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第12章 いい返事だ。お前のことは覚えておく

宇......宇......宇野椿!どうしてここに?

周りは死のような重苦しい沈黙に落ちた。椿に獲物でも見ていたかのような目つきで見詰められていた二人は、穴があったら入りたい気分だった。

チンという音で、エレベーターがきた。

咄嗟の機転に、奈央は天音をエレベーターの中に引っ張り込んだ。さっさとエレベーターに乗ってこの修羅場を立ち去ろうと思っていたが、まさかのことに椿も身長の利で、一足で入ってきた。

「さあ言ってくれよ。彼女が俺に甘いってどういうこと?何を請求すべきだと思う?」

男は勝手に話を進んで、天音のほうに目を向けた。彼の口振りは淡々としていたが、理由もなく人に恐怖を感じさせた。

天音はおっかなびっくりして、生唾を飲んだ。じっくりと考えたら、離婚した件において、非は椿にあった、自分は事実を言ったまでだった。

彼女が話そうとしていたところを、奈央のほうが真っ先に口を開いた。

「違うの、宇野さん。私が関谷さんの手術を執刀したのを天音に話したら、もっと報酬を貰えるべきだったっていうから、こんなことになったわけ」

「とおっしゃると、報酬が少なかったってことか」

奈央のほうへと振り向いた椿の発した言葉には、脅しが込めていた。

「そんなことはない」

奈央は頭を振って、やっとの思いで笑顔を見せた。

「ちゃんと天音に説明していなかった私が悪かった。彼女は私が宇野さんからいくらもらったかを知らなかったのだ」

「ほー?そうなの?」

椿は再び天音のほうを見た。とにかく話が違ったような気がした。

一体何の話かさっぱりだったが、天音は奈央からの合図通りに頷いた。

「はい。」

「こんなことで、君は俺を殴ろうとした?」

椿は眉を顰めた。

天音はさらに心細くなり、椿と目があうのを極力に避けた。

「彼女の戯言だから、どうか気にかけないでください」

必死に説明しようとしていた奈央は、心の中で運の悪さを喚いた。よりによって、悪口を叩いていた時に、椿に鉢合わせたとは。

椿は奈央の弁解を無視した。じっくりと天音のことを見詰めたあと、ゆっくりと言った。

「君は確か、桐嶋国夫氏の娘だろう?」

「は......そうだけど」

頷いた天音は、椿が自分のことを知っていたことに驚いた。

「いい返事だ。お前のことは覚えておく」

そう言って、男はエレベーターが一回に着くと出ていた。

天音は男が出ていた後、膝が笑った。奈央に支えられていなかったら、転びそうになった。

「しまった。やっちまった。仕返しするために、お父さんの会社に手を出したりなんてしないよね」

椿が行った方向を見て、奈央は頭を振った。

「しないと思う。あの宇野椿がこんな大人気ないことをするとは思えないが」

天音もそんなことだと思い、少しは元気になってから、奈央に聞いた。

「先のはどいうこと?まさかあいつ奈央のことが知らないじゃないよね?」

先エレベーターの中で、この二人はほとんどやりとりをしていなかったし、椿も全然自分の言っていたことの裏を理解していなかったようだったし、彼が奈央を知らないとしか、思いつける理屈がなかった。

「うん、まあ、結婚したから一度もあっていなかった」

奈央は頷いて、話を続けた。

「離婚したその次の日に、病院まで尋ねてきたあの男に、恋人の執刀医にさせられた時の、私の気持ちときたら、言葉だけではうまく伝わらないものだった」

「恋人だと?」

天音は興味津々になった。

「もっと詳しく話してちょうだい」

そして、奈央は自分が関谷悦子の執刀医になって、手術を成功させたまでの経緯を詳しく彼女に教えた。同時に、感慨深いことを呟いた。

「二度とあの男と顔をあわないといいけどな」

「そんなのもはや不可能だと思うが」

天音は奈央の遭遇をメシウマに、嬉しいそうに言った。

「あいつがどうしてここに現れたと思う?」

流石の奈央も無言になった。

「......」

泉ヶ原の広さで、まさか椿と同じ住宅街の同じマンショ、しかも同じフロアに住んでいたとは、これは何の嫌がらせなんだ?

彼女以上に、不運が続けていたものなんて他にもいるのかしら?と奈央は虚しくなった。

彼女の肩を叩いた天音は、悪者笑顔で言った。

「まだままお二人さんの縁は続いてるようだな。ひょっとしたら、復縁とかも期待できそう?」

「奈央が自分の元妻だと分かった時、あの宇野椿がどんな反応するかお楽しみだた」

天音は早速椿に言ってあげたいという顔で言った。

「お黙り!」

白目で天音を睨んだ奈央の機嫌は物凄く悪くなった。

翌日、奈央はいつも通り出勤した。病院につくなり、手術に囚われ、忙しいくて仕方がなかった一日を過ごした。

全ての手術を終えて、やっとスマホを弄る暇ができたと思えば、十数通の不在着信に気付いた。全部天音からのだった。

理由もなき不安になった奈央は、急いで天音に折り返した。

「神様よ、やっと手が空いたか」

向こうが電話を出た瞬間、彼女のその焦りに浸された声が届いてきた。

「何があったの?」

奈央は冷静に聞いた。

「宇野椿のやろう!」

罵った後、天音は深呼吸をして続きを話た。

「あいつは父さんの会社との連携を中断したのよ」

奈央は一瞬訝った。

「まさか......」

「さっき父さんと電話したばかり、自分がいつか無意識のうち宇野椿の恨みを買ったって困っているようだ。どうしようあいつの恨みを買ったのは私なんて、全然言えないよ」

自分を待ち受けていた罰が怖くて、天音は父から真実を隠蔽した。

ことの深刻さに気付き、奈央はこう言った。

「落ち着いて、今天音のところに行って、一緒に解決策を考えるから」

「こっち来ないで、直接宇野グループの門前であおう」

天音は返事した。

「宇野グループに行くの?」

「じゃないとどうする?廉頗を見習って、謝罪しに行かなきゃ」

今の天音は泣くに泣けない心境だった。

「宇野さんは父の会社の一番のお得意先だ。このお得意さんとの連携が破棄にされたら、会社が潰されかねない」

「分かった、今行くよ」

本音を言うと、奈央は椿に会いたくなかった。けど、ことの発端であった彼女が、このことをシカトすることはできなかった。

電話を切って、奈央は素早く着替えをした。タクシーを拾った彼女は、無事天音と宇野グループの門前で合流した。

二人は歩幅を揃って一緒にビルに入ったが、入って早々受付に止められた。

「お二人さん、アポはとりましたか」

「いいえ」

天音は頭を振って、続けた。

「用事があって、宇野さんに会いにきていますので、ここはどうか一つ」

「申し訳ございません。アポなしでは困りますので、上がらせてはいきません」

受付のお姉さんは、公式的な笑顔で彼女たちのお願いを断った。

代表取締役のオフィスの中で、電話にでた海斗は、取り込んでいた椿のほうを見て、少し躊躇って口をきいた。

「宇野様、桐嶋家のお嬢様とDr.霧島がお越しになられました。今一回で待たせてもらっています。宇野様にお会いしたいそうです。どうしましょうか......」

椿は「うん」と頷いて、顔も上げずに、引き続き書類に没頭した。

海斗はボスの意図を正確に把握できていなかったため、この事について語るのをやめて、遠回しで確かめた。

「宇野様、桐嶋家との連携を中断するって本気なのでしょうか」

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