主寝室、バスルームタオルを手にした看護師が奏の体の汗粒を慎重に拭いた。両足にまだ力がなくて、看護師の支えがないと立つことすら難しい。事故以来、ずっとこの看護師に世話してもらっていた。40過ぎの男性で、細かで慎重な人だった。「常盤さん、足にあざがありますね」バスローブを着せて、手伝いながら看護師は彼とバスルームから出た。「塗布薬を取ってきますね」看護師が部屋を出た。ベッドサイドに座った奏はバスローブを引き上げ、足に青いあざが現れた。とわこにつねられたものだった。足に感覚が全くないわけではなかった。つねられたときに我慢して声を出さなかっただけ。頭の奥にとわこが泣いている顔が不思議に浮かんでいた。それに…彼女の体にある特別な香りはなかなか忘れられなかった。今まで、女に興味を持ったことがなかったのに。しかも、女のことで特別な感情を抱いたこともなかった。とわこは、彼の心を揺らした。まもなく離婚する女にこんな思いをするなんておかしいじゃないか。滑稽な自分を分からなくなった。でも、また同じことがあっても、やはりむかついて、彼女の服を破ってしまうに違いない。……翌日朝、7時。奏を避けて気軽に朝食をするため、とわこは早めに起きた。部屋を出て、まっすぐにダイニングへ行った。「おはようございます。若奥様もお早いですね。朝食は用意できました」三浦婆やが挨拶した。「も」という言葉に違和感があった。奏がいる。しょうがないから部屋へ戻ろうと思った。「若奥様、昨日脂っこい食事がだめとおっしゃったので、野菜サラダを作っておきました。お口に合うかどうかわからないですが、どうかお召し上がってみてください」彼女に熱心に勧められ、引っ張られてテーブルに座った。座っても不安でイライラした。奏の顔を見たくない。一目でわかるだろう。彼女と目を合わさなかったが、彼女からの嫌な雰囲気がすでに奏に伝わった。「朝飯終わって、挨拶に行くとき、お母さんに余計な話をするな」奏の声は冷たかった。「夕べ、あのドレスを弁償するお金いつもらえるの」とわこが直談判しかけた。大奥様に挨拶に付き合ってもよいが、先に清算してもらわないと。「そんな現金はない。どうしてもいるなら、携帯から振り込むけど」ミルクを飲みな
彼女の瞳に映ってる彼の顔は悪魔のようで、鋭利な牙を剝きだした。「どうして、奏さん、子供が欲しくなくても、何でこんなひどいことを言うの?」とわこは辛そうに聞き返した。「はっきりさせないと、お前が望みを捨てられないだろう」奏の目が奥から冷たく光らせた。とわこは息をのんで、目線を彼の顔からそむけた。あまりの怖さに驚かれて、彼女は深い暗闇に吞まされるようになった。奏は彼女の反応に興味が湧いてきた。「もしかして、僕の子供が欲しかったのか?」嘲笑いながら、奏が聞いてきた。とわこは目を丸くして、彼を睨んだ。「忠告を忘れないでね。僕がどんな人間なのか、お前には分かってるはずだ。言葉よりずっと残酷な行動をとる人だ。死んで欲しくないなら、僕の逆鳞に触れるな」怒鳴るように言い聞かせて、奏は窓の外に目を向けた。「安心してよ。あなたの子供なんか産むわけないわ。むしろあなたのことが大嫌いだ。わかってるはずだよ。今一番大事なのは、早く離婚することよ」あまりの怒りに、とわこはこぶしを握り締めた。子供は彼一人のものじゃない。産んだとしても、自分一人のために産むわけだ。子供が大きくなったら、お父さんが死んだと伝えるつもりだった。「今はまだできない。母さんがもうちょっと元気になってからにしよう」彼女の話を聞いて、奏は多少落ち着いた。彼女に好かれていないことにやっと気づいた。「長引くのは嫌だ」眉をひそめて、苛々した彼女が言った。長引くと、お腹が大きくなってくるのだ。そうなると、必ず病院に引っ張られて、中絶せざるを得なくなるだろう。「そんなに焦ってて、僕に何を隠してるのか?」奏は言いながら彼女を見透かすように見つめた。とわこの心臓が一瞬止まった。「ないよ。焦ることなど何もないわ。ただ…一緒にいたくないだけよ。もしかして誰かに言われたことがないの?あなたといると息苦しいって」「そう思っても、あえて口に出せないだろう」苦笑交じりに奏が言った。「そう。だから私を目障りだと思ったのね。でも、私は何かがあったらすぐ口に出すタイプだ。話せないと気が済まないの」口を歪めてとわこは言った。「自分の妻がおしゃれして他の男と付き合うなんて、誰でも許さないだろう」奏は自分の心を再び分析し、誤解されたと思って彼女に言い聞かせた。「サスペンダ
妊婦用のカルシウムサプリメントは、年寄りのと同じものなのだ。だから、サプリメントの瓶にはカルシウムと書いてあったのだ。「自分がどんな薬を飲むのかほかの人に話す必要はないでしょ?」とわこは驚いたが、言葉は落ち着いていた。言葉を残して彼女は逃げだした。部屋に戻ってから、まず引き出しにサプリメントを置いた。そして顔を洗った。このままだとだめだ。早く離れないと、いつかきっとバレる。検査記録が部屋にある。奏が来たら必ずすべてがわかってしまう。奏が生意気だけど、そこまでは狂ってないだと理性は告げた。部屋を調べるまではしないととわこは思った。それに、離婚を承諾してくれないと一方的に離婚できないのだ。何せ、当時高い結納金を貰っていたから。ベッドに座りながらいろんなことを考えた。食事のことも忘れた。ドアをたたく音がした。気が付いて、早速ドアを開けた。「若奥様、若旦那様が部屋に戻りました。食事に行きましょう」三浦婆やが優しく話しかけてきた。少し気が緩んだ。この屋敷に、奏以外、みんな優しいんだ。多分、若いからみんなに可愛がってくれた。ダイニングルームに、おかずはすでに並べられている。「三浦さん、多すぎるわ。一人で食べきれない。一緒に食べて」「若奥様、お気軽に食べていいですよ。この屋敷にお決まりがあります。それを破るわけにはいきませんから」「そうか。三浦さんにお子さんはいるの?」奏がいないから、とわこは気が楽になってきた。「いますよ。今は若奥様と同じぐらいで、大学を通っています。若奥様、どうして突然それを聞くんですか?」顔がほんのり赤くなり、とわこは微笑んだ。「妊娠したら体が太ると聞いたから。でも三浦さんはよく体型を保っているよね」「そうですよ。私は妊娠した時にあまり食欲がなくて、出産のときでも50キロ越えませんでした。だから今でもあんまり変わっていません」「妊娠したとき、お腹はそんなに目立たなかったの?」「おっしゃった通りです。妊娠8か月の時でも、5か月のように見えました。ちょっと大きめの服を着ると、ほとんど妊婦とは見えませんでした」それを聞いて、とわこはヒントを得た。少し食べて終わりにした。体型を保って、お腹が悟れないようにすると決めた。「若奥様、あまり食べていませんでしたよ
「ね、とわこ、教えて、奏が好きな女がいるって誰から聞いたの。どんなタイプの女?」直美は不安に感じた。奏の周りに他の女なんていないと、彼女は確信していたが。「ただの推測だよ…奏の事、直美ほど分からないから」頭を横に振りながらとわこは言った。少し落ち着いてからとわこは口調を変えた。奏の事はそう簡単ではなかった。そして彼女は深く巻き込まれたくもなかった。ちゃんと生きてて、子供を順調に産むのは何よりの重要事項だ。「びっくりした。奏がほかの女と一緒にいるのを見たと思った」とわこからの説明をきいて、少し気楽になった。「奏はとわこが思うような男ではない。彼は女嫌いし、子供も嫌いんだ」「どうして奏は子供が嫌いの?」とわこは何げなく聞いた。「実は私もわからないのだ。でも、知りたくもないのさ。奏が嫌いなら、私は産まない。私の事大切に思ってくれたし」眉をひそめて、独り言のように直美が言った。「直美がいいというならそれでいい」とわこは彼女の考えを正すのをやめた。責任を取る覚悟があるなら、誰にでも選択の権利があるはずだ。直美のやり方はとても不思議だったと思うが、常盤の子供を産むのも、馬鹿げたことに思われているかもしれない。料理が出された。お腹すいたので、とわこは箸を取り、さっさと食べ始めた。直美は心配こと重なって、食欲なくなった。「とわこ、奏のことを好きになってないよね?」「それはない」とわこははっきり答えた。「しかし、奏は優秀だし、格好いいし、どうして好きにならないの?」直美は理解できなかった。「直美と奏のどっちかを一人選んで欲しいなら、私は直美を取るわ」彼女を見つめながらとわこは言った。これなら少なくとも殴られることはないだろう。彼女はびっくりした。「とわこ、君は…」「ただの例えだ。分かっていればいい」手を振りながらとわこは補足した。直美はすっかりと安心した。とわこは脅威ではないと判断した。お父さんと死別して、三千院グループが破産まじかで、三千院家をとわこ一人で支えているのを考えると、直美は何とか哀れな気持ちになった。「とわこ、大学まだ卒業してないのか?」「まだだよ」水を飲んでからとわこは言った。「父のことを聞いたわ。お父さんも死んだし、会社の借金は君と関係ないだろう。ちゃんと勉強して生きてい
車が素早くそばから通って前へ進んで行った。冷たい風と共に消えた。とわこは頭を上げて、幻の夜景色を眺めると、ロールス・ロイスが尾灯を閃いた。奏の車だろうか?手で涙を拭いて、さっさと気持ちを見直し、常盤邸へ向かった。邸の前に、車が止まっていた。とわこは門の前で止まって、奏が入っていくのを待っていた。目がとても渋かった。頭を上げて夜空を眺めると、星達が眩しく輝いて、とても美しかった。きれい。明日は晴れるだろう。そのまま立って、あっという間に、1時間も立った。車はなくなった。車庫に入っただろう。客間に灯りがついている。広くて静かだった。落ち着いたとわこはゆっくり客間に向かった。二階のベランダに、奏が灰色のガウンを着て、車椅子に座りながら、ゴブレットを手にしていた。ゴブレットに赤い液体が底をついていた。外で1時間ぐらい立っていた彼女を、奏がベランダでずっと見ていた。彼女は何を考えていたのか?じっと立ったままで、近くの木のように見えた。幼いごろから頭のいい人をいっぱい見てきた。頭のいい人だけが彼の近くに残されるのだ。ただし、とわこは例外だった。分かったくせに、何度もわざと彼を怒らせたのだ。賢いとは言えない。本物の馬鹿女だ。しかし、悲しい彼女を見ると、知らないうちに影響されてしまった。これは受動的な感情。生まれて初めて体に覚えた感覚だ。……部屋に戻って、とわこの頭が重くなった。冷たい風に当てられただろう。タンスの中から厚めの布団を取り出した。布団の中に入り込み、深い眠りに着いた。一晩寝汗を流して、夜風の寒気をやっと追い出した。目覚めた彼女の体がねばねばだったが、気分はよくなった。シャワーを浴びて、服を着替えて、部屋から出た。いい匂いに従ってダイニングに辿り着いた。三浦婆やはすでに朝食を用意できた。「彼は食べたの?」とわこは聞いた。「まだです。若旦那様がまだ降りていません」それを聞いて、とわこは慌ててミルクを飲み、お皿からのトースト等を大口で食べ始めた。5分も足らずに朝食を終えた。「若奥様、そんなに若旦那様のことが怖いですか?」三浦婆やが微笑んで彼女をからかった。「違うの…見たくないだけよ。見ると落ち着かなくなるの」顎を上げながら、少し
「座れ」彼女を一瞥してから奏が言った。「うん」彼女は向かい側のソファーに腰かけた。テーブルにパソコン1台置いてあった。スクリーンは彼女に向いてた。中には監視画面があった。よく見るとやっと分かった。彼の寝室の画面だった。監視カメラがベッドを向いていた。ベッドの上にいる彼と彼女が映られていた。画面をはっきり意識してから、とわこの頭に一瞬で血が昇ってきた。ぱっと立って画面を指さしながら、とわこが怒鳴り始めた。「奏、この変態が!寝室に監視カメラを設置するなんて!」怒りが彼女を支配した。元々3か月の共同生活を忘れようとしたのに。この3か月、彼は植物状態だったので、男としてみてなかった。外でどんなに華やかであっても、プライベートでは、外に見せたくないものが誰にだってある。3か月間監視されたことをとわこはどうしても受けられなかったのだ。彼の部屋に監視カメラがあるなんて聞いていなかった。彼女のムカついて震える姿を見て、奏は逆に落ち着いた。「どうして僕がカメラをつけたと思うの?」彼だって、病気の間に部屋にカメラを付けられたことを今日初めて知ったのだ。つけたのは大奥様だった。看護師の虐待を防ぐためだと言われた。いくら実力があるとは言え、植物状態になったら、もうどうにもできない。母の好意に腹を立てることはできなかった。母からすべてのデータをもらってきた。一通りざっと見たのだ。見終わって、血圧も上がった。とわこがこんな女だとは予想外だった。「それは…大奥様がつけたの?」とわこは不安そうに聞き出した。「大奥様がどうしてこんな事をしたの?教えくれればよかったのに!私…私…」胸の中に火が燃え続いた。「僕が目覚めたのは予想外だっただろう?病気中、僕の体を滅茶苦茶に弄んで、楽しかった?」奏は鋭く睨みながら、力込めて怒鳴り出した。とわこの顔が熱くなり、ソファに倒れた。「違うの、弄んだわけじゃないの。あれは。マッサージをするつもりだった、筋萎縮症を予防するための」常盤家に嫁いでから、看護師が奏にマッサージするのを何回か見て、彼女は看護師の仕事を引き継いだ。毎晩、看護師が奏にマッサージする時、彼女は部屋にいて気まずいと感じた。口論する彼女の姿を見て、一瞬、奏が誤解したのかと思った。
翌日、日曜日、10時半に起きた。初めて常盤家で朝寝坊した。部屋から出たとき、客間に男たちがいた。みんなこっちを振り向いてきた。大き目のナイトドレス、肩に垂れているみだれ髪、白くてきれい顔。お客さんが来るとは思わなかった。彼も、お客さんも、彼女を真剣に見つめた。おそらく彼女の出現を予想できなかった。とわこはドキッとした。気まずい立場にいると気づいて、体の向きを変え、部屋へ戻ろうとした。そんな時、三浦婆やがやってきて、彼女の手を取ってダイニングに向かった。「若奥様、お早うございます。お腹すいたでしょう?部屋に伺いましたよ。ぐっすり寝ていたので、起こしませんでした」「お早う。あの人達…誰?」どもりどもりと三浦婆やに聞き出した。「若旦那様の友達です。見舞に来ました。怖いと思ったら、挨拶しなくてもいいですよ」「わかった」奏に挨拶してないのに、彼の友達へはなおさらだ。もし、事前にお客さんが来ると分ったら、とっくに起きて、一日中外で遊びに行くわ。客間に。奏の友達は皆とわこのことに大きく興味を持っていたようだ。「奏、さっきの若い子、どうして泊まっていた?お手伝いさんか?それとも…」「みんな大人だし、奏も男だ。家に若い女がいるのは当たり前のことじゃないか。あははは」奏から返事なかったので、みんなが状況をわきまえ、その話を続けなかった。「三千院グループのお嬢さん、三千院とわこを知ってる?あの三千院太郎の娘…」「知ってるよ。金曜日の夜に電話をもらって、融資を頼まれた。話を聞くわけないだろう?とっとと電話を切ったんだ」「このとわこはなかなか面白いやつだ。お父さんの借金に関係ないだろう。分かっていたのに、自分で返済しようとするなんて、頭が壊れた?」「今の若者は考えが甘すぎるのさ。あの会社の新製品、俺はとっくに調べた。絶対無理。無人運転システム、すごそうに聞こえるが、道路の状況は複雑で把握できるわけがないだろう?こんなプロジェクトに投資するなんて、馬鹿に違いない!」……ダイニングで食事をしているとわこは、彼らの話を聞いて、複雑な気持ちになった。食事を済まして、パソコンを持ち出し、近くにある喫茶店で卒論を書くことにした。今の彼女はあまり余裕がないので、まず勉強と生活に専念すると決意していた。
とわこがそう思うと、まるで誰かに首を絞められたかのように感じた。激しいめまいと窒息感が押し寄せ、彼女は目が回りそうになった。奏がZだなんて、ありえない。Zが1億円を頭金としてとわこに送金した、しかも三千院グループを投資するつもりだった。奏はこんないいことをするはずがない。もし、奏がZじゃなかったら、彼はどうしてここにいるの?でも、車椅子、紺色のシャツと白い肌、全てが一つの真実に告げていた。目の前の人が確かに奏本人だった。ほかの誰でもない。彼女はびっくりしてはっと息を飲んだ。何げなく後退りをした。しかし、ドアはいつの間にか閉められた。「挨拶もなしに帰るのか?」慌てて逃げようとした彼女を見つめながら、奏は聞き出した。「こんなところに何をしに来た?」とわこは耳元の髪を上へ引き上げて、落ち着こうとした。「私…クラスメートと約束して食事に来たの」「ここはバーだぞ」「そうか…」とわこは部屋中をじろじろ見た。とても大きな個室で、内装も上品だった。しかし、彼女にとってここは地獄のようで、一刻も早く出て行きたかった。「私…場所間違ったのかな。クラスメイトを探しに行くよ」「とわこ、今朝僕の話を忘れたのか?」奏の怒鳴り声に寒気を感じた。「覚えているよ。でも、どうして私は奏の言うことを聞かなきゃならないの」この前の件、今でも歴然と目に浮かんでいる。酒の相手をしなかったのに、着飾った風俗嬢みたいに、ほかの男と遊んでいたと断言された。彼女の回答に困った奏が眉をひそめた。彼女がほかの女と違うのは分かっている。自分なりの考えがあり、権力にも怯えない。一番重要なのは、いくら警告しても、まったく気にしなかった点だ。つまり彼のことを気にしていないのだ。ゴブレットを持ち上げて、奏はワインを一口飲んだ。深い息を吸ってから、とわこは試しに聞き出した。「奏、どうしてここに?本邸で食事するのじゃなかったの?」元々聞きたいのは、ここはZさんが予約した部屋で、どうしてあなたがここにいるのか?もしかして、奏、あなたがZなの?でも、彼女はそんな勇気はなかった。彼が答えるのを恐れていた。もし彼がZだったら、これから仕事の話はどう進めばいいの?Zじゃなかったら、今朝嘘ついたことをどうやって説明するの?「来い、酒を付き合
アメリカの深夜0時5分、奏の乗った飛行機がアメリカの首都空港に到着した。マイクは空港で出迎えていた。とわこが頼んだわけではなく、子遠から電話があり、必ず空港で迎えろと言われたからだ。奏をどこに連れて行くかについても、子遠は「とわこの家に連れて行け。あとはとわこが何とかする」とだけ指示してきた。そのため、マイクは素直に奏を迎えに行き、そのままとわこの家に連れて帰った。夜も更けて、ボディガードや家政婦、そして子供たちはすでに眠っていた。ただ一人、とわこだけがリビングで待っていた。マイクはあくびをかみ殺しながら言った。「連れてきたよ。俺の役目はこれで終わりだよな?」とわこは彼の言葉をまったく気に留めず、奏もまたとわこ以外に視線を向けることはなかった。マイクはまるで空気のような存在になり、少し居心地が悪かった。「じゃあ、俺は部屋に戻るよ?」と一応声をかけてみたが、誰も返事をしない。彼はしょんぼりと自室に戻り、子遠に電話で愚痴をこぼすことにした。リビング。奏が自分でキャリーバッグを持っているのを見て、とわこが尋ねた。「ボディガードは連れてこなかったの?」「うん」今回はとわこや子供たちと過ごすためだから、奏はボディガードには休暇を与えた。B国なら、彼のことを知っている人は少ない。とわこの頭の中が一瞬で混乱した。もう深夜だし、とりあえず寝室に案内しなければならない。しかし、空いている小部屋はもともと物置として使っていた部屋で、少し狭い。家にこれほど多くの人が住んだことがなかったからだ。蒼が生まれた後、彼女は家政婦とボディーガードを増やしたので、家が手狭になってしまった。昼間には小さな部屋でも構わないと思っていたが、いざ彼が来ると、その部屋に案内するのが気まずく感じた。「お腹空いてない?三浦さんが用意してくれたご飯があるから、温めるだけで食べられるよ」彼女は奏を食事に誘い、その間に自分の部屋から生活用品を持ち出し、主寝室を彼に譲ろうと考えた。しかし、彼は首を振った。「いらない。飛行機で食べたから」「そう.....もう遅いし、先に休もうか」彼女は心の中で葛藤しながら、彼を寝室に案内した。奏は彼女の背中を見つめながらついていった。その背中、長い髪、まるで風に吹かれて飛んでいきそうなほど儚
とわこは彼の言葉を理解できなかった。「彼が家に来ることの何が問題なの?」マイク「問題がないわけないだろう?うちには余分な部屋なんてないんだよ。さっき瞳と一緒に行ったあの部屋、すごく狭いじゃないか。瞳なら我慢して泊まれるけど、奏がそんな我慢できるか?」とわこ「瞳が泊まれるなら、彼も泊まれるでしょ?もし彼が気に入らないなら、外のホテルにでも泊まればいいわ」マイクは眉を上げて彼女を見つめた。とわこはその視線に気まずくなり、「何を見てるの?彼が来ても、もしかしたらホテルに泊まるかもしれないじゃない」と言った。マイクは淡々と「へぇ」と言った。「彼、何日くらい遊びに来るの?」「それは言ってなかったわ。そんなこと、重要かしら?まさか、ずっとここに泊まり続けるわけじゃないでしょ?」「ただ聞いただけだよ。そんなに慌てなくても」マイクは意味深に彼女を見つめ、「どうして急に来ることにしたんだ?昨日は来なかったのに。まさか、お前が呼んだんじゃないだろうな?」とわこの顔が赤くなり、耳元まで熱くなった。「もしもう一言でも言ったら、あなたには小さい部屋に移動してもらうわ。大きい部屋は空けて、客を迎えるから」とわこは脅すように言った。マイクは冷ややかに「俺は部屋を空けても構わないけど、奏が泊まるかどうかはわからないな。だって、彼は潔癖症だから」と呟いた。とわこはこめかみが少し痛み、キッチンへ向かうことにした。皿を片付けるためだ。マイクは追いかけてきて、「俺が片付けるから、蓮を落ち着かせてきて。彼、奏が来るって聞いてあまり嬉しくないみたいだから」と言った。とわこはその言葉を聞いて、すぐに子供部屋へ向かった。蓮は確かにあまり嬉しくなさそうだった。良い年越しをしていたのに、突然奏が来ることになって、気分が台無しだ。彼は奏に会いたくなかった。顔を見せたくもなければ、話したくもなかった。とわこはドアを開けて入ると、蓮の横に座った。「蓮、ママはあなたが彼を受け入れられないこと、わかっているわ」とわこは無理に蓮に認めさせるつもりはなかった。「私が彼を呼んだのは、結菜が亡くなった後、彼が私たちよりもつらい状況にいるからなの。特に今年、結菜が彼と一緒に過ごすことができなくなったし、彼のお母さんもいない。最近、彼は兄とも絶縁してしまったし」「
彼をここに来るように呼んだのは自分なのだから、彼がここに泊まるのが自然だろう。そうすれば、子供たちとも過ごしやすい。とわこは蒼を抱きかかえてリビングに向かった。三浦がすぐに蒼を受け取った。「ママ、さっき電話してたの誰?」食事を終えたレラがテーブルから降りて、とわこの前に来た。「パパよ」とわこは言いながらレラの手を引き、ダイニングへ向かった。「一緒にお正月を過ごすために来るって」ダイニングにいた皆も、その言葉を耳にしていた。「とわこ、今の話、本当か?奏が来るのか?」マイクが大声で聞いた。「うん。今から飛行機乗って来るって」「じゃあ、子遠は?子遠も一緒に来るのかな?」マイクは奏には興味がなく、子遠のことばかり気にしている。「そのことは聞いてないわ。子遠に電話してみたら?」マイクは少し肩を落として言った。「いや、いいよ。たぶん来ないだろう。正月休みは両親と過ごすって言ってたし」「うん、理解してあげなよ。年中働きづめだから、この時期くらい家族とゆっくりしたいでしょ」とわこはマイクを慰めた。マイクは頷き、ふと瞳のいる方へ視線を向け、少し困ったように言った。「また飲み始めたよ。何を言っても聞かないんだ。裕之に電話した方がいいんじゃないか?もう顔に『裕之』って書いてあるようなもんだよ」とわこは瞳を一瞥した。瞳は泣き叫んでいるわけではないが、ひたすらグラスを傾けている。こんな飲み方を続けるのは良くない。とわこは背を向けて、裕之の番号を探し、通話ボタンを押した。——「おかけになった番号は現在使われておりません」冷たいシステム音声が流れてきた。とわこは耳を疑った。裕之の番号が、使われていない?携帯番号は本人確認が必要で、各種カードやアカウントとも紐付けられている。普通は失くしてもすぐに再発行するはずで、そう簡単に変えるはずがない。再度電話をかけても、結果は同じだった。つまり、裕之が番号を変えたということだ!マイクはとわこの険しい顔色を見て、不安そうに尋ねた。「どうした?」「彼、番号を変えたみたい」とわこは唇を引き結び、瞳にどう伝えればいいのか悩んだ。裕之は過去を完全に断ち切ろうとしている。もし瞳が数日前にあんなことを言わなければ、こんな事態にはならなかったかもしれない。とわこはこんな状況
彼女と子供に会ったら、幸福に溺れてしまい、背後の闇に冷静に向き合えなくなるかもしれないと怖かった。自分の抱える厄介事が、彼女や子供に影響を及ぼすのも嫌だった。とわこは彼の沈黙する姿を見つめ、その瞳に浮かぶ複雑な感情を読み取ろうとしたが、何も分からなかった。なぜ彼はずっと黙っているのだろうか?子供に会いたくないなら、断ればいいのに!一体、彼は何を考えているの?「もし忙しいなら、別にいいわ」とわこは、終わりの見えない沈黙と疑念に耐えられず言った。「レラが、あなたが一人で年を越すのは寂しそうだねって言うから、その......」「君は俺に来てほしいのか?」彼が言葉を遮った。もし彼女を拒絶すれば、きっと傷つけてしまうだろう。彼が一番見たくないのは、彼女の悲しむ姿だった。彼の問いかけに、とわこの顔が一気に赤くなった。自分からはっきり誘ったのに、彼はもう一度言わせたいの?「来たければ来ればいいし、来たくなければ......」「チケットを確認する」彼にそう言われ、とわこの緊張していた心が一気にほぐれた。「蒼にミルクをあげなきゃ。ミルク作ってくるから、一旦切るね!」「うん」彼はすっかり酔いが冷めていた。さっき自分が何を言ったのか、これから何をするべきなのか、すべてわかっている。レラはすでに彼を受け入れてくれたし、蓮も以前ほど拒絶していない。とわこも、彼が蒼に怒りをぶつけたことを責めたりしなかった。彼女も子供たちも、彼に心を開いてくれている。そんな温もりを拒めるはずがなかった。たとえ短い期間だとしても、その幸せを掴み取りたかった。チケットを予約した後、彼はバスルームでシャワーを浴びた。しばらくして、彼は身支度を整え、キャリーバッグを手に階段を下りた。一郎と子遠は、彼が階段を降りてくるのを見て少し驚いた。なぜなら、彼は精悍な顔つきをしていて、上に上がった時の疲れた様子が全くなかったからだ。「奏、どこか出かけるのか?」一郎は大股で彼の前に歩み寄り、じっと観察した。「シャワー浴びたのか?香水つけた?ボディソープってそんな香りじゃなかったよな」子遠は後ろから肘で一郎を軽く突きながら言った。「社長、遠出ですか?空港に行くんですか?酒ちょっとしか飲んでないんで、送りますよ!」奏は即座に断
アメリカ。「......」彼はここまで酔っているのに、自分は酔っていないと言い張るなんて。「あけましておめでとう」彼女は眉をひそめた。「ビデオ通話してきたのは、ただそれを言うため?」「違う」彼の口調はハキハキしていて、思考力もはっきりしている。「蒼は?顔を見せてくれないか?」彼がそんなことを言い出すとは思わなかった。「やっと蒼のことを思い出したの?もう怒ってない?」奏は反論することなく、ぼそりと答えた。「忘れたことなんてない」守り抜きたかった我が子を、どうして忘れられるだろうか。「どうやって気持ちの整理をしたの?」とわこは彼の心境の変化が気になっていた。「あの子を殺しても、結菜は戻ってこない」その声には冷たさと苦しみが混ざっていたが、明らかに酔いが残っている。「弱いあの子を責めるくらいなら、自分を責めた方がいい」「自分を責めても意味ないじゃない。それに、結菜を無理強いしたわけじゃないでしょう?」とわこは反論した。「奏、そんな生き方してて、疲れない?結菜を失ったことが辛いのは分かる。でも、あなたが本当に乗り越えない限り、私たちはみんなこの影から抜け出せないの」その言葉に、奏は少し黙り込んだ。二人はお互い見つめ合い、時間が止まったかのようだった。まるで映画の再会シーンのように、静かな空気が漂っていた。やがて、彼がその沈黙を破った。「蒼を見せてくれ」とわこははっとして、ベッドの方を振り返った。蒼はぱっちりとした黒く輝く目を開けて、静かに左右を見渡している。泣きもせず、じっとしている姿がとても可愛らしい。「いつ起きたの?今日はお利口さんだね、全然泣かないし!」彼女は蒼を優しくあやしながら、カメラを蒼の顔に向けた。「見て、パパだよ」奏は画面越しに蒼の顔を見つめ、心の中が複雑に揺れ動いた。蒼の顔は知っている。毎日、三浦が送ってくれる写真で見ているからだ。でも、こうしてリアルタイムで見ると、まったく違う感覚だった。「確かに、俺に似ている」奏は少しの間見つめた後、そう呟いた。とわこは反論した。「でも、子供の頃のあなたとはちょっと違うかも」「俺の子供の頃を知ってるのか?」彼女は一瞬固まった。彼は、彼女が結菜の部屋に入り、子供の頃のアルバムをこっそり見たことを知らなかった。今、うっか
アメリカ。マイクと瞳は何杯かお酒を飲んだあと、互いの心の内を吐き出し始めた。「分かってるんだ。裕之とは絶対うまくいかないって。でも忘れられないの」瞳は苦しそうに笑った。すると、マイクは髪をかき上げて、頭の傷跡を見せた。「俺もさ、死にかけたことがあるんだよ。一番ひどい怪我をしたとき、彼氏に捨てられたんだ。俺の方が悲惨だろ?お前はまだ捨てられてないじゃん」「うん、確かに。あんたの方がずっとひどいね。私は捨てられてないし、死にかけたこともない」瞳は乾杯しながら笑った。「それで、どうやって立ち直ったの?」マイクは酒を一口飲んで、少し目を細めた。「今だから笑って言えるけど、本当は死ぬのが怖かったんだ。とわこが俺を死の淵から引き戻してくれたとき、生きていることが奇跡に思えた。振られたとかどうでもよくなったんだよ。生きてるって、すげえだろ?」瞳は少し考えてから、うなずいた。「そうだね。正直、辛くて眠れない夜もあるけど、ご飯を食べるとちゃんと美味しいって感じるし。失恋したからって死ぬなんてありえない。ちゃんと生きないとね」「そうそう!お前みたいな美人、きっともっといい男が現れるさ」「ありがとうね、一緒に飲んでくれて。なんか気持ちが楽になった」「友達だからな!当然だろ。今日は新年だし、楽しく過ごさないとな!」そう言って、マイクはお酒を注いだ。そのとき、とわこがジュースを持ってきて、テーブルのお酒とそっと取り替えた。「お酒はほどほどにね。酔っ払ったら頭痛くなるよ」マイクはすぐに自分のグラスをとわこに差し出した。「了解!俺も後でレラのパフォーマンス見ないといけないしな!」瞳もお酒を飲み干して、とわこに向き合った。「とわこ、この間は私が悪かったよ。感情的になってごめん」「もう過ぎたことだし、気にしないで。ほら、今は楽しく過ごそう」とわこは瞳の赤くなった顔を見て、彼女のグラスを取り上げた。「今日はここに泊まっていきなよ。おばさんも帰国してるし、酔っ払って一人で帰るのは危ないからさ」「うん......そうだね......」瞳は酒臭い息を吐きながら手を探った。「あれ、私まだ子どもたちにお年玉あげてないよね?バッグどこ?」「バッグはソファの上だよ。まずは何か食べて。お年玉は後でいいから」とわこは水を注ぎ、瞳の前に置いた。「瞳、どん
「それじゃ、やめとく!夜は外寒いし」レラはあっさりと諦めた。「パパの家の花火を見てればいいや!」「うん、ゆっくり見てて」とわこはカメラの前から離れた。彼女が画面から消えると、奏の目からも輝きが失われた。とわこは部屋を出て、マイクを探した。「マイク、瞳に電話してくれる?」「もうしたよ」マイクは「お見通しだよ」と言わんばかりの顔で答えた。「蓮に頼んで呼んでもらった。少ししたら来るってさ」「さすがね」とわこは感心した。「ははは!瞳は君に怒ってても、君の子供たちには怒らないだろ?」マイクはとわこの新しい赤い服をじっと見つめた。「みんな赤い服を着てるのに、俺だけ違うじゃないか。まるで家族じゃないみたいだ」「だって、赤は嫌いでしょ?」とわこは問い返した。「家族だからこそ、ちゃんと覚えてるんだよ」マイクは一瞬言葉を失った。しばらくして、瞳が一人でやってきた。「おばさんは?」とわこは、まるで喧嘩などなかったかのように尋ねた。「彼氏を連れてくるって言ってたから、プレゼントも用意したのに」瞳も同じように平然と答えた。「お母さんには帰国してお父さんと一緒に過ごすように頼んだ。新しい彼氏とは別れたし」「わお!」マイクは驚きの声を上げた。とわこはすぐさまマイクを睨み、口を閉じさせた。「ねえ、寝言って病気かな?治せる?」瞳は真剣に尋ねた。「寝言で裕之の名前を呼んじゃってさ。それを新しい彼氏が聞いちゃって、機嫌悪くしてさ。もう面倒だから別れた」「......」とわこは唖然とした。「瞳、お前すごいな!」マイクは笑いながら言った。「でも気にするなよ。そいつ、大人じゃないよ。もし本当にお前を愛してるなら、失恋の痛みを一緒に乗り越えてくれるはずだ」「そうだよね。なんか罪悪感あったけど、マイクの言うこと聞いたら納得できた」二人は意気投合し、一緒に飲むことにした。その間に、レラがビデオ通話を終えて、とわこのスマホを持って戻ってきた。「ママ、パパからのお年玉っていくら?」レラはスマホを渡しながら聞いた。「全部受け取ってってパパが言ったから、ちゃんと受け取ったよ!」とわこはスマホを確認した。四つの送金のメッセージがあり、すべて既に受け取り済みだった。「ママ、いくらなの?数えられないよ」レラが首をかしげた。「二千万円。
電話はすぐに繋がり、奏の低くて魅力的な声が響いた。「レラか?」「私よ」とわこは気まずそうに言った。「なんで送金してきたの?」奏は淡々と答えた。「あれは子供たちのお年玉だ」「子供たちにお年玉をあげるなら、直接渡せばいいじゃない。なんで私に送るの?」奏は少し笑って説明した。「レラが君のスマホを使って、俺に新年の挨拶をしてきたんだ。見てないのか?」とわこは一瞬固まった。送金メッセージしか見ていなかったので、まさかその前に音声メッセージの履歴があるとは思わなかった。慌てて通話画面を小さくし、チャット履歴を確認すると、確かにレラの音声メッセージの履歴が残っていた。顔が真っ赤になり、地面に穴があったら入りたい気持ちだった。その時、部屋のドアが開き、レラが無邪気に駆け込んできた。とわこが電話をしているのを見て、レラは口を手で覆って「しまった!」という顔をした。「パパよ」とわこはスマホを差し出した。どうせ奏が「レラか?」と最初に言った時点で、彼女には気付かれている。レラはスマホを受け取り、嬉しそうに声を上げた。「パパ!私が送ったメッセージ、聞いた?」「聞いたよ。お年玉を送った。ママのスマホにあるよ」「わーい!でも、私だけ?兄ちゃんにも送った?」「送った」「弟にも?」レラは続いた。「もちろん」「ねえ、ママにもあげた?」レラは満足そうに笑って尋ねた。「ママは毎日、一生懸命私とお兄ちゃんと弟のお世話をしてるんだよ!」奏はすぐに「分かった」と答え、その場で追加送金を行った。その時、夜空に花火が一斉に打ち上がり、カラフルな光が闇を切り裂くように広がった。奏はその眩い光を見つめながら、ふと気づいた。暗闇があるからこそ、花火は輝く。だからこそ、暗闇を恐れる必要はないのだ。「パパ!今、花火の音がしたよね?」レラが興奮して聞いた。「うん、花火だ。見たいか?」「見たい!ビデオ通話にしようよ!」レラの提案に、服を着替えていたとわこの体が一瞬硬直した。新年の雰囲気をより楽しむために、彼女は和服を買っていた。子供たちも全員和服を着ており、少しでもお正月らしさを演出したかったのだ。彼女がドレスを着替え終えると、レラはすでに奏とビデオ通話をしていた。「ママ!パパ達花火をやってる!すごくきれいな花火だよ
彼はマイクに電話をかけたが、マイクの携帯は電源が切れていた。子供の安全が心配で、彼は仕方なく彼女に連絡を取った。とわこは短く「うん」とだけ返信し、スマホを置いて蒼の服を脱がせ始めた。彼を気にしていないふりをしようとしたが、蒼の服を脱がせ終わると、思わずスマホを手に取り、新しいメッセージが来ていないか確認してしまった。だが、当然ながら何も来ていない。落胆しながらも蒼を抱えて浴室へ向かった。1時間ほどしてから三浦が蒼を迎えに来た。とわこはスマホを手に取り、奏からのメッセージをもう一度見返した。ついでに、過去のやり取りをすべて遡ってみると、胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われた。自分が少し自分勝手だったかもしれない、ととわこは感じた。結菜が亡くなったことで奏が受けたダメージは計り知れない。もっと忍耐強く、寛容でいるべきだったのではないか。喧嘩して衝動的に蒼を連れてアメリカに来るのではなく。彼女は彼にメッセージを送りたい気持ちを抑えきれなかったが、何を送ればいいのかわからなかった。ふとカレンダーを開くと、あと2日で元旦だと気づいた。その時にメッセージを送ろう。あっという間に新年を迎えた。朝、とわこは三人の子供たちに新しい服を着せ、マイクと一緒にしめ縄を飾った。レラは少し見守ってから、こっそりととわこの部屋へ入った。「今日は新年だし、パパは一人で寂しいかも……」レラはそう思い、ママのスマホを手に取ってLINEを開いた。そこに「奏」の名前が表示されているのを見つけ、ためらうことなくボイスメッセージを送った。その頃、日本は夜8時を迎え、奏の家では一郎と子遠が一緒に年越しをしようとしていた。庭には花火が山積みになっており、一郎が火をつけに行こうとしているところだった。その時、奏のスマホにメッセージの通知が届いた。送信者はとわこで、ボイスメッセージだった。奏は緊張しながらメッセージをタップした。「パパ!あけましておめでとう!ママは今、玄関でしめ縄を飾ってるの。ママのスマホをこっそり使ってメッセージ送ってるんだ!」レラの透き通った声が響き渡った。側にいた子遠も音声を聞き取り、驚きつつ笑顔を浮かべた。「レラちゃんの声ですね!」奏は微笑みながらもう一度メッセージを再生した。子遠は