君は妾の子だから、次男がちょうどいい〜long version

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By:  月山 歩Updated just now
Language: Japanese
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侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。 *こちらは元の小説の途中に、エピソードを追加したものです。 文字数が倍になっています。

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Chapter 1

1.婚約破棄

 侯爵家のマリア・ローレは、同じく侯爵家のカーステン・クライトンと婚約している。

 それは、マリアの父であるローレ侯爵とクライトン侯爵が同じ侯爵同士だからと、物心ついた時から決められていた。

 しかし、婚約者のカーステンは王都に住み、マリアの住むローレ侯爵家の邸は片田舎で遠いため、二人はまだ一度も直接会ったことはなく、手紙でのやり取りのみ続けられていた。

 ある時、クライトン侯爵から、ローレ侯爵に書状が届く。

 すると、ローレ侯爵は、マリアを執務室に呼び出してこう告げた。

「マリア、申し訳ない。

 クライトン侯爵から書状が届いて、大切な次期侯爵当主を妾の子のマリアとは、結婚させらないと書いてある。

 残念だけど、お前達の婚約は、一方的に婚約破棄されてしまったようだ。

 私は、その事を最初に話したつもりなんだが、聞いていないと大変お怒りの様子でね。

 だから、お前をちょうどいい療養中の次男との婚約に変更するって書いているんだ。

 婚約をこんな一方的に変えるなんて酷いとは思うが、貴族としては世間体を重視せざるを得ないから、そう言われてしまえば従うしかない。

 力になれなくてすまぬ。」

「お父様、カーステン様とは直接お会いしたことはありませんが、お手紙のやり取りを続けて来ました。

 ですから、私はカーステン様と結婚したいと思っておりましたが、妾の子である私には彼らに何かを申し上げることはできませんね。

 本音を言えば、こんな一方的な婚約破棄なんて嫌だと言いたいけれど、…わかりました。」

 私はカーステン様と直接会ったことはないけれど、彼とお手紙のやり取りを重ねるうちに、彼のことを好きだと感じていた。

 彼から送られる手紙には、学問や武術に励む日々の様子が綴られており、その頑張る姿を応援するそんな恋だった。

 でも、私は確かに妾の子だから、侯爵家の方が否と言えば、カーステン様には不釣り合いなのだろう。

 だから、私はこのまま諦めるしかないのだ。

 彼のことを好きだと思っていたから、つらいけれど。

 私の出生だけは、どうにもならない事実なのだから。

「それでなんだが、お前達の婚約は世間にも広く知られていたから、カーステン卿をこのまま婚約破棄の状態にしておくわけにはいかない。

 だから、代役として妹のハリエットを婚約者に立てたいそうだ。

 お前からすれば、妹に婚約者を奪われる形になってしまい、本当に申し訳ない。」

 お父様は、さすがに気が引けるのか、私の顔をチラチラ見ながら私の反応を伺っている。

 ということは、カーステン様と私は、これから義兄妹として顔を合わせることもあるってことなの?

 さすがに、結婚できなかった方と別の立場で顔を合わせ続けるなんてつらいわ。

 よりにもよって、義兄妹だなんて。

 これでは、彼を忘れ去ることもできない。

 私の運命はなんて過酷なの。

「それは、カーステン様も承諾しているのでしょうか?」

「わからん。

 書状にはそこまで書いていないからな。

 だか、カーステン卿も侯爵家当主の決定には逆らえまい。」

「そうですね。

 カーステン様も私と同じ立場ですものね。

 わかりました。」

 私は、貴族令嬢としてこの決定を受け入れるしかない。

 心の中の思いはどうであれ。

「それでな。

 先ほどの話には続きがあって、お前が婚約した次男は、療養中だと伝えたと思うんだが、その者は寝たきりなんだそうだ。

 それで、その者の世話が必要だから、すぐにお前に来てほしいと書いてある。」

「えっ、私にですか?」

「ああ、本当に申し訳ない。

 こちらが、妾の子だと秘密にしていたことになっているから、立場が弱くて断れない。

 お前も結婚すれば、遅かれ早かれその者の世話をすることになるんだからいいだろ?」

「そんな…。」

 私はおしゃれをして婚約者と王都の街でデートをしたり、夜会でダンスを踊ったりすることを夢見て来た。

 でも、私の婚約者は寝たきりで、お世話を必要とする方なのですね。

 冷静になって考えると、やはりショックだった。

 カーステン様と結婚できない上に、お世話が必要な方だなんて。

 ご病気の方と結婚することも、結婚してから怪我や病気になりお世話することも、最初からその方と言われていたなら、多分私は受け入れた。

 でも、私はカーステン様と結婚できると思っていたから、違い過ぎる未来に愕然とする。

 私は、お父様に何も言葉を返すことができないまま、彼の執務室を後にした。

 すると、廊下には心配そうな表情のハリエットが私を待っていた。

「お姉様、私とカーステン様の婚約について、お父様から聞いた?」

「ええ。

 あなたが代わりに彼と婚約したみたいね。」

「うん、お姉様ごめんなさい。

 お姉様の婚約者を奪う形になってしまって。

 でも、私達はお互いに結婚しても、姉妹であることに変わりないわ。

 私が義姉になるけれど。」

「そうね。

 言われてみればハリエットが私のお姉様になるわね。」

 結婚後の序列は絶対だ。

 私が手に入れるはずだった全てのものが、代わりに侯爵家当主夫人となる彼女に、与えられることになる。

 地位、名誉、財産。

 その一方で次男の妻となる私には、ただの貴族夫人という肩書きだけ。

 これから先、二人の立場には大きな隔たりができることを意味している。

「お姉様、これからもよろしくね。」

「そうね、よろしく。

 ああ、そうだわ。

 ハリエット、これであなたにも婚約者ができたことになるわね。

 婚約おめでとう。

 私は婚約破棄からの新しい婚約で、少し混乱してしまって、あなたにお祝いの言葉をかけるのが遅くなってしまったわね。

 ごめんなさい。」

「いいのよ。

 お姉様が大変なことはわかっているわ。」

「ええ、実は私はすぐにクライトン侯爵家に行くことになったから、その準備など色々あって、ハリエットとゆっくり話す時間がないの。

 またいずれ、クライトン侯爵家で会いましょう。」

「わかったわ。

 お姉様。」

 本当は、ハリエットとお茶を飲みながら、お互いの婚約についてゆっくりとお話したい気持ちがある。

 けれども、すぐにクライトン侯爵家に向かう準備しなければならないし、申し訳ないけれど、今、私には話している時間などない。

 カーステン様との婚約破棄や、新しい婚約者の世話をしなければならないことを考えると、心の余裕がなくなってしまった。

 そして翌日には、新しい婚約者の世話をするために、クライトン侯爵家の迎えの馬車に乗り、王都へ向かった。

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1.婚約破棄
 侯爵家のマリア・ローレは、同じく侯爵家のカーステン・クライトンと婚約している。 それは、マリアの父であるローレ侯爵とクライトン侯爵が同じ侯爵同士だからと、物心ついた時から決められていた。 しかし、婚約者のカーステンは王都に住み、マリアの住むローレ侯爵家の邸は片田舎で遠いため、二人はまだ一度も直接会ったことはなく、手紙でのやり取りのみ続けられていた。 ある時、クライトン侯爵から、ローレ侯爵に書状が届く。 すると、ローレ侯爵は、マリアを執務室に呼び出してこう告げた。「マリア、申し訳ない。 クライトン侯爵から書状が届いて、大切な次期侯爵当主を妾の子のマリアとは、結婚させらないと書いてある。 残念だけど、お前達の婚約は、一方的に婚約破棄されてしまったようだ。 私は、その事を最初に話したつもりなんだが、聞いていないと大変お怒りの様子でね。 だから、お前をちょうどいい療養中の次男との婚約に変更するって書いているんだ。 婚約をこんな一方的に変えるなんて酷いとは思うが、貴族としては世間体を重視せざるを得ないから、そう言われてしまえば従うしかない。 力になれなくてすまぬ。」「お父様、カーステン様とは直接お会いしたことはありませんが、お手紙のやり取りを続けて来ました。 ですから、私はカーステン様と結婚したいと思っておりましたが、妾の子である私には彼らに何かを申し上げることはできませんね。 本音を言えば、こんな一方的な婚約破棄なんて嫌だと言いたいけれど、…わかりました。」 私はカーステン様と直接会ったことはないけれど、彼とお手紙のやり取りを重ねるうちに、彼のことを好きだと感じていた。 彼から送られる手紙には、学問や武術に励む日々の様子が綴られており、その頑張る姿を応援するそんな恋だった。 でも、私は確かに妾の子だから、侯爵家の方が否と言えば、カーステン様には不釣り合いなのだろう。 だから、私はこのまま諦めるしかないのだ。 彼のことを好きだと思っていたから、つらいけれど。 私の出生だけは、どうにもならない事実なのだから。「それでなんだが、お前達の婚約は世間にも広く知られていたから、カーステン卿をこのまま婚約破棄の状態にしておくわけにはいかない。 だから、代役として妹のハリエットを婚約者に立てたいそうだ。 お前からすれば、妹に婚約者を奪われる
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2.新しい婚約者
 マリアの乗った馬車は、一日中走り続け、クライトン侯爵家の広大で堂々とした佇まいの邸に到着した。 王都の中心部にこれだけの邸があるなんて、さすがは名門だと感じる。「お嬢様、お待ちしておりました。」 御者が扉を開けると、男性がエスコートして、馬車から降ろしてくれた。「お出迎えありがとうございます。」「僕は、タイラー様の側近のロドルフと申します。 どうそよろしくお願いします。」 優しく微笑んだロドルフさんは、穏やかな印象の男性だった。「私は、マリア・ローレです。 こちらこそよろしくお願いします。」「婚約者であるタイラー様とお会いする前に、まずはクライトン侯爵様にご挨拶いただくことになっております。 こちらへどうぞ。」 そう言って、ロドルフさんは私を案内し、邸内を進みながら執務室と思われる部屋の扉をノックした。「どうぞ。 お入りください。 侯爵様は奥におられます。」 言われた通り執務室を進むと、クライトン侯爵と思われる方が、奥の机からちらりと目を上げた。「マリア・ローレです。 よろしくお願いいたします。」 私は優雅ににカーテシーをし、丁寧に挨拶する。「君が、以前カーステンの婚約者だった妾の娘か。 生まれのせいで残念だったな。 君には代わりにタイラーを頼むよ。 カーステンがもう少しで学院から戻るから、タイラーを別邸に移すのに、君はちょうどいい。 あいつは寝たきりだから、ロドルフと一緒に世話してやってくれ。 それにしても、君は噂通りの美人だな。 カーステンが、何か騒ぐかもしれないからしばらく会わせない方がいいだろう。 君が正妻の娘だったらな、もったいないよ。 だが、仕方あるまい。 もういい、後はタイラーのところに行ってくれ。」 クライトン侯爵は、早口で一方的に話すと、あっという間に私を追い払った。 クライトン侯爵は、大層お怒りだとお父様から聞いていたけど、実際にお会いするとそうでもなかった。 良かったわ。 ひとまず私は、怒られずに済んだことに胸をなでおろした。 でも、偉い方だからしょうがないのだろうけど、あまりにも無遠慮で失礼な人だった。 「妾の子だけど、美人だからもったいない。」などと本人に向かって言うなんて。 まぁ、その通りですけどね。 私は、実の母譲りのブラウンの髪に碧眼で、顔立ちも整っている。
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3.別邸へ
「ロドルフは、聞いていたの?」「はい。」 タイラー様は私達が別邸に移されることを知らなかったようで、朝から不機嫌だ。 紫色の瞳が再び鋭くなり、怒りを表している。「マリアは僕と婚約する上、田舎の領地に連れて行かれるんだよ。 いくらなんでも可哀想じゃないか? せめて、王都にいたら楽しいこともあるかもしれないのに。」 タイラー様は、私を思って怒ってくれているらしい。「タイラー様、私なら大丈夫です。 クライトン侯爵様から別邸に移ることは、昨日、伺っています。」「そうなのか? マリアはそれでもいいのか?」 タイラー様は、一転して私を心配そうに覗き込んだ。「正直、私は今はカーステン様と会う心の準備ができていなくて。 彼とは婚約していた時に、直接会ったことはないのですが、お手紙を交換していたんです。 私には、カーステン様に何となく好意があったものですから、思いを断ち切るためにも、今は彼と会わない方が良いと思いまして。」 タイラー様に気遣いは不要だと伝えたくて、私の素直な気持ちを話すことにした。「マリアは、兄が好きなのか?」「はい、ですがもう忘れようと思っています。 だから、タイラー様は気にしないでください。」「マリア様、それ、タイラー様の最も気にすることですよ。」 ロドルフが、すかさず教えてくれる。「えっ、そうなの? ごめんなさい、タイラー様。」「いいよ。 兄は僕の憧れだから。 僕とは違って、兄は学業も武術も秀でているし、こんな体の僕も気遣ってくれる優しい人なんだ。 それに、マリアには僕に遠慮せずに思ったことを言ってほしい。 僕が、もしそのことで傷ついたとしても、この体だからいつものことさ。」 タイラー様は、少し悲しそうな眼をしたので申し訳ないと思った。 私は彼に気を使ったつもりが、逆効果だったらしい。「兄のどんなところが好きだったの?」「カーステン様は、学院での勉強とか、武術の練習を頑張っているようすを教えてくれていました。 そのたびに、私は手紙を通して彼を応援していました。」「じゃあ、僕も何か頑張ったら応援してくれる?」「もちろんです。 タイラー様は、そばで応援できる婚約者様なんですから。」「なんか、それいいね。」「ちょっと、二人だけで急にいい感じにならないでください。 僕も仲間に入れてくださいね
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4.別邸での暮らし
 別邸のタイラー様の部屋は、大きな窓から庭園が見渡せる広々とした部屋だった。 タイラー様は、王都の邸では、暗く閉め切った部屋を好んでいたが、私がタイラー様のベッドサイドにいることもあって、私とロドルフがカーテンや窓を開けても、彼はダメとは言わなかった。 そこで私は、お部屋は明るくした方が良いと思い、庭園で摘んだお花を部屋の花瓶にいけることにした。 その花束を手にして、タイラー様の部屋に向かう。「マリアは、随分長く庭園にいたね。」「ええ。 この部屋に合うお花を摘んでいましたの。」「ああ、外から声が聞こえていたよ。」「もしかして、うるさくて迷惑でしたか? 窓が開いているから、声がここまで聞こえるのね。」「全然迷惑じゃないよ。 むしろ楽しそうだから、声だけじゃなく姿も見たいなぁと思っていたんだ。」「でしたら、私が庭園に行く前に、ロドルフに背中の後ろに枕などを入れてもらって、タイラー様の体を起こすのはどうでしょうか?」「マリアは、僕が君の姿を見たいと言っても嫌じゃないの?」「どうして? 嫌なわけないじゃないですか? 私達は婚約者同士なんですから、姿を見たくなるのは自然なことですよ。 私だって、タイラー様が高熱を出している時、心配でもっと近くでタイラー様を見たいと言って、ロドルフに止められていたのですから。」「そうだったんだ。 知らなかった。 ロドルフは、君を病気から守ろうとしたんだよ。」「ええ、伺いました。 でも、私は心配で、病気がうつってもいいから、タイラー様のそばに行きたかったのです。」「いや、それはダメだ。 そのことはロドルフが正しい。 僕は、高熱を出している時は、いつどうなるかわからない身なんだ。 だから、その間、マリアは僕に絶対に近寄ってはいけない。」「そんな。 どうなるかわからないなら、なおさらそばにいたいのに。」「ダメだ。 マリア、これだけは約束して。 僕の問題に君を巻き込みたくないんだ。」「わかりました。」 わかってないけれど、この場合はそう言うしかないわね。 タイラー様が、わたしを大切に思っていてくれているのはわかるから。「話は戻りますけれども、庭園でお花を摘む私をみたいなら、背中に枕を入れて、体を起こしてみますか? ご飯を食べる時みたいに。」「そうしてみるかな。」 タイラー様は
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5.本を読む
 ある日、私はタイラー様の横で、自分の本を読み、タイラー様は、ベッドに座りロドルフにページを捲ってもらい読書をしていた。 その時ふと、私が持っている本を見ているタイラー様の視線に気づく。「僕もマリアの読んでいる本を読みたい。」 タイラー様は、元々は本を読むことも、字を書くこともできたそうだ。 少年の頃に急に発熱し、手足に力が入らなくなり、今のような寝たきりになったと話してくれた。 そのため、私がタイラー様の横で読書をするようになると、元々、ロドルフにページを開いてもらい、本を読んでいたタイラー様は、そばにいる私の本も同時に読み出した。 どうやら、ロドルフがページを捲るのを待ちきれず、二つの本を同時に読んでいるらしい。 なんと器用な。 タイラー様は、できることが限られているから、多くの時間を読書に充てて、過ごしているのだそう。 そして、それに伴い読むスピードがどんどん速くなったとのこと。「タイラー様、二冊の本を同時に読めるのでしたら、ロドルフに本を立てかけるものを作ってもらえば、ベッドに二人で並んで一緒に読めますよ。」「どう言う意味?」「私の読んでいる本とタイラー様の読んでいる本を横に並べて置いて、私は私の読んでいる方だけを読んで、タイラー様は両方とも読むんです。 私は一ページ読んだら、二冊の本のページをめくります。 そしたら、ロドルフはその時手が空いて、その間に他のことができますよね。」「なるほど、じゃあ早速、ロドルフ、作ってみて。」「わかりました。」 ロドルフはすぐに立ち上がると、庭に出て、庭師から木の板をもらい、本を立てかける台を作り始める。 そのようすを私とタイラー様は、窓越しに見守り、台の大きさや角度の希望をロドルフに伝えて、すぐにその台は完成した。 翌日から、私とタイラー様は、ベッドに並んで座り、その台に本を立てかけると、毎日少しずつ二人で読書を楽しむようになった。 本を読む時は、私もベッドの上に上がって座り、タイラー様の隣に並ぶので、いつもよりも二人の距離は近い。 私は、並んだ二冊の本をめくりながら、胸がドキドキして、読むスピードはゆっくりになってしまう。 最初は、私に合わせてゆっくり読んでいたタイラー様だが、元々早く読む方だから、ほとんど動かなかった自分の手をなんとか動かして、私がページをめくる前に、自分で
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6.体のブツブツ
 タイラー様の手が少しずつ動かせるようになると、元々ブツブツのせいで体中が痒かったらしく、無意識に手の届く範囲を掻き、体中が傷だらけになり、血が滲んでいるところまであった。「タイラー様、あちこちから血が出てますよ。 あまり掻かない方がいいのでは?」 ロドルフも心配そうに肌の血を拭いている。「そんなに血だらけ?」「はい、とても痛々しいです。」 私とロドルフは、タイラー様を心配し、掻かないように説得する。「わかった。 それなら掻くのを我慢する。  自分がそんなに血だらけだとは、気づかなかったんだ。」「タイラー様、私の故郷で使っていた傷薬を塗ってもいいですか?」「ああ、頼む。」 それは、私の住んでいた領地で取れる匂いが強烈な葉を練り状にした傷薬で、緑色のそれは匂いがきついから、決して塗られて気分のいい物ではない。 でも、たいがいの傷は治った気がするのだ。 だから、私のお気に入りで、こちらまで持って来ていた。 とりあえず、タイラー様が匂いを嫌がらないように、そっと手を持ち上げると手の甲に塗ってみる。「しみますか?」「いや、別に。」「でも、これはかなり匂いが強いですね。」 ロドルフは、なるべく匂いを避けようと、顔を退けぞらせている。 だが、タイラー様は、私に傷薬を嫌がらないで塗らせてくれている。 良かった。 これで傷が治るはず。 とりあえず、その薬を手の甲で試してみて、良くなるのであれば他のところも試してみたい。「これで、数日様子をみましょう。」 手の甲に塗った薬が取れないように、さらにその上から、ハンカチを巻いた。 タイラー様は、私が提案することを、拒否することはない。 とにかく、自由に色々させてくれている。 実家では、私のお顔が綺麗だから、間違いが起こってはいけないと、周りの男性から遠ざけられていた。 なので、話せる男の人はお父様だけで、こんなにも話しやすく、受け入れてくれる男性がいるとは知らなかった。 少し会っただけだけど、タイラー様のお父様は、その中でも話を聞いてくれそうもない方だった。 だからこそ私は、婚約者がタイラー様で、本当に良かったと思うのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「タイラー様、ニヤけてますよ。」 僕の体を拭くために、マリアに寝室の外に外してもらい、ロドルフ
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7.綺麗な肌
 しばらく、薬の強い匂いに耐えながらみんなで我慢していると、タイラー様の肌は見違えるほど綺麗になった上に、現れた白いお顔はシミ一つなかった。 彼のきめ細かな肌は、いつもクリームを塗っている私の肌にも、負けない滑らかさだわ。 そして、何よりブツブツの無くなったタイラー様の顔立ちは、驚くほど整っている。 そして、紫色の瞳に金髪で、整った顔立ちは見惚れるほど美しい。「タイラー様って、実はかっこいい方だったんですね。」「えっ、そうなのか?」「そうです。」 ロドルフは何故か誇らしげに答えると、鏡をどこからか持って来た。 タイラー様は、その鏡を受け取ると、しばらく自分のお顔をじっと見つめている。「そうだね。 僕かっこいいね。 知らなかったよ。」「はい。 でも、僕は知っていましたけどね。」「ふふふ。 三人でお顔がかっこいい、かっこいいって。 でも、タイラー様は、体を搔く時、顔まで手を伸ばすのが大変だから、掻いていなかったのですね。 それが良かったのかもしれません。 そして、外にもあまり出ることは少ないから、シミも全くないですし。」「僕はブツブツがないだけで満足だけど、肌が綺麗ならば、これで少しはマリアと釣り合う男になれたかな?」 タイラー様は嬉しそうに、私に問いかける。「タイラー様、最初からタイラー様は、私にとってもったいないくらい優しい方でした。 だから、釣り合うに決まっていますし、むしろ今となっては、私の方が釣り合わないかもしれません。」「君に釣り合うと言われて嬉しいよ。 でも、僕の婚約者は絶対にマリアだけだよ。 それだけはずっと変わらないからね。 それに、ブツブツが治ったおかげで、実は前よりも体も動かしやすくなったんだ。 多分、皮膚が突っ張らないからだと思うんだけどね。 僕にはそっちの方がありがたい。」「タイラー様、素晴らしいですわ。 それなら、車椅子に乗って一緒にお散歩に行きませんか? 邸の庭園まで。」「ああ、いいね。 それぐらいならすぐできそうだよ。 以前は皮膚が突っ張って、車椅子に乗ってもすぐにつらくなってやめたけれど、最近は座っている時間が長くても、つらさを感じなくなって来ていたんだ。」 タイラー様は、ロドルフにベッドから移してもらい、車椅子に座った。「ああ、やっぱり皮膚がひきつれて痛くなるこ
last updateLast Updated : 2025-04-25
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8.気になること
 タイラーは朝からベッドの中で、執務をしていた。 腕や指を少しずつ動かして、領地の者から届いた書状に許可するか否かを印を押すことで指示を出すのだ。 こちらに来てから、父上の負担を減らすべく少しずつ領地の執務を始め、今では別邸周辺の領地の分は、僕がするようになっていた。 ここから王都の邸までは遠く、父上の目が届かなくて困っていることを、周りの者達に相談され、少しずつ始めたのがきっかけだった。 以前はロドルフに書状を見せてもらい、口頭で伝え代筆してもらっていたが、今では非常にゆっくりとなら自分で行える。 そのため、執務をする時のロドルフの負担は減らせて来ている。 しかし、僕の体勢を整えたり、車椅子への移動など彼に頼っている状態なのは変わらずで、自分の無力さが嫌になる時も多々ある。 朝、執務を始めてから、そろそろ昼頃だと思われるのに、マリアもロドルフも姿が見当たらない。 いつもなら、マリアは僕が執務している時は、近くのソファに座り、刺繍をしたり、本を読んでいることが多いのに、今日はどうしたのだろう? ロドルフも僕の執務の準備をした後から、姿を見せない。 僕がベッドの横へ手を伸ばし、呼び鈴を鳴らすと、チャリンチャリンという高い音が邸内に響く。 以前はどうしても呼び鈴が鳴らせず、一人の時はロドルフが来るのをひたすら待つしかなかったから、これができるだけでも僕にはどれほどありがたいか。「お呼びですか? タイラー様。」 部屋にやって来たのは、新しく僕の護衛になったサエモンだった。 執務を始めると、意に沿わないからと暴力に訴える者もいると、父が懸念して護衛をつけた。 だから、邸の庭園に行くだけなのに、僕には護衛がいる。「マリアとロドルフの姿がみえないんだが、二人はどうしている?」「マリア様は買い物に、ロドルフ様はクライトン侯爵に呼ばれて、本邸に行っています。」「そうか。」「何かご用では?」「背中の枕を取ってくれないか?」「かしこまりました。」 サエモンは僕が座るために背後に置いていた枕を外し、ベッドに横たわれるようにしてくれた。「ありがとう。」「後、他に何かありますか?」「いや、もう大丈夫だ。」 僕はベッドに横たわり、座っていた疲れと、腰の痛みから解放されて、ぼんやりと庭園に目を向けた。 窓から見える青い空と手入れが行き届い
last updateLast Updated : 2025-04-25
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9.疑惑
 数日後のある日、タイラーが執務を終えて部屋を見渡すと、今日も一人だった。 僕はなんとなく窓の外に目を向ける。 庭園は花が咲き、空には雲一つない青空が広がっている。 今日も良い天気だな。 そう言えば、最近ではこんな日が時々ある。 良い天気の日に限って、マリアもロドルフもいない。 僕は背中の枕を取ってもらうために、呼び鈴を鳴らす。「お呼びでしょうか?」 今日もサエモンが部屋に入ってくる。「悪いが、背中の枕を取ってくれ。」「承知しました。」 サエモンは慣れた手つきで枕を外すと、僕を横たえさせる。「ありがとう。 ところで、マリアとロドルフは?」「マリア様は買い物へ、ロドルフ様は王都に向かわれました。」「そうか、わかった。 後はいいよ。」「では失礼します。」 僕はマリアの自由を奪いたくないし、いちいち細かく詮索もしたくないけれど、最近買い物に行きすぎじゃないのか? 女性とはこんなものなのか? それとも、もう僕といるのに飽きたとか? まあ、飽きるのも無理はないよな。 結局、僕はほぼベッドの上にいるだけだし。 でも、本当はもっと一緒にいたい。 だけど、いらないことを言って、マリアに気を使わせたり、嫌がられるのは避けたい。 僕はマリアには自由に過ごして欲しいし、彼女が婚約者としてそばにいてくれるだけで、文句なんて言えない立場だしな。 ロドルフだって、マリアが来る前は陰鬱な僕を、ほぼ一人で支えてくれた大切な側近だ。 最近、留守がちであっても、逆に言えばそれだけ僕が離れても心配ない人間になった証拠なんだから、これはいいことなんだ。 僕は少しずつ昼間、留守が多くなる二人に寂しさを感じながらも、なんとか良い方に捉えて、一人運動をすることにする。 指を動かして、膝を立てる。 最近では、二人がいない時間が増えて、退屈だと感じ、その分運動が進む。 僕は今日も無心で体を動かす。 「ただいま、タイラー様。」「おかえり、今日は楽しかった?」「ええ。」 笑顔のマリアが僕の部屋に来て、微笑む。 出かけても帰って来たら、必ず僕の元に来てくれるのが嬉しい。「何か買った?」「何も。」「そうか。」 窓の外から夕陽が差し込み、長い時間を一人で過ごしたと知る。 そして、ついに僕の心にマリアの買い物についての疑問が湧き始める。 こ
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10.その頃の二人
「マリア様、二人で出かけるのは今日を最後にしましょう。」 二人で馬車に揺られながら、ロドルフは心配そうに眉をひそめる。「そうね。 今日見つからなかったら、ロドルフの負担が大きいけど、この前の場所にするしかないわね。」「そろそろタイラー様が、おかしいと思い始めていると思うんです。 タイラー様はベッドに長くいたから、人の些細な変化にも気づくんですよ。 だから、僕は不安です。」「そうなの? でも、タイラー様は、気づいたそぶりは何も見せていないから、大丈夫だと思うけれど。 あっ、でも、匂いがどうとか言っていたわ。 その後、勘違いだと言っていたような気がするんだけど。」「そんなことを言っていたんですか? それ、絶対にまずいですって。 特にマリア様のことでタイラー様に恨まれたらと思うと、僕は不安でなりません。」「ふふ、ロドルフって案外小心者ね。」「笑いごとじゃないですよ。」「大丈夫よ。 それよりも見て、あそこなんてどうかしら?」「いいですね。 行ってみましょう。」 二人は領地内にある砂浜沿いの一本道を馬車で進んでいた。 道は馬車が通るギリギリの幅で、走ると砂埃が舞っている。 私がロドルフに示した場所は、馬車を停めるには充分な広さがあり、その先には真っ白い砂浜が広がり、海へと続いている。 ロドルフは馬車の壁を内側から軽くトントンとノックして、御者に停車するよう指示を出す。 すると、馬車は静かにその場所に停車した。 ロドルフは私が馬車から降りるのを手伝ってくれ、地面に降り立つと、二人は砂浜へ向かって歩き出す。 私は目の前に広がる美しい海を見ると心が弾み、我慢できず途中から海へ向かって走り出す。 その後ろを、ロドルフが慎重に歩いてついて行く。「ロドルフ、ここならどうかしら? 今までで一番馬車から砂浜へ行く道の長さが、短い気がするわ。」「はい、とても良さそうですね。」「ここは景色が開けて、海が輝いて見えるし、すごく気に入ったわ。」 私が海を見て喜んでいる間に、ロドルフは足元を確かめるように、一歩ずつゆっくりと歩いて、砂浜への歩数を数えている。「馬車から砂浜までは、約五十歩というところでしょうか。 そして、海へはさらに同じぐらいの距離があります。 このぐらいの距離ならば、タイラー様を背負って歩くことも、何とかできるか
last updateLast Updated : 2025-04-25
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