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第3話 汚れているから

時久は紅葉を市役所のホールに引き込み、彼女を椅子に押し込んだ。そして冷たい口調で言った。

「離婚だ」

「嫌だ!」

紅葉はショックから我に返り、時久の腕を必死に掴んで哀願する。

「お願いだから離婚しないで…私たちは幼馴染でしょう?時久さんを愛しているの。もう私には時久さんしかいないのよ」

「汚れた女が引っ込んでろ」

紅葉の頭の中で何かが炸裂し、体は椅子に崩れ落ちた。掴んでいた彼の袖も力なく下がった。

汚れているから?

その時、波打つ長髪の、妖艶で成熟した女性が慌てて入ってきた。

「磯輪さん、必要な書類をお持ちしました」

その女性を見て、紅葉は希望を抱く。

「萌美、時久さんに離婚しないよう言っといて。昔、私と時久さんが喧嘩したときも、萌美が仲裁してくれたじゃない」

萌美は時久と大学が同じで、三人は仲良くしていた。

紅葉が時久と口論したときは、いつも萌美が時久を説得し、彼はすぐに戻ってきて彼女を慰めてくれた。今回もそうなると信じていたのに。

萌美は困った顔を見せた。

「紅葉と仲良しなんだけど、でも紅葉はホテルで…あんなことをしたんだから、今回は無理だわ」

二人が話している間に、時久は書類を広げて言った。

「サインしろ」

紅葉は一瞥し、すぐに思い出した。結婚前、時久が彼女に保障を与えるために契約書を作成させたことを。もし彼が結婚中に浮気したら、共有財産を何も持たずに家を出るという内容だった。

「嫌!嫌だ!」

紅葉は必死に首を振った。

「何でもするから、お願いだから離婚だけはしないで…」

紅葉の懇願にもかかわらず、時久は冷たかった。

彼は強引に彼女にペンを握らせ、書類にサインさせた。そしてスタッフに再度確認を取った。

「離婚手続きを」

入ってから2分も経たないうちに、離婚証書が紅葉の手に放り投げられた。

「時久さん!」

紅葉は男の冷酷で決意に満ちた背中を見つめ、嗚咽しながら追いかけたが、彼と萌美が車に乗り込む姿を見届けた。

気のせいなのか?萌美が時久にキスしたように見えた?

紅葉が呆然と車を見つめていると、彼女の携帯電話が鳴った。病院からの連絡だった。

「森吉さん、お祖母様が危篤です。すぐに病院に来てください!」

「何ですって!?」

紅葉は涙を拭い、タクシーを拾って病院に急行した。

昨年、両親が事故で亡くなってから、祖母は肺病で入院しており、時久は彼女のそばにいて支えてくれていた。

しかし今では…

紅葉が祖母の病室に到着すると、彼女の状態は数日前よりもさらに悪化しており、今にも息が絶えそうだった。

紅葉が口を開ける前に、祖母はベッドから起き上がり、手を振り上げて紅葉の顔を平手打ちした。

「言ったでしょう、時久は森吉家の養子だ、彼を愛するなと。それなのに聞かなかった!今になって、あんたのせいで森吉家の心血がすべて無駄になった!」

紅葉の顔の傷はようやく治りかけていたが、祖母の一撃でまた傷口が開き、血が流れ出して、ひどくみじめな姿になった。

「おばあちゃん、森吉グループはまだ私の手にあるよ」

たとえ離婚して無一文になったとしても、彼女の持っているグループの株は離婚に影響されない。彼女はまだ森吉グループ最大の株主なのだ。

しかし祖母は怒りに満ちて新聞を紅葉に投げつけた。

「自分で見てごらん」

紅葉は新聞を広げ、今朝7時に発表された経済ニュースのトップ記事を見た。そこには、時久が森吉グループの63%の株を所有し、完全にグループを支配しているという内容が書かれていた。

紅葉はその文字を目を見開いて見つめ、信じられかった。

「どうして彼がそんなに株を…?」

紅葉はすぐに思い出した。結婚してから1ヶ月後、時久がグループの再編を理由に、次々と彼女に株を要求してきたことを。

二人は結婚していたので、それは共同財産であり、彼女は疑いもせずに時久に株を渡していた。

しかし、時久は彼女の信頼を利用して森吉グループを奪ったのだ!

「愚かな孫だわ。男にいいようにされて、みっともないわ」

祖母は紅葉を激しく罵った。

突然、祖母の顔色が苦しげに変わり、胸を押さえてベッドに倒れ込んだ。

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