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第2話

危うく忘れるところだったが、私の夫、矢野康也も消防士だ。

息子が常に気にかけている「山口お姉ちゃん」というのは、かつて彼が「ただの同僚」と言い張っていた山口真里衣のことだ。

この半年、息子は私に甘えることがなくなり、私と一緒に遊ぶことが必要もなくなった。

それどころか、自ら「パパの仕事場に行って遊びたい」と言い出し、口癖のように「山口お姉ちゃんに会いたい」と言うようになった。

最初は気にも留めなかった。小さな子どもが若くて美しいお姉さんを好むのは普通のことだと思っていたからだ。

だが、私は忘れていた。矢野康也も男なのだ。

彼もまた、若くて美しい女性を好む。

夜になると頻繁に光る携帯電話、次々とかかってくる電話により、矢野康也は真夜中にもかかわらず家を出て行った。

当初、私はそれを消防署での緊急ミッションだと思っていた。

人の命に関わること一番大事だと信じていたのだ。

だが、何度も偶然に携帯を見てしまったとき、そこに同じ名前が記されているのを見て、遅れてやってきた第六感がようやく異変を感じさせた。

あの「おバカちゃん」という親しげなアカウントニックネームが、私の疑念を無視できないものにしたのだ。

ある時、矢野康也がバスルームで洗顔している隙に、我慢できず彼の携帯を手に取ってしまった。

通話履歴には、仕事関連の電話はほとんどなく、その代わりにあの女が通話のほとんどを占めていた。

LINEのチャット履歴も同様で、トップに固定されているのは彼女だけだった。

メッセージの内容は簡素だったが、矢野康也が私に対して見せたことのない共有欲がそこにはあった。

私に対してはいつも「わかった」の一言で済ます彼が、彼女には違った。

彼女のLINEのタイムラインを見ると、そこには矢野康也とのツーショット写真があった。

投稿には、幸福感に溢れた文字が添えられていた。

「ケーキを買ってくれたのは、もちろん世界一最高の矢野隊長だよ!」

投稿日時を見て驚いた。八月二十七日。私と矢野康也の結婚七周年記念日だった。

その日、彼は遅く帰ってきた。私は、彼が記念日を忘れてしまったのだと思っていたが、突然背中から小さなケーキを差し出してきた。

贈り物は気の利かないものに見えたが、私は愛されていると感じていた。

だが、その時の私が気づかなかったのは、彼のぎこちない表情と袖口に付いたクリームだった。

写真のケーキは、矢野康也が私に持ってきたものよりも明らかに精巧なものだった。

いわゆる記念日のケーキは、彼が山口真里衣のために買ったついでに、私に持ってきただけのものだった。

そして、その「ついで」すら、彼にとっては意識していない行動にすぎなかったのだ。

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