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第8話

阿部龍志はこの信じがたい言葉に体を震わせ、何か言おうとした矢先、矢野康也がそれを遮った。

「もういい、そんな大したことじゃない。消防車を使う時もちゃんと報告してたし、死者の件もさっき確認したけど、この小区で火災が起きたのはうちだけじゃない。そんなにこだわる必要はないだろ」

彼は息子を抱き上げ、山口真里衣に向かって「もう片付いたから、飯食いに行こう」と言い放つ。

その高慢な態度に、阿部龍志は怒りで足を振り上げ、まだ完全に焼け落ちていないバッグを蹴り飛ばした。

そのバッグは、防火素材で作られたトートバッグで、矢野康也がプロポーズの時に私に贈ったものだった。

「夕理、今は裕福な生活は提供できないけれど、俺が君に与えるのは、唯一無二の愛だ。このバッグのように、烈火の中でも永遠に残るものを君に」

彼の約束は、半分しか果たされなかった。

バッグは確かに炎の中でも無事だったが、矢野康也は家に帰っても、まったく気づかなかった。そのトートバッグに視線すら投げかけず、まるで私たちが共に過ごした七年間の思い出には興味がないかのように。

阿部龍志は、彼が後ろを振り返ることなく去っていく様子を見て、怒りで眉をひそめ、何かに気づいたように慌てて同僚を掴み、尋問した。「あの女性の遺体、一体どこの別荘で見つかったんだ?」

「ここだよ、ここで何をしてると思ってるんだ?他にもまだ発見されていない死者がいるかもしれないから、しっかり確認してるんだよ」

忙しく働く同僚は阿部龍志を睨みつけ、再び作業に戻った。彼の顔が見る見るうちに青ざめ、ショックでその場にへたり込んだ。

「師匠の奥さんだなんて、まさか……彼女が自分の家で焼け死ぬなんて、ありえない!」

彼が呟く声を聞きながら、私は自嘲気味に微笑んだ。

最初は、私も自分が自宅で焼け死ぬなんて信じられなかった。

でも、この微小な確率が自分に起こったとき、感じたのは死の悲しみだけじゃない。枕元の愛した人に裏切られた、深い哀しみだった。
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