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第851話

Author: かんもく
「うん」

「奏、私、あなたと結婚したいわけじゃないの」直美は少し考えた後、正直に打ち明けた。「和彦があなたを侮辱するために、私を利用しようとしてるのよ。私は結婚なんてしたくないし、ましてや結婚式なんて望んでない」

「もう関係ない」彼は淡々と答えた。

直美は驚いて、彼の冷たい顔を見つめた。「とわこは?」

「直美、お前は自分の約束を果たせばいい。それ以外のことは関係ない」

「私が彼女に説明してあげようか?」直美は善意で申し出た。

「必要ない!」奏は怒りをあらわにした。「彼女を巻き込むな!」

彼はとわこの今の精神状態をよく理解していた。

もし今誰かが彼女の前で自分のことを話題にしたら、間違いなく怒るだろう。それが直美だったら、さらに怒るに違いない。

問題が解決するまでは、彼女をそっとしておくべきだ。

すべてが終わった後、自分の口から謝罪し、説明するつもりだった。

2時間後、ネット上に衝撃的なニュースが飛び込んできた。

「常盤グループ社長が信和株式会社の令嬢と婚約!」

これは和彦の指示によるものだった。

彼は世界中に奏が直美と結婚することを知らしめたかった。

しかも、「豪華な結婚」として報道させたのだ。

記事の中では、奏が直美に1150億円の結納金を贈り、いいご縁の意味だと書かれていた。

さらに、直美が火事で大やけどを負い、顔に深い傷を負ったこと、それでも奏が彼女を見捨てず、盛大な結婚式を挙げると強調されていた。

もちろん、この1150億円が直美の手に渡ることはない。全額が和彦の口座に振り込まれるのだ。

和彦はこの結婚を利用して、奏から大金を巻き上げると同時に、彼を世間の笑い者にしようとしていた。

記事には、直美の火傷後の写真まで掲載されていた。

このニュースが流れた途端、日本では空前の話題となった。

—奏と直美?私の記憶違い?ずっと奏の彼女はとわこだと思ってたんだけど!

—なんで奏が直美と結婚するの?それに、直美の火傷の写真は正直、怖いよいや、差別するつもりはないけど、あの顔を見て平気でいられるの?

—これは純愛ってこと?だって、奏みたいな金持ちが、あえて火傷のある女性を選ぶ理由が他にある?

—これ、もしかして誘拐されてる?

—数日前、奏ととわこのキス写真が流出してたのに、今度は直美と結婚?クズなのか、聖人なのか、どっち
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    「彼女に会ったのか?」奏は一本のタバコを手に取り、指に挟んだ。「会ったよ」一郎は彼が怒っていないのを見て、少し気が収まった。奏がマッチも持っていなかったので、一郎は火をつけてあげた。「彼女から誘ってきたんだ」一郎は隣に腰を下ろし、テーブルの上から一本タバコを取って火をつけた。「まさか、彼女に弱みを握られてるんじゃないだろうな?」奏は伏し目がちに目を落とし、苦々しげに言った。「彼女じゃない」「へえ、じゃあ三木家に弱みを握られたってわけか?直美のことを知ってる僕の感覚からすると、今の彼女じゃ、とても堂々と世間に顔を出せる状態じゃない。たとえ君と結婚できたとしても、盛大な結婚式なんて絶対に望まないはずだ」「彼女、今、どんなふうになってる?」奏は一郎を見た。「言葉じゃうまく表現できない。ただ顔を思い浮かべるだけで、ゾッとするんだ」一郎は歯を食いしばって言い、指先のタバコをポキッと折った。「あんなに愛して、恨んでいたのに、全部色あせた感じだ。今の彼女に対して、何を感じてるのか分からない。恐怖もあるし、少しだけ同情もしてる」奏は煙草の灰を灰皿に落とし、かすれた声で言った。「明日、会いに行くよ」「明日会ったら、気が変わるかもしれないぞ」一郎はソファに深くもたれ、深いため息をついた。「どんなに直美が変わったとしても、俺は彼女と結婚するしかない」奏はタバコを吸い、ふうっと煙を吐いた。「俺は、とわこと子どもを傷つけた。もう他の選択肢なんてないんだ」「年末にはもう決めてたんじゃないのか?」一郎は奏の横顔を見つめて問い詰めた。「なのに、なんでアメリカまで行った?バレンタインを一緒に過ごして、家族写真まで撮って、本気で正気じゃなかったんだな!」「そうだ。俺は正気じゃなかった」奏は素直に認めた。「一緒にいたかったんだ。夢にまで見たんだよ。だから彼女に呼ばれたとき、理性なんて吹き飛んだ」「それが彼女をもっと傷つけるって、分かってただろ?少しは自分を抑えられなかったのか?とわこと子どもに、どう思わせたかったんだ?まさか、自分が脅されてるって彼女に言ってないよな?君は絶対、そういうこと言わないタイプだもんな」一郎は彼のことを知りすぎていた。奏は苦しみを他人に見せたくない。特に、大切な相手には決して見せようとしない。「言って、どうする?心

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第847話

    三浦は、とわこの部屋に行き、奏の荷物を取り出して千代に渡すつもりだった。とわこはもう奏の荷物なんて見たくないはず。捨てられるくらいなら、千代に持って帰ってもらったほうがマシだと思ったのだ。ノックのあと、部屋のドアを開けて中に入った。「とわこさん、旦那様に辞職の意思を伝えました」ベッドに近づくと、とわこは目を開けていた。三浦はそのまま続けた。「今から旦那様の荷物を持っていきます。千代さんに託しておきますね」とわこの顔はやつれていたが、口調ははっきりしていた。「辞めたのなら、今後はもう彼と連絡を取らないで。蒼の写真も送らないでください」「わかりました」「荷物はもうまとめてあります。机の横にあるスーツケースです」とわこは昨夜、熱があったものの薬を飲んで少し楽になり、彼のスーツケースを見つけて中に彼の私物を全部詰め込んだのだった。「とわこさん、顔色が悪いです。少し休んでくださいね」そう言って三浦はスーツケースを持ち、足早に部屋を出た。千代を見送った後も、三浦の頭から不安が離れなかった。そして、マイクに電話をかけ、瞳に連絡を取ってほしいと頼んだ。「瞳に?でもとわこ、自分で番号知ってるだろう?」マイクは不思議そうに言った。三浦はため息をついた。「どうした?深刻そうだね。すぐ瞳に連絡する」「マイク、できれば、戻ってきてくれない?」とわこの真っ赤な目と虚ろな表情が頭から離れず、三浦は心が締めつけられた。「とわこさん、旦那様と別れたの。旦那様が直美さんと結婚するって言ったらしくて、あまりに突然で、私も詳しいことは聞けなかった」「はああっ?!」マイクは椅子から跳ね起き、大声を上げた。「奏が直美と結婚するって?!」「そうなの。だから瞳に来てもらって、とわこさんのそばにいてほしいの」三浦はそれ以上言いたくなくて、電話を切った。マイクは強くスマホを握りしめ、頭の中でこの情報を整理しようとした。その時、子遠が様子を見にやってきた。「今、なんて言った?社長が直美と結婚する?誰と話してたんだよ?」「子遠、お前マジで知らなかったのか?奏が直美と結婚するって!」マイクは子遠の顔をまじまじと見て、疑念を口にした。「ふざけんなよ、それマジか?!知ってたら、黙ってられるわけないだろ!」子遠は慌てた様子で声を荒げた。「社長が直美と結婚?あ

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第846話

    夕方、とわこはようやく家に戻ってきた。今日は天気が悪く、あたりはいつもより早く暗くなっていた。三浦は、全身ずぶ濡れで呆然と立ち尽くすとわこの姿を見て、驚いた。「とわこさん、どうしたんですか?」三浦は彼女の手を取って言った。「旦那様が帰国されて、寂しくなっちゃったんですか?そんなに思い詰めないでくださいね。帰国したいなら、いつでも帰れますよ」とわこはかすかに首を振り、かすれた声で尋ねた。「子供達は……?」「蒼くんは寝てます。レラちゃんと蓮くんはお風呂に入っています。さっき庭で雪だるまを作ってたので、服が濡れちゃって」三浦が答えた。「とわこさんも、髪と服が濡れてますよ。先にお風呂に入りますか?手伝いましょうか?」とわこは黙って首を振り、部屋の方へと歩き出した。三浦は心配になって、後をついていく。「それと、これから子どもたちの前で奏の話はしないで」とわこは立ち止まり、三浦を見つめて言った。「彼とは別れた。あなたと千代さんは彼の人間だから」そこから先は、口に出せなかった。彼女は、三浦と千代に奏のもとへ戻ってほしかった。奏と別れた以上、彼の使用人にこれ以上頼るわけにはいかなかった。三浦の顔色がさっと青ざめた。衝撃を受けた様子で言葉を失った。「とわこさん、こんな急な話、何を言えばいいのか。でも私は、蒼くんのそばにいたいです」「でも、あなたは彼の人間。私はもう彼とは一切関わらない。あなたのことが好きでも、あなたの存在が彼とのつながりになるのなら、私はそれを断ちたい」とわこは、心の中にある思いをすべて吐き出した。三浦の目に涙がにじみ、どうしていいかわからず立ち尽くした。その時、千代が現れ、とわこに言った。「とわこさん、何があったのか知りませんが、残念ですわ。私は常盤家で一生を過ごしてきた使用人なので、明日には出ていくつもりです」とわこはうなずき、それから三浦の方を見た。「三浦さんも一緒に出て行ってください」三浦は耐えきれず、泣きながらその場を離れた。「とわこさん、彼女、蒼くんのことをすごく大事に思ってます。彼女に選ばせてあげてください。もしここに残りたいって言うなら、常盤家を辞めてもらって、あなたが給料を払えばいいんです」「彼女も常盤家で長年働いてきた。無理はさせたくない」「でも、本当に旦那様との関

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第845章

    保安検査員が近づき、奏を促した。「とわこ、頼む。俺には、解決しなきゃいけないことがある。少しだけ時間をくれ」「嫌よ!時間をあげたら、あなたは直美と結婚するでしょ! そんなの絶対に許せない!相手が直美でも、他の誰でも、花嫁が私じゃないなら絶対にダメ!」彼女は歯を食いしばり、言葉を続けた。「もし今日あなたが行くなら、もう二度と私にも、子供たちにも会えないと思って!」お願いなんて、もうしない。彼が脅されているなら、彼女だって脅してやる。自分の賭けが、三木家より劣っているとは思わない。奏の目が赤くなり、涙がにじむ。強く冷静に見えたその表情が、ほんの一瞬で崩れる。彼女は、彼を追い詰めてしまった。本当は、こんな風にぶつかりたくなかった。でも、それ以上に彼が直美と結婚するなんて、そんなの絶対に耐えられない!「もし、私が今、別の男と結婚しようとしていたら? それでも平気でいられる?少しでも私の気持ちが分かる?」とわこは涙をこらえ、顎を上げた。「今日、最後のチャンスをあげるわ。一緒に帰るか、それとも、もう終わりにするか」胸が張り裂けるほど苦しかった。彼女は完全に縁を切ろうとしている。その気持ちは理解できたが、受け入れられない。「わかった、縁を切ろう」とも、「直美とは結婚しない」とも言えなかった。生きることは、時として死ぬよりも辛い。今の彼は、まさに生き地獄だった。彼女が目の前で、泣き腫らした目をしている。抱きしめて笑顔にしたかった。だが、それどころか、彼女を深く傷つけてしまった。彼は自分を罵った。情けない。彼は彼女の顔を両手で包み込み、その冷たい唇に口づけた。伝えたいことは山ほどあったが、今はまだその時ではない。とわこは長年共に過ごした奏のことを、誰よりも理解していた。彼の眼差しや仕草の意味を、すぐに察知できる仲だった。彼を一瞥することもなく、とわこは踵を返し、歩き去った。彼は、直美を選んだ。たとえ今、彼がキスをしても、何も変わらない。彼女は彼のために自尊心も理性も捨てられない。愛人にも、操り人形にもなりたくない。彼女の去る背中を、奏はただ見つめることしかできなかった。まるで、心臓を砕かれるような痛み。信じていたものが、崩れ去っていく。「お客様?」職員が近づき、声をかけた。「ご

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第844章

    彼女はもともと運命なんて信じていなかった。たとえ神が彼女を阻もうと、彼女は決して屈しない。車のドアを勢いよく開けると、冷たい風が容赦なく吹き付ける。それでも、迷うことなく雪の中へと足を踏み出した。彼をこんな形で手放すわけにはいかない!空港のVIPラウンジ。奏は腕時計に目をやる。フライトは午後1時。まだ1時間ある。彼は大きな窓ガラスの前に立ち、舞い落ちる雪を見つめた。その表情は、まるで氷のように冷たい。ほかに方法があるのなら、決して彼女や子供たちを傷つけたりしない。彼女たちを傷つけることは、結局自分自身を傷つけることと同じ。彼は、彼女たち以上に苦しむことになる。和彦は今、彼の弱みを握り、直美との結婚を強要している。この芝居をうまく演じきらなければ、未来に待っているのは終わりのない地獄だ。彼はスキャンダルによって子供たちが白い目で見られることを望んでいないし、この事実をとわこに知られることも望んでいない。たとえ自分がどれほど世間から非難されようと気にしない。だが、とわこだけは別だ。とわこや子供たちがいなければ、たとえ和彦が殺人の証拠を握っていたとしても、彼は脅されやしなかった。元々、彼は善人などではなかった。とわこや子供たちがいたからこそ、「良い人」でいようとしただけだ。彼は臆病者でもない。だが今、彼が恐れていたのは、とわこや子供たちが真実を知り、自分を怖がり、遠ざかることだった。一か八か賭けてみる。勝てば、もう誰にも脅されることはなくなる。とわこは空港のロビーへと全力で走り続けた。積もった雪を払う暇も、呼吸を整える余裕もない。掲示板に目を走らせ、日本行きのフライトを探した。指定の保安検査場を目指し、再び駆け出した。人混みを必死にかき分け、ようやくゲート前にたどり着いた。「奏!」彼の姿を一瞬で見つけた。彼はすでに保安検査を通過していた。あと1分でも遅れていたら、もう会えなかったところだ。「奏! 行かないで!」彼女はラインの外で、必死に彼に呼びかけた。「まだ話したいことがあるの!お願い、行かないで!」とわこがプライドを捨ててまで追いかけてきた姿を見て、彼は苦しかった。彼は拳をギュッと握りしめ、迷いなく彼女の元へと歩き出した。彼女の瞳から、涙が溢れ落ちた。やっぱり。彼

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第843章

    もし娘が、彼女の大好きなパパが、帰国して別の女性と結婚すると知ってしまったら、どれほど失望するだろう?もし蓮がこのことを知れば、さらに彼を憎むに違いない。これは本当に、利益のため?いや、それなら何のため?彼ははっきりと「直美を愛していない」と言った。お金は、彼らの愛よりも大切なの?3人の子供たちよりも?彼の選択が、理解できない。奏は自分自身で十分に稼げる。しかも、決して少なくない額を。彼女の会社も、順調に利益を出している。どれだけのお金があれば、彼は満足するの?彼女の瞳から涙がこぼれ、枕を静かに濡らしていく。部屋の外は、静まり返っていた。彼女はゆっくりと身体を翻し、天井を見つめながら、ただ涙を流した。奏は朝食をとり終えると、蒼を抱き上げた。蒼は黒く輝く瞳で、じっと彼を見つめた。小さな頭の中で、何を考えているのだろうか。奏は微笑みながら見つめ返した。だが、心の中では別のことを考えていた。「今、こうして抱きしめているけれど。次に抱けるのはいつになるのだろう?」「旦那様、何時の飛行機ですか? 先に荷物をまとめておきましょうか?」三浦が声をかけた。奏はふと、部屋で泣いている彼女の姿を思い出した。「いや、いいよ。服くらい、置いていけばいい」三浦はぱっと顔を輝かせた。「確かに! 置いていけば、次に来た時にまた着られますね」三浦は二人の仲がもう「ラブラブな状態」まで深まっていると思い込んでいた。寝室で、とわこはしばらく泣き続けたあと、突然布団を跳ね除けた。逃げていても、何も変わらない。たとえ奏がいなくなったとしても、彼女には3人の子供がいる。どんな時でも、負けるわけにはいかない。浴室へ向かい、鏡を覗き込んだ。そこに映るのは、憔悴しきった顔と絶望に染まった瞳。その瞬間、彼女は悟った。奏は、ただの「男」じゃない。彼の名前は、すでに彼女の心臓に刻まれている。彼は、彼女の未来の一部だった。彼なしでは、彼女の人生は色を失ってしまう。彼女は小走りでリビングへ向かった。三浦と千代が、洗濯物を片付けていた。蒼はベビーベッドに横たわり、レラが隣であやしている。もし奏がここにいたら、きっと、子供たちのそばにいたはずなのに。「奏は?」思わず声が震えた。「旦那様なら、もう出発されましたよ。奥様、聞いて

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