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第11話

作者: かんもく
彼は腕を車窓から差し出した。

細長い指でティシューのパックとわこに渡した。

彼女は少し戸惑いながらも、いらないと言うつもりだったが、まるで何かに唆されたかのように受け取った。「ありがとうございます」

ティシューパックには彼の手の温もりが残っていた。

彼はすぐ目線を彼女の顔から外し、車窓も閉じられ、車は速いスピードで走っていた。

朝10時。

三千院グループ。

社員は依然として、自分の持ち場で仕事に励んでいた。

給料が一か月以上も支払われていないにもかかわらず、三千院グループは歴史を誇る企業であり、ネット上でネガティブなニュースが流されていても、社員たちは諦めずに、最後まで会社と共に生きようとしていた。

もし会社が借金を膨らませていたことをとわこが知らなければ、目の前の平穏な光景が偽りだとは想像すらできなかっただろう。

とわこは副社長の田中と共に会議室へ向かった。

弁護士はとわこが入ってくるのを見て、単刀直入に言った。「三千院さん、ご愁傷様です。お父上に託され、これから遺言状を公表させていただきます」

とわこは頷いた。

弁護士は書類を取り出し、落ち着いた声でゆっくりと説明を始めた。「お父上は、不動産を六ヶ所所持していた。場所はそれぞれ…これが書類です。ご確認を」

とわこは書類を受け取って、確認し始めた。

「他には、駐車位が三か所に」そう言いながら、弁護士先生は別の書類を渡した。「店舗は八軒、そして車十二台あります」

実家の財産について、とわこは今まで殆ど知らなかった。

その理由の一つは、関心がなかったからだ。

もう一つは、父が詳細を話してくれなかったからだ。

実際、弁護士から父の財産の詳細を聞かれ今、彼女は内心動揺を隠せなかった。

父にはこんなにも多くの財産を持っていたのは予想外だった。

こんなにも多くの固定資産を持っていたのなら、何故それを売って治療費にしなかったんだ?

「先ほどお伝えした資産以外にも、今私たちがいるこの会社も」弁護士は少し間を置いてつづけた。「お父上は、三千院さんに会社を継がせるつもりでしたが、正直に申し上げますと、現在この会社は赤字が続いています」

とわこは弁護士を見つめて尋ねた。「赤字というのは、具体的いくらなんですか?」

副社長の田中は鼻にかけたメガネを上に押し上げて口を開いた。「今のところは、170億の赤字が出ています。お父さんの会社を継ぐことは、その負債をも一緒に引き継ぐことになります。先ほどお伝えした不動産や車も、会社の赤字を埋めるためにすべて売り払うことになります。」

とわこは固まってしまった。

170億!

不動産や車を全部売ったところで、170億が揃えるはずがない!

「とわこさん、継がないという選択肢もありますから。この場合、お父さんの債務もあなたに転嫁されることがありません」副社長さんは悲しそうな顔をしていた。「ですが、よく考えて決めてください。お父さんはこの会社のために生涯を捧げてきました。とわこさんも、会社が潰れるところは見たくないでしょう?」

「すみれさんとはるかは?」とわこは深く息を吸って、訊ねた。

「継母のことならもういい!会社がこうなった半分はあの女のせいなんです。数年前、あの女は自分の弟を会社に招き入れ、財務職に就かせました。その肝心の弟さんは、ここ数年で会社から金を持ち逃げし、行方をくらませました」田中はため息をつくしか、どうしようもなかった。

とわこは両手で額を押さえ、震えた声で言った。「私もお父さんの会社が潰れるところを見たくありませんが、こんな大金、一体どうやって集めればいいのでしょうか…」

「借りるしかないでしょう!」と田中が言った。「我が社の新商品の開発はもうすぐ完成します。資金さえ借りることができれば、新商品が発売までの間、資金難もある程度解決できます。」

とわこは信じがたそうな顔を上げた。「借りるって、誰からですか?そんな大金を貸してくれそうな相手なんています?」

「銀行です。銀行がダメなら、他の投資家に頼みましょう。とりあえずダメもとで試してみましょう。それでもダメなら諦めても構いません。どうですか、とわこさん?」

常盤グループ。

最上階、社長オフィス。

大きなフランス窓、埃一つなく、キレイに磨かれていた。

金色の太陽の光が差し込んでいた。

背中で太陽の光を浴びた奏の外人寄りの顔立ちをさらに美しく見せていた。

彼が手にしていたのは、助手の周防子遠が送ってきた資料だった。

「常盤様、三千院グループは現在200億近い赤字を抱えています。三千院太郎の再婚した妻と次女は今朝早く国を出ました。三千院グループの問題が解決するまで、戻らないつもりでしょう。とわこ様も恐らく、会社のことを諦めるでしょう。何しろ、彼女にとって200億は容易に出せない大金です。」

周防子遠は自分の意見を述べた。

奏が三千院グループの資料を求めたため、彼は奏がこの問題に興味を持っていると勝手に思い込んでいた。

「子遠、一つ賭けをしようじゃないか!」常盤グループの財務経理、武田一郎は狐のような目を細め、手に持ったコーヒーコップを揺らした。「三千院とわこはきっと、奏から金を借りるに違いない。コネのある者がいつも得をする。彼女がおねだりをしたら、奏も多少は貸してやるだろう」

周防子遠は首を振った。「あの女にはそんな度胸ないだろう」

武田一郎はコーヒーを一口飲んで笑った。「昨日の彼女はいい芝居を見せてくれた。俺たちの目の前で、47年物のワインを割り、直美とやり合ったよ。見た目が弱いようだが、内面では直美よりも肝が据っている」

「いいだらう。乗った」

「で、賭けというのは?」

「俺が負けたら、一か月分のコーヒーを奢ってやる。だがお前が負けたら、社長課の全員に一か月分のコーヒーを奢るということでどうだ?」

「オーケー」

午後、とわこはあらゆる銀行に電話をした。

現実は、副社長が言うよりも残酷だった。

とわこは計8社の銀行に電話をかけ、そのうち六社には、まだ返済していない借金があった。

残りの2社も当然、金を貸すはずがない。

「とわこさん、これが新商品の詳細資料です。この商品は将来有望です。私のほうで、その2社の銀行支店長を商談に持ちかけます。とわこさんはきちんと準備して、正式に話し合いをしましょう」

田中は分厚い資料の束をとわこの前に置いた。

「どうして準備が必要なんですか?今のままではダメですか」ととわこが尋ねた。

「化粧していないでしょう。顔色が悪いです。職場でのすっぴんは失礼にあたりますよ」

「まずは商品の資料を読みます」

「わかりました。支店長の方に連絡を取って、決まったらお知らせします」

夕方6時。

正確な情報が周防子遠のもとに届いた。

「武田さん、俺達の負けのようだね。」周防子遠が言った。「とわこさんは三千院グループを諦めなかった。意外だよな。それに、江の城銀行とサンシャイン銀行の支店長と晩餐の約束をしたそうだ」

武田一郎はがっかりしていた。「あの二つの支店長は有名なエロジジイだ。三千院とわこはまさに鴨がネギを背負って行ったようなもんだ!まぁ、まだ大学も卒業していないし、世間知らずだよね。ただどうして奏のところに来なかったんだ?百歩譲っても、奏は一応旦那さんだろう。奏があのジジイどもよりマシじゃないのか?」

周防子遠はひそかに奏の表情を伺った。

うわ、酷く暗い。

何があろうと、とわこはまだ名義上の奏の妻だ。

今晩あの二人のジジイの会食することになれば、奏の顔も潰される。

社長の嫁がもうすぐ食わされるのを想像するだけで、子遠は息苦しいを感じた。

とわこがもし本気で二股したら、きっと痛い目に遭うに違いない。

「常盤様、とわこ様に電話をしましょうか」悩んだ末、子遠は恐る恐る提案した。

奏は指を握り締めて、乾いた声で話した。「連絡するな」

とわこが本当に陰で何をするのか、見届けてやろうと決めたのだ。

武田一郎は軽く咳払いをした。「飲みに行こうか?俺の奢りで」

奏は暗い顔でパソコンを閉じ、車椅子を動かした。

用心棒もすぐに後を追い、彼が離れるのを護衛した。

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    奏が理由を話すと、マイクは笑い出した。「お前、プレゼント選びのセンスなさすぎだろ!とわこが惚れたのは、お前の顔と金だけじゃないのか?」マイクは容赦なくからかった。「彼女は俺の金なんか求めてない」奏は即座に訂正した。「稼げるってことは、お前に能力があるってことだ。決して無能ってわけじゃないからな!」マイクは笑いながら言い、ふと思い出したように続けた。「そういえば、レラが昨日、お前のこと『パパ』って呼んだらしいな?タダで可愛い娘ができて、嬉しくてたまらないんじゃないのか?」「お前の言い方が気に食わない」奏は眉をひそめた。商品みたいな言い方をするな。レラは紛れもなく自分の娘だ。もし彼女が望むなら、奏は父親としてしっかり育てる覚悟がある。「まあ、言葉は悪かったな。で、とわことはどうなんだ?まだ冷戦状態か?」マイクはさらに鋭い話題を投げかけた。「結菜の葬儀も終わったし、そろそろ前を向く頃じゃないのか?」「アメリカまで迎えに行けって言いたいのか?」奏の声にはわずかに皮肉が混じっていた。「結菜の治療をしていたのに、俺には一言も知らせなかった。どんな時でも彼女は自分を最優先にして、俺は最後だ」「お前、それただの思い込みだろ?」マイクは両手を腰に当て、真剣な表情で言った。「そもそも、なんでとわこがちゃんとお前と向き合えなかったのか?なんでこっそり子どもを産んだのか?全部、お前が『子どもはいらない』って言い張ったからじゃないか!お前が子どもを拒絶したから、とわこは子どもを選んで、お前を捨てたんだよ!俺は今でも理解できねえ、お前、なんであんなに子どもを嫌がった?」「今なら理由を話せる」奏の目は深い闇を湛え、一語一語かみしめるように言った。「俺と結菜は双子だった。そして、結菜の病気は俺にもあった。結菜は知的障害を抱えていたが、俺もそうだったんだ。でも、俺の症状はそこまで重くならなかった。なぜか分かるか?父は、知的障害を嫌ってた。それだけじゃない、男尊女卑の考えも持ってた。俺は男だから、最高の治療を受けられた。だけど、結菜は女だから、父に何度も暴力を振るわれ、そのせいで病状が悪化した。俺が子どもを持ちたくなかったのは、自分の劣悪な遺伝子を残したくなかったからだ」マイクは彼が自分の名誉に関わるようなプライバシーを全て打ち明けるとは思っていなかった

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第793話

    奏はこのケーキブランドの社長とは面識がなかった。だからこそ、背後に黒幕がいると確信した。「奏さん、確かにこの企画は弊社のマーケティング部が立ち上げたものです。ただ、どの子どもをプロモーションに選ぶか私も知りません。私は結果しか見ていませんので」ケーキブランドの社長は素直に説明した。「企画の責任者に確認いたしますので、少々お待ちください」奏は説明を聞くと、黙って茶を飲んだ。しばらくして、社長は電話を終え、驚いた表情で奏を見た。「奏さん、うちのマネージャーによると、貴社の関係者から直接連絡があり、その子をプロモーションに加えるよう依頼されたとのことです。マネージャーは貴社の関係者ということで信用し、その子をリストに入れたようですが……」奏の目が鋭く光った。なんという大胆な手口だ。自分の名前を利用し、関係者すら欺くとは。もし昨夜、レラから詳しく話を聞いていなければ、今も騙されたままだっただろう。夕方。奏は館山エリアの別荘に向かった。昨夜、レラにお正月のプレゼントを前もって渡すと約束したからだ。午後、自らデパートへ行き、いくつかのヘアアクセサリーを選んだ。彼女が気に入るかどうかはわからない。リビングに入ると、マイクと蓮が出た。レラは今夜、イベントの収録に参加するため家にはいなかった。「レラへのお正月のプレゼントだ。戻ったら渡してやってくれ」奏はマイクに手渡した。マイクは中身を確認すると、眉を上げて一言。「で?」「まさか、レラにしかプレゼントを用意してないとか言わないよな?」マイクは呆れたようにため息をついた。奏はその意図をすぐに察した。同時に、蓮も理解した。「僕は要らない!」蓮は冷たい声で言い放つと、足早に階段を上がっていった。マイクはそんな蓮の後ろ姿を見つめ、そしてすぐに奏の前に詰め寄った。「お前、まじで蓮には何も買ってないのか?受け取るかどうかは本人の問題だが、お前が何も用意しないのは違うだろ!」奏は一瞬、顔が熱くなり、ポケットから小さな箱を取り出した。「何が好きなのかわからなかったから、適当に選んだ。渡してくれ」マイクは箱を受け取ると、その場で開けた。すると、箱の中には金の延べ棒が入っていた。まばゆい輝きに、マイクの目がチカチカした。マイクは呆然と奏を見た。

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第792話

    「お兄ちゃん、新しい息子って何のこと?蒼のこと?息子に新しいとか古いとかあるの?みんな同じ息子じゃない?」レラは首をかしげながら聞いた。蓮は言葉に詰まった。「もしパパがママとまた娘を産んだら、私は古い娘になっちゃうの?」レラはちょっと不満そうに呟いた。「でもね、お兄ちゃん、パパってそんな薄情な人には見えないよ」「それは、あいつがレラに優しくするから、そう思うだけだろ?でも僕には違うんだ!」蓮はそれ以上、奏のことを聞きたくなかった。「もう僕の前でアイツの話はしないでくれ。聞きたくない」「でもお兄ちゃん、パパが前にお兄ちゃんに冷たかったのは、お兄ちゃんが自分の息子だって知らなかったからじゃないの?」レラは兄の怒りに少し怯えながらも、父と兄の関係が悪いままなのが嫌だった。「たとえ僕のことを息子だと知らなかったとしても、ママの息子だってことは分かってたはずだ」蓮はきっぱりと反論した。「アイツは一度暴走すると、そんなの関係なくなるんだよ」「だったら、やっぱり私は認めるのをやめる。でも今日、二回もパパって呼んじゃった」レラはしょんぼりした顔で言った。「呼んだ時点で、もう認めたのと同じだ」蓮は裏切られたような目で妹を見た。「もうレラも大きくなったし、これからは一緒に寝るのはやめよう」「えええ!やだー!お兄ちゃんと寝ないと怖いよぉ!」レラは目に涙を溜めながら訴えた。蓮は赤くなったレラの目を見て、心が少しだけほぐれた。「奏は何をあげた?どうしてアイツをパパなんて呼んだ?」レラはうつむきながら、ぽつりぽつりと話した。「結菜のことで蒼を責めないでほしいってお願いしたら、パパは責めてないって言ったの。それにパパ、お正月は家でひとりで過ごすって言ってた。なんか、ちょっと可哀想だなって思って、彼はお正月のプレゼントに、私にパパって呼んでほしいって言ったの」「それって、女を騙す男の手段じゃん!ママにも同じことやってたに決まってる!だからママもアイツに騙されたんだよ」蓮の言葉を聞いて、レラはもう誤魔化せないと悟った。「パパ、私が箱を盗んだこと知ったの」レラは口を尖らせながら、正直に話した。「今日ね、悪いおばさんが来て、その箱を騙し取られちゃったの。でもパパ、全然怒らなかった。むしろ私を慰めてくれたの」蓮の表情が一瞬にして冷たくなった。「パ

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第791話

    彼女が素直に彼を呼べたのは、この部屋に二人きりだったからだ。もし蓮がいたら、きっとそんなことはできなかっただろう。蓮は奏を嫌っている。そして、奏と蓮の間で、レラは迷うことなく蓮を選ぶに違いない。奏の黒い瞳に、ふっと優しい笑みが浮かんだ。「弟に怒ってないなら、もう一回呼んであげてもいいよ」レラは彼の表情を見て、少し強気に交渉した。「弟はまだ小さいんだから、私が守らなきゃ」奏の目が僅かに赤くなり、掠れた声で呟いた。「レラ、俺は弟に怒ってるんじゃない。怒ってるのは、自分自身に対してだ。俺の気配りが足りなかったせいで、結菜のことを見落としてしまった」「パパ、それはパパのせいじゃないよ」レラは真剣な顔で訂正した。「結菜は弟を助けたかったんだよ。たとえパパが止めたとしても、きっとこっそりやったと思う。まるで私がパパのものを盗みたくなっちゃうのと同じ。ダメだって分かってるのに、どうしてもやりたくなっちゃう」例えとしては少しおかしかったが、それでも彼女の「パパ」という呼び方が、奏にとって生きる意味を取り戻させるほどの力を持っていた。マイクはずっと部屋の外で二人の会話を盗み聞きしようとしていた。だが、残念ながら何も聞こえなかった。二人とも小声で話していたうえに、マイク自身、奏がレラに何かするはずがないと確信していたので、結局スマホを取り出し、子遠と雑談していた。突然、部屋の扉が開いた。奏とレラが一緒に出てきた。「もう話終わったのか?何話してたんだ?レラ、泣いたのか?」マイクはレラの赤くなった目を見て、慌てたように問いかけた。「奏に何かされたのか?!」レラは首を横に振った。「お正月のプレゼントをくれるって言われて、感動して泣いちゃったの」「???」奏は話題を変えるように、「もうこんな時間なのに、蓮はまだ帰ってないのか?そんなに勉強が大変なのか?」と尋ねた。マイクは皮肉っぽく笑う。「そんなに気になるなら、今から迎えに行けば?」奏はその挑発に乗らず、「先に帰る」と言って、静かにその場を去った。奏が去った後、レラはマイクの腕を引っ張り、ぷりぷりと怒った。「どうしてパパにあんなに冷たくするの?」「プリンセス、まさか、あいつの肩を持つつもりか?!ちょっと待てよ、いったいどんなプレゼントをもらえるんだ?そんなに簡単に買収さ

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第790話

    レラはそう言い終えると、さらに泣きじゃくった。奏は、さほど驚かなかった。もし、あの箱をレラが持ち出していたのなら、盗まれた箱が、誰の手によって消えたのか分からなかった理由も説明がついた。誰も、まだ四歳の子どもを疑ったりはしない。当時のレラは今以上に人に頼って生きていた。何もできない幼い子どもが、まさかそんなことをするとは、誰も思わなかったはずだ。そして、これによって、箱が持ち去られた後も、箱の中身が一度も暴露されず、彼を脅すために使われなかった理由も説明がついた。「レラ、そのおばさんはどんな服を着てた?」奏は彼女を椅子に座らせ、そっとティッシュで涙を拭いた。レラの嗚咽が少し落ち着いてから、さらに問いかけた。「灰色っぽいコートを着ていたんじゃないか?」「どうして、それを知ってるの?」レラは真っ赤な目を見開いた。「じゃあ、箱はもう取り戻したの?」奏は数秒考えた後、正直に答えることにした。「いや、まだだ。君を騙したあの女は、事故で死んだ。でも、箱の中身は何者かに持ち去られた」「でもお兄ちゃんが、あの箱にはすごく大事なものが入ってるって」レラは鼻をすすりながら、長いまつ毛を伏せた。「ごめんなさい、あんな大事なものを持ち出しちゃって」娘の謝罪を聞いても、奏の心は不思議なほど穏やかだった。もし、これが他人の仕業だったら、絶対に容赦しなかっただろう。その代償として、報いを受けさせていたはずだ。だが、これをやったのが娘なら、たとえ空が崩れ落ちたとしても、彼は決して彼女を責めることはない。「どうして、あの箱を持ち出そうと思ったんだ?」彼は、ただ娘の気持ちを知りたかった。「だって、あなたが嫌いだったから、あなたのものを隠して、見つからないようにしてやれば、きっと困ると思ったの!」レラはぷくっと頬を膨らませた。しかし、次の瞬間、彼女の表情は後悔に変わった。「もし、大事なものだって知ってたら、きっと持って行かなかったのに」「レラ、もう泣かないで、このことは、ママには言わないようにしよう」とわこに余計な心配をかけたくなかった。そして何より、レラの怯えた表情を見る限り、この件をまだとわこには話していないのだろう。そもそも、あの箱が消えたとき、奏はとわこにも確認した。もし彼女が知っていたのなら、あのときすでに何か言っていたは

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第789話

    レラはスマホを握りしめ、画面に映るママの顔を見つめながら、小さな声でつぶやいた。「ママ、彼がノックしないで入ってきたの......悪い人かと思った......」本当のことを話す勇気はなかった。お兄ちゃんが家にいればよかったのに。お兄ちゃんが帰ってきたら相談しよう。きっといい方法を考えてくれる。とわこは娘の説明を聞き、安堵のため息をついた。そして、優しく問いかけた。「レラ、なんだか今日は元気がないみたいね。もしかして、友達の家で何かあったの?何も心配しなくていいのよ。ママには何でも話していいからね」奏は横でその言葉を聞き、違和感を覚えた。今日、レラは友達の家に行っていた?彼女のこの異常な反応は、きっとそれと関係がある。「ママ、もう大丈夫だよ」レラはそう言いながら、こっそり奏をチラリと見た。「もし何かあったら、すぐにママに話すのよ。いつでも電話してきていいからね」とわこは念を押すように言った。「わかった、ママ」レラはそう言い、スマホの画面に向かって投げキッスを送った。通話が終わると、レラはスマホをマイクに返した。マイクはスマホをポケットにしまい、警戒の眼差しを奏に向けた。「お前、一体誰に用があってここへ来た?何の用だ?」「レラと二人で話したい」奏は淡々と言った。「さっき驚かせてしまったから、謝りたいんだ」「ここで謝ればいいだろう?二人きりになる必要はない」マイクは彼の意図を測りかねていたため、レラと二人にするつもりはなかった。「レラ、俺を信じてほしい。君を傷つけることは絶対にしない」奏はレラの顔をじっと見つめながら、静かに言った。「もし君が傷つくようなことがあれば、その罰として、一生ママに会えなくなってもいい」マイクの胸に縮こまっていたレラだったが、その言葉を聞いて、少し恐怖が薄れた気がした。彼女はマイクの腕の中から抜け出し、小さな顎を少し上げて言った。「ちょうど私も、あなたに話したいことがあるの」奏は頷き、彼女の後ろをついて、一階の客室へ向かった。部屋に入ると、奏は静かにドアを閉めた。「レラ、どうしてそんなに俺を怖がってるんだ?」奏は待ちきれずに問いかけた。「今日、友達の家で何があった?今、ママはいない。だから何でも話していい」彼の言葉に、レラは眉をひそめた。彼は、自分が人を送ってきた

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第788話

    彼が突然来るなんて、どういうこと?彼にはすでに箱を返したはずなのに!レラは彼が自分に文句を言いに来たのではないかと恐れ、リビングから逃げ出すと同時に叫んだ。「マイクおじさん!」レラの悲鳴に、電話の向こうのとわこは驚いた。レラがスマホを床に落としたので、カメラは天井を映した。とわこは音声だけを頼りに、何が起こったのかを推測するしかなかった。しかし、映像が見えない以上、詳細は分からない。ただ確かなのは、何か危険なことが起こったはずだということ。「レラ!」とわこはスマホを握りしめ、部屋を飛び出した。今はアメリカにいるが、もし娘に危険が迫っているのなら、すぐにでも飛んで帰るつもりだった。奏はレラが怯えて逃げていくのを見て、鋭く眉を寄せた。レラとは何度も顔を合わせているが、これまで礼儀正しくはなかったとしても、ここまで怯えたことはなかったはずだ。彼は手を上げ、頬を触った。別に顔に何か付いているわけではない。では、レラはいったい何を怖がっているんだ?リビングへ足を踏み入れると、床に落ちたスマホが目に入った。奏はすぐにそれを拾い上げた。「レラ!」とわこの必死な声がスマホから響いた。先ほどのレラの叫び声に、とわこ自身も怯えていた。奏は画面に向かって説明した。「俺が驚かせてしまったようだ。今はマイクと一緒にいる」とわこは彼の声を聞き、見慣れた顔を確認すると、胸の奥に渦巻いていた不安と緊張が少し和らいだ。しかし、疑問が残る。「どうしてあんなに怖がらせたの?」とわこは眉をひそめ、問い詰めた。奏は困惑した表情を浮かべた。彼もその答えを知りたいくらいだった。「こんな時間に、うちに何の用?」とわこは彼が答えないのを見て、さらに追及した。「そんなに遅い時間でもない」奏は彼女の攻撃的な視線を受けながら、喉の奥に引っかかった言葉を飲み込んだ。彼女が蒼を連れて出て行った理由を思い出し、言葉を詰まらせる。「ちょうど近くを通ったから、ついでに寄ったんだ」「あなたの会社も家も、うちの近くじゃないでしょ?」とわこは彼の嘘を見抜いた。「さっき、レラに何をしたの?」少し離れたところで、マイクがレラを抱え、リビングへと入ってきた。彼も先ほどレラに同じ質問をしたが、レラはただ首を振るだけで、何も答えなかった。「

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第787話

    今、和彦は話すことができないようで、何の指示も出せない。そんな状態でどうやって箱の中の物を奪うつもりなのか?「社長、直美の病室は隣ですよ。見に行きませんか?」ボディーガードが奏に声をかけた。「顔がめちゃくちゃになったらしいですよ。あんなに美貌に執着してたのに、今は生き地獄でしょうね」ボディーガードは奏が直美を憎んでいるのを知っていたので、わざとそう言った。奏は最初、彼女を見に行く気はなかったが、その言葉を聞いて足を止めた。直美の病室の前まで歩き、ドアを押し開けた。ちょうど振り向いた直美と目が合った。その瞬間、彼女の瞳には恐怖が浮かんだ。包帯で覆われた顔を手で隠し、彼の視線から逃げようとした。「国外に逃げたんじゃなかったのか?」奏は喉を鳴らし、冷笑した。「よく戻ってきたな」直美の目には涙が滲み、絶望的な声で叫んだ。「奏、もう逃げないから、殺して!」そう言うと、直美は布団を跳ね除け、病床から降りた。震える足で彼の前まで歩き、ドサッと膝をついた。そして、両手で彼のスラックスを掴んで言った。「奏、私、もう終わった。私の人生、全部終わったの。楽にして、自分で死ぬ勇気なんてない、お願い、私を殺して」奏はそんな彼女の必死な表情を見下ろし、心の奥底にかすかな哀れみと虚しさが湧いた。「死にたいなら、絶対に殺さない」奏の冷たい瞳が彼女を見下し、手で彼女の体を突き放した。「もがきながら生き続けろ」病院を出ると、夜の闇が街全体を神秘的で不気味な影で包んでいた。冷たい風が木々を揺らし、枝に積もった雪が大きな塊で崩れ落ちる。奏が車に乗り込むと、運転手が病院を出た。「社長、どちらへ?」奏は数秒沈黙した。帰宅するか、とわこの家に向かうか、迷っていた。事故が起きたのは館山エリアの別荘の近くだった。彼はこの事件がとわこたちと関係があるのかどうか知りたかった。さらに、昼間手を回してすみれの行方を追ったが、彼女は今日国外に逃げたと報告が入った。もし彼女が箱の中身を手に入れていたのなら、逃げる必要はなかった。むしろ、その中身を利用して自分を脅すことだってできた。ということは、すみれが持っていった可能性は低い。「館山エリアの別荘へ」「かしこまりました」運転手はハンドルを切り、別荘へと向かった。館山エリア

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