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第11話

彼は腕を車窓から差し出した。

細長い指でティシューのパックとわこに渡した。

彼女は少し戸惑いながらも、いらないと言うつもりだったが、まるで何かに唆されたかのように受け取った。「ありがとうございます」

ティシューパックには彼の手の温もりが残っていた。

彼はすぐ目線を彼女の顔から外し、車窓も閉じられ、車は速いスピードで走っていた。

朝10時。

三千院グループ。

社員は依然として、自分の持ち場で仕事に励んでいた。

給料が一か月以上も支払われていないにもかかわらず、三千院グループは歴史を誇る企業であり、ネット上でネガティブなニュースが流されていても、社員たちは諦めずに、最後まで会社と共に生きようとしていた。

もし会社が借金を膨らませていたことをとわこが知らなければ、目の前の平穏な光景が偽りだとは想像すらできなかっただろう。

とわこは副社長の田中と共に会議室へ向かった。

弁護士はとわこが入ってくるのを見て、単刀直入に言った。「三千院さん、ご愁傷様です。お父上に託され、これから遺言状を公表させていただきます」

とわこは頷いた。

弁護士は書類を取り出し、落ち着いた声でゆっくりと説明を始めた。「お父上は、不動産を六ヶ所所持していた。場所はそれぞれ…これが書類です。ご確認を」

とわこは書類を受け取って、確認し始めた。

「他には、駐車位が三か所に」そう言いながら、弁護士先生は別の書類を渡した。「店舗は八軒、そして車十二台あります」

実家の財産について、とわこは今まで殆ど知らなかった。

その理由の一つは、関心がなかったからだ。

もう一つは、父が詳細を話してくれなかったからだ。

実際、弁護士から父の財産の詳細を聞かれ今、彼女は内心動揺を隠せなかった。

父にはこんなにも多くの財産を持っていたのは予想外だった。

こんなにも多くの固定資産を持っていたのなら、何故それを売って治療費にしなかったんだ?

「先ほどお伝えした資産以外にも、今私たちがいるこの会社も」弁護士は少し間を置いてつづけた。「お父上は、三千院さんに会社を継がせるつもりでしたが、正直に申し上げますと、現在この会社は赤字が続いています」

とわこは弁護士を見つめて尋ねた。「赤字というのは、具体的いくらなんですか?」

副社長の田中は鼻にかけたメガネを上に押し上げて口を開いた。「今のところは、170億の赤字が出ています。お父さんの会社を継ぐことは、その負債をも一緒に引き継ぐことになります。先ほどお伝えした不動産や車も、会社の赤字を埋めるためにすべて売り払うことになります。」

とわこは固まってしまった。

170億!

不動産や車を全部売ったところで、170億が揃えるはずがない!

「とわこさん、継がないという選択肢もありますから。この場合、お父さんの債務もあなたに転嫁されることがありません」副社長さんは悲しそうな顔をしていた。「ですが、よく考えて決めてください。お父さんはこの会社のために生涯を捧げてきました。とわこさんも、会社が潰れるところは見たくないでしょう?」

「すみれさんとはるかは?」とわこは深く息を吸って、訊ねた。

「継母のことならもういい!会社がこうなった半分はあの女のせいなんです。数年前、あの女は自分の弟を会社に招き入れ、財務職に就かせました。その肝心の弟さんは、ここ数年で会社から金を持ち逃げし、行方をくらませました」田中はため息をつくしか、どうしようもなかった。

とわこは両手で額を押さえ、震えた声で言った。「私もお父さんの会社が潰れるところを見たくありませんが、こんな大金、一体どうやって集めればいいのでしょうか…」

「借りるしかないでしょう!」と田中が言った。「我が社の新商品の開発はもうすぐ完成します。資金さえ借りることができれば、新商品が発売までの間、資金難もある程度解決できます。」

とわこは信じがたそうな顔を上げた。「借りるって、誰からですか?そんな大金を貸してくれそうな相手なんています?」

「銀行です。銀行がダメなら、他の投資家に頼みましょう。とりあえずダメもとで試してみましょう。それでもダメなら諦めても構いません。どうですか、とわこさん?」

常盤グループ。

最上階、社長オフィス。

大きなフランス窓、埃一つなく、キレイに磨かれていた。

金色の太陽の光が差し込んでいた。

背中で太陽の光を浴びた奏の外人寄りの顔立ちをさらに美しく見せていた。

彼が手にしていたのは、助手の周防子遠が送ってきた資料だった。

「常盤様、三千院グループは現在200億近い赤字を抱えています。三千院太郎の再婚した妻と次女は今朝早く国を出ました。三千院グループの問題が解決するまで、戻らないつもりでしょう。とわこ様も恐らく、会社のことを諦めるでしょう。何しろ、彼女にとって200億は容易に出せない大金です。」

周防子遠は自分の意見を述べた。

奏が三千院グループの資料を求めたため、彼は奏がこの問題に興味を持っていると勝手に思い込んでいた。

「子遠、一つ賭けをしようじゃないか!」常盤グループの財務経理、武田一郎は狐のような目を細め、手に持ったコーヒーコップを揺らした。「三千院とわこはきっと、奏から金を借りるに違いない。コネのある者がいつも得をする。彼女がおねだりをしたら、奏も多少は貸してやるだろう」

周防子遠は首を振った。「あの女にはそんな度胸ないだろう」

武田一郎はコーヒーを一口飲んで笑った。「昨日の彼女はいい芝居を見せてくれた。俺たちの目の前で、47年物のワインを割り、直美とやり合ったよ。見た目が弱いようだが、内面では直美よりも肝が据っている」

「いいだらう。乗った」

「で、賭けというのは?」

「俺が負けたら、一か月分のコーヒーを奢ってやる。だがお前が負けたら、社長課の全員に一か月分のコーヒーを奢るということでどうだ?」

「オーケー」

午後、とわこはあらゆる銀行に電話をした。

現実は、副社長が言うよりも残酷だった。

とわこは計8社の銀行に電話をかけ、そのうち六社には、まだ返済していない借金があった。

残りの2社も当然、金を貸すはずがない。

「とわこさん、これが新商品の詳細資料です。この商品は将来有望です。私のほうで、その2社の銀行支店長を商談に持ちかけます。とわこさんはきちんと準備して、正式に話し合いをしましょう」

田中は分厚い資料の束をとわこの前に置いた。

「どうして準備が必要なんですか?今のままではダメですか」ととわこが尋ねた。

「化粧していないでしょう。顔色が悪いです。職場でのすっぴんは失礼にあたりますよ」

「まずは商品の資料を読みます」

「わかりました。支店長の方に連絡を取って、決まったらお知らせします」

夕方6時。

正確な情報が周防子遠のもとに届いた。

「武田さん、俺達の負けのようだね。」周防子遠が言った。「とわこさんは三千院グループを諦めなかった。意外だよな。それに、江の城銀行とサンシャイン銀行の支店長と晩餐の約束をしたそうだ」

武田一郎はがっかりしていた。「あの二つの支店長は有名なエロジジイだ。三千院とわこはまさに鴨がネギを背負って行ったようなもんだ!まぁ、まだ大学も卒業していないし、世間知らずだよね。ただどうして奏のところに来なかったんだ?百歩譲っても、奏は一応旦那さんだろう。奏があのジジイどもよりマシじゃないのか?」

周防子遠はひそかに奏の表情を伺った。

うわ、酷く暗い。

何があろうと、とわこはまだ名義上の奏の妻だ。

今晩あの二人のジジイの会食することになれば、奏の顔も潰される。

社長の嫁がもうすぐ食わされるのを想像するだけで、子遠は息苦しいを感じた。

とわこがもし本気で二股したら、きっと痛い目に遭うに違いない。

「常盤様、とわこ様に電話をしましょうか」悩んだ末、子遠は恐る恐る提案した。

奏は指を握り締めて、乾いた声で話した。「連絡するな」

とわこが本当に陰で何をするのか、見届けてやろうと決めたのだ。

武田一郎は軽く咳払いをした。「飲みに行こうか?俺の奢りで」

奏は暗い顔でパソコンを閉じ、車椅子を動かした。

用心棒もすぐに後を追い、彼が離れるのを護衛した。

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