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第2話 罠にはめられた

彼女はようやく昨夜の出来事を思い出し始めた。昨晩ベッドに押し倒されたとき、彼女は緊張して全身が硬直していたが、その男は低い声で耳元に囁いた。

「力を抜けよ」

そうだ、時久の声は冷たい感じで、この男とは全然違っていた。

「な、なんでこんなことに…」

紅葉はベッドに散らばった写真を見つめ、顔色はフラッシュライトの光よりもさらに青ざめていた。

昨夜自分を抱いた男は誰だったのか?

「森吉さん、磯輪さんとは幼なじみだと聞いていますが、なぜ彼を裏切ったのですか?」

「単なる浮気ですか?」

記者たちは紅葉のことを一切気にせず、刺激的なスクープを得るために執拗に質問を投げかけ、フラッシュが彼女の身体と表情を無遠慮に照らし続けた。

「出て行け!出て行けよ!」

紅葉は崩れかけたように叫びながら、手を振って記者たちを追い払おうとした。

しかし、どうしても追い払うことができなかった。

さらに記者の一人が尋ねた。

「紅葉さん、その体のキスマークはどうしたんですか?」

その問いに紅葉は限界を超え、刺激されて気絶してしまった。

ホテルの向かい側の道路に、黒いマイバッハが停まっていた。

後部座席の窓がゆっくりと下がり、冷たく無表情な男の半顔が現れる。彼はホテルの外に目を向け、記者に囲まれて出てきた時久を見つめ、その眼差しはさらに深まった。

「時」

女の甘く親しげな呼び声が耳に残るかのように響き、彼は指先をいじった。まるでそこにまだ女性の温もりが残っているかのようだった。

時久、森吉家の養子、そして森吉グループのCEO…

やがて、男は静かに口を開いた。

「磯輪時久について調べろ」

「わかりました」

一時間も経たないうちに、「森吉家の娘が夫を裏切り密会」、「森吉紅葉の不倫が明るみに」などの見出しが各ウェブサイトに一斉に出現した。

下には時久が浮気の現場を押さえ、紅葉の露出シーンを含むいくつかの動画が添付され、ネット上で大きな波紋を呼んだ。

森吉家が所有する森吉グループは、令嬢である紅葉の不品行が原因で株価が急落し、ほとんど限界ラインまで落ち込んだ。

一方、紅葉は使用人の助けを借りて何とか家に戻った。

彼女の電話番号はネット上に流出し、無数の電話やメッセージで回線がパンク状態になり、全く使えなくなっていた。使用人の携帯電話を借りて時久に電話をかけ、説明しようとしたが、時久は一切電話に出なかった。

紅葉は冷たい水で満たした浴槽に身を沈め、体を必死に擦り続けたが、どれだけ肌が赤くなるほど擦っても、昨夜の男の残した痕跡は消えなかった。

時久が去るときの冷たい眼差しを思い出すと、紅葉は絶望で泣きたくなった。

どうしてこんなことになってしまったの?

どれくらいの時間が経ったのかもわからないが、隣に置いていた携帯電話が鳴り、紅葉は慌てて取り上げた。

「…時久さん」

「市役所に来い!」

時久はそれだけ言うと電話を切った。

紅葉はその時、浴槽に長時間浸かっていたことに気づいた。彼女の体は白くなり、見るも無残な状態だった。

彼女はふらつきながら浴槽から出て、クローゼットから服を選んで着替えた。役所に向かう途中、顔の憔悴と青白さをファンデーションで隠した。

時久に会ったら、しっかりと説明しなければ。絶対に離婚なんかさせてはならない!

京ヶ崎の役所に到着した紅葉は、すぐに入り口に立っている時久を見つけた。彼は黒いスーツを着て、冷たい表情をしていた。

周囲に記者はいなかった。どうやら事前に手配されていたようだ。

「時久さん、話を聞いて」

紅葉は走り寄って時久の腕を掴み、涙で赤くなった目で訴えた。

「昨夜、時久さんがランティンホテルで女性と一緒にいるっていうメッセージを受けたの。それに携帯の位置情報もそこにあったから、私は…」

時久はすぐに携帯を取り出し、昨夜の行動記録を見せた。その目は冷たかった。

「客をホテルに送っただけだった。10分もしないうちに出たぞ」

紅葉は彼の行動記録を見つめ、その場でふらつき、倒れそうになった。

まさか昨夜、誰かに罠にはめられた?

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