第62話 彼女は我慢できない

椿は立ち去った。あっさりとした去り方だった。奈央は、今度こそ彼を完全に怒らせたと感じた。

しかし……

彼女は全然気にしなかった。

箸を取って、食事を始めようとした。

次の瞬間、対面の席に再び人影が現れた。奈央が「椿、まだ何か用？」と言おうとしたところで、顔を上げて相手を見ると、それが彼ではないことに気づいた。

だが、彼女の食欲を奪うような存在には変わりない。

「Dr.霧島」

悦子は微笑んで言った。

奈央は言葉にできないほどの呆れを感じた。さっき椿が去ったばかりだというのに、今度は悦子が現れるなんて、食事もろくにできないじゃないか？

「関谷さん、用件があるなら手短にどうぞ。私は今食事中です」

奈央は悦子に対して好感を持っていない。もともと好きではなかった上に、以前のトレンド事件で関谷家が関与していたため、直接追い出さなかっただけでも十分な我慢だった。

悦子の顔色が少し変わった。もともと椿に昼食の誘いを断られて気分が悪かったところに、友達とショッピングに出かけて偶然にも彼が奈央と一緒に食事をしているのを目撃してしまった。今の彼女の心には、悔しさと強い憎しみが渦巻いていた。

すべては目の前のこの女のせいで、椿さんは彼女を拒絶したのだ。

さらに、奈央が椿の元妻であることもあり、悦子は彼女が大きな脅威だと感じ、探りを入れざるを得なかった。

「Dr.霧島と椿さんは仲が良さそうですね？」

彼女は表面上は穏やかに尋ねたが、机の下で握りしめた手は自然に力が入っていた。

彼女の問いに奈央は驚かなかった。悦子が彼女に会いに来たのは椿に関すること以外に理由があるとは思えない。

少し身を後ろに引き、微笑んで首を振った。

「どこがですか？」

「ならどうして……」

「前回、私ははっきり言ったつもりですが、関谷さんはまだ心配しているようですね」

彼女の目が一瞬動いた。悦子が口を開く前に、奈央は続けた。

「どうして？宇野さんはあなたに十分な安心感を与えなかったのですか？」

悦子は俯き、唇をきつく噛んだ。

椿は安心感を与えてくれなかったどころか、彼女のことを恋愛対象として見たことは一度もなかった。最初から彼女を妹のようにしか見ていなかったのだ。

しかし、奈央の様子を見て、彼女は誤解したと思ったが、わざわざ訂正する気はなく、「私が安心感に欠けているだけで