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第2章 彼の探す人が現れた

椿が助手である海斗の表情が異様だったのに気付いたのは、彼の話が終わってからだった。「それはいつのことだ?」

「今朝、連絡が入ったばかりです」

「調べろ!今すぐだ!今度こそ、向こうがどこに隠れていようか、必ず探し出すんだ!」そう念を押しながら、椿は命令した。

「かしこまりました、宇野様」海斗は強く頭を縦に振って、返事した。

泉ヶ原市立病院では、早朝から新しい副主任の諸々を巡った討論会が盛り上がっていて、賑やかだった。

「新しくきた副主任ってどんな人物かな?男か女か、どっちだと思う?話しやすいといいなぁ」

「さあ、新参者がいきなり副主任デビューだって言う流れからすると、相当腕の立つお医者様か、或いは......」

女性職員の一人は、別に口にしなくても、私の顔を見れば分かるでしょうという意味深な表情を見せながら、おほほと笑って、会話に参加した。

「かなり若いって聞いたの、きっとコネで入ったに違いないと思うよ」

「私もそう思う」

野次馬に混ざっていた他の職員も、その場の空気に流れて頷いた。

医学の道は他の業界とは根本的に違って、経験こそが要だった。数十年が経っても副主任出世を成し遂げていない人は、少なくなかった。けど、この討論会の議題となった人物は、来て早々既にあの位置に登れた。物議を醸したことは、避けられようがなかった。

討論会がいい感じに進んでいた最中、一見して経歴の浅い看護師の嬢ちゃんが「来た、来た」と喚きながら走ってきた。

「スーパー美人なの」と彼女は言った。

彼女がシェアした情報を聞いて、怪訝な顔つきをした全員は、この新しくやって来た副主任の正体を確かめようとして、脳外科のエリアの外に出た。

院長先生のオフィスから出てきた奈央は、ヘンテコな注目を浴びながら、彼女専属の副主任役員室に入った。ドアを閉めて、座ってから、彼女は片時も休まずに、立て込んでいた。

元々、彼女には泉ヶ原に留まる気なんてなかった。何しろ彼女はずっと海外にいたから、人望の面からしても、習慣の面からしても、海外へ行くのがベストだった。

けど......

どう言った経由かは知らなかったが、泉ヶ原市立病院は何と自分の連絡先を割り出して、電話までかけてきた。どうか居てくださいとお願いしてくれた。

電話の中で、向こうは理性に訴えたり、情に訴えたりして、泉ヶ原での脳外科の発展がいかなる詰まっていたかを話してくれた。もし霧島先生がここにいてくれたら、より多くの命が助かるという誠実な一言で、つかの間だったけど奈央は確かに躊躇った。

それに加えて、兄さん二人はここに残してほしいと拍車をかけてくれて、もう流石にここに留まることしか選択の余地がなかった。

「随分と若いな!三十代前半のところかな?」

不信感を持った誰かが、驚き半分で、疑惑な一声をあげた。

「何が三十代だ!若やかな二十六歳だって聞いたの」

「そんなの冗談だろう?」

誰しも信じがたく、思わず大声で聞き返した。

「冗談に聞こえるか?」

その聞き返しに聞き返した人がいた、

「若いからってなめちゃダメだぞ。博士号をとったらしいよ」

「それにさ、お前らまさかあの名だたるDr.霧島を知らないのか」

田村皐月は、この者たちの教養不足で呆れた。

一方であの場で固まってしまった職員たちは、Dr.霧島って何者?すごいなの?という文字が読み取れそうに、顔に疑問マークがついていた。

この状況を目にした皐月は冷ややかな眼差しで、職員たちを見てこういった。

「自分でググれば?無知どもめ」

見事に振り翳した後、皐月はダッシュで奈央の役員室へ向かって、ドアにノックした。中に入ったのは、向こう側がどうぞ入ってくださいと返事してくれてからだった。

「Dr.霧島、お初にお目にかかって嬉しく思います。インターンの田村皐月と申します。院長先生のご指示でしばらくお世話になることになりました。どんなことでも、どんどん言ってください!精一杯頑張りますので」

笑っていた彼女の目に溢れていたのは、奈央への憧れだった。

彼女の中では、相手はずっとアイドル的な存在だった。勉強達人だと噂されていた奈央は、小さい頃から飛び級してきて、二十二歳という若さで博士号を取った。まさに、天才中の天才だった。

なんとこんな大物の元で働く機会に恵まれたなんて、考えただけで、皐月の胸が高まった。たとえ雑用だけを任されても、これを夢見ている人は大勢いた!

皐月の心のうちを、奈央は知らなかった。知ろうともしなかった。ただ淡々と挨拶をした。

「は、どうも。よろしくね」

「いいえ、こちらこそよろしくお願いします」

その醍醐味を満喫していた皐月は、頭を左右に振って、浅くお辞儀した。

「じゃ、早速だけどこの病院でのここん十年分の脳外科手術の資料をまとめて来てちょうだい」

皐月には反応する余裕も与えずに、奈央はひたすら話を進めた。

「それとこれから脳外科手術を受ける患者さんの資料をもね」

新参者の奈央はこの病院について何も知らなかった。なるべく早く全てを把握しないと......

「何にか問題でも?」

皐月からの返事をもらってなかった彼女は、やっと多忙の中から身を引いた。手を止まった彼女は皐月のほうへ振り向いた。

その瞬間、皐月の背筋は緊張で伸びていた。上司の奈央は優しそうに見えるというのに、彼女は妙に迫力に圧倒された。

皐月は「いいえ、違います。しっかりと完成します!」と頷いた。

奈央はそれに頷き返しただけで、言葉を発しなかった。引き続き仕事に没頭した彼女の働きぶりに見送られたのは、彼女のリクエストした資料のまとめにかかろうとして、ここを後にした皐月の後ろ姿だった。

奈央は午前中ずっとマイオフィスに引きこもって、カルテに目を通していた。昼飯でさえも、彼女の体調を気に病んでいた皐月からの差し入れだった。

彼女はカルテを片手でめくり読み続けながら、もう片手で食べ物を口へと運んだ。オフィスには、皐月がまだ立っていたことすらも忘れたくらい熱心だった。

「あのう、Dr.霧島は......いつもこんな感じですか」

耐えに耐えきれなくて、皐月はついに問いかけた。

人間の話す声がしたので、奈央はやっとのことに彼女のほうに目を向けた。

「こんな感じとは?」

「えっと......」躊躇したあと、彼女は思っていたことを話すことにした。

「それはもちろん食事をも削られるまで仕事に励むことです」

「別に、何ともないと思うが」彼女は何ことでもなかったように肩をすくめ、淡々としていた。

「そんなのいけません。もっとお体を......」

まだ話の途中だったが、急なことに皐月の話の続きは、救急車のサイレンに呑み込まれた。

眉を顰めた奈央は、改めて彼女のほうを見た。

「こちらにできることがあるかどうか、運ばれた患者さんの容体を確かめてちょうだい」

「はい、ただいま行ってきます!」

五分も経っていなかったうちに、皐月はダッシュで再び奈央のオフィスに飛び込んだ。

「Dr.霧島、早く行ってください。患者さんの容体はかなり深刻です」

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