彼は腕を車窓から差し出した。細長い指でティシューのパックとわこに渡した。彼女は少し戸惑いながらも、いらないと言うつもりだったが、まるで何かに唆されたかのように受け取った。「ありがとうございます」ティシューパックには彼の手の温もりが残っていた。彼はすぐ目線を彼女の顔から外し、車窓も閉じられ、車は速いスピードで走っていた。朝10時。三千院グループ。社員は依然として、自分の持ち場で仕事に励んでいた。給料が一か月以上も支払われていないにもかかわらず、三千院グループは歴史を誇る企業であり、ネット上でネガティブなニュースが流されていても、社員たちは諦めずに、最後まで会社と共に生きようとしていた。もし会社が借金を膨らませていたことをとわこが知らなければ、目の前の平穏な光景が偽りだとは想像すらできなかっただろう。とわこは副社長の田中と共に会議室へ向かった。弁護士はとわこが入ってくるのを見て、単刀直入に言った。「三千院さん、ご愁傷様です。お父上に託され、これから遺言状を公表させていただきます」とわこは頷いた。弁護士は書類を取り出し、落ち着いた声でゆっくりと説明を始めた。「お父上は、不動産を六ヶ所所持していた。場所はそれぞれ…これが書類です。ご確認を」とわこは書類を受け取って、確認し始めた。「他には、駐車位が三か所に」そう言いながら、弁護士先生は別の書類を渡した。「店舗は八軒、そして車十二台あります」実家の財産について、とわこは今まで殆ど知らなかった。その理由の一つは、関心がなかったからだ。もう一つは、父が詳細を話してくれなかったからだ。実際、弁護士から父の財産の詳細を聞かれ今、彼女は内心動揺を隠せなかった。父にはこんなにも多くの財産を持っていたのは予想外だった。こんなにも多くの固定資産を持っていたのなら、何故それを売って治療費にしなかったんだ?「先ほどお伝えした資産以外にも、今私たちがいるこの会社も」弁護士は少し間を置いてつづけた。「お父上は、三千院さんに会社を継がせるつもりでしたが、正直に申し上げますと、現在この会社は赤字が続いています」とわこは弁護士を見つめて尋ねた。「赤字というのは、具体的いくらなんですか?」副社長の田中は鼻にかけたメガネを上に押し上げて口を開いた。「今のところは、1
最終更新日 : 2024-07-05 続きを読む