常盤は眉をひそめた。申し込み書を見なかったら、弥のことを信じるかもしれない。「とわこはお前の子供と言ったのだ。それは確かのものだ」用心棒が怒鳴り出した。「こんなことをやって、いくらお前でも生きてもらえないの」弥は泣き出した。「あれは嘘です。彼女と別れたのは触ってもらえないからです。僕に振られて悔しかったのでしょう。ですから、わざと言ったに違いありません。これは私への仕返しです。おじさん、僕を信じてください。彼女のお腹にある子どもが誰のものかわかりませんが、私だけは絶対あり得ないです」地面に這い、怯えているこの男を見て、奏はどうしようもなくなった。これはとわこが惚れた男かよ。この男なら、何かあった場合、必ず彼女を売りに出すのだ。「引っ張りだしていけ!命に気づけろう!」奏の情けない声がしばらく響いた。弥を簡単に死なせるわけがない。とわこの前で、ゆっくり、ゆっくり弥のプライドを潰していくのだ。……井上はとわこを連れてリースした部屋に戻った。部屋に入って、直ちにとわこをベッドに横になってもらった。「とわこ、泣かないで。今は泣いちゃいけないの…流産してから、体がもたないわ…」天井を見上げながらとわこは言い出した。「お母さん、子供たちはまだいるの。おろしてなかった」話を聞いた井上は一瞬呆れた。「とわこ、どういうことだ?無理やりおろされたと言ったじゃないか?」「お医者さんに交渉したの。もし子供がおろされたら、私もいっしょに死ぬと。それに、彼女をも殺してやると」とわこの声は静かで落ち着きがある。子供たちがまだいるが、彼女の心は死んだようだ。今は幸いに逃れたが、また今度は?奏のそばに居れば、子供たちが永遠にこの危機から逃れない。携帯が鳴った。悲しい空気が突き飛ばされた。田中からの電話だ。「とわこ、夕べ私飲みすぎた。目覚めたばかりだ。今日Zさんから連絡来たのかい?」とわこは呆然とした。「いいえ。夕べ、誰と飲んでいましたか?」「Zさんだよ。渡辺裕之というの。若い男だったが、ネットで調べたら、何も出てこなかった。金持ちのようだ。ずっといいプロジェクトを探してたって…沢山お話ししたが、どう考えていたか全く見当つかなかった」「常盤奏と知り合いでしたか?」とわこが慎重そうに聞いた。「これは
「昔の知り合いが孫の面倒を見る人を探していた…お給料が悪くない。仕事なら何でもよいかと思って、やってみたのだ。今日は3日目で、いい感じだった。月20万円もらえるの」「お父さんが死んで、資産一つも君に残せなかった。私だって君に迷惑かけていけないと思ったのだ」井上が補足説明した。とわこの涙はぽつりぽつりと落ちた。「昔の知り合いはお金持ちでしょうか?」元々掠れた声が泣いたことでさらにひどくなった。「知り合いの家にお手伝いさんをするのは…きっとつらかったでしょう」「平気だ。今はお金を稼げるなら、それで満足するわ。面子なんてもう気にしない。しかも、金持ちはずっと金持ちで居られないし、貧乏人もずっと貧乏じゃないから。今は知り合いの方が金持ちだが、将来にとわこが儲かるかもしれないのよ」井上がティッシュを数枚とって、とわこの涙を拭いた。「お母さん…仕事しなくてもいいですよ。私はバイトをして…来年卒業して仕事見つけるから…」とわこの涙は止まらなかった。「今は妊娠しているだろう。仕事は無理だ。とわこ、本当に子どもを産みたいなら、今のままではいけないの」井上が心配してて、どうも理解できない。「奏はなぜ子供が欲しくないのか?これは彼の肉親だろう!」「彼は好きな女がいますよ」「そうか。それじゃ、どうしてあの女と結婚しなかったの?」むかついた井上が娘を心配していた。「それは知らないです」「大丈夫だ。とわこ、心配しないで。とりあえず内緒で子供を産めばいいだろう。彼に知らせなければいいじゃ」とわこを抱いて、肩を軽く叩いた。……三日後。弥から電話があった。とわこと会って話したい。とわこは少し考えて、承諾した。きっと子供のことだ。喫茶店。とわこは弥の顔をじっと見た。顔にはバンドエイドが何枚もあったが、ところどころにあざが現れていた。「見ないでよ。おじさんにやられたの。あんたが僕の子供とか言わなかったら、こんなことはなかったはずだ」弥は悔しかった。でもどう仕様もなかった。「これは君への償いにする。当時、あんたは駆け落ちしようと言ったけど、僕にはその勇気がなかったの」「弥、問題は駆け落ちじゃない。はるかとのこと、私が言わないと、一生騙すおつもり?」とわこはコップを持ち上げて、軽く一口飲んだ。「いつ分かったの?」
殺す?とわこは眉をひそめた。もちろん奏を憎んだが、殺すなど考えたことはなかった。たとえお腹の子供がおろされても、こんなことは絶対しない。それに、本当に殺せるのか?「おじさんは出張した。とわちゃん、よく考えてくれ。奏を殺せば、すぐ君と結婚してやる。ほしいものを全部あげる。すでに両親に私たちのことを話した。応援してくれるってさ」ためらったとわこをみて、弥が言った。弥の目には嘘を見えなかった。昔、付き合った時に、彼の両親に認めてもらいたかった。しかし、ずっと二人の関係を公開されなかった。今、もう他の誰かに認めてもらう必要はない。「失敗したらどうする?」とわこは聞き返した。「ばれたら、私は生きられるの?弥、昔のあなたも男らしくなかった。今も同じよ。殺したいなら、自分でやれ。失敗を恐れるなら、法を犯す行動をとるな」断られると思わなかった。弥は一瞬呆れた。「失敗などあり得ぬ。毒を食わせよう。君は彼を毒死させればいい。あとは任せてくれ。何の問題も起こらない。お婆さんは悲しくて倒れるだろう。今後一切、父が責任を取ってくれる…」「万事安全なら、自分でやれよ!奏は必ず週一回家元に戻る。その時に隙間を見て毒を飲ませたらいいじゃないか」とわこはアドバイスした。弥は黙っていた。「弥、まだ殴られたいのか?」とわこは彼を見つめて、容赦なく言い出した。「あなたの実のおじさんだろう?肉親を殺せるの?」「あははは、とわちゃん、僕は彼をおじさん扱いをしているが、彼は僕を甥扱いしてくれないのだ」「弥は奏が病気の間、弁護士先生を買収しただろう。結局失脚してばれた。その後、彼は貴方のことを信用しなくなったじゃないか?」とわこは言い続けた。「私は彼の情けなさを憎んでるが、理性を失っていない」とわこは立ち上がって、離れることにした。「とわちゃん、行かないで。食事でもしようよ。仲間になってくれなくてかまわない」弥は切に頼んだ。「今、我が家とおじさんとの関係はもう仲直りできない。僕が手を出さなくても、彼は必ず僕を潰しに来る」とわこは弥の話に何かの企みがあるような気がした。「おじさんを毒死させるつもり?」とわこは再び座った。「手助けしてくれないなら、毒死じゃなく、別の容易にばれないやり方を考える」弥は答えた。「いつ実行するつもり
「おろされたのが自分の子供じゃないから、無関係だと思っているだろう」お医者さんは興奮してるとわこを見て、事態が厳しくなったと判断して、口調を変えた。「ごめんなさい。言葉使い不備でした。ちょっと水でも飲んで待ってください。すぐ聞いてきます」彼女に水を入れてから、お医者さんは上司へ報告に行った。30分ぐらい立ってから、お医者さんは戻ってきた。「三千院さん、三木直美ご存じでしょうか?調べに来たのは彼女です」回答を得て、とわこは病院を離れた。直美に目ざわりと思われたのは予想外だった。しかし、このままやられるわけにはいかない。必ず直美にこの痛みを知ってもらう。三千院グループ。とわこは父のオフィスに入った。田中が待っていた。「お早うとわこ、二つの件についてご相談したいの」お茶を入れてから田中が言い出した。「渡辺さんが投資をやめ、200億円での買収を提案してきたの」田中の暗い顔を見て、とわこは聞いた。「この価格は低いでしょうか?」「前なら、200億円では、とっても不可能だが、でも、今は渡辺さんの提示価格が一番高かったのだ」田中は続いた。「問題は価格じゃなくて、買収されてから、わが社のメイン事業が破棄されるのだ。渡辺さんは無人運転システムが未来見えないと言って…」「それなのに、どうして買収するのですか?」とわこは不思議と思った。「彼はうちが開発したスーパーブレーンシステムに興味を持っているのだ。すなわち、今言うAIシステムだ。これがあれば、運転手もいらなくなるのだ。それと同時に、別の領域にも応用される。例えばロボット、ドロンなど…」「このシステムはそんなに売れますか?」とわこはまだ理解できなかった。田中は苦笑した。「社長が開発に投入したお金は200億円をはるかに超えていたのだ。この会社を君に渡すのに、借金を背負ってもらうことはないはずだ。とわこの手で、この三千院グループをさらなる輝く未来作り出すことを社長が望んでいただろう」とわこの目は少し暗くなった。自分はその才能がないと思った。「もう一つ、お父さんから聞いたと思うが、システムはすでに開発完了だった。しかし、お父さんが倒れてからすべて停止した。肝心なものはお父さんが持っている。それがないと、前には進められないのだ」田中は本棚の前に行って、あるボ
「…パスワードなど知りませんが。父は往生際に教えてくれませんでした」頭を横に振りながらとわこは言った。それは嘘じゃない。お父さんは最期の時、確かに会社のことを口にしなかった。パスワードの遺言などなおさらだ。当時、部屋にはたくさんの人がいた。言ったとしたら、彼女のほかに、みんなが分かってしまうだろう。「おじさん、この件、持ち帰って母に聞いてみます」とわこは田中に言った。「父と最後に会った時、あまり話してくれませんでした。母は多分私より知っている事が多いと思います」「はい分った。この件まず口外しないで、わが社のトップクラスの秘密だ。社長がじきじき任命した後継者だから教えたの」田中は親し気にとわこに言い聞かせた。金庫を眺めながらとわこはだんだんわかってきた。彼らは金庫を開けられないから、仕方なく彼女にこの秘密を明かしたのだ。もし金庫を開けたら、きっとそのまま金庫のものを私物にして、この件をなかったことにするだろう。「分かりました。絶対に口外しません。おじさん、ほかに誰が知っていますか?」聞きながら、とわこはドアへ向かった。田中は後ろについていた。「ほかには2名の技術者が知っている。彼らは社長に信頼された人たちだ。会社にも長かったのだ。お金をもらったら、私たち均等に分けよう。どうだい?」田中は説明していた。とわこは頷いた。「まずパスワードを探してみます」「よっしゃー!。実はとわこさん、私も続けたいが、会社と私たちのチームを買ってくれる人がいないのだ。みんながこのシステムだけほしいの。いつか私たちが必ず排除されるだろう。いろいろ考えた挙句、こう決めたのだ」「分かりました。おじさん、もしパスワードを見つけなかったらどうしますか?」田中を見つめながらとわこは言った。彼女は本気で心配していた。パスワードについて全く見当つかなかったのだ。田中は眉をひそめた。「君に会社を預けた社長は必ず何かのヒントを残している。戻ってゆっくり考えて探してね」「うん」会社を出て、とわこはタクシーを拾ってお母さんの所に行った。井上は料理の準備をしていた。「とわこ、弥は何用だったの?すでに分かれたじゃないか?」水を飲んでからとわこは回答した。「奏に殴られました。復讐しようと思って、私に奏を殺せって頼んできました」井上
手でとわこの肩を撫でながら井上が言った。「お父さんだから、とわこを害することはないだろう。昔お父さんと知り合ったころ、会社を興したばかりだった。結婚の時に結納金どころか、かえってお金を援助したの。とわこに損害を与えることがあったら、鬼になっても許せないわ」……月曜日。タクシーで常盤グループに向かった。常盤グループへは初めてだ。会社ビルはそびえたって、とても立派だった。タクシーから降りて、直接ロビーに向かった。「あの、すみません、ご予約はありますか?」受付から聞かれた。「ないですが、三千院とわこと申します。三木直美に連絡していただけないでしょうか」身なりの整えたとわこをみて、受付が広報部へ電話した。しばらくして、直美が降りてきた。エレベータを出た三木直美は傲慢そうに歩いてきて、ちらっととわこを見下ろした。「中絶手術が終わったばかりじゃないか?休まなくて大丈夫なの?」とわこを揶揄った。軽い化粧をしたとわこの顔色が悪くなかった。「直美、いろんな工夫をしてここまでやって、奏にお嫁さんにしてもらえるのか?」直美は怒らなかった。かえって勝利を勝ち取ったような笑顔をした。「私と結婚しなくても、君のそばにいるはずはもうないだろう。とわこ、子供を降ろすだけで済ますのは君への最大の恩恵だ。私なら、君を殺したかもしれない」「そうか、君は悪いことをいっぱいしたのか」「私を怒らせるおつもりか?今の君はまるでピエロだ」唇をまげて、直美は冷たそうに言いだした。「君の負けだよ」それを聞いて平気だったとわこは話題を変えた。「直美、奏の前でティアードスカート履いたことあるの?」話を聞いて直美は眉をうわ寄せた。「君は馬鹿だね。私は子供みたいにティアードスカートなど履かないよ。どうして聞くの?」「君が奏に嫌われる原因やっとわかった」口元をうわ寄せ、彼女の耳に近づいてとわこは言った。「奏はかわいいタイプの女が好きなの。それにティアードスカートを履く女を見るのが好きだ」冗談を聞いたみたいに直美はあざ笑った。「私は奏と寝たよ。君はまだだね。彼は女のティアードスカート姿が好きだ。それに姫カットの髪型も好みなの。そう、スカートの色はピンクが一番だ。もし君がこんな格好をしたら、奏は君のことが好きになるかもしれない」とわこは続けて言った
金曜日午後。とわこは三浦婆やから電話をもらった。「若奥様、若旦那様が今夜おかえりですが、戻っていただけないでしょうか?」先日の病院以来、とわこはずっと母の所にいた。「はい、分かった。彼と結末をつけなければならないし」電話を切って、とわこは常盤邸へ向かった。夕方7時。奏のフライトが空港に着いた。用心棒に囲まれて、黒いロールスロイスに乗った。着席して頭を上げると、座席に座っている直美に初めて気づいた。「奏、私の髪型はどう?」直美はピンクのティアードスカートを履いた。手で耳側の髪をかき上げて、色っぽく奏に微笑んだ。車に座って待ったのは、奏にサプライズさせるつもりだった。奥深い目つきで彼女をちらっと見た次の瞬間、彼の表情が歪んでしまった。奏は全身の筋肉が固まったようになり、顔色も変わった。車内は低気圧になった。彼の気分変化を見て、直美は不安し始めた。「奏、どうしたの?私の髪型が見にくいの?それともこのティアードスカートが見にくいのか…」緊張した直美は、声も霞んだ。「パチン」と大きな音がして、顔にびんたを食らわせた。直美の体が飛んでリアドアにぶつかった。「ハサミ!」奏はこぶしを握り締めて、言葉を吐き出した。用心棒が命令を受け、すぐハサミを買いに行った。直美は体を座席に縮み、手で赤くなった顔を包んだ。口元から生臭い血が流れ出た。びっくりした彼女はぼんやりとした。完全に呆れた。奏のそばに10年もいたが、こんなに怒ったのは初めて見た。とわこ!全てとわこの企みだ。「奏、話を聞いて頂戴。このスカート、この髪型、全てとわこに教わったの。彼女は奏を怒らせようとしてる。私じゃないの」奏の腕を掴め、直美は泣きながら説明した。用心棒がハサミを買ってきた。「彼女の髪を切って!スカートも!」直美の体は震えた。目の底にある僅かの光も消えた。この髪型とティアードスカートは一体何なんだ!どうして奏を怒らせたのか?彼女は分からなかった。どうしてとわこは分かったの?用心棒が直美を車から引きずり出して、ドアを閉めた。「出せ」奏が言った。……夕食終わって、とわこはずっと客間で待った。すでに荷物をまとめておいた。奏が帰って来たら離婚のことを交渉するつもりだった。夜8
「明後日は週末だから、来週月曜日に離婚しよう!」三千院とわこが続けた。彼女の焦り様を見ながら、彼はゆっくりとたばこを取り出して火を付けた。三千院とわこは眉をひそめ、彼が何を考えているのかわからなかった。もしかして、彼は離婚するつもりがないのでは?もし彼が本当に離婚したいなら、こんなに無関心な態度を取ることは絶対にないはずだ。彼を離婚に追い込むために、彼女は深呼吸をして言った。「私が浮気をしても、あなたは我慢できるの?もし私があなたなら、一生こんな人に会いたくないと思うはずよ。離婚しなければ、あなたには永遠に裏切られた証が残るわ!」常盤奏は淡々と煙を吐き出し、深い目で彼女を見つめ、彼女の演技を楽しんでいるかのように眺めた。「三木直美に会ったわよね?きっと怒っているでしょ?そうよ、それでいいの。全部私が彼女に指示したことよ!あなたを怒らせるためにね」三千院とわこはさらに火に油を注ぐように言った。話を聞いていた使用人の三浦は心臓が締め付けられるようだった。三千院とわこはなぜ自滅しようとしているか?堕胎のショックで頭がおかしくなったのか?もし彼女がこのまま自滅しようと続けるなら、常盤奏が本当に彼女を殺すのではと心配になる。そう考え、使用人の三浦は我慢できずに歩み寄った。「旦那様、奥様の言っていることは本心じゃないんです……彼女はとても悲しんでいるから、こんなことを言ってしまったんです……彼女は嫁いでから、ずっと家にいたんです。私が保証します。彼女は結婚後、一度も常盤弥(ひさし)と不倫なんてしていませんよ」三千院とわこは顔を赤らめ、「三浦さん、もう休んでください!これは私たちの問題です。心配しないでください」「旦那様を怒らせないでください!怒らせるといいことはありません!奥様、私の言うことを聞いて、旦那様にしっかり謝ってください……もしかしたら、彼があなたを許してくれるかもしれませんよ」使用人の三浦は言った。三千院とわこは「彼に許してもらいたくない、ただ離婚したいだけ」と言った。常盤奏は鋭い鷹のような目で、三千院とわこのやせ細った背中を見つめた。彼女は本当は何か策略を練っているのか、それとも本当に自分と離婚したいのか?考え通した後、彼は後者の可能性が高いと判断した。三千院とわこと常盤弥(ひさし)の