車が素早くそばから通って前へ進んで行った。冷たい風と共に消えた。とわこは頭を上げて、幻の夜景色を眺めると、ロールス・ロイスが尾灯を閃いた。奏の車だろうか?手で涙を拭いて、さっさと気持ちを見直し、常盤邸へ向かった。邸の前に、車が止まっていた。とわこは門の前で止まって、奏が入っていくのを待っていた。目がとても渋かった。頭を上げて夜空を眺めると、星達が眩しく輝いて、とても美しかった。きれい。明日は晴れるだろう。そのまま立って、あっという間に、1時間も立った。車はなくなった。車庫に入っただろう。客間に灯りがついている。広くて静かだった。落ち着いたとわこはゆっくり客間に向かった。二階のベランダに、奏が灰色のガウンを着て、車椅子に座りながら、ゴブレットを手にしていた。ゴブレットに赤い液体が底をついていた。外で1時間ぐらい立っていた彼女を、奏がベランダでずっと見ていた。彼女は何を考えていたのか?じっと立ったままで、近くの木のように見えた。幼いごろから頭のいい人をいっぱい見てきた。頭のいい人だけが彼の近くに残されるのだ。ただし、とわこは例外だった。分かったくせに、何度もわざと彼を怒らせたのだ。賢いとは言えない。本物の馬鹿女だ。しかし、悲しい彼女を見ると、知らないうちに影響されてしまった。これは受動的な感情。生まれて初めて体に覚えた感覚だ。……部屋に戻って、とわこの頭が重くなった。冷たい風に当てられただろう。タンスの中から厚めの布団を取り出した。布団の中に入り込み、深い眠りに着いた。一晩寝汗を流して、夜風の寒気をやっと追い出した。目覚めた彼女の体がねばねばだったが、気分はよくなった。シャワーを浴びて、服を着替えて、部屋から出た。いい匂いに従ってダイニングに辿り着いた。三浦婆やはすでに朝食を用意できた。「彼は食べたの?」とわこは聞いた。「まだです。若旦那様がまだ降りていません」それを聞いて、とわこは慌ててミルクを飲み、お皿からのトースト等を大口で食べ始めた。5分も足らずに朝食を終えた。「若奥様、そんなに若旦那様のことが怖いですか?」三浦婆やが微笑んで彼女をからかった。「違うの…見たくないだけよ。見ると落ち着かなくなるの」顎を上げながら、少し
「座れ」彼女を一瞥してから奏が言った。「うん」彼女は向かい側のソファーに腰かけた。テーブルにパソコン1台置いてあった。スクリーンは彼女に向いてた。中には監視画面があった。よく見るとやっと分かった。彼の寝室の画面だった。監視カメラがベッドを向いていた。ベッドの上にいる彼と彼女が映られていた。画面をはっきり意識してから、とわこの頭に一瞬で血が昇ってきた。ぱっと立って画面を指さしながら、とわこが怒鳴り始めた。「奏、この変態が!寝室に監視カメラを設置するなんて!」怒りが彼女を支配した。元々3か月の共同生活を忘れようとしたのに。この3か月、彼は植物状態だったので、男としてみてなかった。外でどんなに華やかであっても、プライベートでは、外に見せたくないものが誰にだってある。3か月間監視されたことをとわこはどうしても受けられなかったのだ。彼の部屋に監視カメラがあるなんて聞いていなかった。彼女のムカついて震える姿を見て、奏は逆に落ち着いた。「どうして僕がカメラをつけたと思うの?」彼だって、病気の間に部屋にカメラを付けられたことを今日初めて知ったのだ。つけたのは大奥様だった。看護師の虐待を防ぐためだと言われた。いくら実力があるとは言え、植物状態になったら、もうどうにもできない。母の好意に腹を立てることはできなかった。母からすべてのデータをもらってきた。一通りざっと見たのだ。見終わって、血圧も上がった。とわこがこんな女だとは予想外だった。「それは…大奥様がつけたの?」とわこは不安そうに聞き出した。「大奥様がどうしてこんな事をしたの?教えくれればよかったのに!私…私…」胸の中に火が燃え続いた。「僕が目覚めたのは予想外だっただろう?病気中、僕の体を滅茶苦茶に弄んで、楽しかった?」奏は鋭く睨みながら、力込めて怒鳴り出した。とわこの顔が熱くなり、ソファに倒れた。「違うの、弄んだわけじゃないの。あれは。マッサージをするつもりだった、筋萎縮症を予防するための」常盤家に嫁いでから、看護師が奏にマッサージするのを何回か見て、彼女は看護師の仕事を引き継いだ。毎晩、看護師が奏にマッサージする時、彼女は部屋にいて気まずいと感じた。口論する彼女の姿を見て、一瞬、奏が誤解したのかと思った。
翌日、日曜日、10時半に起きた。初めて常盤家で朝寝坊した。部屋から出たとき、客間に男たちがいた。みんなこっちを振り向いてきた。大き目のナイトドレス、肩に垂れているみだれ髪、白くてきれい顔。お客さんが来るとは思わなかった。彼も、お客さんも、彼女を真剣に見つめた。おそらく彼女の出現を予想できなかった。とわこはドキッとした。気まずい立場にいると気づいて、体の向きを変え、部屋へ戻ろうとした。そんな時、三浦婆やがやってきて、彼女の手を取ってダイニングに向かった。「若奥様、お早うございます。お腹すいたでしょう?部屋に伺いましたよ。ぐっすり寝ていたので、起こしませんでした」「お早う。あの人達…誰?」どもりどもりと三浦婆やに聞き出した。「若旦那様の友達です。見舞に来ました。怖いと思ったら、挨拶しなくてもいいですよ」「わかった」奏に挨拶してないのに、彼の友達へはなおさらだ。もし、事前にお客さんが来ると分ったら、とっくに起きて、一日中外で遊びに行くわ。客間に。奏の友達は皆とわこのことに大きく興味を持っていたようだ。「奏、さっきの若い子、どうして泊まっていた?お手伝いさんか?それとも…」「みんな大人だし、奏も男だ。家に若い女がいるのは当たり前のことじゃないか。あははは」奏から返事なかったので、みんなが状況をわきまえ、その話を続けなかった。「三千院グループのお嬢さん、三千院とわこを知ってる?あの三千院太郎の娘…」「知ってるよ。金曜日の夜に電話をもらって、融資を頼まれた。話を聞くわけないだろう?とっとと電話を切ったんだ」「このとわこはなかなか面白いやつだ。お父さんの借金に関係ないだろう。分かっていたのに、自分で返済しようとするなんて、頭が壊れた?」「今の若者は考えが甘すぎるのさ。あの会社の新製品、俺はとっくに調べた。絶対無理。無人運転システム、すごそうに聞こえるが、道路の状況は複雑で把握できるわけがないだろう?こんなプロジェクトに投資するなんて、馬鹿に違いない!」……ダイニングで食事をしているとわこは、彼らの話を聞いて、複雑な気持ちになった。食事を済まして、パソコンを持ち出し、近くにある喫茶店で卒論を書くことにした。今の彼女はあまり余裕がないので、まず勉強と生活に専念すると決意していた。
とわこがそう思うと、まるで誰かに首を絞められたかのように感じた。激しいめまいと窒息感が押し寄せ、彼女は目が回りそうになった。奏がZだなんて、ありえない。Zが1億円を頭金としてとわこに送金した、しかも三千院グループを投資するつもりだった。奏はこんないいことをするはずがない。もし、奏がZじゃなかったら、彼はどうしてここにいるの?でも、車椅子、紺色のシャツと白い肌、全てが一つの真実に告げていた。目の前の人が確かに奏本人だった。ほかの誰でもない。彼女はびっくりしてはっと息を飲んだ。何げなく後退りをした。しかし、ドアはいつの間にか閉められた。「挨拶もなしに帰るのか?」慌てて逃げようとした彼女を見つめながら、奏は聞き出した。「こんなところに何をしに来た?」とわこは耳元の髪を上へ引き上げて、落ち着こうとした。「私…クラスメートと約束して食事に来たの」「ここはバーだぞ」「そうか…」とわこは部屋中をじろじろ見た。とても大きな個室で、内装も上品だった。しかし、彼女にとってここは地獄のようで、一刻も早く出て行きたかった。「私…場所間違ったのかな。クラスメイトを探しに行くよ」「とわこ、今朝僕の話を忘れたのか?」奏の怒鳴り声に寒気を感じた。「覚えているよ。でも、どうして私は奏の言うことを聞かなきゃならないの」この前の件、今でも歴然と目に浮かんでいる。酒の相手をしなかったのに、着飾った風俗嬢みたいに、ほかの男と遊んでいたと断言された。彼女の回答に困った奏が眉をひそめた。彼女がほかの女と違うのは分かっている。自分なりの考えがあり、権力にも怯えない。一番重要なのは、いくら警告しても、まったく気にしなかった点だ。つまり彼のことを気にしていないのだ。ゴブレットを持ち上げて、奏はワインを一口飲んだ。深い息を吸ってから、とわこは試しに聞き出した。「奏、どうしてここに?本邸で食事するのじゃなかったの?」元々聞きたいのは、ここはZさんが予約した部屋で、どうしてあなたがここにいるのか?もしかして、奏、あなたがZなの?でも、彼女はそんな勇気はなかった。彼が答えるのを恐れていた。もし彼がZだったら、これから仕事の話はどう進めばいいの?Zじゃなかったら、今朝嘘ついたことをどうやって説明するの?「来い、酒を付き合
長くて苦しい一晩だった。全て終わった時、彼女は疲れ果てて眠ってしまった。翌日。常盤グループ。奏はいつも通り、午前10時に会社着いた。オフィスに入って間もなく、武田がやってきた。「昨日の夜、探しに行ったけど。とわこと帰ったのか」奏が眉をひそめた。「わざわざ来るのはその話をするためか?」苦笑しながら、武田は手にした書類を机に置いた。「これは三千院グループ過去数年の財務諸表だ。一通り調べたが、不審なところは結構あるぞ。特に財務責任者、400億円をだまし取った。その犯人は社長の奥さんの弟だった」奏は目をつぶって考えた。もし武田が言ったことが本当だったら、破産は新製品開発と無関係のはずだ。「この件でわかった。嫁を選ぶ時はちゃんと目を光らせた方がいいよ」武田が嘆いた。「太郎が当時すみれに浮気しなかったら、今の三千院グループはこんな羽目にならなかっただろうな」「もう一つ分かったことがある。女は成功への足手まといだ」奏は冷ややかな顔をしていた。「そう…マジでとわこと離婚するつもりか。いつ離婚届を出すの?独身に戻ったら、パーティーでもしようか?」武田が機嫌よく言った「仕事はもう終わったのか?そんなに暇?」奏は眉を上げて口調が厳しくなった。武田は椅子から立ち上がり、軽く咳をした。「もう行くけど……ちょっと忠告しとくよ、首の引っかき傷、薬を塗った方がいいと思うぞ。猫にでもやられたのかと思われるかもよ。どうやら昨夜は相当激しかったみたいだね」喉仏の動きと同時に、「出て行け!」と怒鳴り声が響いてきた。武田はさっさと出て行った。しばらくして、直美がドアをノックして入った。「奏、今忙しいの?ちょっと仕事以外のことについてお話ししたいの」ドアを閉めてから直美が言い出した。奏はメールボックスを眺めていた。「今は空いていない。仕事以外なら、終わってからにしてくれ」直美は一瞬躊躇したが、続けて話すことにした。「やっぱり今話すよ。この件は仕事よりも大事なの」彼女は手にした封筒を奏に渡した。「開けてみて。びっくりさせるよ」椅子に座った直美の視線は、奏の首の傷と一直線だ。考えなくてもわかるものだ。彼女はやきもちを焼いた。「夕べとわことやったの?」直美は震えた声で叫び出した。「奏、とわこのことは本気に
怒った奏を見て直美は火に油を注いだ。「奏、とわこはあなたに嫁ぐ前、弥と付き合ったの。これはいいけど、誰にでも過去があるもの。でも、結婚してから弥と不倫するなんて、これは常盤家の恥だ。多分、奏はあのまま目覚めないと思っていたからだわ」かっとなった奏はこぶしを握り締めた。怒りを抑えきれず、必死に母子手帳を睨んでいた。「きっと奏の金目当てだわ。当時、医者が余命宣告をした時、奏はもう長くないと思っていた。そんな時、とわこが嫁いできて、しかも子供もできた。そうしたら、奏の資産はすべてあの女のものになるのよ。計画通りだった。でもあいにく、奏が目覚めたの。これで彼らの計画は水の泡になったのよ」「出て行け!」奏は怒鳴り出した。本当かどう別として、悪事が暴れて、奏は気色悪いと感じた。直美は怒鳴られて悔しいが、奏の気持ちを十分理解していた。椅子から立ち上がり、慎重にドアを閉めて離れた。少し落ち着いてから、奏は襟を正した。そしてもう一度母子手帳を手に持ち、さっさと一通り目を通した。最後、視線は常盤弥という文字の所に止まった。心の底から殺意が湧いてきた。兄が自分の資産を狙っているのは奏は知っているが、まさか身近にいるとわこが彼らの駒だったとは知らなかった。この罠にはめられるところだった。夕べ、とわこと乱れた一晩過ごしたことを思うと、彼の怒りは抑えきれていた。……常盤家。主寝室。とわこは大きなベッドでよく寝ていた。ドアを力強く開けられ、大きな音がした。目覚めてない彼女は乱暴に引っ張られ、起こされた。「失礼しました」用心棒は彼女をベッドから引き揚げて、肩で担いだ。「何?!どこへ連れて行くの?!」彼女はびっくりして叫び出した。「病院、中絶」用心棒からの言葉は簡単だった。それを聞いてとわこは冷たい湖に沈むように落ち込んだ。奏に妊娠のことを知られたのか?どうしてわかったのか?誰が告げ口をしたの?「奏はどこ?会わせて!」怖くて泣きだしたとわこが叫び続けた。「子供を降ろせない。絶対に嫌!」用心棒から脱走しようと思ったが、昨日の夜に力尽くした。彼女が破棄物のように車の後部座席に落とされた。広い車内に奏は座っていた。冷え込んだ目で彼女を睨んだ。彼は一枚の紙を彼女の顔に投げ捨ててきた。
奏は嫌そうな顔して彼女の手を振り払って、声が冷たくなった。「とわこ、命だけ残してやる。もう黙れ、二度と僕を怒らせないで」彼の冷徹な顔を見て、とわこは痛みを飲み込むことにした。今、何を言っても、何をしても、彼の意志を変えられないと悟った。座席に縮みながら、とわこは悲しく車窓の外に目を向けた。病院。車が止まった。とわこは車から用心棒に無理やり引きずられて、産婦人科へ向かった。奏は車の中に座ったまま、タバコに火を点けた。連れ去られた時、とわこの彼を睨む目とこぼれた涙、何げなく、奏の頭の中に浮かんでいた。彼女を心配することだけはしない。彼を裏切った人は、決して許されない。とわこは手術室へ運べられた。ドアがゆっくりと閉まった。30分後、手術室のドアが開いた。医者が出てきて、用心棒に告げた。「手術終わったが、妊婦は手術室に1時間留置観察する必要があります」手術は終わった。用心棒の役目も終えた。用心棒は大股で出て行った。医者は手術室へ戻った。電話で聞いて、井上はすぐ病院にやってきた。とわこはベンチに座り、二つの目が真っ赤だった。「母さん、悲しいよ…」井上は彼女の背中を撫でながら言い聞かせた。「とわこ、もう泣かないで。帰ろう。本当のことを知ったら、彼はきっと後悔するわ」「しないよ。母さん、あの人は絶対後悔しないから」とわこは手を引き上げて目じりの涙を拭いた。「あの人の心は石よりも硬いの」とわこを支えて、井上はとわこと二人で病院から出た。道端でタクシーを拾った。彼女たちを見送ってから、奏は病院から離れた。常盤邸にて。弥は邸にやって来た。奏から用があり、面談に来いと言われた。常盤邸に着いたが、奏を見かけなかった。「叔父様は何の用だ?屋敷に来いと言われたのだが」お茶を飲みながら、三浦婆やに聞いてみた。三浦婆やは恐ろし気に頭を横に振った。「私は知りません。聞かないでください」とわこが連れ去られた時、三浦婆やは隅でずっと見ていた。何も言えず、何もできずにいた。とわこが妊娠したことを信じられなかった。それに奏に無理強いされて妊娠中絶するなんて、三浦婆やは理解できなかった。夕べ、二人は一緒に寝たのに。しばらくして、奏の車が入ってきた。弥が車の音を聞いて、ソファーから立ち上が
常盤は眉をひそめた。申し込み書を見なかったら、弥のことを信じたかもしれない。「お前の子供だと言っていた」用心棒が怒鳴り出した。「よくもそんなことをするな、この命知らずめ」弥は泣き出した。「嘘ですよ!彼女はずっと私に触れさせなかったから、私に振られたのです!彼女はきっと私を恨んでいたから、わざとその子供の父は私だと噓を言ったのですよ!これは絶対私への報復なのです。叔父様、信じてください。あの子供が誰のものかわかりませんが、私だけは絶対あり得ませんから!」地面に這い、怯えているこの男を見て、奏は突然どうでもいいと思った。これはとわこが惚れた男かよ。この軟弱な男は何かあったら、必ず彼女を売りに出す。「閉じ込め。命だけは残してやれ」奏の無感情な声が響いた。弥を簡単に死なせるわけがない。とわこの前で、ゆっくり、ゆっくり弥のプライドを潰していくのだ。……井上はとわこを連れてリースした部屋に戻った。部屋に入り、とわこをベッドに横たわらせた。「とわこ、泣かないで。泣いちゃいけないの…流産したから、体がまた弱いから…」天井を見上げながらとわこは言い出した。「母さん、子供たちはまだいるの。おろしてなかった」話を聞いた井上は一瞬呆れた。「どういうこと?無理やりおろされたじゃなかったの?」「お医者さんに交渉したの。もし子供がおろされたら、私もいっしょに死ぬと。それに、彼女も一緒に死んでやると」とわこの声は静かで落ち着きがある。子供たちがまだいるが、彼女の心は死んだようだ。今度は逃れたが、次はどうする?奏のそばに居れば、子供たちが永遠にこの危機から逃れられない。携帯が鳴った。この場の空気が一変した。田中からの電話だ。「とわこ、夕べ私飲みすぎました。今目覚めたばかりです。今日Zさんから連絡来ていました?」とわこは呆然とした。「いいえ。夕べ、誰と飲んでいました?」「Zさんですよ。渡辺裕之という若い男だったが、ネットで調べても素性が分かりませんでした。だが金持ちであることは本当です。ずっといいプロジェクトを探してたって…沢山お話ししました、結果はまだわかりませんが」「常盤奏と知り合いでしたか?」とわこが慎重そうに聞いた。「これは…分かりませんね!でも、武田と知り合いだと言われています。武田は
こうすれば、自分の想いが蓮に伝わるはずだ。蓮は黙って延べ棒を受け取り、それをじっと見つめた。「あけましておめでとう」「フン」蓮は冷笑を浮かべながら、延べ棒を箱に押し戻した。「裏にも何か刻まれてるぞ!」マイクが延べ棒を取り出し、彼の手に乗せた。仕方なく蓮は再び延べ棒を見た。「ごめん」延べ棒を通して謝罪だって?バカバカしい!口がついてるのに、なぜ直接謝らない?「蓮、この延べ棒、けっこう重いぞ。結構な価値があるんじゃねえか?せっかくだし、もらっとけよ!」マイクは延べ棒ごと箱を彼の手に押し込んだ。「奏が金を贈ったのは、お前が金みたいな存在だからだよ。キラキラ輝いて、清く正しく」「それって金を指す言葉じゃない」「おっと、そうだったな!じゃあつまり、未来を照らす光のような存在ってことだよ!」「僕の未来は、あいつを超えることだ」蓮はつまらなそうに延べ棒を放り投げた。「謝罪なんか、いらない」数分後、マイクは延べ棒の入った箱を抱えて部屋を出た。蓮はどうしても受け取ろうとしなかったが、奏が傷つくのを見たくないマイクは、代わりに預かることにした。常盤家。奏は風呂から上がり、バスローブ姿のまま寝室へ向かった。ベッドサイドの引き出しを開け、中から薬を取り出した。結菜が亡くなって以来、彼は毎日、決まった時間に薬を飲むようになった。飲まなければ、心の奥からネガティブな感情が溢れ出してしまうから。薬を飲み終えると、スマホを手に取った。蓮の性格からして、絶対にプレゼントを受け取らないはず。そう思っていたのに、マイクからのメッセージにはこう書かれていた。「蓮はお前のプレゼントを気に入らなかったけど、一応受け取ったぞ。次からプレゼント選ぶときは、俺に相談してくれ。いいな?」奏はそのメッセージを見て、口元を緩めた。蓮がプレゼントを受け取った?俺はいい父親じゃない。それでも、蓮は自分に償う機会を与えてくれた。ふと、奏の目が潤んだ。昨夜もそうだった。レラが「パパ」と呼んでくれた夜、彼は帰宅後、こっそり涙を流していた。結菜が亡くなったとき、人生の意味を見失った。だが今、レラと蓮の存在が、自分に生きる意味を与えてくれている。その頃、病院の特別病室。和彦はベッドに横たわり、目の前のノートパソコ
奏が理由を話すと、マイクは笑い出した。「お前、プレゼント選びのセンスなさすぎだろ!とわこが惚れたのは、お前の顔と金だけじゃないのか?」マイクは容赦なくからかった。「彼女は俺の金なんか求めてない」奏は即座に訂正した。「稼げるってことは、お前に能力があるってことだ。決して無能ってわけじゃないからな!」マイクは笑いながら言い、ふと思い出したように続けた。「そういえば、レラが昨日、お前のこと『パパ』って呼んだらしいな?タダで可愛い娘ができて、嬉しくてたまらないんじゃないのか?」「お前の言い方が気に食わない」奏は眉をひそめた。商品みたいな言い方をするな。レラは紛れもなく自分の娘だ。もし彼女が望むなら、奏は父親としてしっかり育てる覚悟がある。「まあ、言葉は悪かったな。で、とわことはどうなんだ?まだ冷戦状態か?」マイクはさらに鋭い話題を投げかけた。「結菜の葬儀も終わったし、そろそろ前を向く頃じゃないのか?」「アメリカまで迎えに行けって言いたいのか?」奏の声にはわずかに皮肉が混じっていた。「結菜の治療をしていたのに、俺には一言も知らせなかった。どんな時でも彼女は自分を最優先にして、俺は最後だ」「お前、それただの思い込みだろ?」マイクは両手を腰に当て、真剣な表情で言った。「そもそも、なんでとわこがちゃんとお前と向き合えなかったのか?なんでこっそり子どもを産んだのか?全部、お前が『子どもはいらない』って言い張ったからじゃないか!お前が子どもを拒絶したから、とわこは子どもを選んで、お前を捨てたんだよ!俺は今でも理解できねえ、お前、なんであんなに子どもを嫌がった?」「今なら理由を話せる」奏の目は深い闇を湛え、一語一語かみしめるように言った。「俺と結菜は双子だった。そして、結菜の病気は俺にもあった。結菜は知的障害を抱えていたが、俺もそうだったんだ。でも、俺の症状はそこまで重くならなかった。なぜか分かるか?父は、知的障害を嫌ってた。それだけじゃない、男尊女卑の考えも持ってた。俺は男だから、最高の治療を受けられた。だけど、結菜は女だから、父に何度も暴力を振るわれ、そのせいで病状が悪化した。俺が子どもを持ちたくなかったのは、自分の劣悪な遺伝子を残したくなかったからだ」マイクは彼が自分の名誉に関わるようなプライバシーを全て打ち明けるとは思っていなかった
奏はこのケーキブランドの社長とは面識がなかった。だからこそ、背後に黒幕がいると確信した。「奏さん、確かにこの企画は弊社のマーケティング部が立ち上げたものです。ただ、どの子どもをプロモーションに選ぶか私も知りません。私は結果しか見ていませんので」ケーキブランドの社長は素直に説明した。「企画の責任者に確認いたしますので、少々お待ちください」奏は説明を聞くと、黙って茶を飲んだ。しばらくして、社長は電話を終え、驚いた表情で奏を見た。「奏さん、うちのマネージャーによると、貴社の関係者から直接連絡があり、その子をプロモーションに加えるよう依頼されたとのことです。マネージャーは貴社の関係者ということで信用し、その子をリストに入れたようですが……」奏の目が鋭く光った。なんという大胆な手口だ。自分の名前を利用し、関係者すら欺くとは。もし昨夜、レラから詳しく話を聞いていなければ、今も騙されたままだっただろう。夕方。奏は館山エリアの別荘に向かった。昨夜、レラにお正月のプレゼントを前もって渡すと約束したからだ。午後、自らデパートへ行き、いくつかのヘアアクセサリーを選んだ。彼女が気に入るかどうかはわからない。リビングに入ると、マイクと蓮が出た。レラは今夜、イベントの収録に参加するため家にはいなかった。「レラへのお正月のプレゼントだ。戻ったら渡してやってくれ」奏はマイクに手渡した。マイクは中身を確認すると、眉を上げて一言。「で?」「まさか、レラにしかプレゼントを用意してないとか言わないよな?」マイクは呆れたようにため息をついた。奏はその意図をすぐに察した。同時に、蓮も理解した。「僕は要らない!」蓮は冷たい声で言い放つと、足早に階段を上がっていった。マイクはそんな蓮の後ろ姿を見つめ、そしてすぐに奏の前に詰め寄った。「お前、まじで蓮には何も買ってないのか?受け取るかどうかは本人の問題だが、お前が何も用意しないのは違うだろ!」奏は一瞬、顔が熱くなり、ポケットから小さな箱を取り出した。「何が好きなのかわからなかったから、適当に選んだ。渡してくれ」マイクは箱を受け取ると、その場で開けた。すると、箱の中には金の延べ棒が入っていた。まばゆい輝きに、マイクの目がチカチカした。マイクは呆然と奏を見た。
「お兄ちゃん、新しい息子って何のこと?蒼のこと?息子に新しいとか古いとかあるの?みんな同じ息子じゃない?」レラは首をかしげながら聞いた。蓮は言葉に詰まった。「もしパパがママとまた娘を産んだら、私は古い娘になっちゃうの?」レラはちょっと不満そうに呟いた。「でもね、お兄ちゃん、パパってそんな薄情な人には見えないよ」「それは、あいつがレラに優しくするから、そう思うだけだろ?でも僕には違うんだ!」蓮はそれ以上、奏のことを聞きたくなかった。「もう僕の前でアイツの話はしないでくれ。聞きたくない」「でもお兄ちゃん、パパが前にお兄ちゃんに冷たかったのは、お兄ちゃんが自分の息子だって知らなかったからじゃないの?」レラは兄の怒りに少し怯えながらも、父と兄の関係が悪いままなのが嫌だった。「たとえ僕のことを息子だと知らなかったとしても、ママの息子だってことは分かってたはずだ」蓮はきっぱりと反論した。「アイツは一度暴走すると、そんなの関係なくなるんだよ」「だったら、やっぱり私は認めるのをやめる。でも今日、二回もパパって呼んじゃった」レラはしょんぼりした顔で言った。「呼んだ時点で、もう認めたのと同じだ」蓮は裏切られたような目で妹を見た。「もうレラも大きくなったし、これからは一緒に寝るのはやめよう」「えええ!やだー!お兄ちゃんと寝ないと怖いよぉ!」レラは目に涙を溜めながら訴えた。蓮は赤くなったレラの目を見て、心が少しだけほぐれた。「奏は何をあげた?どうしてアイツをパパなんて呼んだ?」レラはうつむきながら、ぽつりぽつりと話した。「結菜のことで蒼を責めないでほしいってお願いしたら、パパは責めてないって言ったの。それにパパ、お正月は家でひとりで過ごすって言ってた。なんか、ちょっと可哀想だなって思って、彼はお正月のプレゼントに、私にパパって呼んでほしいって言ったの」「それって、女を騙す男の手段じゃん!ママにも同じことやってたに決まってる!だからママもアイツに騙されたんだよ」蓮の言葉を聞いて、レラはもう誤魔化せないと悟った。「パパ、私が箱を盗んだこと知ったの」レラは口を尖らせながら、正直に話した。「今日ね、悪いおばさんが来て、その箱を騙し取られちゃったの。でもパパ、全然怒らなかった。むしろ私を慰めてくれたの」蓮の表情が一瞬にして冷たくなった。「パ
彼女が素直に彼を呼べたのは、この部屋に二人きりだったからだ。もし蓮がいたら、きっとそんなことはできなかっただろう。蓮は奏を嫌っている。そして、奏と蓮の間で、レラは迷うことなく蓮を選ぶに違いない。奏の黒い瞳に、ふっと優しい笑みが浮かんだ。「弟に怒ってないなら、もう一回呼んであげてもいいよ」レラは彼の表情を見て、少し強気に交渉した。「弟はまだ小さいんだから、私が守らなきゃ」奏の目が僅かに赤くなり、掠れた声で呟いた。「レラ、俺は弟に怒ってるんじゃない。怒ってるのは、自分自身に対してだ。俺の気配りが足りなかったせいで、結菜のことを見落としてしまった」「パパ、それはパパのせいじゃないよ」レラは真剣な顔で訂正した。「結菜は弟を助けたかったんだよ。たとえパパが止めたとしても、きっとこっそりやったと思う。まるで私がパパのものを盗みたくなっちゃうのと同じ。ダメだって分かってるのに、どうしてもやりたくなっちゃう」例えとしては少しおかしかったが、それでも彼女の「パパ」という呼び方が、奏にとって生きる意味を取り戻させるほどの力を持っていた。マイクはずっと部屋の外で二人の会話を盗み聞きしようとしていた。だが、残念ながら何も聞こえなかった。二人とも小声で話していたうえに、マイク自身、奏がレラに何かするはずがないと確信していたので、結局スマホを取り出し、子遠と雑談していた。突然、部屋の扉が開いた。奏とレラが一緒に出てきた。「もう話終わったのか?何話してたんだ?レラ、泣いたのか?」マイクはレラの赤くなった目を見て、慌てたように問いかけた。「奏に何かされたのか?!」レラは首を横に振った。「お正月のプレゼントをくれるって言われて、感動して泣いちゃったの」「???」奏は話題を変えるように、「もうこんな時間なのに、蓮はまだ帰ってないのか?そんなに勉強が大変なのか?」と尋ねた。マイクは皮肉っぽく笑う。「そんなに気になるなら、今から迎えに行けば?」奏はその挑発に乗らず、「先に帰る」と言って、静かにその場を去った。奏が去った後、レラはマイクの腕を引っ張り、ぷりぷりと怒った。「どうしてパパにあんなに冷たくするの?」「プリンセス、まさか、あいつの肩を持つつもりか?!ちょっと待てよ、いったいどんなプレゼントをもらえるんだ?そんなに簡単に買収さ
レラはそう言い終えると、さらに泣きじゃくった。奏は、さほど驚かなかった。もし、あの箱をレラが持ち出していたのなら、盗まれた箱が、誰の手によって消えたのか分からなかった理由も説明がついた。誰も、まだ四歳の子どもを疑ったりはしない。当時のレラは今以上に人に頼って生きていた。何もできない幼い子どもが、まさかそんなことをするとは、誰も思わなかったはずだ。そして、これによって、箱が持ち去られた後も、箱の中身が一度も暴露されず、彼を脅すために使われなかった理由も説明がついた。「レラ、そのおばさんはどんな服を着てた?」奏は彼女を椅子に座らせ、そっとティッシュで涙を拭いた。レラの嗚咽が少し落ち着いてから、さらに問いかけた。「灰色っぽいコートを着ていたんじゃないか?」「どうして、それを知ってるの?」レラは真っ赤な目を見開いた。「じゃあ、箱はもう取り戻したの?」奏は数秒考えた後、正直に答えることにした。「いや、まだだ。君を騙したあの女は、事故で死んだ。でも、箱の中身は何者かに持ち去られた」「でもお兄ちゃんが、あの箱にはすごく大事なものが入ってるって」レラは鼻をすすりながら、長いまつ毛を伏せた。「ごめんなさい、あんな大事なものを持ち出しちゃって」娘の謝罪を聞いても、奏の心は不思議なほど穏やかだった。もし、これが他人の仕業だったら、絶対に容赦しなかっただろう。その代償として、報いを受けさせていたはずだ。だが、これをやったのが娘なら、たとえ空が崩れ落ちたとしても、彼は決して彼女を責めることはない。「どうして、あの箱を持ち出そうと思ったんだ?」彼は、ただ娘の気持ちを知りたかった。「だって、あなたが嫌いだったから、あなたのものを隠して、見つからないようにしてやれば、きっと困ると思ったの!」レラはぷくっと頬を膨らませた。しかし、次の瞬間、彼女の表情は後悔に変わった。「もし、大事なものだって知ってたら、きっと持って行かなかったのに」「レラ、もう泣かないで、このことは、ママには言わないようにしよう」とわこに余計な心配をかけたくなかった。そして何より、レラの怯えた表情を見る限り、この件をまだとわこには話していないのだろう。そもそも、あの箱が消えたとき、奏はとわこにも確認した。もし彼女が知っていたのなら、あのときすでに何か言っていたは
レラはスマホを握りしめ、画面に映るママの顔を見つめながら、小さな声でつぶやいた。「ママ、彼がノックしないで入ってきたの......悪い人かと思った......」本当のことを話す勇気はなかった。お兄ちゃんが家にいればよかったのに。お兄ちゃんが帰ってきたら相談しよう。きっといい方法を考えてくれる。とわこは娘の説明を聞き、安堵のため息をついた。そして、優しく問いかけた。「レラ、なんだか今日は元気がないみたいね。もしかして、友達の家で何かあったの?何も心配しなくていいのよ。ママには何でも話していいからね」奏は横でその言葉を聞き、違和感を覚えた。今日、レラは友達の家に行っていた?彼女のこの異常な反応は、きっとそれと関係がある。「ママ、もう大丈夫だよ」レラはそう言いながら、こっそり奏をチラリと見た。「もし何かあったら、すぐにママに話すのよ。いつでも電話してきていいからね」とわこは念を押すように言った。「わかった、ママ」レラはそう言い、スマホの画面に向かって投げキッスを送った。通話が終わると、レラはスマホをマイクに返した。マイクはスマホをポケットにしまい、警戒の眼差しを奏に向けた。「お前、一体誰に用があってここへ来た?何の用だ?」「レラと二人で話したい」奏は淡々と言った。「さっき驚かせてしまったから、謝りたいんだ」「ここで謝ればいいだろう?二人きりになる必要はない」マイクは彼の意図を測りかねていたため、レラと二人にするつもりはなかった。「レラ、俺を信じてほしい。君を傷つけることは絶対にしない」奏はレラの顔をじっと見つめながら、静かに言った。「もし君が傷つくようなことがあれば、その罰として、一生ママに会えなくなってもいい」マイクの胸に縮こまっていたレラだったが、その言葉を聞いて、少し恐怖が薄れた気がした。彼女はマイクの腕の中から抜け出し、小さな顎を少し上げて言った。「ちょうど私も、あなたに話したいことがあるの」奏は頷き、彼女の後ろをついて、一階の客室へ向かった。部屋に入ると、奏は静かにドアを閉めた。「レラ、どうしてそんなに俺を怖がってるんだ?」奏は待ちきれずに問いかけた。「今日、友達の家で何があった?今、ママはいない。だから何でも話していい」彼の言葉に、レラは眉をひそめた。彼は、自分が人を送ってきた
彼が突然来るなんて、どういうこと?彼にはすでに箱を返したはずなのに!レラは彼が自分に文句を言いに来たのではないかと恐れ、リビングから逃げ出すと同時に叫んだ。「マイクおじさん!」レラの悲鳴に、電話の向こうのとわこは驚いた。レラがスマホを床に落としたので、カメラは天井を映した。とわこは音声だけを頼りに、何が起こったのかを推測するしかなかった。しかし、映像が見えない以上、詳細は分からない。ただ確かなのは、何か危険なことが起こったはずだということ。「レラ!」とわこはスマホを握りしめ、部屋を飛び出した。今はアメリカにいるが、もし娘に危険が迫っているのなら、すぐにでも飛んで帰るつもりだった。奏はレラが怯えて逃げていくのを見て、鋭く眉を寄せた。レラとは何度も顔を合わせているが、これまで礼儀正しくはなかったとしても、ここまで怯えたことはなかったはずだ。彼は手を上げ、頬を触った。別に顔に何か付いているわけではない。では、レラはいったい何を怖がっているんだ?リビングへ足を踏み入れると、床に落ちたスマホが目に入った。奏はすぐにそれを拾い上げた。「レラ!」とわこの必死な声がスマホから響いた。先ほどのレラの叫び声に、とわこ自身も怯えていた。奏は画面に向かって説明した。「俺が驚かせてしまったようだ。今はマイクと一緒にいる」とわこは彼の声を聞き、見慣れた顔を確認すると、胸の奥に渦巻いていた不安と緊張が少し和らいだ。しかし、疑問が残る。「どうしてあんなに怖がらせたの?」とわこは眉をひそめ、問い詰めた。奏は困惑した表情を浮かべた。彼もその答えを知りたいくらいだった。「こんな時間に、うちに何の用?」とわこは彼が答えないのを見て、さらに追及した。「そんなに遅い時間でもない」奏は彼女の攻撃的な視線を受けながら、喉の奥に引っかかった言葉を飲み込んだ。彼女が蒼を連れて出て行った理由を思い出し、言葉を詰まらせる。「ちょうど近くを通ったから、ついでに寄ったんだ」「あなたの会社も家も、うちの近くじゃないでしょ?」とわこは彼の嘘を見抜いた。「さっき、レラに何をしたの?」少し離れたところで、マイクがレラを抱え、リビングへと入ってきた。彼も先ほどレラに同じ質問をしたが、レラはただ首を振るだけで、何も答えなかった。「
今、和彦は話すことができないようで、何の指示も出せない。そんな状態でどうやって箱の中の物を奪うつもりなのか?「社長、直美の病室は隣ですよ。見に行きませんか?」ボディーガードが奏に声をかけた。「顔がめちゃくちゃになったらしいですよ。あんなに美貌に執着してたのに、今は生き地獄でしょうね」ボディーガードは奏が直美を憎んでいるのを知っていたので、わざとそう言った。奏は最初、彼女を見に行く気はなかったが、その言葉を聞いて足を止めた。直美の病室の前まで歩き、ドアを押し開けた。ちょうど振り向いた直美と目が合った。その瞬間、彼女の瞳には恐怖が浮かんだ。包帯で覆われた顔を手で隠し、彼の視線から逃げようとした。「国外に逃げたんじゃなかったのか?」奏は喉を鳴らし、冷笑した。「よく戻ってきたな」直美の目には涙が滲み、絶望的な声で叫んだ。「奏、もう逃げないから、殺して!」そう言うと、直美は布団を跳ね除け、病床から降りた。震える足で彼の前まで歩き、ドサッと膝をついた。そして、両手で彼のスラックスを掴んで言った。「奏、私、もう終わった。私の人生、全部終わったの。楽にして、自分で死ぬ勇気なんてない、お願い、私を殺して」奏はそんな彼女の必死な表情を見下ろし、心の奥底にかすかな哀れみと虚しさが湧いた。「死にたいなら、絶対に殺さない」奏の冷たい瞳が彼女を見下し、手で彼女の体を突き放した。「もがきながら生き続けろ」病院を出ると、夜の闇が街全体を神秘的で不気味な影で包んでいた。冷たい風が木々を揺らし、枝に積もった雪が大きな塊で崩れ落ちる。奏が車に乗り込むと、運転手が病院を出た。「社長、どちらへ?」奏は数秒沈黙した。帰宅するか、とわこの家に向かうか、迷っていた。事故が起きたのは館山エリアの別荘の近くだった。彼はこの事件がとわこたちと関係があるのかどうか知りたかった。さらに、昼間手を回してすみれの行方を追ったが、彼女は今日国外に逃げたと報告が入った。もし彼女が箱の中身を手に入れていたのなら、逃げる必要はなかった。むしろ、その中身を利用して自分を脅すことだってできた。ということは、すみれが持っていった可能性は低い。「館山エリアの別荘へ」「かしこまりました」運転手はハンドルを切り、別荘へと向かった。館山エリア