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第6話

作者: かんもく
出血しているので、流産を防ぐ処置が必要となった。

この知らせはまさに晴天の霹靂だった。とわこはパニックに陥った。

「先生、もしこの子が欲しくない場合は、どうしますか」

もうすぐ奏と離婚することになる彼女にとって、腹の中の子は実に間が悪かった。

問いかけられたお医者さんは、彼女を一瞥した。「理由を聞いてもいいですか?世の中には、赤ちゃんがどんなに欲しくても授からない人は沢山いますよ」

彼女は視線を少し下の方に向けて、沈黙を選んだ。

「家族の方は?」と医者に問われた。「子供が欲しくないのも結構ですが、まずは夫婦二人で話し合ってから決めましょう」

とわこは顔を顰めた。

彼女がかなり困っているように見た医者は、カルテをめくりながら呟いた。「まだ21歳か!結婚はしていませんよね?」

「してい…ませんかな」もうすぐ離婚するだと考えて、とわこはそう答えた。

「人工流産も立派な手術です。今日決まったところで、今日中にすぐできるわけではありません。今日のオペ予定はもう埋めていますから。一旦帰って、よく考えることをおすすめします。彼氏との関係はどうであれ、子供はう無関係ですから」

医者はカルテを彼女に渡した。「今出血しているので、処置をしないと、これから流産する可能性もあります」

とわこの態度もふっと柔らかくなった。「先生、処置というのは?」

医者は再び彼女の顔を見た。「人工流産希望でしたよね?もう気が変わりましたか?三千院さんは美人ですし、腹の子もきっと綺麗でしょう。流産を防ぐ希望なら、薬を処方します。一週間安静にしてください。一週間後まだ再診に来てください」

病院から出てきたとわこは、明るい日差しで目が眩んだ。背中は冷たい汗でじっとりと濡れ、両足は鉛のように重く感じた。

今の彼女は迷っていた。どこに行くべきかも、誰に相談するべきかもわからなかった。

ただ唯一確定できるのは、これは奏にのせてもらってはいけない相談だった。

彼に教えたら、彼女は確実に彼の用心棒に、無理やり手術台に乗せられる。

彼女は子供を産む決心をついたわけではないが、ただ今の彼女が混乱していて、一旦落ち着いてから決めようと思っていた。

道端でタクシーを拾って、彼女は叔父の住所を運転手に教えた。

両親が離婚した後、彼女の母親は叔父夫婦と暮らすことになった。

叔父夫婦は三千院家ほどの金持ちではないが、かなり裕福な暮らしをしていた。

「とわちゃん、一人なの?」彼女が手ぶらで訪れたことに気づいた叔母の顔は、あからさまに暗くなった。「前回お父さんの家に行くときは、高級なお土産をたくさん持ってたの聞いたけど。やっぱりよそものの家だと、礼儀なんてどうでもいいのね」

とわこを歓迎するつもりだったが、手ぶらで来たことを知ると、叔母は機嫌を損ねた。

とわこは一瞬わからなかったが、謝ることをした。「叔母さん、ごめんなさい。わざとじゃないんです。今度こそちゃんとお土産を用意しますから!」

「もういいよ!そのしけったツラを見る限り、常盤家から追い出されたんじゃないの?あの常盤奏が意識を取り戻したって聞いたよ。もし気に入ってもらったら、こんな顔で母に会いにこないでしょう?」

問い詰められたとわこは、顔が赤くなった。

娘がいじめられるのを見て、美香は即座に言い返した。「仮に、娘が本当に常盤家から追い出されたとしても、あんたにあれこれ言われる筋合いがない」

「美香さん、事実を言っただけだよ。本気で怒るとはね。ここが私と主人の家なのよ…嫌なら出て行ってもらって構わないわ!」

馬鹿にされて頭にきた美香は苛立って、白黒をつけようとしたが、口が不器用すぎだった。

この揉め事の全てを目に収まったとわこの胸に複雑な感情が詰まった。

彼女は、母が三千院家ほどの贅沢な生活を送っていなくても、叔父夫婦の家でそれなりのいい暮らしているだろうと信じていた。。

まさか、母親と叔母は犬猿の仲だった。

「お母さん、この家を出て、別の部屋を借りましょうよ!金なら、私出すから…」とわこは乾いた声で言い出した。

美香は頷いた。「そうね、いま荷物をまとめるわ」

30分もたらず、親子は井上家を出て、タクシーに乗った。

「とわ、お母さんのことは心配しなくて大丈夫。ここ数年、お母さんなりに貯金してあるから。ずっとあの家を出ていなかったのは、お婆ちゃん体が悪いから、そばにいてくれって。お婆ちゃんがなければ、あんな家とっくに出て行ったのよ」美香は無理に笑った。

とわこは数秒の間、視線を下に向けて黙った後、思い測ってから口を開いた。「叔母さんの言う通りだった。近いうちに、常盤奏と離婚することになった」

美香はわずかに戸惑って、娘を励んだ。「大丈夫、まだ卒業してないんだし、ちょうど離婚したらちゃんと卒業の準備できるわ」

「うん、ママ、離婚しても、三千院家には戻らないから、一緒に暮らそう!」とわこは自分の頭を母親の肩に乗せて、妊娠したことを内緒することにした。

心配性な母親なんだから、教えたらきっと大変なことになる。

夜、とわこは常盤家に戻った。

その馬鹿みたい大きなリビングは、針が落ちるのも聞こえてしまうほど、静かだった。

「若奥様、お食事は?まだでしたら、料理を温め直しましょうか。生理用品も準備しておきましたので」三浦婆やが急に現れてきたことに、とわこは驚いて冷や汗をかくほどだった。

「食べてきたので、ありがとう、三浦さん!静かだね。奏さんはまだ帰っていないのか?」部屋に入る前、とわこは何気なく聞いた。

「若旦那様はまだ戻っていません。安静にしてって医者様に注意されましたが、なかなか聞かないですよ」そう言いながら、三浦婆やはため息をついた。「若旦那様は意志の強いお方ですから、他人の指示には従いません」

とわこは軽く頷いた。

彼と直接対峙したのはまだ数回だったが、その印象は強烈で彼女の中に残った。

彼は傲慢で、残酷に凶暴で、かなりな自信家…

彼が昏睡状態にあった頃に感じたわずかな同情も、彼が目を覚ました瞬間にすべて消え去った。

その夜、とわこは寝付けなかった。

腹の中の子を考えると、病院にいたときより落ち着いたところか、更なる葛藤を抱えてしまった。

瞬く間に、翌朝が来てしまった。

奏に会いたくないので、部屋からなかなか出なかった。

上午九点半,张嫂来敲房门:“太太,先生已经出门了,你可以出来吃饭了。”

朝9時半、部屋のドアが叩かれる音に伴って、三浦婆やの呼び声がしてきた。「若奥様、若旦那様はもう出かけましたので、朝食はどうですか?」

まさか完全に三浦婆やに読めてしまうと予想していなくて、気恥ずかしくなったとわこの頬が赤くなってきた。

朝食後、とわこのところに電話が一通きた。

とある資料の翻訳の仕事を任せたいという先輩からの電話だった。

「とわこちゃんが卒論のことでバタバタしているの知ってる。けど、とわこちゃんなら、この依頼は朝飯前でしょう。依頼人も高い報酬出してくれるそうで、ただ条件は今日午後12時前完成することだ」

今のとわこはお金に困っていた、ひと時考えてから応じた。

翻訳が終わったのは、ちょうど午前11時半だった。訳された文章を2回チェックして、問題ないと確認して、これから先輩に送ろうしした。

ところが、パソコンのスクリーンが突然2回点滅した。

彼女は、戦々恐々してスクリーンが青くなり、青から真っ黒になたのを見て…

ノートパソコンがフリーズしまった!

幸いなこと、ファイルはUSBメモリーに保存されてあった。

息を吐いた彼女は、ノートパソコンからUSBメモリーを抜いた。

別のパソコンを使って、中にあるファイルを先輩に送信しないと。

「三浦さん、私のパソコンが故障しているみたい。今急いでファイルを送らなきゃいけないの、家に他のパソコンは置いてあるか?」

「ありますが、若旦那様のものでして」

舞い上がったとわこの心には、寒気がしてきた。

奏のパソコンを涼しい顔でいじるほど、彼女は強くはなかった。

「ファイルを送るだけなら、それほど時間は掛からないでしょう?」彼女の顔から「至急」という二文字を読めた三浦さんも力を貸したがっていた。「若旦那様は顔つきが悪いだけで、極悪人ではございません。急用なら多少使っても、怒らないはずです」

とわこは時間を確認した。

もう11時50分になった。

12時前に送信しなきゃ。

奏の書斎は二階だ。

彼が病気だった間、掃除する役目を任された使用人を除き、彼の書斎に入った人間は一人もいなかった。

躊躇しながらも、金銭的な困窮が彼女を突き動かした。

彼女は金に困っていた。

百歩譲って、人工流産を選んだとしても、手術するために金も必要だ。

妊娠したのは、奏にも責任はあった。

パソコン借りることで、彼が妊娠中絶の件に手を貸したと思えばいい。

書斎に入った彼女は、デスクの前に座って、パソコンを電源を入れた。

パスワードが設置されたら諦めるつもりだったが、スクリーンには起動画面が映し出され

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    三浦は、とわこが今は重いものを持てないことを考慮し、気遣うように言った。「お部屋まで運びましょうか?」とわこは目の前の荷物をじっと見つめ、首を横に振った。「私が買ったものじゃないの。中に何が入ってるかわからないから、開けてくれる?」「わかりました。ハサミを取ってきますね」三浦がハサミを取りに行っている間に、蓮とレラがやって来た。とわこは腹部の傷の痛みがひどく、ソファに座ったままだった。「ママ、荷物の中身は何?」レラがとわこのそばに来て尋ねた。「ママもわからないの。ここ数日、何も買ってないし」蓮は眉をひそめ、推測した。「前みたいに、怖いものだったりしない?」蓮の言葉に、とわこの胸に警鐘が鳴った。三浦が『重い』と言っていた。ということは、中身はレンガやコンクリートみたいなもの?「蓮、レラを部屋に連れて行って」もし本当に恐ろしいものだったら、子どもたちを怖がらせてしまう。蓮は荷物をじっと見つめたあと、レラの手をしっかり握り、階段へと向かった。「お兄ちゃん、私、見たいのに!」レラは小さな声で不満をもらした。蓮「もし怖いものだったら、夢に出てくるよ?」レラ「それでも見たいもん!」蓮「ママが開けたら、一緒に見よう」レラ「わかった。マイクおじさん、どうしてまだ帰ってこないの?家にいてママをお世話するって言ってたのに!」蓮もマイクが今夜帰ってこない理由がわからなかった。それに、ママの様子もおかしい気がした。弟が生まれたら、みんな嬉しいはずだった。少なくとも、一番寂しいのは自分とレラだと思っていた。だけど、弟が生まれてから、どうもそれ以外の人たちも浮かない顔をしている。もう少しすれば、弟は家に帰れるはずなのに、どうしてみんな、悲しそうなんだ?「マイクに電話してみる」蓮はレラを部屋に連れて行ったあと、自分のスマートウォッチでマイクに電話をかけた。マイクはすぐに電話に出た。「蓮、とわこはもう帰ってきたか?」「うん。どうして帰ってこないの?」「今、病院にいる。もう少ししたら戻るよ」「病院?でも弟にはまだ会えないんじゃ?」マイクは数秒ためらい、胸の中で葛藤した。今は黙っていても、もし蒼が乗り越えられなかったら、いずれ蓮も知ることになる。「蒼が、病気になった。しかも、かなり危険な状態だ」

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第725話

    とわこは車を走らせ、病院を後にした。だが、不意に涙が溢れ、視界をぼやけさせた。耐えきれず、彼女は路肩に車を停め、大声で泣き崩れた。もし蒼の早産がこんなにも深刻な結果を招くと知っていたら、感情をもっとコントロールしていただろう。感情に任せることなく、冷静に対応していれば。小さな体でこの苦しみを背負う蒼を見るたびに、彼女は胸が締め付けられる思いだった。「代われるものなら、私が代わりに苦しみを受けるのに」彼女は心の中で何度もそう叫んだ。......ヨーロピアンスタイルの豪邸。すみれは手にワイングラスを持ち、ワインを軽く揺らしながら電話をしていた。「直美、あなたの勝ちよ」彼女の声には喜びが滲んでいた。「とわこの息子は、もうすぐ死ぬわ。もし早産じゃなかったら、健康に育ったかもしれないのに」直美は昼間、和彦からこの話を聞いていた。その時点では「病状が深刻だ」という程度の話だったが、ここまでの状態とは知らなかった。「本当に死にそうなの?」直美の声は興奮を含んでいた。「ええ。彼女の息子の血液型は全国でも極めて稀少だから、適合する血液を見つけるなんてほぼ不可能よ」すみれは満足げに笑った。「きっと神様も彼女を嫌っているのよ。それでこんな罰を与えたのね!ははは!」「最高だわ!」直美は溜まっていた鬱憤を晴らすように声を上げた。「彼女がそんな目に遭うなら、私の苦しみなんて大したことないわ!」「今、どうしてるの?海外に行ったって聞いたけど」「ええ、気分転換にね。でも、奏とは完全に決裂したわ。彼、私を殺そうとしてるのよ」直美は皮肉げに笑った。「残念だけど、殺せるもんならやってみなさいってところね」「まさか一生逃げ回るつもり?」「いいえ」直美は自信たっぷりに言った。「私は彼がいなくてもやっていける。信和株式会社もあるし、兄も私を支えてくれるわ。彼といた時より、今のほうがずっと充実してる!」「あなたの兄、そんなに頼れる人なんだ?今度紹介してよ」「いいわ。帰国したらセッティングするから」「それなら、私も恩返しさせてもらうわ」すみれは愉快そうに笑い声を上げた。「彼女への復讐をさらに手伝うつもりよ!」「さすがすみれね。あなたみたいな人はなかなかいないわ」直美の声は上機嫌だった。「だってとわこは私の敵よ。敵の敵は味方って

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第724話

    同じ頃、奏は病院のバルコニーで冷たい風に吹かれていた。子遠は長い時間探し回った末に、ようやく彼を見つけた。空の下、孤独な背中を見て、子遠の胸中は苦々しい思いでいっぱいだった。「社長、どうしてここに一人でいるんですか?」子遠は気持ちを整えて話しかけた。「そろそろ夕食の時間です」「食べる気になれない」奏の声は冷たく、低く、かすれていた。蒼の血液型が特殊なため、適合する血液がまだ見つかっていない。それが彼を苦しめる理由の一つだった。もう一つの理由は、結菜の血液型が蒼の輸血に適合する可能性があると知っていたこと。だが、この事実を口にすることはできなかった。結菜には献血を頼むことができない。20年もの歳月をかけて、弱かった彼女をここまで自立できるように育ててきた。彼女が普通の生活を送れるようになるまで、どれほどの努力をしてきたか。だからこそ、彼女に献血を頼むことで万が一の事態が起きれば、彼は自分を許せなくなる。それでも、蒼が貧血で命を落とすかもしれない状況を黙って見ていることもできない。その苦しみは彼一人で抱え込むしかなかった。「食欲がなくても、外にいるのはやめてください。外は冷えますし、風邪をひいたらどうするんですか」子遠は諭すように言った。「とわこはまだ産後の静養中です。彼女も子どもたちも、あなたの助けが必要なんですよ」子遠の言葉に、奏はようやくハッと我に返った。二人は新生児科へ向かった。新生児科では、医師がとわこに厳しい口調で注意をしていた。「三千院さん、あなたもまだ病人なんですよ。本来なら、退院せずにまだ入院しているべきなんです」医師は真剣な表情で続けた。「今はまずご自分の体をしっかり休めてください。無理をすれば、将来後遺症が残るかもしれません。常盤さんが呼んだ専門医が24時間蒼くんを見守っています。血液が見つかり次第、すぐに輸血を行いますので......」そのやり取りを遠くから見ていた奏は、足早に彼女のもとへと向かった。彼は何も言わずに、とわこを抱き上げ、そのままエレベーターへ向かった。「家には帰らない!」彼女は目を赤くしながら叫び、拳で彼の胸を叩いた。「蒼と一緒にここにいる!」「もし君が倒れたら、レラと蓮はどうするんだ?」奏は足を止めずに言い放った。「とわこ、俺の過ちで自分

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第723話

    奏は新生児科にいたが、マイクに怒鳴られた後、どこかへ姿を消してしまった。子遠はマイクの襟元を掴み、非常口へと彼を引きずった。「頭おかしいのか?蒼が危ない状況で、社長はもう十分傷ついてるんだぞ。それなのに、直美のことでさらに悩ませる気か!」朝から全国の血液銀行に連絡を取り続けていた子遠は、ようやく落ち着いて病院に到着したばかりだった。「直美がいなければ、とわこは早産しなかった!早産さえしなければ、蒼はきっと何の問題もなかったはずだ!」マイクは怒りで顔を赤くしながら叫んだ。「社長は直美を見逃すつもりなんかなかった!和彦に電話してから考えが変わったんだ」子遠は苛立ちを噛み締めながら答えた。「僕の推測だが、和彦は社長の弱みを握ってるんだ。それがなければ、社長が態度を変えるなんてありえない!」「和彦が直美は精神障害だと言ったから、奏が情けをかけたんだろ!」「ありえない!」子遠は即座に反論した。「直美が精神障害だろうと、仮に末期の病気だったとしても、社長が彼女に情けをかけるなんてことはない」子遠は真剣な表情で続けた。「社長を信じられなくてもいい。でも、僕の言葉まで信じられないのか?」マイクは歯を食いしばり、黙り込んだ。数秒後、彼は絞り出すように尋ねた。「じゃあ、なんで奴が弱みを握られるようなことをしたんだ?悪事でも働いたのか?」「自分が完璧な善人だなんて言えるのか?昔、散々悪事を働いてきたって自分で言ってただろう?とわこに出会ってから改心したんじゃなかったのか」「まあな」マイクは鼻をこすりながら、それでも苛立ちは消えなかった。「とわこは本当に目が曇ってるよ。どうしてあんな奴を好きになったんだ!」「今そんなことを言って何になる?今大事なのは、適合する血液を一刻も早く見つけることだ」子遠はため息をつきながら言った。「暇なら、アメリカの血液銀行に連絡を取ってみろ。適合する血液があるかもしれないだろう」「わかった、すぐに連絡する」……奏は日本で最も有名な小児科と血液学の専門家を病院に招いた。血液の分析と議論を経て、蒼の病気が希少な血液疾患である可能性が高いとの結論に至った。専門家たちは、現状を早急に改善するためには「交換輸血」が有効であると提案した。だが、交換輸血には大量の血液が必要である。今は少量の血液さえ確保で

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第722話

    病院にて。奏の血液は蒼には適合しなかった。奏は自身の人脈を駆使し、RHマイナスを求める知らせを各大病院に急いで伝達した。病院はすぐに社会に向け、RHマイナスを高額で求める緊急告知を発表した。その頃、マイクが病院に到着し、奏を見るなり問い詰めた。「一体どういうことだ?蒼に何があった?どうして突然輸血が必要なんだ?」医師が傍らで説明した。「早産児には一般的に多くの早産合併症があります......」「つまり、全て早産が原因だってことか!」マイクは歯を食いしばりながら怒りをあらわにした。「もし直美がいなかったら、とわこは早産なんかしなかった!直美め!」医師は彼の怒りの矛先が何か分からなかったが、専門的な見地からこう答えた。「蒼の病気は、他の早産児とは少し異なります。早産でなくても、この病気になる可能性があったかもしれません」「そんな馬鹿な話があるか!とわこは毎月きちんと妊婦検診を受けてたんだぞ!検査結果もいつも良好だった。早産しなければ、蒼が病気になるはずがない!」マイクは怒りに満ちた声をあげた。医師は一歩後ずさり、奏の方に目を向けながら答えた。「検査では、一部の希少な病気は発見できないことがあります」「......つまり蒼の病気は希少疾患なのか?」「そうです。まだ原因ははっきりしていません。三千院さんが現在調査を進めています」医師は続けた。「こういった希少血液型の方は、希少疾患にかかりやすい傾向があります。実際、医学界でもこの血液型についての理解は非常に限られています」「ふざけるな!レラと蓮は元気そのものじゃないか。それなのに、どうして蒼だけが病気になるんだ?」「三千院さんのお子さんたちのことをおっしゃっていますか?」マイクは腕を組みながら答えた。「とわこには、他に健康な子供が二人いる。彼らの血を蒼に使えないのか?」医師は尋ねた。「そのお子さんたちはおいくつですか?」「6歳だ」「無理です。たとえその子供たちの血液型が適合しても、年齢が若すぎます。もし彼らから血液を採取すれば、彼らの体が持ちません。血液採取は最低でも18歳以上でなければなりません」「じゃあ、どうすればいいんだ?」マイクは眉をひそめ、深刻な顔で問いかけた。「蒼の状態はどうなんだ?」「彼は現在、昏睡状態にあります」医師は厳しい表情で

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第721話

    真は結菜の声を聞きながら、ふと頭にひらめきが浮かんだ。もし記憶が正しければ、結菜の血液型もRHマイナスのはずだ......2年前、とわこの手術前検査をした際、真が彼女の術前診断を担当していた。真は結菜の顔を見つめながら、胸が大きく上下していた。「真、私の顔を見てどうしたの?」結菜は目をぱちぱちさせ、困惑したように聞いた。「何か言ってよ!どうしたの?」真は何か言おうとしたが、言葉が喉に詰まり、どうしても口にできなかった。もし結菜が普通の健康な人であれば、真は迷わずに全てを話しただろう。彼が話せば、結菜は間違いなく蒼のために輸血を申し出るはずだからだ。しかし、結菜は普通の人ではない。彼女の体は何度も大手術を受け、その後のケアと療養のおかげで、現在の健康な生活を維持している。もし今、彼女に輸血をさせて万が一体に悪影響が出たら、真はその責任を負いきれない。奏にとって蒼は大切だが、結菜も同じくらい大切だ。「何でもない。ただ、蒼のことがとても心配なんだ」真は視線を彼女の顔から逸らし、続けた。「まずは血液銀行で確認しよう。適合する血液型があるかもしれない」結菜は頷き、小さな声でつぶやいた。「真、私の血って蒼に使えないかな?私、蒼を助けたいの......私は彼のおばさんだから、何もできないなんて嫌だ」真は彼女の言葉に感動し、目頭が熱くなった。とわこが出産した時、結菜は少しでも役に立ちたいと料理を学び、スープを煮込んで手を切っても痛がらなかった。そして今、蒼が危機に陥っていると知り、彼女は自分の血を提供できないかと真っ先に考えたのだ。「結菜、そんなに悲しまないで。まずは血液銀行を見に行こう。きっと適合する血液型が見つかるよ!」真は思わず彼女の手を握りしめた。「結菜、君に言ったことあったかな?僕、君が大好きだよ」結菜は首を振った。「言われたことないけど、知ってるよ。だって、あなたはお兄ちゃんのお金も受け取らないし、私にこんなによくしてくれるから。真、私もあなたが大好きだよ。お兄ちゃん、とわこ、レラ、蓮、そして蒼の次に、真が一番好きだよ」真は少し笑いながら言った。「じゃあ、一生の友達でいようか?」結菜は少し考えてから、悩ましげに言った。「もちろんいいよ。でも千代さんが言ってた。真はいつかお兄ちゃんやとわこ

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第720話

    医師はとわこに連絡した後、奏にも通知を入れた。二人はすぐに病院へ駆けつけた。新生児科では、医師が再度赤ちゃんの状況を説明した。「通常の治療方法を試みましたが、効果がありませんでした。赤ちゃんは眠り続ける時間がどんどん長くなり、呼吸も次第に弱くなっています......これは普通の早産後遺症ではないかもしれない、と気づきました」そう言いながら、医師は蒼の検査結果を手渡した。とわこがその用紙を受け取り、じっくり目を通した。「赤ちゃんの免疫システムに問題があります」医師は険しい表情で言った。「さらに重度の貧血が見られます。現時点で最も重要なのは輸血です。しかし血液銀行に問い合わせたところ、適合する血液型が見つかりませんでした。赤ちゃんの血液型は非常に特殊です」医師の話を聞きながら、奏の心は一気に奈落の底へと落ちていった。「彼の血液型がそんなに特殊だと?」「そうです。早急に適合する血液型を見つけて輸血しないと、彼の体は数日も持たないかもしれません」奏は一瞬の迷いもなく言った。「俺の血を調べてくれ。適合するか確認してほしい」医師はすぐに看護師に奏の採血を指示した。とわこは涙を飲み込み、言葉を紡いだ。「私も奏も血液型が合わない」医師は提案した。「常盤さんに他の病院で調査してもらうのが良いでしょう。他の病院にはこのような特殊な血液型があるかもしれません」とわこは真を真っ先に思い浮かべ、すぐに電話をかけた。「とわこ、焦らないで。今すぐ病院の血液銀行を確認しに行くよ」赤ちゃんの状況を話すと、真は彼女を落ち着かせるように言った。「貧血の原因は何?」とわこは深く息を吸い込み、かすれた声で答えた。「今はまだ貧血の原因がわからない。もっと詳しく調べる必要があるけど、今すぐ輸血しなければ命が危ないの」電話を切ると、真はすぐに動き始めた。病院の血液銀行に向かおうと準備した。結菜はそれに気づき、不思議そうに尋ねた。「真、どうしたの?」「蒼が輸血を必要としてる」真は事情をそのまま伝えた。「とわこによると、赤ちゃんの状態がかなり危険で、すぐに血液が必要だ。でも今いる病院には適合する血液がないらしい」結菜は顔を強張らせ、心配そうな表情を浮かべた。「それってどうすればいいの?私、蒼にまだ会ったこともないのに!病気になるなんて

  • 植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた   第719話

    彼がいなくても、子どもを立派に育てることができる。彼がいなくても、生活と仕事は順調に進んでいく。「あなたがいなければ、直美は何度も私に嫌がらせをしないし、瞳も怪我をしなかった!私も早産しなかった!奏、あなたが私に与えたのは、傷つけることだけじゃないの?!」彼女の心の奥に隠されていたネガティブな感情が、ついに爆発した。彼女の非難に、彼は言葉を失った。「とわこ......」「呼ばないで!」彼女は彼の口を止めた。「今すぐ私の家から出て行って!これから、私のことに関わらないで!私たちの子どもについては......退院したら考えよう!」彼は彼女の感情が崩壊寸前であるのを見て、拳を強く握りしめた。理性が彼に急いで離れるようにと警告していた。もしここに留まれば、彼女をさらに刺激するだけだ。彼はすでに決心していた、もう変えることはない。少なくとも今は、彼女は彼を恐れていない、ただ彼を憎んでいるだけだ。彼が去った後、マイクと二人の子どもたちがすぐに彼女の部屋に来た。彼女は顔の涙を拭い、すぐに感情を立て直した。彼女は三人の子どもの母親になった、以前よりもっと強くならなければならない。「とわこ、喧嘩したの?直美のことが原因かな?子遠に聞いたけど」マイクは彼女を慰めようとした。直美が国外に逃げたことで、彼女を見つけるのは当然難しい、まさか一生帰国しないわけではないだろう?彼女が帰国すれば、奏の人脈と手段で、彼女を見つけられないわけがない。「ちょっとお腹がすいた、食べに行こうよ!」彼女はマイクの話を遮った。マイクが得た情報は子遠からのもので、子遠は奏の決断を知っているわけではない。彼女と奏の間のすべては、あまりにもひどかった。彼女はそれを周りに話したくなかった、心配させたくなかった。「うん、心配しないで、君は今産後だし、産後は重要だって言われているけど、私はあまり重要だとは思わないけど」マイクは彼女を慰めた。「最近のことは本当に辛かったけど、幸いにも蒼ちゃんが無事に生まれた。退院したら彼のために盛大なパーティーを開こう、どう?」とわこは気を悪くしたくなくて、そう答えた。「ママ、パパを追い出したの?パパが出る時、私たちに挨拶もせずに出て行ったよ、失礼だよね」レラは頬を膨らませ、むっとして言った。とわこ「気にしな

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