消防隊は迅速に到着し、すぐに火は消し止められた。私は霊体となって空中に浮かび、地上を見下ろしていた。部屋には焦げた肉の匂いが漂い、消防士が二つの黒焦げの遺体を引き出した。その場面を見ると、母は取り乱し、気を失った。おばあちゃんは地面に座り込み、私と母が「不幸を招く者」だと罵り続けていた。そして、父は到着した警察に連行された。おばあちゃんは泣き叫び、道を塞いで警察に抗議していた。そうよ、行かないでよ。お父さんにあげるプレゼント、まだ持って行ってないから。現場に残っていた調査員たちは、すぐに私の部屋から一冊の日記を見つけた。その中には、私と母が何年にもわたって受けてきた屈辱の数々、そして父の浮気の証拠や、父が「冗談」と称して話していた保険金詐欺の計画などが記されていた。その内容が真実かどうかなんて、誰にも分からない。だって、死者は嘘をつかないからね。おしまい
「美奈、行こうか」私は必死に母のお腹を睨んだ。さっき、医者から母がすでに妊娠2ヶ月以上だと確定されたところだった。どうすれば母のお腹にいる悪魔を消し去ることができるのか。前世では、この悪魔が生まれてから、家族をずっと苦しめ続けた。両親を気まぐれに叱りつけ、おばあちゃんの目を刺し、おじいちゃんを怒り死にさせ、そして私が彼に一言注意しただけで、階段から突き落とし全身麻痺にさせた。夜遅く、人工呼吸器を抜かれたこともあった。彼がその時言った言葉は今でも忘れない。口元を歪ませ、目には狂気に満ちた興奮が宿っていた。「起きろよ、お説教好きなんだろ?お前なんて、ただの役立たずだ。カスが俺に説教するなんて、死ねよ」「何してるんだ、早く行かないと」おばあちゃんは皺だらけの顔をしかめながら、私に不機嫌そうに言った。おばあちゃんは私が女の子だということで、昔から私に冷たかった。母は場を和ませようと、目をくるりと回し、偽りの笑顔を浮かべて私に聞いた。「美奈、ママのお腹の中には弟か妹、どっちがいいと思う?」私はどうにかしてこの悪魔が生まれてくるのを止める方法を考えることで頭がいっぱいで、おばあちゃんの話なんて気に留めなかった。「ママ、遺伝子検査をしてみたら?ヤコブ症候群を持っている子供がいて、反社会的人格を持って生まれてくることがあるらしいよ」「まあ、そんなこと思いつかなかったわね。私の友達にその道の専門家がいるから、頼んで聞いてみるわ」私は心の中で焦り、明らかにおばあちゃんの言う検査とは別物だと思った。それでも少しの希望を抱いていた。もし弟のヤコブ症候群が検出されたら、それも悪くないかもしれない。だが私はまだ、おばあちゃんにとって弟がどれほど大切な存在であるかを甘く見ていた。
「男の子だったわよ」「本当?お母さん」「嘘じゃないわ。私の友達は信頼できる人よ」両親が嬉しそうな顔をしているのを見て、私は何とも言えない気持ちになった。記憶では、両親はこの子をとても楽しみにしていて、周りの人はみんな冗談で「美奈に弟ができたら、もう両親に愛されなくなるよ」なんて言っていた。それが怖くて大泣きした私に、両親は笑顔で「弟か妹ができても、もっと愛してあげるよ」と言ってくれた。でも、彼らは約束を破った。食べ物も、飲み物も、服も、遊びも、全部弟が選んでからでなければ、私の番は回ってこなかった。私は崩れ泣きながら叫んだ。「なんで全部弟が先なの?男女差別なの?」父は厳しい顔で私を叱った。「美奈、お前はお姉さんなんだから、小さい子を優先するのが当然だ。先生も教えてくれたはずだろう、年長者を敬い、年少者を大切にすることを」その時、何かが違うと感じたが、反論することはできなかった。「おばあちゃん、ヤコブ症候群のこと言ってなかった?」「そうだよ、お前みたいな小さい子にしては、知識が豊富だね。友達が言うには、その子はXYなんとかが他の子より多いらしい」「XY染色体のこと?XYY、Y染色体が1本多いってことだね」「そうだ、それそれ」私はほっと息をついた。調べてもらったなら良かった。だが次の瞬間、心が締め付けられた。「ヤコブ症候群ってすごく強そうじゃない?他の人より染色体が多いなんて、きっと賢いんだわ」私は焦り足を踏み鳴らしながら、前世で調べたヤコブ症候群に関する資料をすべて口にした。「この小娘、そんなに小さいのに、ずる賢いわね。嫉妬してるんじゃないの、弟に?」母は優しくしゃがみ込み、私を慰めた。「弟が生まれても、パパとママは変わらずに美奈を愛するから、心配しなくていいのよ」父もついでに同調した。私の心は少しずつ沈んでいった。今の母の優しい声は、私を溺れさせるには十分だった。もう両親にこの子を諦めさせることはできないと悟った。もう、自分で動くしかない。
「美奈、早くこっちに来なさい。もうすぐ雨が降るよ」スーパーの入り口に立っている母を見つめながら、私はゆっくりと歩いていった。目の前にはスーパーの階段がある。高くはなく、たった四段だけ。この高さがちょうどいい。母に大きな怪我をさせずに、お腹の中の悪魔を取り除くことができる。完璧な計画だ。でも、私の手は思うように動かない。母の横顔はとても優しい。手は震え続け、まるで重い石を抱えているかのように、腕を持ち上げることができない。タクシーがゆっくりと近づいてくる。ぼんやりと見ていると、それが弟の運転するおもちゃの車に見えてきた。彼の顔には陰険な笑みが浮かんでいて、母にまっすぐぶつかっていく。母が足を押さえて倒れ、苦しむ様子を見ると、弟はさらに嬉しそうに笑った。私は迷うことなく手を押し出した。驚きの声が響き、母は見事に地面に倒れた。彼女のスカートの裾はすぐに血に染まっていく。だから、この悪魔は死ぬのだろうか。母の痛みに満ちた叫び声が、私を現実に引き戻した。「美奈......あなた......」 母の顔は恐怖で歪んでいた。その時初めて、自分が口元に微笑みを浮かべていることに気づいた。私は慌てて笑みを抑え、口では慌てて助けを求めた。
まさか、あの子の生命力がこんなに強いとは思わなかった。医者から「赤ちゃんは無事です。あとは安静にしていれば大丈夫でしょう」と言われた。心の中で失望感が止まらなかった。おばあちゃんは嫌味たっぷりに母を責めた。しかし、母はただ黙ってすべての責任を背負い込んでいた。私は母の体から生気が抜けていくのを感じた。まるで今にも私の前からいなくなってしまいそうだった。罪悪感、自己嫌悪、そして不安――言葉では表現できない感情が押し寄せてきた。私は耐えきれず、母の手をそっと握り、小さな声で「お母さん」と呼んだ。母はぼんやりしていたが、私に気づき、優しく微笑んでくれた。その瞬間、私はほっとして、母の手の甲に顔をそっと寄せた。
次の「悪魔を除く」計画を立てる暇もなく、私は祖母の家に送られた。「行きたくないよ!お父さんとお母さんと一緒にいたいの!嫌だ、嫌だ......」「美奈、いい子だから。今はお母さんが君の面倒を見れないの。もう少し経ったら、迎えに行くからね」「嫌だ!お母さんに会いたくなったら、どうするの......うぅ......」母は迷いを見せたが、私がさらに訴える前に、大きな手に抱き上げられてしまった。「いい子にして、母さんを困らせるな。少ししたら、お父さんが迎えに来るよ」でも、彼らが言っていた「少し」は半年以上も経ってしまった。迎えに来たのは、弟の初めてのお祝いの日だった。母は弟を抱え、父はその隣に立っている。周りの人たちは、みんな順番にお祝いの言葉をかけていた。二人とも満面の笑みを浮かべ、弟を囲んで幸せそうな家族に見えた。祖母は私の背中をそっと押した。「あら、私の可愛い孫娘じゃないの。おいで、たっぷり可愛がってあげるわよ」私はよく分かっていた。おばあちゃんに「可愛い孫」と呼ばれるのも、すべて弟のおかげだということを。「美奈、お腹すいてないか?パパが美味しいものを取ってくるよ」「美奈、欲しいプレゼントはある?ママが買ってあげるよ」父と母の言葉はぎこちなく、それでも熱心だった。私は口を開けたが、突然何も言うことがないように感じた。ふと、祖母の家に戻りたくなった。宴会が終わり、私は祖母の手を引いて一緒に帰りたいと言った。「美奈、祖母はもう年を取っていて、この間、君の世話でかなり疲れているんだ。少し大人になって、私たちと一緒に帰ってくれないか?祖母には休んでもらおうよ」そうして、私はまたあの家に戻ることになった。母は私に対して警戒しているようだった。私が少しでも弟に近づくと、すぐに私を遠ざけた。正直、この頃、弟を「除く」ことを諦めようかと思うこともあった。だって、まだ小さい彼は白くてぷくぷくしていて、香りも良くて柔らかく、とても可愛かったから。でも、あの日、彼がフォークを持って、おばあちゃんの目に突き刺したあの日までは。
弟は今、自分でお箸やフォークを使って食べる練習をしている時期だった。私が洗面所で手を洗っていると、突然リビングから悲鳴が聞こえた。慌てて駆けつけると、おばあちゃんが床にうずくまり、手で目を覆っていた。指の隙間からは真っ赤な血が溢れ出していた。弟は赤ちゃん用の椅子に座り、大喜びしていた。まるで、とても面白いものを見つけたかのように、楽しそうに笑っていた。ぼんやりと見ていると、彼の笑顔が前世で私を階段から突き落としたときの、あの歪んだ笑みと重なった。私はすぐに前に飛び出し、彼に思い切りビンタを食らわせた。怒りが込められたそのビンタは強烈で、彼の体がぐらつき、次の瞬間には耳を裂くような泣き声が響き渡った。すぐに異変に気づいた。彼の耳のあたりから、少しずつ血が流れ出していたのだ。突然、強い力で私は押し飛ばされ、頭をコーヒーテーブルに激しくぶつけた。頬の痛みには気づかないままだった。父が大声で泣き叫ぶ弟を抱き上げ、私に向かって殺気立った目を向けた。「美奈、死にたいのか!」父の怒りは、私を燃え尽きさせるほど強烈だった。恐怖で体が震え、私は腕で自分を抱きしめ、言葉を発せずただ首を振るばかりだった。母の焦った声が聞こえたとき、ようやく私はそっと顔を上げた。しかし、その光景は私を殺すよりも辛かった。母は慌てて弟を抱きしめ、「大丈夫、どこが痛いの?」と何度も繰り返し、涙が次々と床に落ち、それが私の心にも重くのしかかった。母は一度も振り返って私を見てはくれなかった。冷たい。なぜこんなに冷たいのか。もう冬になったのだろうか。耳元には父がおばあちゃんを支え、母が弟を抱きしめる音が聞こえ、しばらくして部屋は静かになった。私は頭を上げ、空っぽの部屋を見つめた。瞬間的に、この世に私しかいないように感じた。
おばあちゃんの左目は失明し、弟は医師の素早い対応で聴力は保たれたものの、耳鳴りの後遺症が残ってしまった。事態が落ち着いた。後、私は寄宿学校に送られた。寄宿学校には、1週間に1度、2週間に1度など、帰宅の頻度が違うところもあるが、私が送られた学校は1ヶ月に1度しか帰れないところだった。前世でも弟が原因で寄宿学校に送られた。「食うか食われるか」が社会の常識であり、学校でもそれは変わらなかった。学校ではトイレに頭を押しつけられたり、服を剥がされて写真を撮られたりした経験が、再び頭をよぎった。私は必死に両親に泣きついて懇願したが、おばあちゃんに平手打ちをくらった。「まだ演技してるのか。こんなに小さいくせに、なんて悪意のある子だ。泣く資格なんてない!お前のせいで私の目が見えなくなったんだぞ!」私はその一撃に呆然とし、さらに彼女の断言に頭が混乱した。おばあちゃんは私を「厄介者」と罵り続け、最後には平手打ちがどんどん重くなっていった。それでも母が「子供にそこまでしなくても」と一言言って、ようやくおばあちゃんは手を止めた。「行きなさい」これは私が家を出るとき、母が私に言った唯一の言葉だった。私は「厄介者」というレッテルを背負ったまま、寄宿学校に入った。
消防隊は迅速に到着し、すぐに火は消し止められた。私は霊体となって空中に浮かび、地上を見下ろしていた。部屋には焦げた肉の匂いが漂い、消防士が二つの黒焦げの遺体を引き出した。その場面を見ると、母は取り乱し、気を失った。おばあちゃんは地面に座り込み、私と母が「不幸を招く者」だと罵り続けていた。そして、父は到着した警察に連行された。おばあちゃんは泣き叫び、道を塞いで警察に抗議していた。そうよ、行かないでよ。お父さんにあげるプレゼント、まだ持って行ってないから。現場に残っていた調査員たちは、すぐに私の部屋から一冊の日記を見つけた。その中には、私と母が何年にもわたって受けてきた屈辱の数々、そして父の浮気の証拠や、父が「冗談」と称して話していた保険金詐欺の計画などが記されていた。その内容が真実かどうかなんて、誰にも分からない。だって、死者は嘘をつかないからね。おしまい
今日は俊一と約束した実行の日だ。彼は父とおばあちゃんをうまく外出させていた。家の中は静まり返り、弱った母が昼寝しているだけだった。計画では、母がちょうど眠り薬で意識が朦朧としている間に、私はドアの見張りをし、彼が中に入って毛布で母を窒息させることになっていた。一見完璧に見えた計画だが、予想外のことが起きた。彼の「彼女」が突然家に現れたのだ。艶やかに着飾った女性が、私を一瞥してから俊一の腕に絡みついた。俊一は初め不機嫌そうだったが、すぐに彼女に誘われて部屋へと消えていった。ドアが閉まる瞬間、彼女は私に向かってそっとウインクした。私は冷笑を浮かべた。俊一は私が愚かだとでも思っているのか?彼の計画は彼一人で完遂できる内容だった。それなのにわざわざ私を巻き込んだのか。その理由は、母を殺すだけでなく、私に罪をなすりつけようという魂胆だったに違いない。私は母の部屋に入り、彼女の白くなった寝顔をじっと見つめた。以前はよく笑っていた母だったが、その笑顔もだんだんと消え、代わりにシワが増えていった。人生は長いのだから、母には人間らしい幸せを味わってほしい。こんなクズたちに苦しめられるべきではない。ドアをノックする音が静かに聞こえ、私はドアを開けた。艶やかな化粧を施した彼女の顔がそこにあり、待ちきれない様子で手を差し出した。「終わったわよ。じゃあ、お金は?」私は彼女に一束の現金を放り投げた。「さすが、昔のクラスメイトね。今度またこんな仕事があったら教えてよ。割引してあげるから」彼女の言葉には応じず、ただ静かに見つめていた。彼女の顔には厚化粧が施されていたが、その声は、かつてトイレで私を取り囲んだ時とまったく同じ傲慢さがにじんでいた。部屋は再び静まり返り、私は携帯電話を取り出して連絡をつけ、すべての手配を終えた後、俊一の部屋に向かった。軽い寝息が聞こえてくる中、私は枕を持ち上げ、彼の顔に押しつけた。突然、枕の下で激しい抵抗が起こり、私は足元がふらついて床に倒れこんだ。「やっぱりお前が悪だくみしてたんだな!俺を殺そうとしたな。ぶっ殺してやる!」彼は何度も立ち上がろうとしたが、薬のせいでうまく立ち上がれない。「ははは、ピエロだな。お前、笑えるよ......」彼は口汚く私を罵り、殺してや
「どうだ、話は簡単だろう?彼女さえいなければ、この家は俺が牛耳れるんだ。もう誰にも邪魔されない。お前が協力するなら、家の一部屋を譲ってやってもいいぜ」「そういえば、まだ彼女いないだろ?私の知り合いにすごく美人がいるんだが......」私は彼の話を遮り、ぼそっと言った。「お前は彼女を殺したいってわけか。でも、父さんとおばあちゃんが......」「お前、頭が本当に悪いんじゃないのか?おばあちゃんが母を嫌ってるのは知ってるだろ。母がいなくなれば、むしろ喜ぶさ。父だって、これで堂々と女の同僚と一緒にいられるんだ。彼女が死ねば、みんなが喜ぶんだよ」俊一は計画を語りながらますます興奮し、その目には狂気に満ちた光が宿っていた。「いいよ、じゃあその計画で進めよう」私が振り返って立ち去ろうとした時、彼は我慢できずに尋ねた。「その知り合いの女って......」私は彼のたくましい腕の筋肉を見ていた。「後で彼女のLINEを送ってやるよ」
それは、私がまだ幼かった頃のことだった。喉が渇いて水を欲しがった時のことだ。ちょうど沸かしたばかりの熱湯を、母は二つのカップの間で慎重に移し替えていた。私は母が手元に集中しているのを見て、彼女を突き飛ばした。母は倒れ、カップの熱湯がその身に降り注いだ。「痛っ......」母が苦痛に叫ぶ中、私はとても嬉しくて笑っていた。母は痛みを堪えながら、私の前にしゃがみこんで優しく言った。「美奈、そんなことしちゃだめよ。もしあなたが火傷していたらどうするの?」私は素直に頷いたものの、他人が苦しむ声に酔いしれていた。おばあちゃんが「女の子なんて役立たずだ」と嫌味を言っていた時、私はこっそりとカッターナイフを取り出し、彼女の腕を切りつけた。腕から血がポタポタと床に滴り、赤い血の花が咲いてとても美しかった。それだけでは物足りなくて、もっと血の花を見たかったけれど、父に手を叩かれてナイフを落としてしまった。「お父さんなんて嫌い、大嫌い、死んじゃえばいいのに」それは、母が私を初めて叩いた時だった。震える手で私の頬を打った彼女の顔には、涙が一面に流れていた。父が小声で呟くのが聞こえた。「医者が言っていたことは本当だった。この子は本当に産むべきではなかったのかもしれない......」しかし、母は信じなかった。彼女は何度も私に「優しくしなさい」「みんなと仲良く」「命を大切にしなさい」と教え続けた。私はいつも大人しく頷き、母の言う通りにしていたけれど、どうしても心からの喜びを感じることはできなかった。心の中で何かが叫び続けていた。すべてを壊したい、滅ぼしたい、そして誰かを苦しめたいと。公園で子供を押し倒したり、わざと道行く人を足で引っ掛けたり、家の中で鋭利なものをどうにかして両親に当たるように仕向けたりしていた。母の目から光がだんだんと失われていくのがわかった。しかしある日、母の目に再び光が戻り、嬉しそうに「弟か妹ができるのよ」と私に告げた。その笑顔が私の目に刺さるようで、たまらなく痛かった。私は大声で叫び、周りの物を片っ端から叩きつけ、最後に家を飛び出した。大雨が私の体を濡らし、冷たい寒さが全身に染みわたり、体が震えた。意識はだんだん遠のき、体は寒くなったり暑くなったりして、気分が悪くて仕方なかった。
学校の先生が家で事件があったことを知らせてくれた時、反射的に「また俊一が何かやらかしたのでは」と思った。救急室で横たわる母を目にした瞬間、膝の力が抜けて、その場に崩れ落ちそうになった。母はベッドの上に静かに横たわり、酸素マスクが顔のほとんどを覆っている。その顔色はシーツと同じくらい白かった。医師によると、流産による大量出血が原因で、出血は止まったものの、しばらく入院して様子を見る必要があるとのことだった。おばあちゃんは「また余計な金がかかるわね」と不満げに呟き、父はいつも通りの無表情で何も言わなかった。流産?どうしてそんなことが起きたのか。私はゲームに没頭している俊一をじっと見た。彼はゲーム相手に毒づきながら、口汚く罵っていた。私は彼のスマホを蹴り飛ばした。「てめえ、何してやがる!?」彼は凶悪な顔つきでこちらに飛びかかってきた。「お前だろう、またお前の仕業だ、そうだろう?」彼は私の意図を理解したようだった。不敵な笑みを浮かべていた。「俺だよ、だからどうした?あの歳でまた妊娠して、俺の代わりを生むつもりだったのか?バカじゃないのか」「最低だ、畜生め!」彼は私の襟を掴み、引き寄せながら吐き捨てた。「俺が畜生だって?お前も同じだろ。俺の時だって、お前はあいつを突き飛ばしたんだろう?俺より偉いってわけじゃないんだよ」酸素が薄れていくように感じ、頭が激しく痛んだ。かすかな叫び声が耳元で聞こえた。意識が遠のく前に、ベッドで青白く横たわる母の姿が見えた。すると、忘れていた記憶が次々と蘇ってきた。思い出したのだ。
俊一の年齢が、彼にとって最も強力な保護となった。彼はすぐに家に戻ってきたのだ。「このクソ女!!」彼は私に飛びかかり、取っ組み合いが始まった。俊一は体が大きくても、まだ大人の力には及ばない。私はすぐに彼を押さえ込んだ。抑えきれない怒りと悔しさをこめて、拳を彼に叩きつけ続けた。帰宅したばかりの両親に止められなければ、本当に彼を殺していたかもしれない。私は家族に囲まれている俊一を冷ややかに見つめ、内心では何も感じなかった。どれだけ悪事を働いても、どれだけひどいことをしても、許され守られる人がいる。それが「男の子」であり、ただその理由だけで。顔を殴られ青紫になった俊一は家族の関心を一通り受けた後、またしても得意げに振る舞い始めた。「中村静香、どこに行ったんだ?あの女のせいで、俺がこんな目に遭ってるんだぞ」「怒らないでね。あの子ならもうとっくに追い出しておいたよ。小さいくせにうちの俊一を誘惑するなんて、ろくな大人にならないに決まってるからね。毎日、彼女の家の前で悪口を言ってやったのさ。おかげで近所中があの子がどういう子か分かってるよ」「なんだって??」二人の男の声が同時に響いた。一人は驚愕で、もう一人は怒りの色を含んでいた。父は自分の母がそんな厚顔無恥なことをしていたとは思いもよらなかったから驚いていた。そして俊一は、「彼女を追い出しただと?じゃあ、これからどうやって楽しめって言うんだよ」ずっと黙っていた母は、顔色がみるみるうちに青ざめ、生気が抜けたように信じられない思いで自分の息子を見つめていた。彼女は子供が間違いを犯しても、時間をかけて導いてあげれば立ち直れると信じていた。しかし、ヤコブ症候群の影響を甘く見ていたのだ。「性根が腐っている人間が、変わるなんてありえない」「おせっかいなババアが、余計なことしやがって」私はこの奇妙な家族のやり取りにもう飽き飽きしていたので、振り返ることなく自分の部屋に戻った。ドアが閉まった瞬間、足の力が抜け、私はその場にしゃがみ込んだ。俊一が刑務所に入らないということは、いつかまた彼に殺される運命にあるということだ。この家の中では、いつか命を落とすか分からない。まだ俊一にどう対処するか考えがまとまらないうちに、今度は母に異変が起きた。
ああ、惜しかったわね。部屋の緊張した雰囲気は少しだけ和らいだ。「美奈!!!」怒りに満ちた顔で父が飛びかかってきて、手を高く振り上げたが、母が必死にその腕を抱き止めた。母は涙で顔を濡らし、苦しそうに言葉も出せず、ただ黙って父に向かって首を横に振り続けた。前世で死ぬ間際、この家で一番恨んでいたのは母だった。弟が生まれてから、彼女の愛はすべて弟に向けられたからだ。どれだけ母を愛していたか、その分だけ憎んでいた。再び生き直した今になって、盲目的だった私の目はようやく本当のことを見抜いた。本当に恨むべき相手の第一位は「悪魔」俊一、そしてその次が「透明人間」みたい父だ。弟が生まれる前から、おばあちゃんが母に嫌味を言っても、父はすべてを見て見ぬふりだった。おばあちゃんがくだらない理由で私を叱りつけても、父は私を擁護することもなく、むしろ偽善的に説教をした。彼はまるで舞台裏の人物のようで、舞台で誰が騒ごうと、ただ静かに眺めているだけだった。もし父が怒りを表すとすれば、それは「役者」が彼に影響した時だけだ。今、私はちょうど彼に「石」を投げつけたのだ。彼は私を叱ろうとしたが、警察に阻まれた。結局、俊一と私はそれぞれ容疑者と通報者として連行され、事情を聞かれることになった。証拠は明白で、俊一も自白したため、大きな罰ではなかったものの、少しでも苦しむことができれば良しとした。自分の賢さに満足していたその時、私は思いもよらぬ展開で打ちのめされた。
数日後、警察が家に訪ねてきた。「お前だろ?絶対にお前が通報したんだろう?」突然の一言で、皆の視線が一斉に私に向けられた。それに続いておばあちゃんが口を開いた。「ほらね、やっぱりお前が戻ってきてからろくなことが起きないんだ。この厄介者め、絶対にまた何か企んで俊一を害しようとしているんだよ。最初から川にでも放り込んでやればよかったのに」頬に平手打ちが飛んできて、すぐに腫れ上がった。口元を少し動かすだけでも鋭い痛みが走る。普段は腰が痛いだの背中が痛いだの言っているおばあちゃんも、俊一のためとなると急に戦士のように豹変した。警察が、顔を真っ赤にし目をむいて怒るおばあちゃんを引き留め、場の雰囲気が落ち着き始めたところで、私はこのまま終わらせる気にはなれなかった。「そうよ、私が通報したの。それで何か問題でもある?」彼女の目はさらに大きく見開かれ、私は微笑んだ。「おばあちゃんの大事な俊一がどんな罪を犯したか知ってる?法律を犯したのよ。ふふ......」おばあちゃんの目から力が抜け、彼女はその場に倒れ込んだ。私はさらに楽しくなり笑い声を上げると、部屋の中は一気に混乱し始めた。年齢的に高血圧や心臓病などの持病を持つ人も多く、一度倒れたらそのまま目を覚まさないかもしれない。みんながツボを押したり、救急車を呼んだりして懸命に対応していた。そして、ようやく長い溜息とともにおばあちゃんは意識を取り戻した。
私は彼の言い訳には全く応じず、震えるその女の子を引き上げて外に連れて行こうとした。俊一は山のような体でドアを塞ぎ、険しい顔でこちらを睨みつけた。「出て行かせないぞ」私は無視して、再び通り過ぎようとしたが、彼に強く押し返されて床に投げ出された。手のひらがひりひりと痛み、擦りむけているのが分かった。無言で冷ややかな表情を浮かべながらゆっくりと立ち上がり、キッチンから果物ナイフを取り出した。「道を開けなさい。もう一度は言わない。私が本気でやらないと思う?」彼がどれだけ怖くても、今はまだ中学生で、前世でのあの冷酷で狡猾な大人には成長していない。私の狂気に満ちた姿に明らかに驚いていた。数秒間の呆然とした後、彼は女の子をじっと睨みつけた。「もし外で変なことを言えば、お前がスカートで俺を誘惑しようとしたって言ってやるぞ。周りのみんなに、どんなやつかばれるぞ。お前の親も恥をかくに違いない」私は背後の女の子の表情を確認することはできなかったが、俊一は続けて言った。「助けても無駄だよ。彼女は俺の姉だ。もし俺に何かあったら、彼女もただじゃ済まないんだから」俊一は年端もいかないのに相当な策略家で、この一言で女の子を怯えさせ、私にもプレッシャーをかけてきた。だが......彼は再び生まれ変わった私の目的が、彼に復讐することだとは知らないのだ。