると思ってるの?」私が気づく前に、母の手にその木の棒が握られていた。母の目には怒りの炎が宿り、歯を食いしばり、無謀な侍のように私の前に立ちはだかった。心の中の隙間が埋められたような気がした。たとえ全世界が私を見捨てても、母だけはずっと私を愛してくれた。でも次の瞬間、心の奥に潜む獰猛な獣が暴れ出し、周りの全てを引き裂こうと叫んでいるのが感じられた。「お母さん、苦しいよ、ごほっ、ごほっ......」母は焦りながら弟の元へ駆け寄った。俊一はその腕の中で「怖いよ」と言いながらも、口元には笑みを浮かべ、その顔には悪意が満ちていた。こうして、この「選択の戦い」で彼はまたしても勝利を収めたのだった。もし視線が実体を持つなら、俊一は私に貫かれてすでに千々に裂かれていただろう。一連の騒ぎが収まると、おばあちゃんの意向で私は「女性の道徳教
学校にいるとき、前世での出来事が映画のように何度も頭をよぎり、ある奇妙な点に気がついた。高校の寄宿学校は、1ヶ月にたった4日しか休みがなかったが、その4日間だけは俊一以外の皆が妙に慎重に振る舞っていた。いつも「鉄の女」だったおばあちゃんでさえ、怯えたように縮こまっていた。何か私の知らない事情があるはずで、それはきっと俊一に関係していた。私は体調不良を装い、数日間の休みを取って帰宅した。家の中は静まり返っていたが、突然、寝室から短い悲鳴が聞こえ、その後すぐに不気味な静寂が戻ってきた。その声は短かったが、俊一の部屋から発せられたものであることは分かった。部屋の扉を開けると、俊一が若い女の子を押し倒していた。その子は口と鼻をしっかりと塞がれ、涙を流しながら天井をぼんやりと見つめていた。私は全身が震え、恐怖が体を支配していった。「何をしているの?」俊一は驚いて床に尻もちをついた。だが、すぐに態度を取り戻し、憎々しげに私を睨んできた。「このクソ女、なんで帰ってきやがった!」
私は彼の言い訳には全く応じず、震えるその女の子を引き上げて外に連れて行こうとした。俊一は山のような体でドアを塞ぎ、険しい顔でこちらを睨みつけた。「出て行かせないぞ」私は無視して、再び通り過ぎようとしたが、彼に強く押し返されて床に投げ出された。手のひらがひりひりと痛み、擦りむけているのが分かった。無言で冷ややかな表情を浮かべながらゆっくりと立ち上がり、キッチンから果物ナイフを取り出した。「道を開けなさい。もう一度は言わない。私が本気でやらないと思う?」彼がどれだけ怖くても、今はまだ中学生で、前世でのあの冷酷で狡猾な大人には成長していない。私の狂気に満ちた姿に明らかに驚いていた。数秒間の呆然とした後、彼は女の子をじっと睨みつけた。「もし外で変なことを言えば、お前がスカートで俺を誘惑しようとしたって言ってやるぞ。周りのみんなに、どんなやつかばれるぞ。お前の親も恥をかくに違いない」私は背後の女の子の表情を確認することはできなかったが、俊一は続けて言った。「助けても無駄だよ。彼女は俺の姉だ。もし俺に何かあったら、彼女もただじゃ済まないんだから」俊一は年端もいかないのに相当な策略家で、この一言で女の子を怯えさせ、私にもプレッシャーをかけてきた。だが......彼は再び生まれ変わった私の目的が、彼に復讐することだとは知らないのだ。
数日後、警察が家に訪ねてきた。「お前だろ?絶対にお前が通報したんだろう?」突然の一言で、皆の視線が一斉に私に向けられた。それに続いておばあちゃんが口を開いた。「ほらね、やっぱりお前が戻ってきてからろくなことが起きないんだ。この厄介者め、絶対にまた何か企んで俊一を害しようとしているんだよ。最初から川にでも放り込んでやればよかったのに」頬に平手打ちが飛んできて、すぐに腫れ上がった。口元を少し動かすだけでも鋭い痛みが走る。普段は腰が痛いだの背中が痛いだの言っているおばあちゃんも、俊一のためとなると急に戦士のように豹変した。警察が、顔を真っ赤にし目をむいて怒るおばあちゃんを引き留め、場の雰囲気が落ち着き始めたところで、私はこのまま終わらせる気にはなれなかった。「そうよ、私が通報したの。それで何か問題でもある?」彼女の目はさらに大きく見開かれ、私は微笑んだ。「おばあちゃんの大事な俊一がどんな罪を犯したか知ってる?法律を犯したのよ。ふふ......」おばあちゃんの目から力が抜け、彼女はその場に倒れ込んだ。私はさらに楽しくなり笑い声を上げると、部屋の中は一気に混乱し始めた。年齢的に高血圧や心臓病などの持病を持つ人も多く、一度倒れたらそのまま目を覚まさないかもしれない。みんながツボを押したり、救急車を呼んだりして懸命に対応していた。そして、ようやく長い溜息とともにおばあちゃんは意識を取り戻した。
ああ、惜しかったわね。部屋の緊張した雰囲気は少しだけ和らいだ。「美奈!!!」怒りに満ちた顔で父が飛びかかってきて、手を高く振り上げたが、母が必死にその腕を抱き止めた。母は涙で顔を濡らし、苦しそうに言葉も出せず、ただ黙って父に向かって首を横に振り続けた。前世で死ぬ間際、この家で一番恨んでいたのは母だった。弟が生まれてから、彼女の愛はすべて弟に向けられたからだ。どれだけ母を愛していたか、その分だけ憎んでいた。再び生き直した今になって、盲目的だった私の目はようやく本当のことを見抜いた。本当に恨むべき相手の第一位は「悪魔」俊一、そしてその次が「透明人間」みたい父だ。弟が生まれる前から、おばあちゃんが母に嫌味を言っても、父はすべてを見て見ぬふりだった。おばあちゃんがくだらない理由で私を叱りつけても、父は私を擁護することもなく、むしろ偽善的に説教をした。彼はまるで舞台裏の人物のようで、舞台で誰が騒ごうと、ただ静かに眺めているだけだった。もし父が怒りを表すとすれば、それは「役者」が彼に影響した時だけだ。今、私はちょうど彼に「石」を投げつけたのだ。彼は私を叱ろうとしたが、警察に阻まれた。結局、俊一と私はそれぞれ容疑者と通報者として連行され、事情を聞かれることになった。証拠は明白で、俊一も自白したため、大きな罰ではなかったものの、少しでも苦しむことができれば良しとした。自分の賢さに満足していたその時、私は思いもよらぬ展開で打ちのめされた。
俊一の年齢が、彼にとって最も強力な保護となった。彼はすぐに家に戻ってきたのだ。「このクソ女!!」彼は私に飛びかかり、取っ組み合いが始まった。俊一は体が大きくても、まだ大人の力には及ばない。私はすぐに彼を押さえ込んだ。抑えきれない怒りと悔しさをこめて、拳を彼に叩きつけ続けた。帰宅したばかりの両親に止められなければ、本当に彼を殺していたかもしれない。私は家族に囲まれている俊一を冷ややかに見つめ、内心では何も感じなかった。どれだけ悪事を働いても、どれだけひどいことをしても、許され守られる人がいる。それが「男の子」であり、ただその理由だけで。顔を殴られ青紫になった俊一は家族の関心を一通り受けた後、またしても得意げに振る舞い始めた。「中村静香、どこに行ったんだ?あの女のせいで、俺がこんな目に遭ってるんだぞ」「怒らないでね。あの子ならもうとっくに追い出しておいたよ。小さいくせにうちの俊一を誘惑するなんて、ろくな大人にならないに決まってるからね。毎日、彼女の家の前で悪口を言ってやったのさ。おかげで近所中があの子がどういう子か分かってるよ」「なんだって??」二人の男の声が同時に響いた。一人は驚愕で、もう一人は怒りの色を含んでいた。父は自分の母がそんな厚顔無恥なことをしていたとは思いもよらなかったから驚いていた。そして俊一は、「彼女を追い出しただと?じゃあ、これからどうやって楽しめって言うんだよ」ずっと黙っていた母は、顔色がみるみるうちに青ざめ、生気が抜けたように信じられない思いで自分の息子を見つめていた。彼女は子供が間違いを犯しても、時間をかけて導いてあげれば立ち直れると信じていた。しかし、ヤコブ症候群の影響を甘く見ていたのだ。「性根が腐っている人間が、変わるなんてありえない」「おせっかいなババアが、余計なことしやがって」私はこの奇妙な家族のやり取りにもう飽き飽きしていたので、振り返ることなく自分の部屋に戻った。ドアが閉まった瞬間、足の力が抜け、私はその場にしゃがみ込んだ。俊一が刑務所に入らないということは、いつかまた彼に殺される運命にあるということだ。この家の中では、いつか命を落とすか分からない。まだ俊一にどう対処するか考えがまとまらないうちに、今度は母に異変が起きた。