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第19話

Author: かんもく
last update Last Updated: 2024-07-05 18:47:49
翌日、日曜日、10時半に起きた。

初めて常盤家で朝寝坊した。

部屋から出たとき、客間に男たちがいた。みんなこっちを振り向いてきた。

大き目のナイトドレス、肩に垂れているみだれ髪、白くてきれい顔。

お客さんが来るとは思わなかった。

彼も、お客さんも、彼女を真剣に見つめた。おそらく彼女の出現を予想できなかった。

とわこはドキッとした。

気まずい立場にいると気づいて、体の向きを変え、部屋へ戻ろうとした。

そんな時、三浦婆やがやってきて、彼女の手を取ってダイニングに向かった。

「若奥様、お早うございます。お腹すいたでしょう?部屋に伺いましたよ。ぐっすり寝ていたので、起こしませんでした」

「お早う。あの人達…誰?」どもりどもりと三浦婆やに聞き出した。

「若旦那様の友達です。見舞に来ました。怖いと思ったら、挨拶しなくてもいいですよ」

「わかった」奏に挨拶してないのに、彼の友達へはなおさらだ。

もし、事前にお客さんが来ると分ったら、とっくに起きて、一日中外で遊びに行くわ。

客間に。

奏の友達は皆とわこのことに大きく興味を持っていたようだ。

「奏、さっきの若い子、どうして泊まっていた?お手伝いさんか?それとも…」

「みんな大人だし、奏も男だ。家に若い女がいるのは当たり前のことじゃないか。あははは」

奏から返事なかったので、みんなが状況をわきまえ、その話を続けなかった。

「三千院グループのお嬢さん、三千院とわこを知ってる?あの三千院太郎の娘…」

「知ってるよ。金曜日の夜に電話をもらって、融資を頼まれた。話を聞くわけないだろう?とっとと電話を切ったんだ」

「このとわこはなかなか面白いやつだ。お父さんの借金に関係ないだろう。分かっていたのに、自分で返済しようとするなんて、頭が壊れた?」

「今の若者は考えが甘すぎるのさ。あの会社の新製品、俺はとっくに調べた。絶対無理。無人運転システム、すごそうに聞こえるが、道路の状況は複雑で把握できるわけがないだろう?こんなプロジェクトに投資するなんて、馬鹿に違いない!」

……

ダイニングで食事をしているとわこは、彼らの話を聞いて、複雑な気持ちになった。

食事を済まして、パソコンを持ち出し、近くにある喫茶店で卒論を書くことにした。

今の彼女はあまり余裕がないので、まず勉強と生活に専念すると決意していた。

午後4時ごろ、あるメールが届いた。

コーヒを口にしながら、メールを開いた。

内容を見て、コーヒコップをテーブルに置いた。

もう一度メールを読んだ。

Zという匿名者からのメールだ。

三千院グループの新製品に興味があり、詳しい話を伺いたい。話が上手く纏まれば、投資するとのことだ。

読み終わって、頭の中ではいくつかの疑問が浮かんできた。

メールにはZという文字以外、相手について何の情報もなかった。

協業したいなら、三千院グループに行けばいいのに。

「新しい詐欺の類?」慎重に考えてから、こう返事を書いて送信した。

「三千院さんは面白いね。これは私の資産証明書だ」

添付ファイル:資産証明書.jpg

添付ファイルをクリックして、拡大すると――

目に入るとたん、唖然とした。

それは銀行口座の預金高のスクリーンショットだ。当座預金240億円…

金額があまりにも高かったので、何回か繰り返して数えて、やっと240億円という数字を確信した。

とわこの顔が熱くなり、胸がドキドキし始めた。震えた指でパソコンに返事を書いた。「Zさん、画像処理の腕は大したものだ。でも、やりすぎじゃない?誰が銀行に当座預金240億円を預けるの?」

「どうやったら信用してくれる?銀行口座を教えて、協業の為の頭金を送付してもいいよ」Zからのメール。

「今時の詐欺のやり方はここまでグレードアップされたのか?人の口座が分かれば、お金を盗み取れるのかしら?(ビックリ)」

Zから「……」

とわこは少し考えてから、入金コードのスクリーンショットを添付して送った。

入金コードなら、入金しかできないから安心だ。

相手が詐欺師だとても、損はない。

期待しないが、それでもじっと返事を待っていた。

しばらくして、ケータイの着信音が鳴った。入金のお知らせだ。

開いてみると、なんと、Zから1億円入金済みだ。

……

30分後、田中が駆け付けた。

「とわこ、どういうことですか?本当にZから1億円を入金しました?」

「残高1億円、これはZからの送金です」携帯のスクリーンを見せながら、とわこは説明した。

「このZさんは一体何者でしょうか?すぐアポを取って面談しましょう!」田中は嬉しくてたまらなかった。

「アドレスをもらった。来週金曜の夜に面談する約束をしました」

「よかったではないか!アドレス送って、私も同行させて頂きます」

「はい、すぐ転送します」

Zさんの出現で、とわこは三千院グループの危機をしばらくの間で棚上げしていた。

しかし、毎日不意にこの底知れぬZさんの事を考えてしまう。

一回も会ってないのに、1億円を払うなんて、一体どういうことなのか。Zさんにとって1億円は大したものではないのか、それとも、本当に三千院グループの新事業に興味があるのか。

どっちにしろ、とわこは不思議と思った。

あっという間に金曜日だ。

「今日の夕飯は本邸でするが、時間ある?」朝食の時、奏に聞かれた。

「今日、大学に用事があるので、遅くなると思う」しばらく考えて、口実を付けた。

聞いた奏は眉をひそめ、薄い唇をかみしめて、何も話さなかった。

彼女はほっとした。

Zさんとの約束は夜6時だ。

三千院グループを挽回できるかどうかは、今宵にかけている。

「とわこ、お前は私の妻だ。嘘を許さないぞ。もし僕に嘘をついたら、バレないようにしろ」コーヒコップをテーブルに置いて、奥深い瞳でとわこを見つめながら、奏は生ぬるい声で話し出した。

とわこの体はいきなり引き締まった。

この数日、あんまり口数を交わしなかった。

平和の雰囲気があって、よかったと思った。しかし、今の話はどういう意味?

言い出そうと思ったが、すでに出られちゃった。

後姿を見送りながら、とわこは呟いた。「意味わかんない!」

……

夕方5時40分。

雫バー。

とわこが先に着いた。

電話したら、田中はまだ途中だった。

「とわこ、こっちは渋滞です。いつ着くか分かりませんから。先に行ってください、早く着くように何とかしますから」

不意にとわこは緊張し始めた。

1週間前の約束で、部屋もZさんが事前に予約したのだ。

店員さんに案内されて、VIPルーム606室の前に着いた。

深い息を吸ってから、ドアを開けた。

Zさんはすでに着いている。

うす暗い部屋に、車椅子に座っている男がいた。

とわこは目を丸くした。Zさんは奏だったの?

彼はどうしてここにいるのか?

まさか、彼は……

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    「奏さん、おめでとうございます。男の子ですよ」医長医師は画面に映る特徴を指し示しながら言った。奏は喉を鳴らし、かすれた声で「顔をもう一度見せてくれ」と頼んだ。医長はすぐにプローブを上に動かした。しかし赤ちゃんが体の向きを変え、今は横顔しか見えなかった。「さっき正面の顔を保存しましたよ」医長は保存した画像を開き、「奏さん、息子さんはあなたにそっくりですね。一目で分かりますよ」と言った。奏は赤ちゃんの写真を見つめ、その心に温かさが広がった。初めて子供が生きている人間だと実感した。とわこが以前、医師に薬を使われることを激しく怒った理由も理解できた。彼女は彼よりも先にこの子がかけがえのない命だと感じていたのだ。「後で写真をプリントアウトしますね」医長が続けた。「まずは赤ちゃんの成長具合を確認しましょう」奏は頷いた。しばらくして医者が言った。「少し小さめですね。栄養をしっかり摂って、無理せず休養を取るように」奏はとわこを見つめた。とわこは顔を赤らめ、ベッドから降りて先に部屋を出た。しばらくして、奏もエコー写真を手に出てきた。二人は無言のままエレベーターに乗った。病院内は混雑していて、エレベーターも満員だった。奏はとわこが押されないように、彼女を自分の近くに守るように立った。彼の熱い視線を感じ、とわこは目を伏せた。すぐに一階に到着した。彼は自然に彼女の手を握り、エレベーターを降りた。「とわこ、医者は赤ちゃんの発育が良くないと言っていた」エレベーターを出ると彼は言った。「あと3〜4ヶ月で生まれるんだ。仕事は一旦休んだ方がいい。お金が必要なら、俺が出す」彼女は手を振りほどき、真っ直ぐ彼を見つめた。「医者は仕事を休めとは言わなかったわ」「休養が必要だと言っただろう。君自身も医者なんだから......」彼は再び彼女の手を掴んだ。「妊娠しているからって、仕事をやめる必要はないわ」彼女は彼の言葉を遮った。「体調が悪くない限り、普通に働ける」彼女が仕事を続けたいと言うなら、彼に止める権利はなかった。「これから外出する時は、俺に知らせろ」彼は要求を突きつけた。「妊娠しているだけで、犯罪者みたいに監視されるのはごめんだわ!」彼女は信じられないという表情で言った。「何をするにも報告する必要な

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    彼女は眠いはずだったが、二人の言い争いで完全に目が覚めてしまった。「今から行きましょう!」そう言いながら、彼女は階上へバッグを取りに行った。しばらくして、バッグを手にして戻ってきた。彼は彼女の腹部をじっと見つめ、「とわこ、この家にエレベーターはないのか?」と尋ねた。「ないわよ」彼の考えていることは分かっていた。彼は階段を上ることでお腹の子に負担がかかるのを心配しているのだ。しかし、彼女自身はまったく疲れていなかった。お腹がもっと大きくなっても、二階へ上がれないほどではない。「一階に引っ越すか、エレベーターを取り付けるか、どちらかを選べ」彼は有無を言わせない口調で言った。「どうやってエレベーターを付けるの?私の家を壊すつもり?」彼女は彼を睨んだ。「階段が辛くなったら、一階に移るわよ」そう言って、彼女は外へ向かって歩き出した。彼もその後を追った。ボディガードは二人が出てくるのを見て、すぐに車のドアを開けた。二人が車に乗り込むと、車は病院に向かって走り出した。車内は冷たい空気が漂っていた。突然奏は手を伸ばし、あるスイッチを押した。目の前に仕切りが上がり、運転席と後部座席が完全に分けられた。「……?」「とわこ、この子に問題がないなら、ちゃんと産んでくれ」彼は以前の約束を忘れないように念を押した。「この子は俺のものだ。生まれたら、俺の苗字を名乗り、俺が育てる」とわこは眉をひそめた。「あなたが育てる?本当にちゃんと育てられるの?」「俺には金がある。プロの育児の専門家を雇える」とわこ「前はこんな強引じゃなかったのに。私があなたを殴ったから、恨んで子供を奪おうとしてるの?」「奪う?子供は元々、俺のものだ!」彼の強硬な態度にとわこは言葉を失った。彼がこう言う以上、彼女にはどうしようもなかった。「それに、お前に殴られたことを恨んでいるわけじゃない」彼は冷静に続けた。「ただ、はっきりした。お前は俺の愛に値しない」その言葉は針のように心に刺さり、痛みは鋭くはないが、じわじわと心を締め付けた。彼女は目を伏せた。彼を殴ったことで、彼女は言い返す資格を失った。「とわこ、お前は俺を殴った初めての女だ」彼は素顔を見せ、少しだけ寂しそうに言った。「もし愛していたなら、俺を殴ったりしない」

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第594話

    瞳は報告書を持って階下に降りた。奏は足音を聞き、階段の方を見上げた。二人の視線が交わり、気まずい雰囲気がリビングに広がった。「奏さん、今日はどんな風の吹き回しで?」瞳は少し怖がりつつも、ここはとわこの家だから堂々としていた。奏は彼女の皮肉を無視し、視線を報告書に向けた。「とわこはまだ寝ているのか?」「おー、結果を取りに来たのか?」瞳は報告書をひらひらさせた。「もうとわこが受け取ったわよ」「渡せ」奏はすぐに彼女の前に来て、手を差し出した。瞳は報告書を後ろに隠し、彼をからかった。「顔の傷はもう治ったの?もう二度ととわこに会いに来ないかと思ってたけど、子供の方がプライドより大事だったんだね!」奏は彼女の皮肉を聞き、顔色が一気に険しくなった。「そんなに子供が大事なの?王位でも継ぐつもり?」瞳は彼を簡単に放す気はなかった。「まあ、確かに常盤グループほどの財閥なら、仕方がないね!でも残念ながら......とわことの子供は、もういないのよ!」奏の体が一瞬で緊張した。鋭い目で瞳の表情を一つ一つ見逃さず観察した。彼女の言葉が本当かどうか、見極めようとしていた。「私が嘘をついていると思ってる?」瞳は驚いたふりをした。奏は彼女の顔に嘘の兆候を見つけられなかったが、それでも信じなかった。とわこ本人が言わない限り、信じるつもりはなかった。「報告書を渡せ!」彼は声を荒げた。「瞳!これ以上俺を怒らせるな!」「脅すつもり?」瞳は数歩後退した。「もし私に手を出したら、とわこが許さないわよ!」「報告書を渡せ!」奏は再び彼女に詰め寄り、腕を強く掴んだ。「痛い!このバカ!」瞳は腕が折れそうに感じた。後悔した。彼を挑発すべきじゃなかった。この男は狂ったら何も怖くない。奏は彼女の手から報告書を奪った。その時、とわこが階段を降りてきた。眉をひそめ、二人を見て不思議そうに言った。「何してるの?」二人の声が大きすぎて、眠れなかったのだ。瞳は急いで彼女のそばに行き、小声で言った。「さっき、あなたの子供はもういないって嘘をついて彼をからかったの。そしたら、すごく怒っちゃって......」とわこは「自業自得よ」と言った。「だって彼がムカつくのよ!簡単に喜ばせたくないの!」奏はとわこの顔を一瞬見つめ、報告書に

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第593話

    とわこはお腹いっぱいになり、箸を置いた。瞳も続いて箸を置いた。「とわこ、行こうか!ショッピングでもする?もし行きたいなら、一緒に行くよ」とわこは首を振った。「食べすぎてちょっと眠いわ」「じゃあ、送って行くね」瞳はバッグを手に取ると、とわこの隣に立ち彼女を支えながら立たせた。とわこは笑いをこらえた。「そんなに気を使わなくても大丈夫よ。一人で歩けるから」「支えたいのよ!」瞳は自然に彼女のお腹を触り、「やっぱり少し大きくなってきたね。服がゆったりしてるから目立たないけど、触るとすごく分かる。大きなスイカみたい」「小さなスイカよ」とわこが返した。「こんなに小さなスイカなんて見たことないよ!もう赤ちゃんの顔は見える頃?」「うん。アメリアでこの前、先生が見せてくれたわ」「赤ちゃん、誰に似てるの?」とわこは数秒黙り、「自分自身に似てるわ」「男の子?女の子?四ヶ月目なら性別も分かるんじゃない?」「聞かなかった」「そっか!ゆっくり休んでね。一週間後、結果を取りに一緒に行こう」夕方。とわこは瞳からの電話を受けた。「とわこ!笑っちゃうよ!」瞳の笑い声が伝わってきた。「昼間会った、あなたに似てたあの女性、直美のいとこだって!直美、いとこを奏に差し出そうとしたけど、あっさり断られたんだって!ハハハ!」とわこは静かに耳を傾けた。「だって、そのいとこがあなたにそっくりすぎて、奏は見てるだけでイライラしたらしいよ。ハハハ!」瞳は笑いが止まらなかった。「あなたがあの時ビンタしたせいで、トラウマになったんじゃない?」とわこの心臓がぎゅっと締め付けられ、心でため息をついた。彼女と奏の関係は、もう完全に終わったのだろう。それでいい。子供のことで揉める必要もなくなるのだから。一週間後、早朝。とわこは自宅から車で病院へ向かった。車を停めた後、病院近くのカフェで軽く朝食を取った。昨夜は眠れず、今日は顔色があまり良くなかった。疲れ切っていたが、結果が気になって眠れなかったのだ。八時ちょうどに、彼女は病院で結果を受け取った。一時間後。瞳の車がとわこの家の前に停まった。今日は一緒に病院に行く約束をしていたのだ。瞳は家に入り、二階へ上がろうとした時、家政婦が声をかけた。「とわこさんは寝ていらっしゃ

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第592話

    「ふん!やっぱりね!」瞳が冷たく笑った。「直美が連れてきたあの女性、奏に贈るためのものよ」とわこは視線を戻した。おかしいとは思うが、他人の行動をどうこうできるわけではない。「本当に嫌!元々はすごくいい気分だったのに、彼らに会うなんて」瞳は水を一口飲むと、とわこを見た。「とわこ、別のレストランに変えない?」とわこは首を振る。「私たちが先に来たんだ」「でも気分が悪くならない?」「たとえ気分が悪くても、ここを離れるわけにはいかない」とわこは落ち着いた口調で続けた。「料理も注文したんだし、無駄にはできない」「じゃあテイクアウトにして、家で食べる?」「瞳、あなた昔はこんなに弱気じゃなかったよね?」とわこは軽く笑いながら言った。「もし本当にあの女性が私に似せて整形したのなら、怖がるべきなのは彼女の方で、私が彼女を避ける必要なんてないわ」「私は全然怖くないわよ!たとえ今、奏が目の前に現れたとしても!」と瞳は強気に言うが、無意識に以前殴られた頬を手で触った。ウェイターが料理を運んできて、テーブルに置いた。とわこは箸を手に取り、肉を一つ瞳の皿に入れた。「母が生前によく言っていたのは、過去のことは過去に流せということだった。人でも出来事でも、過ぎたことは引きずらない。それで悩みが少なくなるからって」「本当におばさんの言葉は素晴らしい。でも、実行するのは難しいね」「うん。母は父をとても愛していたけど、離婚後はずっと立ち直れなかった。それで父が亡くなり、遺言が公開されて、会社も研究したコア技術も私に譲られていたことが分かったとき......母は大泣きして、それでやっと吹っ切れた。彼女は、自分が受けた全ての苦しみが報われたって感じたみたい」「本当に悔しいよ。どうしてあんなに素敵なおばさんが傷つけられて、すみれみたいな人間が罰を受けずにいられるの?」瞳は悔しそうに歯を食いしばった。とわこは目を伏せ、静かに言った。「食事しよう」その一方で、奏は白いドレスの女性を見て目に驚きの色が浮かんだ。「奏、こちらは私の従妹の奈々よ」直美が紹介した。「彼女は今年大学を卒業したばかりで、今仕事を探しているの。もし彼女が私と同じ会社で働けたら、私も面倒を見やすくなると思う」「奏さん、初めまして。奈々と申します」奈々は柔らかい声で挨拶した。

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第591話

    彼女はもし今日、奏が自分を平手打ちしたとしたらどうするかと考えた。きっと一生彼を恨むだろう。ひょっとしたら怒りのあまり、病院に行って中絶することすら考えるかもしれない。そう思うと彼がもう自分を探すことはないだろうと悟った。一週間後、高級レストランにて。瞳の顔の傷はほとんど治り、この日はとわこを誘って豪華な食事に来ていた。もともと瞳はとわこに子供たちを連れてきてもらおうと思っていたが、結菜と真が子供たちを遊びに連れ出していた。「とわこ、この数日間、奏から連絡はなかった?」瞳が不安そうに尋ねた。「うん」とわこは何品か注文し、メニューを瞳に渡した。「彼、この数日ずっと家にこもって外に出ていないって聞いたよ」瞳はその話をすると、思わず吹き出した。「もう彼を恨む気持ちなんてないよ。本当に......彼の方が私よりもっとつらい思いをしてるんじゃないかと思うと笑えてくる。だって彼の家の方がうちよりお金持ちで、彼の地位も私よりずっと高いんだから、ははは!」とわこは笑えなかった。でも瞳がそんなに楽しそうな様子を見ていると、つられて気分が軽くなった。「とわこ、最近体調どう?」瞳が話題を変えた。「あと一週間で検査結果が出るね。昨夜そのことを夢に見て、汗びっしょりで目が覚めたよ......」「食欲もあるし、よく眠れてる。特に不調はないわ」心の中で最悪の事態を覚悟しているせいか、この件に対してあまり考え込むことはなかった。「それならよかった!」瞳はメニューを決めてウェイターに渡した。ウェイターが去った後、瞳は言った。「裕之が私を旅行に連れて行くつもりなんだ。気分転換になるようにって。もうすぐ夏休みだから、とわこも子供たちを連れて一緒にどう?」とわこは迷うことなく提案を断った。「あなたと旦那さんのデートに私が割り込むの?それに蓮は夏休みにサマーキャンプに参加するし、レラも申し込むつもり。今はお腹も大きくなってきて、ちょっとしんどいの」「でもそんなにお腹が目立たないよ。他の妊婦さんはもっとすごいよ!妊娠五ヶ月でお腹がポンと出てるのをよく見るのに」瞳は首をかしげて言った。「双子の時はもっと大変だったんじゃない?」「それは六年前の話よ。あの頃は若くて体力も今よりずっとあったわ。出産する前もずっと授業をしていたもの」とわこは感

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第590話

    直美はこの状況でも奏がとわこを庇うとは思いもよらず、胸が締め付けられるような切なさと悔しさを感じた。気づけば涙が頬を伝っていた。子遠が急いでオフィスに入り、ソファに座るとわこを引っ張り立たせた。 「直美が突然来るなんて、僕も知らなかった」子遠は真剣な顔で説明し、「とにかく下まで送るよ」「いらないわ」とわこは子遠の手を振り払い、大股でエレベーターに向かった。 彼女の心は今、複雑な感情でいっぱいだった。 確かに瞳の件で奏を訪ねたのは事実だが、彼を叩くつもりはなかった。 彼に挑発されたとはいえ、叩いてしまったのは事実だ。 彼は短気で口論も多かったが、これまで彼女に手を出したことは一度もなかった。 エレベーターを降りると彼女は駐車場に向かって歩き、車に乗り込んで会社に向かって車を走らせた。 その途中瞳から電話がかかってきた。 「とわこ、あなたが私のために奏を叩いたって聞いたわ......あれほど彼を探さないでって言ったのに!」瞳はこの話を聞いて驚きすぎて、顔の痛みすら感じなくなった。「よくそんな度胸があるわね!彼に叩き返されるのが怖くなかったの?」瞳にとって、女性や子供に手を出す男性は何をしてもおかしくない存在だ。 とわこは嘘をついた。「仕事の件で彼に会いに行っただけよ」 「あなたと彼の間にどんな仕事の話があるの?今、彼を叩いたら、これからどう顔を合わせるつもりなのよ?」瞳は想像するだけで息苦しくなった。 「別に彼に会う必要はないわ」とわこは冷静に言った。「あなたはしっかり休んで、辛いものは控えてね」 「ぷっ!とわこ、もうかなり回復してきたのよ。それに、今日あなたが私の恨みを晴らしてくれたおかげで、全身がスッキリしてる!」瞳は笑って言った。「顔が治ったら、おいしいものをご馳走するわ」「うん」 電話を切ったあと、とわこは会社に到着した。 悪い話は伝わりやすい。 奏を叩いた話は、なんと事が起きてから半時間も経たないうちに会社中に広まっていた。 会社に入ると、受付の視線がどこかおかしいことに気づいた。 オフィスに入ると、マイクがすぐに姿を現した。 「とわこ、手は痛くない?」マイクは机に両手をつき、その明るい碧色の瞳で彼女の顔を見つめた。「子遠によると、君が彼の

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第589話

    子遠はとわこを奏のオフィスまで案内すると、温かい水を一杯用意した。 「何か食べたいものある?すぐ買ってくるよ」子遠は親切に声をかけた。 「いいえ、大丈夫。あなたは自分の仕事に戻って、私のことは気にしないで」とわこは答えた。 子遠は笑顔を崩さず、「今は特に用事もないから、ここで一緒に待ってるよ」と言った。 とわこは水を飲んだ。 「とわこ、昨日うちの社長が瞳を殴った件、すぐに聞いたよ。先に説明しておくけど、あれは直美のために手を出したわけじゃないんだ。瞳が社長に『クズ男』だの、『とわこに捨てられて当然』だの、不適切なことを言ったから......」 とわこは冷ややかな目で子遠をじっと見つめた。その視線に焦った子遠は、さらに墓穴を掘るように言葉を続けた。「えっと......社長、裕之にはもう説明済みのはずだけど」「あなたが説明すればするほど、彼が嫌いになるわ」とわこは水を置いて言った。 子遠は口をつぐんだ。「外で待ってる」 彼はオフィスを出ると、深く息をついた。 数分後、奏がエレベーターから大股で現れた。 子遠は数歩駆け寄り、小声で忠告した。「社長、彼女はものすごく怒ってます。気をつけてください。それに、彼女のお腹、だいぶ目立ってきましたから、何があっても感情的にならないでくださいよ......」奏は喉仏を上下させながら、無言でオフィスへ入っていった。 とわこは彼が入るとすぐ、持っていた書類袋から契約書を取り出した。 「これは、以前交わした三者間契約書よ」彼女は落ち着いた声で話し始めた。「私の会社と自衛隊の協力に、あなたが慈善を名目に介入する必要はないわ」「慈善を名目に、だって?」奏は眉をひそめた。「あなたが寄付を決めたのは、私を追いかけたかったからでしょ。本心から寄付したかったわけじゃない」とわこは挑戦的な目で彼を見つめ、ゆっくりと言葉を続けた。「この三者間契約を解消するわ。これは交渉じゃない。ただの知らせよ」奏は冷たい目で彼女を見据えた。「瞳のために来たのか」 「そうよ。それがどうしたの?」「俺が瞳を殴ったから、俺を憎んでるんだな」「そうよ。それがどうしたの?」 「たった契約を解消するだけで、気が済むのか?」彼は彼女の前に立つと、彼女の小さな手を掴み、自分の頬

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