共有

第0010話

夜の8時、ミシュランのレストランにて、温香はステーキを切りながら、何気ない様子で言った。「私、紗月と彼女の彼氏に会ったの」

涼介はナイフとフォークを置き、冷たく目を上げた。「彼氏?」

温香は彼の突然の冷たい態度に怯むことなく、甘い声で続けた。「ええ、調べてみたら、高橋陸っていう家族企業の御曹司なの。実際、彼氏がいるのはどうでもいいけど、佐藤家が涼介にあんなに酷いことをしたのに、紗月が幸せになっているなんて、納得できなくて」

彼女は涼介の視線を無視するかのように、誇張した口調で言い続けた。「その高橋陸って男、紗月にすごく優しくて、寒いからって自分の服を彼女に着せたりしてね」

話が進むにつれ、涼介の表情はますます暗くなり、特に温香が「しかも、二人は一緒に住んでるらしいわ」と言った瞬間、彼の顔はさらに冷え込んだ。

「ガチャッ」テーブルの上にあったカトラリーが涼介によって乱暴に置かれ、彼の全身から冷気が漂った。

温香は遅れて気づいたかのように、「私、何か余計なことを言ったかしら?」と声を落とした。

これは男のプライドに関わる問題だった。

前妻が離婚後すぐに別の男の元に走るなんて、涼介にとっては屈辱に等しい。

「いや」しばらくして、涼介は自分の反応が過剰だったことに気づき、冷静な顔に戻って言った。「もう食べた、待ってるよ」

「うん」温香は微笑みながら食事を続けたが、その瞳の奥には暗い感情が隠れていた。

かつて紗月が華やかに輝いていた頃、温香はずっと彼女を羨ましく思っていた。それは、自分がどんなに努力しても手に入らないものだったからだ。

だが、今やその栄光は失われ、彼女は落ちぶれてしまった。温香は紗月が幸せになるのを許せない、それだけだった。

食事を終えた涼介は、すぐにレストランを出た。既に車が用意されており、スタッフがドアを開けた。

彼はキーを取り出し、冷ややかに車の周りを回って運転席に乗り込んだ。

温香が乗り込もうとした時、涼介はシートベルトを締めながら彼女に言った。「後で神田が迎えに来るから」

温香は動きを止め、少し困った顔をした。「涼介、こんな夜に私をここに一人置いていくの?」

「いい子にして、言うことを聞け」涼介は少し低くなった声で答えたが、その冷たさは変わらなかった。

温香は彼の機嫌を損ねる勇気がなく、大人しく車から降りた。彼女が降りたその瞬間、車のドアはすぐに閉まった。

涼介の車はすぐに走り去っていった。

これは初めてのことだった。涼介が彼女に対してこんなにも冷たくなったのは。

温香はその黒い車が夜の闇に消えていくのを見送り、歯を食いしばった。

彼女は分かっていた。紗月が問題を起こしていることは確かだ。しかし、同時に、涼介の態度にも一抹の不安を覚えていた。

涼介の車は速度を上げ、窓を開けると、風が彼の耳元を吹き抜けた。何度も何度も脳裏に浮かんだ言葉は「紗月が高橋陸と一緒に住んでる」というものだった。

一緒に住んでる......

父親が死に、財産を失っても、紗月は別の男と共に無関心でいられるなんて。

佐藤紗月、お前のことを甘く見ていたようだな。

彼はハンドルを握りしめ、片手でイヤホンをつけると、電話をかけた。「あることを頼みたい」

......

面接で挫折した紗月だったが、気を落とすことなく、毎朝目が覚めるとすぐに新しい仕事を探していた。

3日後、ついに電話が鳴った。彼女は会社からの面接の連絡だと思っていた。

しかし、電話の相手は中年の女性だった。「もしもし、佐藤紗月さんでしょうか?お会いしたいのですが」

関連チャプター

最新チャプター

DMCA.com Protection Status