「…パスワードは知りません。父は教えてくれませんでした」頭を横に振りながらとわこは言った。それは嘘じゃない。お父さんは最期の時、確かに会社のことを口にしなかった。パスワードの遺言などなおさらだ。当時、部屋にはたくさんの人がいた。言ったとしたら、彼女のほかに、みんなも知っていたはずだ。「おじさん、この件は母に聞いてみます」とわこは田中に言った。「父さんと最後に会った時、あまり話していませんでしたから。母は多分私より知っていると思います」「分かりました。これは我が社の機密情報です、くれぐれも口外しないように。とわこさんは社長が指定した後継者だから教えました」田中は親し気にとわこに言い聞かせた。金庫を眺めながらとわこはだんだんわかってきた。彼らは金庫を開けられないから、仕方なく彼女にこの秘密を明かしたのだ。もし金庫を開けたら、きっとそのまま金庫のものを自分のものにし、決して彼女に教えなかったでしょう。「分かりました。口外しません。おじさん、この件を知っているのはほかに誰がいますか?」聞きながら、とわこはドアへ向かった。田中は後ろについていた。「あと技術担当者二名くらいですね。彼らは社長に信頼された人たちで、何年も会社で働いていました。システムを売ったら、私たちで分けましょうか?」田中は説明していた。とわこは頷いた。「まずパスワードを探してみます」「分かりました。私も会社の事業を続けたかったが、会社とチームの努力を認めてくれる人はいませんでした。あの人達はシステムだけを狙い、私達を排除しようとしていました。ですから、私はそんな決断をしました」「でもおじさん、もしパスワードを見つけなかったらどうしますか?」田中を見つめながらとわこは言った。彼女は本気で心配していた。パスワードについて全く見当がつかなかったのだ。田中は眉をひそめた。「社長は必ず何かのヒントを残しています。戻ったらゆっくり考えましょう」「ええ」会社を出て、とわこはタクシーを拾ってお母さんの所に行った。井上は料理の準備をしていた。「とわこ、弥は何の用だったの?分かれたじゃなかったの?」水を飲んでからとわこは答た。「奏に殴らたから復讐しようと思って、私に奏を殺せって頼んできたの」井上の顔色が変わった。「とわこ、本当にやるの?!
手でとわこの肩を撫でながら井上が言った。「お父さんだから、とわこを害することはしないよ。昔お父さんと一緒になった頃、会社はまだ始まったばかりだった。結婚の時に結納金どころか、かえって金を援助したの。とわこを害するようなことをしたら、鬼になっても絶対許せないからね」……月曜日。とわこはタクシーで常盤グループに向かった。常盤グループに来るのは初めてだった。会社ビルは聳え立って、とても立派だった。タクシーから降りて、彼女は直接ロビーに向かった。「お嬢さん、アポを取ってますか?」受付から聞かれた。「ないですが、三千院とわこと申します。三木直美に連絡していただけないでしょうか。私の名を聞けば、彼女は必ず応えますから」身なりの整えたとわこを見て、受付が広報部へ電話した。しばらくして、直美が降りてきた。エレベータを出た三木直美は傲慢そうに歩いてきて、とわこを見下ろしていた。「中絶手術を受けたばかりじゃないか?安静しなくても大丈夫なの?」とわこを揶揄った。軽い化粧をしたとわこの顔色が悪くなかった。「直美、工夫をしてここまで来れたのに、奏と結婚できそうなの?」直美は怒らなかった。逆に勝利を勝ち取ったのような笑った。「私と結婚しなくても、もう君の傍にはいられないでしょ。とわこ、子供を降ろすだけで済んだんだ、彼に感謝したらどうだ?私なら、君を殺したかもしれない」「そうか、どうやらあなたは違法なことをいっぱいしたのね」「私を怒らせるつもりなの?滑稽だよ、とわこ」唇をまげて、直美は冷たそうに言いだした。「君はもう負けだよ」それを聞いて平気だったとわこは話題を変えた。「直美、奏の前でプリンセスドレス履いたことがあるの?」話を聞いて直美は眉をうわ寄せた。「子供なのか?私はプリンセスドレスなんて着るはずがないよ。急になに?」「あなたが奏に嫌われる原因やっとわかった」口元をうわ寄せ、彼女の耳に近づいてとわこは言った。「奏はかわいい女性の方が好きなの。それにプリンセスドレスを着る女性を見るのも好きだよ」冗談を聞いたみたいに直美はあざ笑った。「私は奏と寝たよ。直美はまだだよね。彼は女性がプリンセスドレスを着る姿が好きなの。それに姫カットの髪型も好みよ。そうだ、ドレスの色はピンクが一番だよ。もしそんな格好をしたら、奏はあな
金曜日午後。とわこは三浦婆やから電話をもらった。「若奥様、若旦那様が今夜おかえりですが、戻っていただけないでしょうか?」先日の病院以来、とわこはずっと母の所にいた。「分かった。そろそろ決着をつけた方がいい」電話を切って、とわこは常盤邸へ向かった。夕方7時。奏が乗った飛行機が空港に着いた。用心棒に囲まれて、黒いロールスロイスに乗った。着席して頭を上げると、座席に座っている直美に初めて気づいた。「奏、私の髪型はどう?」直美はピンクのプリンセスドレスを着ていた。手で耳側の髪をかき上げて、色っぽく奏に微笑んだ。車に座って待ったのは、奏にサプライズさせるつもりだった。奥深い目つきで彼女をちらっと見た次の瞬間、彼の表情が歪んでしまった。奏は全身の筋肉が固まったようになり、顔色も変わった。車内は低気圧になった。彼の雰囲気が変わったのを見て、直美は不安し始めた。「奏、どうしたの?髪型が悪かったの?それともこのプリンセスドレスがダメだったのか…」緊張した直美は、声も霞んだ。「パッ!」と大きな音がして、顔にびんたを食らわせた。直美の体が飛んでリアドアにぶつかった。「ハサミ!」奏はこぶしを握り締めて、言葉を吐き出した。用心棒が命令を受け、すぐハサミを買いに行った。直美は体を座席に縮み、手で赤くなった顔を包んだ。口元から生臭い血が流れ出た。驚いた彼女は固まった。完全に呆れた。奏のそばに10年もいたが、こんなに怒ったのは初めて見た。とわこ!全てとわこの仕業だ!「奏、話を聞いて。服も髪型も、全部とわこが指示したものなの!彼女は奏を怒らせようとしてる。私のせいじゃないの」奏の腕を掴め、直美は泣きながら説明した。用心棒がハサミを買ってきた。「彼女の髪を切って!この服も!」直美の体は震えた。目の底にある僅かの光も消えた。この髪型とプリンセスドレスは一体何なんだ!どうして奏を怒らせたの?彼女は分からなかった。どうしてとわこは分かったの?用心棒が直美を車から引きずり出して、ドアを閉めた。「出せ」奏が言った。……夕食終わって、とわこはずっと客間で待った。すでに荷物をまとめておいた。奏が帰って来たら離婚のことを交渉するつもりだった。夜8時ごろ、ロールスロイス
「明後日は週末だから、来週月曜日に離婚しよう!」三千院とわこが続けた。彼女の焦り様を見ながら、彼はゆっくりとたばこを取り出して火を付けた。三千院とわこは眉をひそめ、彼が何を考えているのかわからなかった。もしかして、彼は離婚するつもりがないのでは?もし彼が本当に離婚したいなら、こんなに無関心な態度を取ることは絶対にないはずだ。彼を離婚に追い込むために、彼女は深呼吸をして言った。「私が浮気をしても、あなたは我慢できるの?もし私があなたなら、一生こんな人に会いたくないと思うはずよ。離婚しなければ、あなたには永遠に裏切られた証が残るわ!」常盤奏は淡々と煙を吐き出し、深い目で彼女を見つめ、彼女の演技を楽しんでいるかのように眺めた。「三木直美に会ったわよね?きっと怒っているでしょ?そうよ、それでいいの。全部私が彼女に指示したことよ!あなたを怒らせるためにね」三千院とわこはさらに火に油を注ぐように言った。話を聞いていた使用人の三浦は心臓が締め付けられるようだった。三千院とわこはなぜ自滅しようとしているか?堕胎のショックで頭がおかしくなったのか?もし彼女がこのまま自滅しようと続けるなら、常盤奏が本当に彼女を殺すのではと心配になる。そう考え、使用人の三浦は我慢できずに歩み寄った。「旦那様、奥様の言っていることは本心じゃないんです……彼女はとても悲しんでいるから、こんなことを言ってしまったんです……彼女は嫁いでから、ずっと家にいたんです。私が保証します。彼女は結婚後、一度も常盤弥(ひさし)と不倫なんてしていませんよ」三千院とわこは顔を赤らめ、「三浦さん、もう休んでください!これは私たちの問題です。心配しないでください」「旦那様を怒らせないでください!怒らせるといいことはありません!奥様、私の言うことを聞いて、旦那様にしっかり謝ってください……もしかしたら、彼があなたを許してくれるかもしれませんよ」使用人の三浦は言った。三千院とわこは「彼に許してもらいたくない、ただ離婚したいだけ」と言った。常盤奏は鋭い鷹のような目で、三千院とわこのやせ細った背中を見つめた。彼女は本当は何か策略を練っているのか、それとも本当に自分と離婚したいのか?考え通した後、彼は後者の可能性が高いと判断した。三千院とわこと常盤弥(ひさし)の
週末。とわこと田中は会社で会うことを約束していた。「とわこ、早く金庫を開けなければならない。渡辺裕之からずっと返事を催促されているんだ。今は事実も言えないし、嘘もつけない……手元に何もないと自信が持てないよ!」とわこは頷いた。「昨晩、いくつかの数字を書き出してみた。父が設定したパスワードにはその中の数字を使っていると思うんだけど、どう組み合わせたかが問題ね」田中は彼女から紙を受け取り、数字を一瞥して頷いた。「じゃあ、今試してみよう」二人は隠しスペースに入り、金庫の前に立って一つ一つの組み合わせを試し始めた。しかし、すべてが思ったようにうまくいかなかった。何度も失敗した後、とわこは眉をひそめてため息をついた。「三千院すみれは知っているんじゃないかな?」彼女は言った。「家の玄関のパスワードも父と三千院すみれの誕生日の組み合わせだし、父が病気になる前は三千院すみれによくしていた」田中は首を振った。「もし三千院すみれが新しいシステムがこんなに価値があると知っていたら、物を持ち出してから去るに決まっている」とわこは考えを変えるしかなかった。「この金庫の中の物がもうすでに持ち出された可能性は?」田中は驚愕した顔で言った。「それはありえない!ここには専用の監視カメラがあり、毎日チェックしているんだ。我々以外には誰も入っていない」とわこは「ああ……」と言ってから、「パスワードがなければ、この金庫は本当に開けられないの?紙に書かれている数字以外のパスワードは本当に思いつかない」と言った。田中は苦い顔をして部屋の中を歩き回り、しばらくして言った。「金庫を開けられないわけではないが、パスワードがなければ破壊するしかない。金庫を破壊すると、中の物も壊れる可能性がある。リスクは大きい」とわこは何も答えなかった。田中は「もう少し考えてみるよ。どうしても開けられなければ、金庫を壊すしかない」と言った。とわこは考え込んだ。「うん」「とわこ、君は常盤奏と知り合いか?」と田中は疑いの目で尋ねた。とわこは即座に首を振った。「知らないです。もし私が彼を知っていたら、もうとっくにお金を借りに行ってますよ」「ああ……友達が昨日、君が高級住宅地に入っていくのを見たって」とわこの頬は一瞬で赤くなった。「ええ……昨日は確かに高級住宅
田中が写真を三千院すみれに送った後、今日こそ暗室に張り込んで彼女が何か驚かせてくれるか見てみることを決意した。もし三千院すみれが正しいパスワードを出せるなら、すぐに三千院とわこを遠ざけて、彼女には一銭も得をさせないつもりだ。約30分後、三千院すみれが電話をかけてきた。「いろんなパスワードを試してみたけど、どれも違ったの。もっといい数字の組み合わせは思いつかないけれど……ただ、書いてある井上美香の誕生日は身分証の上のものなの。でも実際の誕生日は違うのよ。井上美香の本当の誕生日に変えて、もう一度試してみましょう。」田中が「わかった、やろう!」と答えた。二時間後——「カチッ」という音とともに、金庫の扉が開かれた。三千院すみれの予想通り、井上美香の誕生日は身分証明書に記載されているものではなく、本当の誕生日を使わなければならなかった。三千院太郎が設定した金庫のパスワードは、前の三桁が井上美香の誕生日で、後ろの三桁が三千院とわこの誕生日だった。正しいパスワードとこの暗室に唯一あった家族の写真が見事に一致していた。これは三千院太郎が彼女たち親子に対する特別な記念と補償のようなものだった。田中と三千院すみれはビデオ通話をしていた。金庫が開くのを見て、三千院すみれは目を真っ赤にして怒りだした。「三千院太郎の野郎!あんなにも長い間彼を支えてきたのに、最も重要な金庫のパスワードを井上美香と三千院とわこの誕生日に設定してたなんて!最悪!あいつが生きてたら、絶対に大喧嘩していたわ!」田中は金庫を開けた瞬間、興奮して筋肉を緊張させ、目が輝いていた。三千院すみれの愚痴が全く耳に入っていなかった。扉は二重構造になっていた。第一層はパスワードロック。第二層は鍵または顔認識が必要だった。鍵は暗室の中にあり、田中と他の2人の技術者はその位置を知っていた。田中はその鍵を取り出し、第二層の扉を慎重に開けた——すると…広々とした金庫の中は、空っぽだった。何も入っていない!田中の顔よりも清々しいほどに空っぽだった!「クソ!物はどこだ?!」田中は拳を金庫に叩きつけ、痛みに目を赤くした。三千院すみれは「絶対に三千院とわこが持っていったのよ!誰が他に持っていくのよ?彼女はあなたに渡した紙を偽って、井上美香の本当の誕生
常盤家。とわこがリビングに入ると、使用人の三浦がすぐに彼女をソファへと座らせた。「奥様、ご主人様があなたのためにプレゼントをご用意されました」三浦がテーブルの上に置かれた白いギフトボックスを開けると、精巧な白いドレスが彼女の目の前に現れた。「本当にこれは彼が私に送ったものなの?」とわこはそのドレスを見て、信じられなかった。「はい、今夜の行事にあなたもご一緒される予定だそうです。それに、靴もありますよ!」と三浦は別のボックスを持ってきて開いた。中には美しいハイヒールがある。とわこは一足を手に取り、かかとを見て、心が怯んだ。「彼が私を連れて行って何するつもり?私はその界隈に慣れてないし、彼は私が恥をかくことを恐れてないのかしら?」三浦は答えた。「ご主人様があなたを連れて行くと決めたのですから、きっと何かお考えがあるのでしょう。奥様、過去のことは水に流して、これからはご主人様と仲良く生活してください」とわこは三浦を見つめて言った。「本当に彼が過去のことを水に流したと思うの?彼が今夜私を連れ出すなんて、何が目的かわからないわ!」三浦は尋ねた。「奥様、以前お腹にいらっしゃった子供、本当に常盤弥の子供だったのですか?私はあなたが無茶な人だとは思えません」とわこは目を伏せながら答えた。「過去のことは過去のことよ。もう話さないで」彼女はドレスをボックスから取り出した。「試してみるわ」「はい」夕方。軽井沢。とわこは白いドレスを纏って一階の宴会ホールに現れた。巨大なクリスタルシャンデリアの下で、彼女はまるで俗世に舞い降りた精霊のように清らかだった。その瞬間、全員の視線が彼女に集中した。「彼女は誰?こんなに美しいのに、見かけたことないわ」「彼女は三千院家の長女、三千院とわこじゃない?あの破産寸前の三千院グループの三千院とわこよ!」「確かに!言われてみれば覚えがあるわ。彼女は何をしに来たのかしら?誰が彼女を招待したの?彼女のあのドレス、Chanelの最新コレクションだと思うけど、そんなにお金があるのかしらね?」彼女たちはとわこに注目し、熱心に話し合っていた。とわこはホールを見回したが、常盤奏の姿は見当たらなかった。ハイヒールで足を痛めていた。彼女は適当に椅子を見つけて座った。座った途
とわこは付け加えた。「そうですね、彼は本当にお金持ちですけど、年寄りで醜くて、しかも体も良くないんです」皆は「???」と迷った。年寄りで醜くて体が良くないお金持ち……誰のことだろう?「三千院さん、二階へどうぞ」と、ウェイターがやって来て彼女に伝えた。とわこはすぐに顔を上げた。この建物は中庭が吹き抜けのデザインになっている。一階のリビングから二階の手すりが見える。常盤奏のボディガードが手すりのそばに立って、上から見下ろしていた。とわこはウェイターに従い、二階へと上がっていった。先ほどとわこを冷やかしていた人々の顔色が一変した。今夜の宴会に出席しているのは、富豪か名士ばかりだ。しかし、富豪の中にも階級が存在する。例えば今夜、普通の金持ちは一階の宴会ホールに案内されていた。社会的に大きな影響力を持つ人々は二階に配置されていた。「三千院とわこが二階に案内されるなんて、彼女のスポンサーは一体誰なの?!」「わからないわ!私たちは二階に行けないし。三千院とわこがやり手であることだけは確かね!彼女のスポンサーが年寄りで醜くても、大金を稼いでいるわけだし!」「私の知る限り、今夜のゲストにはそんなに年寄りはいないはずよ!」「じゃあ、三千院とわこは私たちを騙したのかしら?」皆は二階へと同時に目を向けた。しかし、何も見えなかった。二階。ここには人が少なく、丸テーブルには十人以下の男性しか座っていなかった。とわこは常盤奏の隣に座った。テーブルの上には美味しそうな料理が並んでいた。とわこは彼を見つめながら言った。「私をここに呼んだのは、食事をさせるためじゃないでしょう?」常盤奏は彼女の眉がひそめているのを見て、低い声で言った。「常盤弥も来る。俺が出張中、お前たちはこっそり会っていただろう?今夜は堂々と会わせてやるんだ」とわこは彼がそんな目的で自分を連れてきたことに驚いた。彼は彼女が常盤弥とまだ未練があり、毎日会えないことが辛いと思っているのだろうか?はは!彼女は夜に何も食べていなかったので、この時点でお腹がとても空いており、彼と口論する気力はなかった。彼女は箸を手に取り、自分のペースで食事を始めた。「常盤さん、君の甥っ子、俺にまだ2000万円の借金があるんだ。いや、本来な