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第57話 彼は奈央の元夫

「宇野の苗字が嫌いで、戦場ヶ原の人が好きだってどうしたというの?あんたに関係があるわけ?」

奈央は怒り心頭だった。この人がここで彼女を問い詰める資格があるのか?

「奈央!」

椿は歯を食いしばりながら彼女の名前を呼んだ。

奈央は顔を上げ、彼の目を真っ直ぐに見つめながら一言一言はっきりと告げた。

「私は宇野の人が嫌い。特に宇野椿って人が大嫌い!」

その瞬間、椿は彼女の顎を力強く掴んで言った。

「もう一度言ってみろ!」

「私は宇野の……」

「んっ……」

奈央の言葉が終わる前に、椿の唇が彼女の口をふさいだ。熱い感触が伝わり、彼女の頭は一瞬で真っ白になった。

彼女は目を大きく開いて目の前の男性を見つめ、その場で彼を突き放すことさえ忘れてしまった。

「パッ!」

我に返った奈央は激怒し、椿の顔に一発の平手打ちを浴びせた。小さな顔に怒りが満ちていた。

「このバカ!最低!」

椿は自分の頬を押さえ、顔色はさらに険しくなった。

「僕に手を上げたのは君が初めてだ」

「だから何?」

法的に許されるなら、この男を殺してやりたいと本気で思った。

男は歯を食いしばり、うなずいた。

「いいだろう。僕の怒りに君が耐えられるか見ものだな」

そう言い放ち、椿は部屋を出て行った。

彼の言葉を聞いて、奈央は怒りで思わず笑ってしまった。まるで自分が悪くないと思っているような言い方だった。

彼女は唇を拭き、気が済まない様子で洗面所に直行し、冷水で何度も顔を洗い流した。そうすることでようやく気が晴れた。

「犬に噛まれたと思えばいい」

彼女は自分にそう言い聞かせた。

椿は自宅に戻り、奈央の平手打ちに怒りを覚えたが、冷静になってみると、自分の行動が多少不適切だったことに気付いた。

だが、あの時は考える暇もなく、ただ彼女の口をふさぎたいという衝動だけが先行したのだ。

彼は手で唇をなぞり、そこにまだ奈央の温もりが残っているような気がして、一瞬ぼんやりとした。

だがすぐに、頬の痛みが彼を現実に引き戻し、その目には再び怒りが見え隠れした。

ちょうどその時、遊馬から電話がかかってきて、彼の怒りを抑えた。

「何だ?」

彼は冷淡に尋ねた。

遊馬は一瞬驚いた様子で、好奇心から聞いた。

「どうしたんだ?その調子じゃ、まさか戦場ヶ原に出し抜かれたんじゃないだろうな?」

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