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第24話

渡辺玲奈は蚊香炉を手に取り、別荘の方へ向かった。

「奥様」

渡辺玲奈は声に反応して振り返った。

スーツを着た男性が大股で近き、丁寧に頭を下げながら挨拶をし、両手で封筒を差し出した。「これは田中様からお預かりしたものです」

渡辺玲奈は不思議に思いながらも受け取った。「これは何ですか?」

男性は答えた。「僕には分かりませんが、田中様は公務があり、最近は戻らないとおっしゃっていました。何かご用があれば、僕たちにお知らせください」

渡辺玲奈は田中一郎が戻らないと聞いたとき、心がぎゅっと締めつけられた。

彼女はすぐに気持ちを整え、蚊香炉を男性に手渡し、封筒から銀行カードを取り出した。

中には一枚のメモも入っていて、力強い筆跡でいくつかの言葉が書かれていた。

「門とカードのパスワードは151617だ。公務のため、平和国に出張する。帰国日は未定だ」

渡辺玲奈はメモをそっと折りたたんでポケットにしまい、手にした銀行カードを見つめながら、その指で田中一郎の物を撫で回していた。

彼女の心はまるで何十キロもの石が載せられているかのように重苦しく、言葉では表せないほどの苦しさを感じていた。

それは思い出であり、また別れの悲しみでもあった。

彼女は低い声で、沈んだトーンで尋ねた。「さっき、私に傘をさして、蚊取り線香を焚いてくれたのは誰?」

男性は答えた。「それは田中様のご指示です」

渡辺玲奈は感動しながらも、少しの痛みを感じた。彼のような男性は、誰もが愛さずにはいられない。

田中一郎に深く愛されている伊藤千佳は、どれほど幸せなのだろうか?

渡辺玲奈はこの瞬間、伊藤千佳がとても羨ましく思えた。

彼女は今から善行を積めば、次の人生で田中一郎の愛を少しでも得ることができるのかどうかを考えた。

渡辺玲奈は思いにふけりながら、軽くため息をついた。蚊香炉を受け取り、男性に感謝の言葉を述べてから、再び屋内に向かって歩き出した。

ナンエンで過ごした数日間は、渡辺玲奈にとってこの三年間で最も静かで快適な日々だった。

召使いが世話をし、食事の心配もなく、彼女は思う存分本を読み、音楽を聴き、遅くまで寝て、静かで快適なひとりの時間を楽しむことができた。

しかし、その平穏な静寂は、一週間後に戻ってきた押しかけ客によって破られた。

伊藤千佳は渡辺玲奈がナンエンに住んでいるこ
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