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第9話

鈴音は呆然としたまま立ち尽くし、司がなぜ先ほどから自分の腹を見つめていたのかをようやく理解した。恥ずかしさで顔が真っ赤になた。

「副社長様、そんなことではないんです。ただ朝食を食べ過ぎて、胃の調子が悪いだけで......」

司は鈴音を見下ろし、ようやく彼女をじっくりと観察する余裕ができた。

あの日、バーで酔っ払ってキャミソールドレスを着て、自分に大胆に絡んできた妖艶な姿とはまるで違う。

今回は灰色のスーツに身を包み、スレンダーな体が際立つ。足元には淡い色合いの細いハイヒールを履き、髪をきちんとまとめたOLの姿だ。

彼女は頭を低くし、目を合わせることすら避けているようで、そのかすかな香りがふと司の鼻をくすぐる。

司の下腹部が反応した。

この女がどれほど魅惑的か、彼はすでにホテルの一夜で十分に理解していた。

「裕之は俺の甥だろ?俺をおじさんと呼ぶべきじゃないか?」司は嘲るように微笑み、鈴音にさらに近づく。「あの時バーでそう呼んでいただろう?」

鈴音の頭は真っ白になった。

あの夜、彼女は本当に裕之と義母に追い詰められ、やけっぱちでバーに行き、裕之への復讐心で司に近づいた。だが、その後深く後悔し、まさか司と再び関わるとは思っていなかった。

半月以上が経ち、司もあのことは忘れていると思っていたのに。

「つ、司おじさん、本当にごめんなさい」鈴音は後ずさりし、足が震えていた。「あの時はおじさんが誰だか知らなくて、ただ見た目がかっこよかったから、一瞬の気の迷いで......」

司は何も言わず、ただ鈴音をじっと見つめていた。

その場の空気は重く、鈴音は心臓が張り裂けそうだった。

司が指を引っ込めるのを見て、鈴音はようやく一息ついた。

だが次の瞬間、司は気だるそうに言った。「聞いた話だと、君と裕之は結婚してもう一年以上だそうだな」

鈴音は彼の言いたいことを理解していた。

どうして結婚して一年以上経っているのに、君はまだ純潔なのかということだ。

鈴音は裕之の浮気を思い出し、淡々と「うん」とだけ答え、無理に笑みを浮かべて話題を切り替えようとした。

「副社長様、実はお返ししたいものがあるんです」

鈴音はバッグを探りながら、袖口から出てきたカフスボタンを返そうとしたが、その時タイミング悪く電話が鳴った。

電話の相手は妹の菅野リンだった。

鈴音は司に一言詫びを入れ、一歩離れて小声で電話に出た。

「どうしたの?」

「お姉ちゃん、何回も電話したのに、なんで出なかったの?」

「今日はちょっと忙しくて、携帯をマナーモードにしてたの。何かあった?」

「ママの足が骨折したって知ってる? 私、本当は大事なオーディションがあったのに、それをキャンセルしてお見舞いに来たんだから!」電話越しに不満をぶつけてくるリンの声が続いた。「すぐに病院に来て、できるだけ現金を持ってきてよ!」

数言で状況を理解した鈴音はすぐに電話を切った。

「副社長様、申し訳ありませんが、急用ができたので先に失礼します」鈴音は母親のことを気にかけながら、急いだ口調で説明した。「家族が少し事故に遭ってしまって......」

司もそのやり取りを聞いていたようで、鈴音の焦った様子を見て、追及するのをやめた。「わかった。行ってきなさい」

「ありがとうございます、副社長様」鈴音は急いでその場を後にし、カフスボタンを返すのをすっかり忘れてしまった。

佐藤は仕事が早い。

司が出てきた時には、すでにスイスの代表を送り出していた。

「副社長様、あの植物の検査結果が出ました」佐藤は資料を司に差し出し、興奮を隠しきれない声で報告した。「ご推測の通りでした!」

司は書類をめくり、視線を下に移していった。

重要な検査数値を目にしても、佐藤のように興奮することはなく、ただ冷静に一言。

「我々が見つけたのなら、他のチームも見つけるだろう。すぐに手配し、契約を結ぶために海外に行く。誰よりも早く署名を済ませるぞ」

佐藤は一瞬黙り、難しそうな顔をした。

司は彼を一瞥し、眉をひそめた。「簡単な指示すらできないのか?」

「いえ、副社長様、これが思ったよりも難しくて」佐藤の表情は重かった。

「その村の住人はウクベク語しか話せません。しかし、この小言語は書物に記載されていないため、世界中どこにも翻訳者がいないのです」

司の顔が暗くなった。

そういえば、この村の言語がなければ、あの植物はとっくに他の人々に買われていただろう。

しばらく考えた後、司は指示を出した。「翻訳学院の教授や学生に当たってみろ。言語が存在する以上、何らかの手がかりはあるはずだ」

「かしこまりました。すぐに手配します」佐藤は頷いて答えた。

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