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第9話

 前回検査を受けた時には、胎嚢はまだ一つしかなかった。

たかが一週間過ぎたというのに、お腹の子が双子になったとは。

とわこはカラー超音波検査の結果を手に取り、廊下のベンチに座っていて、ぼうっとしていた。

双子を授かる確率は極めて低いと、先生から聞いた。

今回妊娠中絶したら、もう二度と双子を授かれない可能性があった。

とわこは心の中で、苦く笑った。これは全部、常盤家のプライベートドクターたちの傑作だった。

当初、受精卵を移植された時には、双子を産ませるという一言も彼女は聞かされていなかった。

もしかしたら、彼らの認識の中での彼女は、最初から最後まで、常盤家に後継を産む道具でしかなかった。

彼女は先週の出血を生理だったと勘違いして、話したから、常盤家のプライベートドクターは移植が失敗したと判断したようだった。意識を取り戻した奏は彼女と離婚しようとしていたから、常盤家のプライベートドクターたちも、それ以来彼女のところにこなかった。

産むのか、産まないのか、これは全部彼女次第だった。

病院で一時間ほど居座ったら、カバンの中の携帯が鳴った。

彼女は携帯を取り出して、立ち上がって、病院を出た。

「とわ、お父さんがやばいの!早く家に戻ってきなさい!」携帯の向こうから伝わってきたのは、母のかれがれで急かされたような声だった。

とわこは一瞬ピンとこなくなった。

お父さんがもうダメだって?

どうしてこんなことになったの?

お父さんが会社のことでストレスを受けて、気病みで倒れて入院したから、自分の結婚式にすら出なかったのは知っていた。

しかし、ここまでの重病だったとは。

とわこは混乱に陥った。

父親が不倫したため、彼女は父親とは親しくなかった。とわこは不倫した父のことを一生許すことができなかっただろう。

しかし、突然父が重病だと聞かされたら、心臓が強く刺されたように心が痛むのだった。

彼女が駆けつけた三千院家のリビングは、ひどく荒らされた。

母親の美香の後ろについて、彼女も主寝室に入った。

ベッドの上で寝ていた父親の三千院太郎は、いつでも息の根を絶ってもおかしくなかったようだった。目を細くしていたその老人は、とわこを目にしたら、彼女に向けて腕を上げた。

「お父さん、病気だったら、どうして病院に行かなかったの?」父の冷たい手を握った瞬間、とわこは目縁から涙がこぼれそうだった。

すみれさんは鼻で笑った。「軽々しく言うな!君の父さんを病院に行かせるほど、この家にはお金の余裕がないんのだ!」

とわこは頭を上げてすみれさんのほうを見た。「金なら、常盤家から貰ってるでしょう!どうしてお父さんを病院に連れてあげないの?!」

すみれさんはベソをかいた。「あのお金なら、借金の返済に使ったのよ!父親の会社がどれほど借金したの、知ってる?とわこさん、まるであたしが金を全部乗っ取ったような目じゃないか?それに、お父さんの病気、治れないってさ!一層のこと早く死んだほうが楽だわ!」

すみれさんはこの言葉を吐いて、つれなく寝室を後にした。

はるかは一緒に行かなかった。

なんと言っても、三千院太郎は実の父親で、ずっと彼女のことを可愛がってくれたから、彼女も父親を亡くしたがらなかった。

「お父さん、ママのことを悪く思わないで。病院に行かせたがらないのじゃない。うちにそんなお金がないのも事実だ。」はるかはベッドの傍に立っていて、泣きながら言った。

「お父さん、病気治るといいね…」

三千院太郎はまるで、はるかの言葉を聞こえていなかったようだった。

彼の目は涙でいっぱいいっぱいになっていて、とわこを見つめていて、唇をわずかに動かし、低い声で言った。「とわ…とわ…ごめんね…お父さんが悪いよ…とわにもママにも悪いことをしてしまった…この貸しは来世で君たち親子に返す…」

とわこの手を握っていた大きな手は急に、彼女の手を離した。

部屋中には、鳴き声が響いた。

とわこの心臓は、ビクビクと痛んでいた。

一夜で、彼女の世界には、天地を繰り返すような変化が起きた。

彼女は人妻となって、妊娠して、彼女の父が他界した。

内心では自分はまだまだ子供だと思っていたが、彼女は生活に振り回されて、気がつけば無人の境地に追い込まれた。

葬式の日、小雨はしとしとと空から降ってきた。

三千院家が落ちぶれて、葬式に参加してくれた人は少なかった。

葬式が終わった後、すみれさんは親友を招待するために、ホテルに行った。

集まった人の群れもその場を離れた。

しばらくして、墓地に残ったのは井上美香ととわこの二人だけだった。

空は濛濛としていて、二人の心持ちも悪かった。

「ねぇママ、父さんのこと、恨んでいるか?」父親の墓碑を見つめていたとわこは、身体中哀しみが沁みて、目には涙が浮かんだ。

美香は下を見つめながら、淡々と言った。「恨んでるに決まってる。この人が死んでも、許す気はしないんだ」

とわこには理解ができなかった。「じゃ、どうして泣いてるの?」

美香は溜息をついた。「それは愛していたからよ。とわ、人の感情というのは複雑なんだ。愛と恨みは必ずしも対立面にあるんじゃない、混じり合うこともあるのよ」

夜、疲れ果てていたとわこは、やっと奏の屋敷の戻った。

とわこの父、三千院太郎が亡くなってから、今日葬式が終わったまで、合わせて三日だった。

この三日間、彼女は常盤家には帰っていなかった。

常盤家のものからの連絡も一切なかった。

父が死んだことを、彼女は常盤家の人間には話してなかった。

彼女と奏の仲は、氷よりも冷たくて、霜よりも寒いほど悪かった。

前院の門に入ってきたら、彼女は別荘全体を照らした明かりと空席の空いていなかったリビングを目にした。

リビングにいた客人のみんなはきちんとした身なりで、ワイングラスを手に取り、楽しそうに話し合っていた。

彼女は中に入るのを躊躇った。

「若奥様!」彼女の姿を見て、三浦婆やは迎えにきてくれた。

多分、リビングの盛り上がった空気にふさわしくなかった彼女の表情があまりにも凄惨で物寂しかったから、三浦婆やの微笑みもくずれた。三浦婆やは言いたがったことを飲み込んだ。

「外に雨が降っていますから、入ってください!若奥様」三浦婆やは彼女の腕を軽く引っ張って、中へ連れ込むことに成功した。

今日のとわこは黒いトレンチコートを着ていて、裾の下に見えたのは細くて色白の脛だった。彼女の両足には、黒いローヒールだった。

そっけなかった雰囲気は、いつもの彼女とは全然違った。

三浦婆やは、ピンク色のモケット材質のスリーパーを用意した。

スリーパーに履き替えた彼女は、なんとなくリビングのほうをちらっと見た。

奏の客人たちは、意味深い目で彼女のことを眺めていた。まるで動物園で、籠の中に入れられた動物を鑑賞していた観客のようだった。

彼らの目つきは大胆で、無礼だった。

とわこもまた同じ目で、ソファーの真ん中に座っていた奏を見た。

指の間にタバコを挟んでいた彼は、煙に巻かれた。煙の背後に潜めた彼の薄情の顔は、幻と真実のにあった。

彼女が彼に目をくれたのは、彼の側に女が一人座っていたからだった。

この綺麗な長くて黒い髪を誇っていた女性は、白いタイトドレス姿に、整った化粧をしていて、世に浮いている美しさだった。

女は、上半身をべったりと奏にくっつき、指で女性向けのタバコを一本挟んでいた。

彼女と奏の関係は尋常ではないのは、一目見れば分かった。

自分の目線を数秒この女に置けた後、とわこは眉を顰めた。

「三千院とわこというのは、あなたのことでしょう?」ソファーから立ち上がった女は、妖艶な足取りでとわこの前にきた。「あなたが大奥様が奏君に無理矢理に押し付けた嫁だと聞いたが。さすが大奥様、いいセンスしてるだけあって、顔立ちがいいわよね、ただ未熟だわ…そうだわ、年齢のことじゃないの、胸のほうが未熟なの…」

とわこは淡々と口を開いた。「あなたは綺麗で、セクシーな体をしていて、どっからどう見ても私よりはずっといい女ですが…奏さんいつあなたと結婚するのかしら?」

彼女の素朴な質問に、女は即座にカッとなった。

「三千院とわこ!どんな神経をしていて、あたしにこんな暴言を言えるわけ?!あたしは何年奏君の側にいたのわかる?たとえあなたが彼の妻だとしても、私が今ここで平手打ちを食わせても、彼は気にしないでしょう!」言ったそば、女は腕を上げた。

「すぽん」と破裂音がした!

とわこはテーブルに置いてあった高級ワインを取って、ボトルをリビングテーブルで割った!

真っ赤な液体が飛び散って、テーブルの縁を沿って、カーペットまでに流れた。

とわこの目は深紅に染まって、彼女は指でしっかりと割れたワインボトルを握って、割れて鋭利なトゲがあったほうをあの生意気な女に向けた。

「私に平手打ちをくわせるつもりでしたよね?来いよ!私に指一本でも触れたら、たたじゃ済まないよ!」ワインのボトルを持った彼女は、あの女のほうに迫った。

その場にいた全員が驚いてしまった。

噂での三千院家のご令嬢は地味で静かな人柄だが、まさか想像を何倍も上回った狂いぶりを見せてくれた!

奏は鷹のような目を細くして、薄い煙の輪を口から出した。

熱くなった彼の視線は、とわこの辛い気持ちで一杯で、同時に凶悪な顔にとどまった。

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