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第10章 放置プレイ

椿は奈央の口元にあったその皮肉な笑みな意味が分からなかったが、真面目に彼女に言い聞かせた。

「俺とあの人は確かに住む世界の違う人間だった、離婚したのもお互いのためです」

住む世界の違う人間だったと?

二年間の結婚生活に、一度もあったことがなかったのに、何が住む世界の違う人間だ?と奈央は心の中で冷笑した。そもそもはなから、元妻であった彼女と仲良くしようと思っていなかっただろう。

無理もない話だった。椿の中では、田舎者だった元妻の自分は、到底上に立つ天の寵児の彼とは相応しくなかっただろう。

目の前にいた二人をちらりと見て、奈央はにやついた。

「宇野さんの元妻さんが気の毒です」

そう言ったそば、奈央は振り向かずに病室をでた。一秒でも長くこの二人と一緒にいたくなかった。

なんてお似合いの二人だった。

病室を出てすぐ、誰かが追ってきた。奈央は背丈の高い男に前路を塞がれた。

「霧島先生、怒っていますの?俺が結婚していましたことに?」

「とんでもない思い過ごしです、宇野さん」

奈央は本気で呆れた。

「宇野さんが結婚したことがあるかないかは、私とはどんな繋がりがあるというのです?私より、病室の彼女のほうがよっぽど気に病んでいるのでは?」

「どうしてここに悦子が出てきましたのよ?悦子とは関係ありません」

頭が混乱してしまった椿は、奈央の話の行間を読むことに失敗した。

けど、奈央の解釈していた男の言葉の意味は、男は自分が関谷悦子をこの話に巻き込んだことに怒っていたことになった。またそのため、奈央は口を尖らせて、反撃した。

「はいはい、おっしゃる通りです。関係のなかった関谷さんを巻き込んで、申し訳ございませんでした」

なんて恋人思いだったこと、一言の言い分も許せなかったとは。

「話をそらさないで。なんで怒ったのか教えてください」

奈央に理由を問い詰めた男は、じっと彼女を見つめていた。まるでこんなことをすれば、彼女のことを見抜けるかのようだった。

けど残念だったことに、奈央はいつも自分の感情をうまく隠してきた。

「怒ってなどいません。」

奈央は自分の怒りを否定して、再び続けた。

「ただ、離婚されてもまだ陰で悪口を言われる元妻さんのことが虚しくて、ちょっと物悲しくなりました」

というのは建前で、実際のところ彼女は怒っていた。誰であろうと、後ろでこんなふうに減らず口を叩かれたら、平然といられる訳がなかった。

「当初結婚したのも心ならずことでして、悦子はただ俺を庇おうとしていただけです。彼女に悪気はありません」

椿は説明した。

奈央の返事を待たずに、彼は勝手に話を進めた。

「お会いしたことはありませんが、彼女は凛としていて、人柄のいい人だと思います。ただ、彼女がこっち側の人間じゃなかったのは不都合でした」

なにせこの二年間、その彼女は自分に迷惑をかけたことは一度もなかった。相手が他の底知れぬ女だったら、穏やかに二年を過ごせなかっただろう。

あいにく、椿の話で奈央の顔が晴れたことはなく、むしろ更に顔色が悪くなった。

人柄のいい人?

これが二年間の婚姻生活に囚われた彼女に対する評判?

笑わせた話だった。彼女の人柄がどうだろうかは椿には関係なかった!

顔つきが暗くなった彼女の口振りは冷徹だった。

「私には関係のない話です。宇野さんのプライバシーに踏み入れるつもりはありません」

彼女はここを離れようとしたが、椿は全然退いてくれなかった。

「宇野さん、退いてくれませんか。急いでるんで」

顔をあげて男を見ていた彼女の物言いはやわらかいの真逆だった。

椿も彼女の語り口に誘われ、怒り出した。人が折角ちゃんと口をきいて説明してあげていたのに、なんてひどい仕打ちだった。

目の前にいたこの女は、自分のことを親の仇のように睨んでいた。まるで自分が大罪人のようだった。

「Dr.霧島、放置プレイも大概にしてもらいたいものです。度をすぎるたと逆効果です」

男の冷たい言葉を訳すと、人が機会を与えてやったというのに、好意の無駄使いだという意味だった。

放置プレイだったと?

彼女が?

奈央は呆れて返す言葉までなくした。自分は明白に自分の嫌悪を示していたつもりだったが、椿のやつは頭が悪かったのは?

彼女が心の中で、椿は頭が悪かったことを確信できたのは、瞬く間もしなかったうちだった。

「宇野さん、近いうちに時間を作って頭を見てもらうことをお勧めします」

彼女は彼を見ながら話を続けた。

「もしよかったら、今他のお医者に頼んで診てもらってもいいのですが、脳に関して、油断は禁物です」

「Dr.霧島!」

椿は歯を食いしばった。

「放置プレイじゃないって言い切れますか?」

「もちろん」

彼女は何の躊躇もなく答えた。

「私は宇野さんのことをなんも思ってません。先病室でも言いましたが、私が宇野が苗字の人が嫌いです」

ビシッと言ってあげた後、奈央は少しも迷わずに椿を避けて行った。

足踏みをしていた椿の中には、感情がいくつか湧き上がってきた。憤怒と気辛さに交えた疑惑が一番大きかった。

奈央が本気で自分のことを嫌っていたのは確定だった。相手の行動の一つ一つは、そう語ってくれていた。

しかし、椿はその理由に何の心当たりもなかった。

正体面から今のこの時まで、奈央は一度も自分への嫌悪を隠したことはなかった。椿には確かに彼女とあった記憶はなかったが、まさか自分は知らないうちに彼女の気に障ったような悪事を働いた後、それを忘れたというパータンじゃなかっただろうな。

そう思うと、椿はスマホを取り出して、海斗に電話をした。

「ここ数年Dr.霧島の旅記録について調べてくれ。特に俺の行程と重ねたものを、どこかで彼女があったことがあるかどうかを知りたいんだ」

電話を切った後、椿は病室に戻った。

「椿さん、Dr.霧島は......」

椿の顔つきが暗かったのに気付いて、悦子はいささか不安になった。

「何故わざと俺が離婚したことを彼女に言ったのか」

病床に寝ていた女の子を見ながら、椿はこの子が調子に乗っていたのは、自分がこの二年で彼女を自由にし過ぎたせいだと考えた。

悦子は少々気が抜けて、唇を軽く噛んで、泣きそうな声で言った。

「Dr.霧島がこのことで、椿さんのことを誤解してはいけないと思って」

「そうかな?わざと彼女に俺がバツイチだって言い聞かせたかったと違うか」

男の口振りは険しくて、まさに関谷悦子の腹の中を見通したかのようだった。

「椿さん、あたし......」

そんなことないと言い訳しようとしていたが、顔をあげて椿と目があった瞬間に、男は自分の下心を全部把握していたことを悟った。

「次がないように肝に銘じて。いいか」

男の冷たい言葉には、それに逆らえないほどの威力があった。

悦子は大人しく頭を縦に振った。男が行こうとしていたのを目にして、やはり腹をくくって、思い切って聞いた。

「椿さんはやけにDr.霧島のことが気になっているようだが、なんで?」

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