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第16話

車が停まるや否や、渡辺玲奈は「送ってくれてありがとう」と一言だけ残し、荷物を持って勢いよく車のドアを閉め、大股で簡素な平屋に向かって歩き出した。

平屋の前にはタバコを吸っている二人のチンピラが立っていた。

田中一郎は一目見ただけで、渡辺玲奈が向かっている場所が普通ではないことに気づいた。あの二人のチンピラは明らかに見張り役だった。

田中一郎は運転手に電話で人を呼ぶよう指示すると、すぐに車から降りてドアを閉め、彼女の後を追った。

その二人のチンピラは渡辺玲奈を知っていたため、すんなりと彼女を通したが、田中一郎を止めた。

田中一郎は玄関を指さし、「今入った女性は私の妻だ。中に入れてくれ」と言った。

チンピラたちは悪びれた笑みを浮かべ、「渡辺直歩の妹があんたの妻だって?なら俺があんたの親父だと言えばいいのか?」と嘲笑った。

田中一郎は最初は穏便に話そうと思ったが、この連中は人を尊重しないようだ。

彼の目は鋭くなり、何の前触れもなく拳を固め、一撃で相手の後頭部を叩きつけた。

その強力な拳で相手の首筋を狙い、瞬時に一人のチンピラを気絶させた。

もう一人のチンピラは慌てて後ろのナイフに手を伸ばしたが、ナイフを抜く前に田中一郎の反撃を受け、そのまま地面に倒れ込み、痛みで意識を失いかけていた。

田中一郎はポケットからハンカチを取り出し、無造作に手を拭きながら堂々と中に入っていった。

長い廊下を抜けると、薄暗い照明の下、密集した人々で煙たく汚れた空気の中に賭博場が広がっていた。

彼の注意を引いたのは、角の方での騒ぎだった。

田中一郎は群衆を押しのけて進み、目の前に広がる光景に驚愕した。

渡辺玲奈は買った大きな布袋をある男の頭にかぶせた。彼女はバットをしっかりと握りしめ、全力でその男の四肢を打ち続けていた。

男は地面に倒れ込み、頭の布袋を必死に引き裂こうとしながら、痛みで悲鳴を上げていた。

渡辺玲奈は歯を食いしばり、一撃一撃に全力を込めて、男を半殺しにするつもりだった。

その場にいる誰もが助けに入らず、むしろ見物人のように噂話をしていた。

「渡辺直歩の妹は本当に手厳しいな」

「君も自分の兄貴に国境まで売られて、生きて帰ってきたら、ナイフで刺し殺すかもしれないぜ。半殺しにするなんて軽いほうだろう」

「よくやった」

賭博場の責任者は焦ったように言った。「おい、渡辺直歩の妹さん、兄貴を殺さないでくれよ。あいつはまだ俺に多額の借金があるんだ。彼が死んだら、その借金はお前が払うのか?」

渡辺玲奈は聞く耳を持たず、ただひたすら殴り続けた。

両手が疲れて、汗だくになり、彼女はやっと殴るのを止めて休憩した。

殴るのをやめた後、渡辺直歩はようやく頭から布袋を引き剥がし、怒りに満ちた声で叫んだ。「誰がこんなことをするんだ!」

しかし、男が渡辺玲奈の怒りに燃えていた目を見た瞬間、言葉を飲み込んだ。

渡辺玲奈が無事にあの場所から逃げ出してきたとは?

「妹…...妹よ…...戻ってきたのか?」渡辺直歩は口をもごもごと動かし、痛みに耐えながら立ち上がろうとした。

渡辺玲奈は息を整え、歯を食いしばりながら一言ずつ言った。「妹と呼ばないで。私にはそんな獣以下の兄弟なんかいない。おかげさまで生きて帰ってきた。これからは、君が私を殺すか、私が君を殺すかのどちらかよ。絶対に君を許さない」

渡辺直歩は緊張して後退し、怯えた様子で笑みを浮かべた。「あはは、妹よ、そんなこと言わないでくれよ。僕たちは家族だろう。命を賭ける必要なんてない。そんなの良くないぜ」

渡辺玲奈は息を整え、バットを持ち上げて渡辺直歩を指差した。「今日君を半殺しにしなければ、私は君のような獣と同じ姓を名乗ることになる」

渡辺直歩は恐怖に駆られ、「お前は元々俺と同じ姓を名乗っているんだ」と言い残し、見物人を押しのけて、痛みで四肢を引きずりながら逃げ出した。

渡辺玲奈はバットを持ち上げ、追いかけようとした。

しかし、一歩踏み出した瞬間、目の前に立つ威厳ある見慣れた男に驚いて足を止めた。

その男の俊逸で高雅な雰囲気は、群衆の中でもひときわ目立っていた。

渡辺玲奈は心の中で動揺し、無意識に緊張してしまった。

田中一郎だ。彼はいつここに現れたのだろう?

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