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第13話

渡辺玲奈は部屋の本棚を指差しながら言った。「ここ数日で、あなたの本棚の本を全部読んでしまいました」

田中一郎は問いかけた。「本当に研究棟で働くつもりはないのか?」

渡辺玲奈はうつむきながら答えた。「考えていません。明日の朝にはここを出て、もう二度と戻ってこないと思います」

田中一郎はそれ以上勧めることなく、彼女の横を通り過ぎて部屋に入り、シャツのボタンを外しながら言った。「家に帰ったら、離婚の話をおばあさんにはしないでくれ。彼女の病状を悪化させるかもしれないから」

渡辺玲奈は無意識に携帯を握りしめた。声はかすかに震え、隠しきれない辛い気持ちが込み上げてきた。彼女は一言ずつ言葉を選んで話した。「ごめんなさい。あなたの本の中で見つけた小さな女の子の写真を見てしまいました。裏には『私の愛する少女、伊藤千佳』と書いてありました」

田中一郎の手はボタンを外す途中で止まり、体全体が硬直して動かなくなった。

彼の目は暗くなり、一言も発しなかった。

渡辺玲奈は胸が締め付けられるような痛みを感じ、この苦しみを言葉で表現するのは難しかったが、無理に平静を装いながら言った。「もし私が間違っていなければ、あなたが本当に結婚したい相手は伊藤千佳さんですよね」

しばらくして、田中一郎はようやく我に返り、服を脱ぎ続けた。

彼は気にする様子もなく言った。「子供の頃、確かに彼女のことが好きだった。でも、彼女は14歳で海外の名門校に合格して、出国してから連絡が取れなくなった。その間、10年間会わなかった。彼女が帰国してからのこの一年、やはり少し距離を感じる」

そう言い終わると、田中一郎はそのままバスルームに入り、ドアを閉めて洗面を始めた。

彼の説明を聞いても、渡辺玲奈の心の痛みは癒されなかった。

彼女は自分がまるで第三者のように感じてしまった。田中一郎と伊藤千佳は幼い頃からお互いに惹かれ合っていたのだ。

もし彼女がいなければ、田中一郎はきっと伊藤千佳と結婚していただろう。

それなら、彼女はこの愛のない結婚生活に苦しみながらしがみつく必要があるのだろうか?

冷たい春風がバルコニーに吹き込み、渡辺玲奈の心を乱した。

彼女は気分が落ち込み、部屋に戻って明かりを薄暗くし、田中一郎が出てくる前に先に寝ることにした。

普段はすぐに眠れるのに、彼が戻ってきたせいで眠れず、目を閉じてもいろいろなことを考えてしまった。

十五分後、彼女はうっすらとバスルームのドアが開く音が聞こえた。男の軽やかな足音が近づき、静かにベッドに入る音がした。

部屋全体が静寂と闇に包まれた。

愛する男が自分の隣のベッドに横たわっていたのに、彼女は二人の間に越えられない距離があると感じた。

「トゥトゥ」携帯のメッセージ通知音が鳴った。

渡辺玲奈の体が微かに硬直し、聴覚がさらに敏感になった。

田中一郎は携帯を手に取り、画面を開くと、伊藤千佳からのボイスメッセージが届いていたのを見た。

彼が音声メッセージを再生すると、伊藤千佳の甘えた声が流れた。「一郎お兄様、私、すごく怖いの。こっちに来て一緒にいてくれない?」

田中一郎は携帯を手に取り、すぐに布団をめくった。ベッドから降りて部屋を出た後、ドアを閉めた。

渡辺玲奈はその間ずっと目を閉じたまま起きていた。伊藤千佳のボイスメッセージを聞いて、田中一郎が彼女のもとに急いで行ったことを知っていた。

彼女は悲しまないように耐え、自分に言い聞かせ続けた。

渡辺玲奈、この男のために悲しむ価値なんてない。本当に価値がない。

しかし、どんなに自分を慰めても、心の奥底で刺すような痛みを抑えることができず、涙がひそかに溢れ出し、枕を濡らしていった。

彼女は横を向き、布団を頭まで引き上げ、腕を口に当てて強く噛みしめた。紫色に変わりそうなほど噛んでも、声を出して泣かないようにした。

心の痛みは、腕を噛む痛みを上回り、布団の中で肩を震わせながら、声を押し殺して泣いていた。

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