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9.疑惑

Author: 月山 歩
last update Last Updated: 2025-04-25 18:05:48

 数日後のある日、タイラーが執務を終えて部屋を見渡すと、今日も一人だった。

 僕はなんとなく窓の外に目を向ける。

 庭園は花が咲き、空には雲一つない青空が広がっている。

 今日も良い天気だな。

 そう言えば、最近ではこんな日が時々ある。

 良い天気の日に限って、マリアもロドルフもいない。

 僕は背中の枕を取ってもらうために、呼び鈴を鳴らす。

「お呼びでしょうか?」

 今日もサエモンが部屋に入ってくる。

「悪いが、背中の枕を取ってくれ。」

「承知しました。」

 サエモンは慣れた手つきで枕を外すと、僕を横たえさせる。

「ありがとう。

 ところで、マリアとロドルフは?」

「マリア様は買い物へ、ロドルフ様は王都に向かわれました。」

「そうか、わかった。

 後はいいよ。」

「では失礼します。」

 僕はマリアの自由を奪いたくないし、いちいち細かく詮索もしたくないけれど、最近買い物に行きすぎじゃないのか?

 女性とはこんなものなのか?

 それとも、もう僕といるのに飽きたとか?

 まあ、飽きるのも無理はないよな。

 結局、僕はほぼベッドの上にいるだけだし。

 でも、本当はもっと一緒にいたい。

 だけど、いらないことを言って、マリアに気を使わせたり、嫌がられるのは避けたい。

 僕はマリアには自由に過ごして欲しいし、彼女が婚約者としてそばにいてくれるだけで、文句なんて言えない立場だしな。

 ロドルフだって、マリアが来る前は陰鬱な僕を、ほぼ一人で支えてくれた大切な側近だ。

 最近、留守がちであっても、逆に言えばそれだけ僕が離れても心配ない人間になった証拠なんだから、これはいいことなんだ。

 僕は少しずつ昼間、留守が多くなる二人に寂しさを感じながらも、なんとか良い方に捉えて、一人運動をすることにする。

 指を動かして、膝を立てる。

 最近では、二人がいない時間が増えて、退屈だと感じ、その分運動が進む。

 僕は今日も無心で体を動かす。

 

「ただいま、タイラー様。」

「おかえり、今日は楽しかった?」

「ええ。」

 笑顔のマリアが僕の部屋に来て、微笑む。

 出かけても帰って来たら、必ず僕の元に来てくれるのが嬉しい。

「何か買った?」

「何も。」

「そうか。」

 窓の外から夕陽が差し込み、長い時間を一人で過ごしたと知る。

 そして、ついに僕の心にマリアの買い物についての疑問が湧き始める。

 ここは、王都ではない。

 買い物できる場所は、この付近にはそれほど多くないはずだから、行く場所も限られているだろう。

 なのに、こんなに長い時間、何日も見るだけの買い物をするのかな?

 何かおかしくないか?

 でも、細かいことをマリアに尋ねないと心に決めている。

 ネチネチとした嫌味な男にはなりたくない。

「あら、タイラー様、肩に糸くずがついているわ。

 取りますね。」

 マリアはベッドに寝ている僕に手を伸ばし、糸くずを摘むと、捨てに行った。

 ん?

 マリアから、何か匂いがする。

 臭いわけではないけれど、二人でベッドに並び、本を読む時に感じるマリアの甘い香りとは違う別の匂い。

 一瞬だったけれど、これは以前、ロドルフからした不思議な匂い。

 ロドルフと同じ所を通ったのか?

 今までロドルフとマリア以外でこの匂いを纏っている者はいなかった。

 僕は体が不自由だから、僕の世話をする人が近づかないと僕を動かせない事情があり、人との距離がその時はとても近いのだ。

 だからこそ、人の匂いに気づくし、今まで嗅いだことのないこの匂いが不思議で仕方がない。

 本当にこれは何の匂いなのだろう?

「マリア、今日どこか途中で変わった匂いのところを通ったかい?」

「えっ?

 そんなところ通りませんでしたけれど。」

「じゃあ、何か匂いのする物を最近持ち始めたとか?」

「いえ、そんな物もありません。」

「そうか。」

「えっ、もしかして私臭いですか?」

「いや、そんなことはない。

 僕の気のせいだよ。」

 僕は疑問に思いながらも、これ以上詮索するのをやめた。

「タイラー様、口を濯ぎましょう。」

「うん。」

 寝る前にロドルフが部屋に来て、いつものように枕を背中に入れるために、僕に近づく。

 その時、やはりロドルフからも最近気になっている匂いがした。

 間違いなく、二人の匂いは一緒だ。

 二人は同じところを通っているのか?

 マリアとロドルフは別々の場所に行っているはずなのに、どうして同じ匂いがするのだろう?

 僕は心の片隅で疑念が湧き起こり、抑えようと思っていた思いが大きくなり、ついに無視できなくなったとわかっている。

 マリアとロドルフはやはり同じところに行っている。

 それどころか、僕に嘘をついて、二人で出かけているのだろうか?

 僕はこの答えに向き合うのが怖い。

 マリアは僕の婚約者で、ロドルフは僕の側近。

 けれど、見方を変えれば、二人はこの邸に住む男と女。

 僕を裏切って、実は二人は付き合っているのだとしたら?

 でも、もしそれが本当なら、もう僕は完全に孤独で一人ぼっちだ。

 だって、僕を支えてくれる何よりも大切な二人に、騙されていたことになる。

 そんなはずはないと信じたい。

 けれども、僕はこんな体で、マリアが望んでいることを、ほとんどしてあげれていないのだろう。

 だから、代わりにロドルフにしてもらっていることがあるのか?

 それに、二人はそもそも僕を中心に仲が良い。

 僕がいなくても、二人きりで何でもできるのだ。

 実際、僕にマリアと婚約した方がいいと勧めてくれたのは、ロドルフだ。

 それはロドルフがマリアを気に入り、彼女のそばにいたいと思ったから?

 でも、マリアは僕が婚約者だと認めてくれているはずだし、陰で僕を騙すような女性ではないはずだ。

 僕は疑惑が頭の中をかけ巡り、同時に胸がギュッと締め付けられる。

 とても二人に正面から、「二人は付き合っているのか?」と聞く勇気がない。

 その事実に向き合い、それが本当であったなら、僕は生きていく意味を失う。

「どうしたんですか?

 タイラー様。

 そんな固い顔して。」

「いや、何でもない。」

 僕はなんて臆病者なんだろう。

 その事実に向き合うのが、何よりも怖かった。

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     私は、タイラー様とのことも気がかりだけれど、それと同じぐらいハリエットのことが心配だった。 カーステン様を頼りにして、クライトン家に身を寄せていただろうに、その彼にあんなことを言われて、この侯爵邸で一人、さぞ傷ついて、心細い思いをしているのではないかと思った。 今私は、カーステン様のことは置いておいて、侍女に案内してもらい、ハリエットの部屋を訪れた。 すると、ドアは閉まっているが、中から女性の怒鳴り声が聞こえてきた。 私が慌てて居室に入ると、ハリエットが暴れていて、部屋の調度品を薙ぎ倒し、部屋は無残なありさまだった。 周りにいる侍女達は、彼女の暴力に恐れながらもそれを必死におさめようとしていた。「ハリエット、落ちついて。」「来たわね、私を笑いに。」 ハリエットは、お酒に酔っているらしく、私を見つけると焦点の定まらない目で睨みつけながら、ふらふらと近づいて来る。 とりあえず暴れることはやめたので、ハリエットをソファに侍女達と共に座らせる。「ハリエット、お酒を飲みたくなる気持ちはわかるわ。 でも、侍女達に迷惑をかけたり、物に八つ当たりしてはいけないわ。」 私は、ハリエットが落ち着いて来たようなので、目配せして怯える侍女達を下がらせた。 そして、侍女に託された水の入ったコップをハリエットに手渡す。「相変わらずね。 お姉様は、どんな時でも正しくて、イライラするわ。」「まずは、お水を飲んで落ち着いて。 話ならいくらでも聞くから。」「ねぇ、お姉様の頭の中はいつまでお花畑なの? もしかして、まだ、気づいてないの? どうして、クライトン侯爵に、お姉様が妾の子であるとバレたと思っているの?」「さぁ? わからないけれど、事実だから気にしても仕方ないと思っていたわ。 お父様が話したのかどうかもわからないし、考えても答えが出るとは限らないし。」「もう、お姉様はどうしていつもそうなの? どこまでも聖人で腹が立つわ。 もっと怒ってよ。 どうして婚約者を奪われても、そんなに平然としていられるの?」「声を荒げるのはやめて。 みんなビックリして集まって来てしまうから。 私だって冷静でいられたわけじゃなかったわ。 私はカーステン様のことを想っていたから、あの時は随分ショックを受けたのよ。 私の痛みは見えにくい、ただそれだけだわ。」 

  • 君は妾の子だから、次男がちょうどいい〜long version   19.選択肢

     次の日、目を覚ますと自分が使っているベッドの中だった。 そのすぐそばにはタイラー様がいて、すでに目を覚まし私を見つめていた。「おはよう、マリア、ぐっすり寝れたようだね。」「おはようございます、タイラー様。 あれっ、私、どうしてここに? ごめんなさい、帰りの馬車で寝てしまって。 それに、どうして今まで起きなかったのでしょうか? きっとタイラー様に、ご迷惑をおかけしましたよね?」「迷惑だなんて思っていないよ。 昨日のパーティーの祝杯で酔ってしまったんだね。」「すみません、口をつける程度にしたつもりですが、お酒は今まで飲んだことがなかったのでこうなるとは、わかりませんでした。 私、お酒にかなり弱いんですね。」「飲み慣れていないから酔いがまわったんだよ。 その後、ダンスも踊ったし、王都に来てからの疲れも溜まっていたのだろう。」「それにしても、私どうやってこのベッドまで来たのですか?」「それは、もちろん僕が運んだんだよ。 僕はマリアを抱いて歩くと、めちゃくちゃ遅いし、力もまだ弱いから、ロドルフに支えられながらだけど、他の誰とも君を抱く役目を代わりたくなかったんだ。」「そうだったんですね。 すみません。 私、その間も全然起きなかったのですね。」「ああ、僕とロドルフが大騒ぎしながら運んでいても、君はスヤスヤと気持ち良さそうに寝ていたんだ。 今思い出すと、ちょっと笑えるよ。 君には、お酒に慣れるまで僕がいない時は、外で飲むのを控えてもらうかな。」 そう言って、タイラー様は笑う。「はい、約束します。」 私は、そんな優しい彼に苦笑いするしかなかった。 なんて恥ずかしいの。 その様子を邸の者達は、微笑ましく見守っていたのだろう。 そう思っただけで、顔が熱くなる。 こちらの邸の人達の前では、令嬢らしく振る舞いたかったのに、早速、失敗してしまったわ。「昨日は色々あったけど、馬車の中でマリアを初めて抱きしめられたし、その後も抱っこして運んだり、寝顔も久しぶりに見れた。 僕にとっては、とても素敵な一日の締めくくりだったよ。 マリアは、以前僕の傷に練り薬を塗ってくれたことがあったけど、僕から君に触れたのは、手を繋ぐことぐらいだからね。 昨日は、君が心配で思わず抱きしめてしまったけれど、嫌じゃなかったかい?」「そんなタイラー様が

  • 君は妾の子だから、次男がちょうどいい〜long version   18.王都で

     王子のご成婚披露パーティーの前日に、私達は王都のクライトン侯爵家に、馬車で到着した。 別邸へ向かった時と違って、タイラー様が、ゆっくりと歩いて馬車から降りると、クライトン侯爵、カーステン様、ハリエットが揃い、その姿を見守るように待ち構えていた。「よく帰ったな。 タイラー。 本当に歩けるようになったんだな。 肌も元通りに綺麗になって本当に良かった。 手紙ではそのことを聞いていたけれど、実際に見ると感極まるよ。」 クライトン侯爵は、目に涙を浮かべている。 彼のその反応には、別邸に移ってからの長い時を感じさせた。 それほどの間、私達は王都に戻らなかったということだ。「タイラー、良くやったな。 おめでとう。 疲れただろうから、応接室に行ってから挨拶をしよう。」「ああ、そうしてくれると助かるよ。」 私とハリエットは、お互いに笑顔を交わすと、クライトン侯爵家の方々と、応接室へと移動した。 それぞれ並んでテーブルを囲んでお茶を飲んでいると、上機嫌のクライトン侯爵が話し出す。「改めて、こうして全員が揃ったのは初めてだな。 息子たち二人が共に婚約中で、未来の義娘達を連れてこの邸に来てくれたことに感謝する。 私は、義娘達とは顔を合わせているが、息子達は初めてだろうから、それぞれ紹介してくれ。」「じゃ、僕から。 僕は、兄のカーステンです。 隣が婚約者で、マリアの妹のハリエットだ。 僕は、マリアとは手紙のやり取りをしていたけど、会ったのは初めてだね。 よろしく。」「次は、僕だね。 僕は、弟のタイラー。 以前は寝たきりだったけれど、マリアのおかげもあって、今はこの通り、ゆっくりなら歩けるようになったんだ。 今はマリアと別邸に住んでいる。 そして、隣にいるのが婚約者のマリア。 マリア達は、姉妹だね。 よろしく。」「それにしても、君達姉妹は全然似ていないんだね。 逆に僕達兄弟は似てるだろ? 眼の色が水色か、紫かの違いだけなんだ。」「そうですわね。 私達姉妹は、母親が違うからあまり似てないんです。 顔も性格も。」「性格なら、僕達も違うよ。 兄さんは昔から何でもできて、僕の憧れなんだ。」 穏やかな会話をしているが、テーブルの下でタイラー様は、私と手を繋いだまま離さなかった。 翌日の夜、王宮では王子のご成婚披露パーティ

  • 君は妾の子だから、次男がちょうどいい〜long version   17.夜会への招待状

     楽しい旅から別邸に戻った後、タイラー様の歩行状況はどんどん良くなり、今では走るや踊る以外であれば、ゆっくりだがすべてのことができるようになっていた。 いつものように二人で手を繋いで庭園を散歩していると、これはお世話なのか、ただのカップルの手繋ぎデートなのか、もうわからない。 タイラー様は、顔のブツブツが消えてから、お顔が数段美しくなったので、日増しに私は、彼に見つめられると胸が高鳴り、意識せずにはいられない。 それだけではなく、以前のぎこちない立ち振る舞いが、いつの間にか美しい貴族の所作に変わって、さらに私を夢中にさせる。 でも、それを直接伝えるのは恥ずかしくて、タイラー様には内緒にしていた。 「タイラー様、もう安定して歩けるようになったから、歩く時に手を繋ぐのはやめますか?」 実は彼が、いつまでも私にお世話をされたくないと、内心では思っているかもしれないので、一応確認のために聞いてみた。 すると、「絶対にダメ。 僕の歩行訓練の意欲を奪うようなことを言ってはいけないよ。」 と珍しく強く拒否された。 こんなに否定されたのは、高熱を出している時は近づかないと約束させられた時と、護衛の数の話以来だった。 私は少し驚きながらも、多分タイラー様は、私と手を繋ぐのが好きなんだと思う。 だから、もうこれはカップルの散歩なのでしょう。 そう受け止めて、今日も彼とのデートを続ける。 だって私も、恥ずかしさはあっても、彼から求められる嬉しさは、私が欲しかったものそのもので。 そんなある日、王都のクライトン侯爵から、タイラー様宛に書状が届く。 それを見て、タイラー様はみるみる険しい表情を浮かべる。「マリア、僕達は王都に戻らないといけなくなった。 第一王子がご成婚されるそうだ。 だから、貴族は全員、ご成婚披露パーティーに出席しなければならない。 僕は、療養中だから無理しなくていいとあるが、兄とマリアの妹さんが、父の邸にいる。 君は、彼らと一緒にパーティーに出席しなければならないから、僕も行くよ。 父上にもう歩行は問題ないと伝えているが、まだ信じきれていないのだろう。」「そうですか。 一人では不安なので、タイラー様も一緒に来て頂けるなら心強いです。」「急いで僕達の夜会用の衣装を作ろう。」「はい。」 その日から、半年後のご成婚披露パー

  • 君は妾の子だから、次男がちょうどいい〜long version   16.ディクソン公爵との調印

    「ディクソン公爵様、初めてお目にかかります。 クライトン侯爵家次男タイラーと申します。」「やっと姿を見せたね、タイラー卿、君はどんな人物なのか、周囲の領主達も知りたがっていたよ。」 村の広場にタイラー様とマリアが立ち、馬車から降り立つディクソン公爵を出迎えると、早速、彼はタイラー様のところへ歩み寄り、握手を求める。 その後、タイラー様の姿を上から下まで鋭い目で観察している。「そう言っていただけるとは光栄ですが、私などただの領主でございます。」「いやいや、謙遜は無用だ。 この領地をクライトン侯爵から引き継ぎ、わずか数年でこのように街を栄えさせて、私の領地との差を見せつけてくれたんだ。 大したものだよ。 姿を見せないと有名だし、まさかこんな美しい女性を連れて現れるとは、大したものだ。」 ディクソン公爵は興味深々の様子で、タイラー様の隣に立つ私をじっとりと見ている。「紹介が遅れましたが、こちらの女性は僕の婚約者であるローレ侯爵令嬢マリアです。」「ローレ侯爵令嬢か…。 美人だけど、社交場に一切姿を見せない深窓の令嬢と噂で聞いたことがある。 なるほど、こんなところに隠していたのか。」「はい、彼女は僕の大切な女性ですので、公の場に出ることはしませんでした。」 私は薄らと貴族令嬢らしい笑みを浮かべる。 本当は妾の子だし、幼い頃から婚約していたから、お父様は私を社交の場に出さないようにしていた。 けれども、幼い頃から美人だと噂だけは広まっていたのだ。 だから、カーステン様と会うこともなく、婚約していたのもその噂が理由だった。 もう、彼とのことは過去だけど。 私は目立ちすぎると、美人だから逆に困ったことが起こるのだ。 高位の好色な貴族男性に妾の子だと知られ、自分の妾にと望まれる恐れがあることだ。 だから、お父様はその事実をなるべく伏せていたし、今はタイラー様が婚約者だと名乗ってくれることで守られている。 もし、タイラー様が私を手放すようなことがあれば、目の前のディクソン公爵は、すぐにでも私を手に入れようと動き出しそうだ。 私は彼のような男性がする女性を値踏みする冷徹な目つきがとても怖い。 女性を狙うハンターのように執拗で、陰険に感じる。 最近はタイラー様と過ごしているから、このような男性に接する機会がなかった。 初めてタイラー

  • 君は妾の子だから、次男がちょうどいい〜long version   15.村の人々

     タイラー達が広場で歩行訓練を続けていると、興味深そうに見ていた村の子供達が数人集まって来た。「とっても綺麗なお姉さん、こんにちは。」 子供達は、物おじすることなく、マリアに話しかけて来た。 マリアはどこに行っても、人の目を引くし、子供達にももれなく興味を持たれる。「あら、初めまして、ここの村の子達ね。 私はマリアで、こちらはタイラー様よ。 私達が気になる?」「うん、何してるの?」「この村のことを調べているのよ。 それで、お父さんやお母さん達とお話したいと思っているの。 ご両親はお家にいるのかしら? できれば、連れて来てほしいな。」 マリアは子供達に笑顔で話している。 すると、子供達は顔を見合わせて、すぐに頷いた。「わかった。 僕達が連れて来てあげる。」「ありがとう。」 子供達はそれぞれに家に向かって走り出した。「マリア、ありがとう、これならすぐに村の者達と話せそうだ。」 僕は元々人と接することが得意ではないし、ましてや子供達にはどう話しかけたらいいのかわからない。 ロドルフもいるから、そう言った部分は彼に任せておこうと考えていた。 けれども、僕達が大人と話し合いの場を持つために費やす時間を、マリアは一瞬で終わらせた。 これには、さすがと言うしかない。 何せ、マリアの人を惹きつける人柄を一番知っているのは、紛れもなく僕だから。 初めて出会ったあの日、相手が彼女でなかったらきっと僕は関わることすら、拒んでいただろう。 ボツボツの顔を人に、ましてや令嬢に見せるなんて、絶対に嫌だと思っていた。 でも、拒否したいと思いながらも、素直そうなその瞳と表情についつい引き込まれ、今がある。 だから、マリアと出会えて、本当に良かった。 そして、先ほどディクソン公爵と会う時に、「僕を支える。」と断言してくれた言葉に嬉しさが込み上げる。 歩行時にふらついてしまうかもしれない僕に、あらかじめ支えてくれると言うことで、僕を安心させ、守ってくれようとしている。 とはいえ、僕が本当にふらついてしまったら、いくらマリアが自分がふらついたと庇おうとしても、僕だとわかってしまうだろう。 それでもあえて、自分のせいにすると言ってくれる優しさがマリアらしい。 彼女は常にぶれずに僕を支えてくれようとする。 そんなマリアがいるから僕は、明日デ

  • 君は妾の子だから、次男がちょうどいい〜long version   14.境の村

    「タイラー様、ここから先が例の村です。」 マリア達一行は、ディクソン公爵が譲り渡したいと言われる村に到着した。 実際に訪れてみると、何故ディクソン公爵が手放したいのか、わかる気がする。 道路を挟んで、クライトン領は整備された街が広がり、清潔な印象があるのに対し、反対側にある村は道がガタガタで整備されておらず、建物は古く、どこか寂れた雰囲気が漂っていた。「なるほどな。」「全体的に寂れていると言うことですか?」「うん、そう言うことだね。 おそらくディクソン領からの旅人は、昔は森を出た後、クライトン領に入る前の休憩所として村を利用していたのだろう。 けれども、今は僕達の領地の方が栄えているから、森を抜けた後、わざわざここで休む必要がなくなってしまったんだろう。 すぐにクライトン領に入り、賑やかな街で僕達のように宿をとればいいだけだからね。 わざわざ辺鄙な村に寄って、休む必要がないんだよ。 ディクソン公爵にとっては、広大な森の先にあるこの村に、整備するための資金や人手をかけるのが負担になったのだろう。 そうしているうちに、僕達の領地との格差がどんどん開いてしまったんだ。 それで、僕達にこの村を譲ろうと見切りをつけた。 実際、この村の住人達は、買い物や仕事を、僕達の領地で行っているみたいだから。 すぐ隣に便利な街があるんだ。 森を抜ける危険を犯してまで、ディクソン領の街まで行くとはと思えないからね。」「そうですね、タイラー様。 それで、この村を引き受けるのですか?」「ああ、構わないだろう。 このまま僕達の領地の一部として取り込んでしまおう。」「タイラー様、ディクソン公爵様は調印場所として、今いる広場を指定してきておりますが、何故でしょうか?」 ロドルフは広場を見渡しながら首を傾げている。 周りには特に目立ったものはないが、ただ足元にゴツゴツとした石が積み重なっている。 そして、場所によっては目に見えない高低差もある。 タイラー様は転ばないように慎重に歩いていた。 でもそれは、他人には気づきにくい。 彼は歩行に問題がないように見せるために意識的に隠して歩いている。 あくまで、私が彼のそばにいて、ずっと見守ってきたからわかることだ。「貴族同士の調印であれば、普通は街の応接室で行われるものだ。 だが、わざわざここを指定す

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