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カッコイイ吹石さんはアプローチもお手の物
カッコイイ吹石さんはアプローチもお手の物
著者: モナ・リウサ

第1話 時久じゃなかった!

「森吉さん、磯輪さんがある女性とホテルリソハ2588号室にいるのを見かけました」

紅葉は息を詰め、エレベーターが上昇するのを待っていた。

彼女はミュンヘンで1か月の出張を終え、帰国したばかりのところ、突然こんな妙なメッセージを受け取ったのだ。

最初は誰かの悪ふざけだと思い、無視していたが、飛行機を降りた後、夫に電話を何度かけても繋がらず、携帯の位置情報がホテルリソハを指していた。

だから、紅葉は慌て始めた。

2588号室の前に到着した紅葉は、驚くべきことにドアが半開きになっていた。

その瞬間、背後から強く押され、彼女はよろめきながら暗い部屋に転がり込んだ。足がやっと地面に着いたとき、熱い体が彼女に迫り、扉に押し付けられた。

「時久さん?」

紅葉は試しに呼びかけた。

相手は答えず、暗闇の中で紅葉の唇を見事に見つけ出し、激しく熱いキスをしてきた。

半開きの部屋に入った瞬間、いきなりのキス……

紅葉はすぐに状況を理解し、二人が久しぶりに会ったから、時久がこんな演出をしたのだと思った。

そのため、心の警戒を解いて、男を甘く抱きしめて応じた。

紅葉が目を覚ましたとき、カーテン越しに朝日が差し込み、裸の腕には無数のキスマークが残っていたが、心は甘い喜びで満たされていた。

彼女は時久と結婚して1年が経ったが、仕事の都合で一緒にいることが少なく、まだ夫婦関係を持っていなかった。

昨夜、ついに一緒に過ごすことができたのだ。

「時久さん……」

紅葉は身を翻し、時久に対して驚かせすぎだと責めるつもりでいたが、隣のベッドが空っぽで、ぬくもりすら感じられないことに気づいた。彼はすでに立ち去っていたらしい。

ベッドにはT社が発売した「無暇な恋人」シリーズのペンダントが置いてあった。これは期間限定の品物で、入手するにはかなりの手間がかかると言われていた。

彼がちゃんとプレゼントを残してくれたことに少しホッとした紅葉は微笑んだ。

しかしペンダントを手に取り、身に着けた瞬間、ドアが突然激しく蹴り破られ、カメラを持った記者たちが部屋に押し入ってきて、ベッドを取り囲んだ。

「カシャカシャ」

フラッシュが紅葉の半裸の体に容赦なく浴びせられた。

「森吉さん、出張から戻ったばかりで大胆にもホテルで情人と密会ですか?磯輪さんとは関係が冷え切ってしまったということでしょうか?」

「すでに離婚していますか?」

「森吉さん、質問に答えてください!」

「……」

記者たちの突然襲撃と、その悪意に満ちた質問に紅葉は混乱し、後退し続けた。

細い体はベッドヘッドに押し付けられ、顔には驚きが広がっていた。

「な、何を言ってるの、昨夜私は夫と一緒にいたのよ!」

紅葉は薄い布団を体にしっかりと巻きつけ、手でドアの方を指さしながら叫んだ。

「出て行って!」

「紅葉!」

その瞬間、怒りを含んだ冷たい声が部屋に響き渡った。

紅葉は目の前が暗くなり、顔を上げたときには、夫が自分の前に立っていた。いつもの優しい笑顔はなく、代わりに暗い表情が浮かんでいた。

「時久さん、丁度よかった」

紅葉は彼が朝からいなくなったことを気にする暇もなく、彼に近寄り、その腕をつかんだ。

「昨夜のあれは、私のためのサプライズだったんでしょ?この人達が不倫だなんて……」

紅葉が言い終わる前に、彼女の顔に強烈な平手打ちが飛んできた。

その衝撃で彼女はベッドに倒れ込み、頭が真っ白になった。

時久は一束の写真を紅葉の顔に叩きつけた。その鋭い端が彼女の頬を切り裂き、血がにじみ出た。

「明日朝9時、市役所で会おう」

彼の声は冷たく、言い放つと同時に背を向けて部屋を去った。まるで彼女を見るだけで嫌悪感を感じるかのように。

紅葉はしびれるような痛みの走る頬を押さえ、目の前に散らばった写真に目をやると、2588号室から出てくる男が写っていた。横顔だけだったが、この人は明らかに時久ではなかった。

男が部屋を出たのは今朝6時頃。

紅葉はその写真を握りしめ、体全体が震えた。

昨夜の男は、時久じゃなかった!

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