前回検査を受けた時には、胎嚢はまだ一つしかなかった。たかが一週間過ぎたというのに、お腹の子が双子になったとは。とわこはカラー超音波検査の結果を手に取り、廊下のベンチに座っていて、ぼうっとしていた。双子を授かる確率は極めて低いと、先生から聞いた。今回妊娠中絶したら、もう二度と双子を授かれない可能性があった。とわこは心の中で、苦く笑った。これは全部、常盤家のプライベートドクターたちの傑作だった。当初、受精卵を移植された時には、双子を産ませるという一言も彼女は聞かされていなかった。もしかしたら、彼らの認識の中での彼女は、最初から最後まで、常盤家に後継を産む道具でしかなかった。彼女は先週の出血を生理だったと勘違いして、話したから、常盤家のプライベートドクターは移植が失敗したと判断したようだった。意識を取り戻した奏は彼女と離婚しようとしていたから、常盤家のプライベートドクターたちも、それ以来彼女のところにこなかった。産むのか、産まないのか、これは全部彼女次第だった。病院で一時間ほど居座ったら、カバンの中の携帯が鳴った。彼女は携帯を取り出して、立ち上がって、病院を出た。「とわ、お父さんがやばいの!早く家に戻ってきなさい!」携帯の向こうから伝わってきたのは、母のかれがれで急かされたような声だった。とわこは一瞬ピンとこなくなった。お父さんがもうダメだって?どうしてこんなことになったの?お父さんが会社のことでストレスを受けて、気病みで倒れて入院したから、自分の結婚式にすら出なかったのは知っていた。しかし、ここまでの重病だったとは。とわこは混乱に陥った。父親が不倫したため、彼女は父親とは親しくなかった。とわこは不倫した父のことを一生許すことができなかっただろう。しかし、突然父が重病だと聞かされたら、心臓が強く刺されたように心が痛むのだった。…彼女が駆けつけた三千院家のリビングは、ひどく荒らされた。母親の美香の後ろについて、彼女も主寝室に入った。ベッドの上で寝ていた父親の三千院太郎は、いつでも息の根を絶ってもおかしくなかったようだった。目を細くしていたその老人は、とわこを目にしたら、彼女に向けて腕を上げた。「お父さん、病気だったら、どうして病院に行かなかったの?」父の冷たい手を握った瞬間
ほんの一瞬で、リビングは心臓の鼓動が聞き取れるほど静まった。部屋に戻ったとわこは、強い力でドアを閉めた。「すぽん」と大きな音がした!別荘ごとがその音につれられて、揺れたような感じがした。常盤奏の別荘でドアスラムしたとは、この女は、肝が据わっていた。野次馬はこっそりと奏の顔色を伺った。本人は涼しい顔をしていて、怒ってはいないようだった。普段なら、彼の前でデシベル60を超えるほどの音を出した人物は、必ず彼の顰蹙を買ったのだった。先のとわこがドワをスラムした音は少なくともデシベル90を超えたというのに、なぜ奏は怒らなかった?それより最も問題になっていたのは、とわこに割られたこの四千万もするワインだった。まだ一口も飲んでいなかった。それをとわこは、躊躇せずに割ってしまったのだ。「そういえば…三千院さんのお父上は一昨日に亡くなられたって聞きましたが、今日は真っ黒な召し物で来ていますし、お葬式のお帰りではないでしょうか」なんとかして勇気を出して、沈黙を破った人がいた。白いドレスの女性は三木直美だった。彼女は、常盤グループ広報部でシニア経理職を努めっていた。今日は彼女の誕生日で、奏が目覚めたのを祝うのをも兼ねて、彼女が奏の友達を誘って、飲みにきたわけだった。つい先に、とわことのやり取りで、彼女は面目まるつぶれだった。奏は表では、黙って顔色一つも変えなかったにいたが、彼がいつ尻を巻いてもおかしくなかったというのは、彼のことをよく知っていた直美には、分かっていた。直美は彼の元に戻って、丁寧に詫びをした。「奏君、申し訳ございません。私、とわこさんのお父上が他界したのを知りませんでした」奏はタバコの吸い殻を灰皿に突っ込んで、火をもみ消した。その細くて長い指は、ついでにワイングラスをとった。彼はその勢いで、中にあったワインを飲み干した。ワイングラスがテーブルに置かれた音とともに、彼の低くてセックシーな声が直美の耳に入った。「誕生日おめでとう」直美の耳元が熱くなった。「ありがとう」「それと、三千院とわこに喧嘩を売って、無事に済むとは思わないように」奏は指を走らせ、シャツの襟を調整した。彼の声には、警告の脅しが含まれていた。「仮に彼女がこの常盤家の飼い犬だとしても、彼女に意地悪できるのはこの僕だけだ」直美の胸が詰
彼は腕を車窓から差し出した。細長い指を使って、ティシューパックをとわこに渡した。彼女は少し戸惑って、いらないと返事するつもりだったが、まるでもののけに唆されたかのように受け取っってしまった。「ありがとうございます」ティシューパックにはまで彼の掌の温もりが残っていた。彼はすぐ目線を彼女の顔から回収した。車窓も閉じられ、車は速いスピードで走っていた。朝10時。三千院グループ。社員たちは依然として、自分の持ち場で励んでいた。もう一か月以上給料が出ていなかったが、三千院グループは歴史を誇った企業だけあって、ネット上ではあらゆるイメジーをダウンするようなニュースが流されていたのにも関わらず、社員たちは諦めずに、最後まで会社と共に生きようといった姿勢を示した。もし会社が借金を雪玉のように積み重ねていたのを、とわこが知らなかったら、目の前の平穏な景色がフェイクだったというのは、彼女は想像すらできなかった。とわこは副総裁田中のお供で、会議室にやってきた。弁護士の先生は、とわこが入ってくるのを見て、単刀直入に言った。「三千院さん、ご愁傷様です。お父上に託されまして、今この場をもって遺言状を公表させていただきます」とわこは頷いた。弁護士先生は書類を出して、落ち着いた声でゆっくりと説明してくれた。「三千院さんのお父上は、不動産を六ヶ所、所持していました。場所はそれぞれ…これが書類です。ご確認を」とわこは書類を受け取って、ちゃんと確認し始めた。「他には、駐車位三つに」そう言いながら、弁護士先生は別の書類を渡してくれた。「店舗八軒に、車十二台です」実家の財産について、とわこは今までよく知らなかった。その理由の一つは、関心がなかったからだった。二つは、父が詳細について語ってくれなかったからだった。現に今、弁護士の先生が父の財産を、隅から隅まで教えられたら、彼女の内心では、なかなか平然にいられなかった。父がこんなにも財力を持っていたのは予想外だった。こんなにも固定資産を持っていたのなら、それがどうして病気の治療のために売らなかったんだ?ととわこは疑惑に思った。「先ほど、教えて差し上げた資産を除き、今僕たちがいるこの会社も」弁護士先生は少々間をとった。「お父上は、三千院さんに会社を継がせるつもりでしたが、今の会
夜9時。地に落ちた葉っぱは、秋風に包まれ、ざくざく地上を歩いた。タクシーから出てきたとわこは、ふっと体を襲った寒さで、ぶるっと縮こまった。彼女はバッグを手に取り、早いスピードで常盤家の門のほうへ歩いた。薄暗い夜は、赤いキャミソールドレス姿の彼女の色っぽさを引き立てた。朝出かけた彼女は、普通のシャツとスラックスを着ていた。彼女はよその男に気に入ってもらうために、あえてこんな姿になったと思ったら、奏は無意識に拳を握り締めた。玄関でスリーパーに履き替えた時、とわこはやっと、リビングでの奏の存在に気ついた。今日の彼は黒シャツを着ていた。高嶺の花のようなあっさりとした薄暗いオーラが、普段よりも強まった。彼はいつも通りに、そっけない表情を被っていたから、とわこは視線を長く彼の顔に置けられなかった。靴を履き替えた彼女は、彼に挨拶するかしないかって心の中で揉めた。なんと言っても、今朝は彼からティシュパックをもらった。彼女は不安を抱えてリビングに行き、ちらっと彼のほうを見た。今晩の雰囲気は流石に違っていた。彼女が帰ってきたら、三浦婆やが挨拶をしてくるのがお約束だった。まさか、三浦の婆や今日は留守かと想像した。彼女は彼に気つかないように深く息を吸ったが、緊張で心拍がやはり乱れていた。最終的には、彼に挨拶するのをやめると決めた。「こっちに来い」彼の凍りついたような声が聞こえてきた。リンビンには自分たち以外誰もいなかったことが明々白々なので、惚けようもなかった。「何か用ですか?」彼女は歩くのを止めて、そのつぶらな目で、彼を見た。「こっちに来いって言っているの」彼の口振りには、恐ろしい威圧感があった。彼女の緊張は一重上回り、体が勝手に動き出して、彼のいる場所に歩いた。彼の命令に逆らえるほど、彼女は器用ではなかった。だとえ、男は今車椅子を使っていて、自分にとってさほどの脅威ではなかったにも関わらず、彼女は単純に怯えていた。彼女は彼の側に近付き、そのハンサムと同時に改まった表情をした顔を見て、再び息を吸った。「なんのことかしら?離婚してくれるんですか?」彼女の話が終わったのと共に、彼は顔を顰めた。薄い酒の匂いが彼の鼻に入り込んだ。彼女の体からだった。彼女は酒を飲んだ。彼は突然頭を上げて、隠し
主寝室、バスルームタオルを手にした看護師が奏の体の汗粒を慎重に拭いた。両足にまだ力がなくて、看護師の支えがないと立つことすら難しい。事故以来、ずっとこの看護師に世話してもらっていた。40過ぎの男性で、細かで慎重な人だった。「常盤さん、足にあざがありますね」バスローブを着せて、手伝いながら看護師は彼とバスルームから出た。「塗布薬を取ってきますね」看護師が部屋を出た。ベッドサイドに座った奏はバスローブを引き上げ、足に青いあざが現れた。とわこにつねられたものだった。足に感覚が全くないわけではなかった。つねられたときに我慢して声を出さなかっただけ。頭の奥にとわこが泣いている顔が不思議に浮かんでいた。それに…彼女の体にある特別な香りはなかなか忘れられなかった。今まで、女に興味を持ったことがなかったのに。しかも、女のことで特別な感情を抱いたこともなかった。とわこは、彼の心を揺らした。まもなく離婚する女にこんな思いをするなんておかしいじゃないか。でたらめな自分を分からなくなった。でも、また同じことがあっても、やはりむかついて、彼女の服を破ってしまうに違いない。……翌日朝、7時。奏を避けて気軽に朝食をするため、とわこは早めに起きた。部屋を出て、まっすぐにダイニングへ行った。「おはようございます。若奥様もお早いですね。朝食は用意できました」三浦婆やが挨拶した。「も」という言葉に違和感があった。奏がいる。しょうがないから部屋へ戻ろうと思った。「若奥様、昨日脂っこい食事がだめとおっしゃったので、野菜サラダを作っておきました。お口に合うかどうかわからないですが、どうかお召し上がってみてください」彼女に熱心に勧められ、引っ張られてテーブルに座った。座っても不安でイライラした。奏の顔を見たくない。一目でわかるだろう。彼女と目を合わさなかったが、彼女からの嫌な雰囲気がすでに奏に伝わった。「朝飯終わって、挨拶に行くとき、お母さんに余計な話をするな」奏の声は冷たかった。「夕べ、あのドレスを弁償するお金いつもらえるの」とわこが直談判しかけた。大奥様に挨拶に付き合ってもよいが、先に清算してもらわないと。「そんな現金はない。どうしてもいるなら、携帯から振り込む」ミルクを飲み
彼女の瞳に映ってる彼の顔は悪魔のようで、鋭利な牙を剝きだした。「どうして、奏、子供が欲しくなくても、こんなひどい言葉はないだろう?」とわこは辛そうに聞き返した。「はっきりさせないと、君が望みを捨てないから」奏の目が奥から冷たく光らせた。とわこは息をのんで、目線を彼の顔からそむけた。あまりの怖さに驚かれて、彼女は深い暗闇に吞まされるようになった。奏は彼女の反応に興味が湧いてきた。「もしかして、僕の子供が欲しかったのか?」嘲笑いながら、奏が聞いてきた。とわこは目を丸くして、彼を睨んだ。「忠告を忘れないでね。僕がどんな人間なのか君は分かるはずだ。言葉よりさらにひどい行動をとる人だ。死にたなければ、僕の逆鳞に触れるな」怒鳴るように言い聞かせて、奏は窓の外に目を向けた。「安心してよ。あなたの子供なんか産むわけないわ。あなたのことが大嫌いだ。お分かりのはずだ。今、早く離婚したいのだ」あまりの怒りに、とわこはこぶしを握り締めた。子供は彼一人のものじゃない。産んだとしても、自分一人のために産むわけだ。子供が大きくなったら、お父さんが死んだと伝える。「今はタイミングじゃない。お母さんがもうちょっと元気になってからにしよう」彼女の話を聞いて、奏は多少落ち着いた。彼女に好かれていないことにやっと気づいた。「長引くのは嫌だ」眉をひそめて、苛々した彼女が言った。長引くと、お腹が大きくなってくるのだ。そうなると、必ず病院に引っ張られて、中絶せざるを得なくなるだろう。「そんなに焦ってて、僕に何を隠してるのか?」奏は言いながら彼女を見透かすように見つめた。とわこの心臓が一瞬止まった。「ないよ。焦ることなど何もないわ。ただし…あなたと一緒にいたくないだけだ。もしかして誰かに言われたことがないの?あなたといると気が落ち込むのだ」「そう思っても、あえて口に出せないだろう」苦笑交じりに奏が言った。「そうだけど。だから私を目障りに思ったのか。でも、私は何かがあったらすぐ口に出すタイプだ。話せないと気が済まないのだ」口を歪めてとわこは言った。「自分の妻がおしゃれして他の男に付き合うなんて、誰でも許さないだろう」誤解されたと思って彼女に言い聞かせた。「吊りスカートを着るのは尻軽女?飲み会は他の男との付合いだと?それなら
妊婦用のカルシウムサプリメントは、年寄りのと同じものなのだ。だから、サプリメントの瓶にはカルシウムと書いてあったのだ。「自分がどんな薬を飲むのかほかの人に話すのか?」 とわこは驚いたが、言葉は落ち着いていた。言葉を残して彼女は逃げだした。部屋に戻ってから、まず引き出しにサプリメントを置いた。そして顔を洗った。このままだとだめだ。早く離れないと、いつかきっとばれる。検査記録が部屋にある。奏が来たら必ずすべてがわかる。もちろん、奏が生意気だ。しかしそこまでは狂ってない。部屋を調べるまではしないととわこは思った。それに、離婚を承諾してくれないと一方的に離婚できないのだ。何と言っても、当時高い結納金を頂いたのだ。ベッドに座りながらいろんなことを考えた。食事のことも忘れた。ドアをたたく音がした。気が付いて、早速ドアを開けた。「若奥様、若旦那様が部屋に戻りました。食事に行きましょう」三浦婆やが優しく話しかけてきた。少し気が緩んだ。この屋敷に、奏以外、みんな優しいんだ。多分、若いからみんなに可愛がってくれた。ダイニングルームに、おかずはすでに並べられている。「三浦さん、多すぎるわ。一人で食べきれない。一緒に食べて」「若奥様、お気軽に食べていいですよ。この屋敷にお決まりがあります。それを犯すわけにはいきませんから」「そうか。三浦さんにお子さんはいるの?」奏がいないから、とわこは気が楽になってきた。「いますよ。今は若奥様と同じぐらいで、大学で勉強中です。若奥様、どうして突然にこれを聞いてくるのですか?」顔がほんのり赤くなり、とわこは微笑んだ。「それは不意に妊娠してから体が太ると聞いたから。でも三浦さんはよく体型を保っているよね」「そうですよ。私は妊娠した時に食べられませんでした。出産のときでも50キロ越えませんでした。だから今でもあんまり変わっていません」「そしたら、妊娠のとき、お腹はそんなに大きくなかっただろうか?」「おっしゃった通りです。妊娠8か月の時でも、5か月のように見えました。ちょっと大きめの服を着るだけで、ほとんど妊婦とは見えませんでした」それを聞いて、とわこはヒントを得た。少し食べて終わりにした。体型を保って、お腹が悟れないようにすると決めた。「若奥様、どう
「ね、とわこ、教えて、奏が好きな女がいるって誰から聞いたの。どんなタイプの女だ?」直美は不安そうに聞いてきた。奏の周りに他の女なんていないと、彼女はまだ確信しているのだが。「直美、さっきの話、私の感なんだ…奏の事、直美ほど分からないから」頭を横に振りながらとわこは言った。少し落ち着いてからとわこは口調を変えた。奏の事、簡単ではなかった。そして彼女は深く巻き込まれたくもなかったのだ。ちゃんと生きてて、子供を順調に産むのは何よりだ。「びっくりした。奏がほかの女と一緒にいるのを見たと思った」とわこからの説明をきいて、少し気楽になった。「奏はとわこが思うような男ではない。彼は女嫌いし、子供も嫌いんだ」「どうして奏は子供が嫌いの?」とわこは何げなく聞いた。「実は私もわからないのだ。でも、知りたくもないのさ。奏が嫌いなら、私は産まなくていいのだ。私の事大切に思ってくれたし」眉をひそめて、独り言のように直美が言った。「直美がいいというならそれでいい」とわこは彼女の考えを正すのをやめた。それなりの責任を取るのであれば、誰にでも選択の権利があるのだ。直美のやり方はとても不思議だったと思うが、常盤の子供を産むのも、馬鹿げたことに思われているかもしれない。料理が出された。お腹すいたので、とわこは箸を取り、さっさと食べ始めた。直美は心配こと重なって、食欲なくなった。「とわこ、奏のことが好きになってないよね?」「それはない」とわこははっきり答えた。「しかし、奏はそんなにすごいし、格好いいし、どうして好きにならないの?」直美は理解できなかった。「直美と奏のどっちかを選択するなら、私は直美を取るわ」彼女を見つめながらとわこは言った。これなら少なくとも殴られることはないだろう。彼女はびっくりした。「とわこ、君は…」「ただの例えだ。分かってくれよ」手を振りながらとわこは補足した。直美はすっかりと安心した。とわこのこともよい方に思ってきた。お父さんと死別して、三千院グループが破産まじかで、三千院家をとわお一人が支えているのを考えると、直美は何とか哀れな気持ちになった。「とわこ、大学まだ卒業してないのか?」「来年だ」水を飲んでからとわこは言った。「お父さんのことを聞いたわ。お父さんも死んだし、会社の借金は君と