共有

第64話 誘拐

翌日、天音は奈央を食事に誘い、昨日のドタキャンをわざわざ謝罪した。

「普段はあんなに気楽に見えたのに、仕事に入ると意外と真面目なんだね」

奈央はジュースを飲みながら、わざとからかうように言った。

桐嶋家が破産寸前だったあの出来事以来、天音は正式に桐嶋グループの仕事に取り組み始めた。最近、彼女たちが会うことができなかったのも、天音が桐嶋グループの業務を勉強するのに忙しかったからだ。

天音はため息をつき、困ったように言った。

「仕方ないでしょ。お父さんには私しかいないんだもの。私が桐嶋グループを引き継がないと、会社を安く売るしかないってことになるし」

「それでいいと思うよ。人生の価値を実現できるから」

結婚した2年間を除いて、奈央はほとんど休んだことがなかった。彼女の理想は、自分の価値を最大限に発揮することだった。

天音には彼女の考えが理解できないようで、困った顔で言った。

「あんたみたいな仕事マニアには、私の気持ちは分からないわ」

「ところで、椿とはどうだった?」

彼女は興味津々な表情で尋ねた。

奈央は彼女に軽く睨みを返し、

「どうもなにも、せいぜい彼が私の元妻だって知ったくらいだよ」

「それって、彼がもう知ったの?」

天音は驚きながら、好奇心を抑えきれないでいた。

「どうな反応だった?後悔してるんじゃない?」

「後悔してるかどうかなんて知らないわ。私に関係ないし」

奈央は唇をすぼめ、昨日の椿の様子を思い出した。もしかしたら……ちょっとは後悔してるかもしれない。

天音はにやにや笑いながら、両手で頬杖をついて、奈央をじっと見つめた。

「本当に気にしてないの?だって、彼は一応元夫なんだよ?」

「天音も元夫だって言ってるでしょ」

奈央は真剣に言った。

「元夫ってことは、もう何の関係もないって意味だよ」

その言葉に、天音は少し残念そうに感じた。

「でも、椿って結構いい男じゃない?本当にもう考え直さないの?」

奈央は驚いた表情を浮かべ、手を伸ばして天音の額に触れた。

「熱でもあるの?」

「椿は、天音の父さんの会社を破産寸前に追い込んだんだよ。その上でまだ彼をいい男だって言えるの?」

「それは別の話よ。私は公私をきっちり分ける主義なんだから」

彼女は真面目な顔で言った。

奈央は彼女と話すのをやめ、立ち上がった。

「ち
ロックされたチャプター
この本をアプリで読み続ける

関連チャプター

最新チャプター

DMCA.com Protection Status