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第94章 余計なお世話だよ

これを運の良いものか悪いものかのどちかを決めようがなかった。椿が奈央を誘うかどうかで迷っていた時には、奈央とバッタリ会うという展開にはならなかった。

彼はなんとなく心に穴が空いたかのような寂しい雰囲気で、歩き出してエレベーターに入った。

エレベーターのドアがもう少しで閉まってしまうところに、「待ってください」という掛け声と共に、誰かが手を伸ばして、閉まりかけのドアに当てた。

「霧......」

椿はその人の顔を見た突端に、口に出ていなかったその名前の残り半分を呑んでしまった。自分の後ろを追ってきたのは奈央ではなく、正装姿の女性だった。

「宇野様のご自宅もこのマンションですか」

彼女は明らかに椿のことを知っているから、そこまでびっくりしてしまったのだ。

あの有名な宇野椿が、この名臣レジデンスに住んでいるとは!?

あまり印象に残っていなかった女性だったので、椿は聞き返した。

「そうですが、どちらさんでしょうか」

「礼服ブランドDRのものです。この前、宇野様は関谷様と一緒にご来店して、礼服を一着注文しました」

女性はそんなふうに答えた。

そのことに対する印象はすっかり薄くなったが、椿は礼儀よく頷き返した。その後は、無言のまま沈黙が続いた。

椿は口を開こうとしなかったので、その女性も次第に沈黙を選んだ。

間もなくエレベーターはある階層で止まったが、二人は同時に外に出た。

椿は眉を顰めて、聞いた。

「お住まいもここでしょうか」

「いいえ、違います。ここに住んでいる客に礼服を届けに来ましたの」

というのは女性の答えだった。

椿はある嫌な予感がした。彼が今までに、この階で会ってきたお隣さんといえば、奈央の一人だった。

「客とは?」

「これは......」

女性は答えに戸惑った。客の個人情報を漏らすなんてことはできない。

「言えませんか」

椿の口振りは一変した。彼の言葉には脅し文句はなかったが、彼の出していたそのオーラが凄まじくて、断れようがなかった。

「霧島様という女性の方です」

状況も状況だったので、その女性はやむをえず、話してしまった。何せ椿の恨みを買っても、良いことは何一つもないのから。

これで、椿は奈央が礼服を注文したことが確定できた。

けど、彼女が礼服を注文してどうする?

まさかお爺さんから招待状でも貰ったか。

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